Center for Global Communications, International University of Japan
ナホトカ号重油流出事故における環境災害でのジオインフォマティックスの役割
金沢工業大学・環境情報総合研究所
後藤真太郎
目次
- はじめに
- ナホトカ号重油流出事故の教訓
- 重油回収時の意志決定支援へのジオインフォマティックスの適用
- 重油漂流の監視へのジオインフォマティックスの適用
- 総合的環境評価へのジオインフォマティックスの適用
- まとめ
1.はじめに
1997年1月2日未明に発生したロシアタンカ?・ナホトカ号重油流出事故(以下ナホトカ号事故と称す)は、沿岸域という利権が複雑に絡む領域に多大な被害を与えた。また、回収作業において、バケツとヒシャクによる手作業の回収作業が主なる回収手段であった点、一部の海岸に必要以上のボランティアが投入された点、あるいは、環境への配慮においては、誤った分散剤の使用、重機による回収、回収重油を浜中に埋めた点等を評価すると、適切な回収作業が実施されたとはいえず、具体的な対応の難しさをドラスチックに国民に知らしめる事件となった。
エクソンバルディーズ号の重油流出事故が既に示しているように、この種の災害は環境災害とであるという認識が必要であり、対策においても、環境影響評価においても、事故の影響の広域的な広がりと長期的でしかも複雑な環境的影響が特徴であり、学際的な科学的知見を必要とする。
ナホトカ事故直後より、筆者等は、環境経済、環境情報、環境計画、生態学、沿岸域管理、海岸工学等を専門とする研究者により、「日本海重油汚染環境評価研究会」が組織し、漂着重油による被害の拡張を食い止めるための支援活動をインターネットを通して行うとともに、損害賠償への被害額および経費の算定に際して、その算定積算に関する助言などを行ってきた。また、これまでに、学術的に環境への負荷と被害額を算定するための調査を開始し、重油事故時の教訓を基に、政府に対し災害時の沿岸域情報の一元化の必要性を提言してきており、海上保安庁に沿岸域海洋情報管理室で一元化される取り決めがなされる等、それなりの成果を得ている。
本報告は、ナホトカ事故時の回収支援および環境影響評価の過程で議論された内容を基に、地図を介しての情報提供・情報管理の効果に着目し、一部の途中結果を報告しつつ、油流出災害におけるジオインフォマティックスの役割を整理するものである。
2.ナホトカ号重油流出事故の教訓
ナホトカ事故は、日本の経験した日本海側でのもっとも大きな重油流出事故であり、様々な問題を提供した。それらは以下のように要約される。
- 沿岸域で生じた環境災害であるため、複数の官庁が関係し、それらの指示を別々に受けて実作業をしなければなならい自治体はさらに混乱した1)。また、残留重油がある現在においても、残留重油の長期的な影響評価を始め、今後の重油流出災害対策に向けた総合的な環境評価手法は検討されていない。
- 延べ770,000人のボランティアを中心とした回収作業が中心的役割を果たしたにもかかわらず、重油回収に関する情報が集約されていない。その上、重油回収に関する専門的な知識を持つ管理者が少なく、間違った指示のため、沿岸域の復元に問題を残している地域も存在している。
- 被害額の請求項目の中に、環境の価値・観光の価値等の非利用価値に対する被害額の項目がなく、それらの価値の恩恵を2次的、3次的に受ける者は被害額の請求先に困惑した。
- 日本に寄港せず、公海上を通過する船籍が管理できない。
- 冬場の日本海で生じたため、現在の漂着重油の監視手法の限界が初動体制の確立を遅らせたり、時間精度の悪い観測結果を補完するための漂着シミュレーションへの入力データの提供がシミュレーションの精度にも反映した。とりわけ、2次元の観測データが不在であり、情報公開の制度上の問題から取得データでの公開できないものが制約となった
3.重油回収時の意志決定支援へのジオインフォマティックスの適用
第一次終息宣言まで重油の漂着状況などは断片的にしか存在せず、線又は面になっておらず、どこの場所の回収を優先させるべきなのかも明確でなく、ひたすら重油を取り除こうという動きになっていた。それを冷静に見極めるためにも、全体を俯瞰でき、かつ個別の現場のデータが目で分かるGISは有効である。また、この情報に加え、ボランティア作業の有無、再漂着重油の回収、清掃、モニタリング作業に係るマンパワーをデータ化し、それにふさわしい回収などの対策を示すことで、ボランティアを行う側も、地元も混乱が避けられるメリットがある。さらに、関連する研究で、同じ場所を異なる研究グループで観測することも出てくると思われる。それに対し、阪神淡路大震災時に立ち上がった神戸ネット2)のような、研究情報の一元化のためのボードという役割が必要である。
第一次終息宣言発令までを緊急時とし、ナホトカ事故での経験から災害時のGISに必要な機能を以下のように整理した。
- 一般へのデータ提供機能
- 地図とリンクした被害分布情報・回収関連情報の提供機能
- 被害分布情報・回収関連情報の一元的化
- 通常のGIS上の詳細な(より専門的な)情報とのリンク機能
1 - 3 の実現のために、一般ユーザーがGISを保有し、災害時に備え使用できるように、日常的に訓練するのは不可能である。簡単なソフトを配布することも考えられるが、日増しに利用人口が増えているインターネットのホームページを利用するのが、より現実的であると考え、Web-GISにその機能を持たせた。また、4)の機能は、災害時に海岸に漂着した重油の回収の優先度を決めるためのESI (Envi-ronmantal Sensitivity Index: 沿岸域脆弱性指標)をクライアント側のGISソフトで管理でき、Web-GISから必要に応じてリンクして使用できる仕組みが必要とされる。図1は、Web-GISのプロトタイプのシステム構成を示したものであり、図2は、その GUI(Graphical User Interface) を示したものである。尚、システムの詳細は3)を参照されたい。
図1.Web-GISのシステム構成
図2 Web-GISのプロトタイプシステムのGUI
4.重油漂流の監視へのジオインフォマティックスの適用
冬場の日本海における海象観測は、気象条件に大きく依存しており、NOAA-AVHRRのような可視センサーでは常時観測は不可能である4)。ナホトカ号事故の際に用いられた合成開口レーダ(SAR)や、H-Fレーダの複合利用により、気象条件に左右されない観測体制を確立する事が必要である。これらの事例は、カナダ、ノルウェーで航跡線・重油塊の監視に、既に実施されており、参考にすべきである。また、オプティカルセンサーや合成開口レーダ(SAR)によるモニタリングの限界を考慮し、漂流シミュレーションによる補完が必要である。図4,5,6は、表1,2の計算条件により重油の漂着シミュレーションを行った結果である。図4,5は表1,2の条件に従い、各々対馬沖の座標地点および、三国沖の漂流地点から重油の漂流の状況をシミュレーションしたものである。これらより、平均海流を用いた場合、現実の漂着場所には重油が漂着せず、能登半島の手前の部分までしか重油が漂着しないことを示している。図6は、図3に示すように、SARにより重油塊がモニタリングされた後、この重油塊から重油が漂流するものとし、この画像が得られる以前のデータを修正して(アシミュレーションして)漂流シミュレーションを行った結果の一部である。図6には、使用プログラムの制約から、図3に示す分布状況の内、地点1からの流出を用いた結果のみを示したが、この結果だけからも、現実的な漂着状況を模擬していることがわかる。今後、更なる検討が必要とされるものの、SARおよびH-Fレーダ等によるデータアシミュレーションが必要とされよう。なお、本研究でもちいた重油漂着シミュレーションプログラムは、石油連盟より提供されたもの5)を用いた。
表1:本研究で用いた計算条件
条件項目 設定条件 漂流条件 海流:平均海流潮
汐流:考慮せず
潮汐算差流:考慮せず
風の影響:風係数法(5%)
河川流:考慮せず気象条件 風向・風速:気象庁GPVデータ(3時間間隔値)
気温:1月平均気温(時間別値)
海水温:1月平均値その他 セル数:5,000
表2:本研究で用いた計算ケース
ケース名 重油流出条件 シミュレーション期間 Case1 流出位置・油量:
- 座礁地点: 1/2に1000kl
- 三国:1/7に5000kl
流出形態:瞬間流出1/2から270時間 Case2 流出位置・油量:
- 三国:1/7から6000kl
流出形態:瞬間流出1/2から270時間 Case3 流出位置・油量: 流出形態:瞬間流出
- 1/11のRADARSAT SARから抽出された重油塊をシミュレーションの初期値とする(図4.1参照)
- 重油塊の部分の重油の総計:6000klとする
1/11から240時間
図3.RADARSAT SARから抽出した重油塊を基にしたCase3の流出点の分布
図4.重油漂流シミュレーション結果(Case1)
図5.重油漂流シミュレーション結果(Case2)
図6.Case3の地点1からの重油漂流シミュレーション結果
5.総合的環境評価へのジオインフォマティックスの適用
5.1 環境災害の被害額推定への利用
バルディース号事件の際に、アラスカ州はエクソン社に対し、生態系の被害として、23億ドルの請求を行い、裁判の中で、9億ドルの被害額を認めさせているのに対し、ナホトカ号事件の場合は生態系の被害はおろか、観光価値低減への被害もまともに請求できていない。生態系のような非利用価値の算定手法は、CVM(Contingent Valuation Method)に代表され、バルディース号事件以降急速に研究が進んでおり、最近では、日本でも屋久島の価値を計測するのに用いられている。それらの手法を環境災害の被害算定に取り込むためのベースを作る必要がある。このためには、手法の問題のみならず、コモンズとしての環境を誰が守るのかという議論等が必要である。また、この問題は、「時のアセスメント」に見られる、ダムを中心とした公共事業の見直し、諫早湾・藤前干潟・愛知万博会場をはじめとする干潟での、開発と環境保護のコンフリクトの問題、沿岸域開発におけるミチゲーション事業、油流出対策の費用便益分析の際にも必要な共通課題である。
ナホトカ号事故による海岸環境被害額は、著者の大野・桂木によりプレ調査として、CVMによりWTP(Willingness to Pay)およびWTW(Willingness to Work)で計測し5)、WTPとWTWの乖離が大きいという問題を検討している所である。また、被害額の地域特性を計測するためには、各地域でアンケート調査が必要であり、これに要する膨大な労力が想定される点とNOAAでの環境被害の評価方法として、代替法も併用されていることを踏まえ、更なる検討が必要とされる。
一方、その代替法で環境被害を評価するため、沢野・横畑は、別々に、重油の漂着した石川県の海岸で、象徴的生物の同定を行い、後藤、鹿田は象徴的生物の分布および、それらの環境容量をGISにより整理し、重油漂着によりベースラインからの後退分の象徴的生物を復元させるに要する費用で生態系被害額を推定する事を試みている。これらは研究途上であり、別の機会に報告したい。
5.2 長期的な環境影響評価・沿岸域管理への利用
終息宣言が発令されたとはいえ、人目に付き、比較的回収しやすい部分の回収が済んだというだけで、砂の中に重油が埋もれ長期的な回収作業を必要とする海岸や、岩場に重油がこびりついたままの状態で放置されている海岸が残っており、これらの情報を管理する仕組みが必要である。また、環境運命予測などの長期的な環境影響評価や、今後の同種の事故対策として、海岸の脆弱性評価6)等があると考える。これらは、災害時の後段におけるジオインフォマティックスの役割となろう。
6.まとめ
以上、これまでの研究成果を踏まえ、重油回収時の意志決定支援、重油漂流の監視および、総合的環境評価へのジオインフォマティックスの役割を示した。図7にその相関図をジオインフォマティックスとの関連において示した。
現在、海上保安庁を中心に構築が始まった沿岸域GISを始めとするシステムが、災害時においてスムーズに利用されるためには平常時からの利用を考慮した運用シナリオであると考える。今後の課題は以下のように整理される。
- 平常時での訓練での利用と災害時におけるスムーズな連携
- 平常時に災害を想定した訓練(Contingency Plan)への適用
- 油流出回収対策のガイドラインとの連携
- 災害時を想定した観測体制の強化
ナホトカ事故でも衛星データは利用されたものの、データの提供までに時間がかかる等の理由で、民間、NGOレベルでは有効に使用されなかった。これらを踏まえ、日本海域関係諸国を含め、以下の検討が必要である。
- 可搬式衛星データ受信・処理装置の設置
- 観測データのネットワーク化による共有化
- 荒天時の海象観測体制の向上
さらに、沿岸域での事象は多くの機関の利権が複雑に絡まり合っているため、ある機関がリーダーシップを取ることはこれまで困難であった。本研究で検討される「環境災害の被害額」推定手法が、今後同種の環境災害評価のために組織的に検討されることを願って止まない。
図7. 重流出事故とジオインフォマティクスの関連
参考文献
- 敷田麻実:日本海の油流出事故と沿岸域管理, ぎょうせい「晨」環境行政改革誌上フォーラム「論壇」,1997年4月号.
- 山崎文雄:震災情報ネットワークKOBEnetの最近の活動, JSEEP NEWS, No.152, Jan.1997.
- 尾山勇人、後藤真太郎:GISを用いた油流出事故時の沿岸域管理,平成10年日本写真測量学会秋学会講演会論文集(印刷中).
- 向井幸男ら:日本海重油汚染に関するリモートセンシングデータ取得状況, 日本リモートセンシング学会誌, Vol.17,No.1, pp.70-82, 1997.
- 石油連盟:流出油拡散・漂流予測モデルVer.3 ユーザーズ・マニュアル, 1998.
- 大野栄治, 桂木健次:ナホトカ号重油流出事故にみる沿岸域管理の検証 - 沿岸域環境・資源への災害被害による損失計算手法の開発 -,平成10年都市行政学会講演会論文集(印刷中).
- John Whitney:Shorline Countermesures Manual, NOAA Hazordous Materials Response & Assessment Division, 1994.
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