東アジアのエネルギーは日本の責任
−湾岸原油依存の高まりと炭化水素燃料の将来−

杏林大学教授
今井隆吉 (1996年5月著、1997年2月改訂 )


1. 原油の価格について

たとえ短期間にせよ、石油とエネルギーの将来の見通しをたてる事は誰にとって も難しい。1970年代に石油危機が登場してから、多くの予測がたてられ、助言がされたがどれも全面的に的中したとは言い難い。確実なのは中東、特に湾岸にある多量の原油埋蔵量が今後21世紀にわたっても最大の中心課題になり続けるだろうという事である。昨年9月に明らかにされた日米欧三極委員会 (Trilateral Commission)のエネルギー報告も其処までの分析で止まっている。

それ以外にいろいろ考えられる各種エネルギ−の長期的可能性を、価格予想をベ −スに検討するのは甚だ厄介な作業である。同じくエネルギ−政策の一環ではあっても、目の前の需給予測とそれに基ずく資金手当て、投資、その他とは話の種類が異なって来る。特にエネるギ−産業全体で規制緩和が進み、目の前の経済性が企業の行動を支配する今の時代では、技術開発、インフラ整備を含めて長期投資に関する判断はそれ自身難しい社会的な問題になる。原子力発電のように多額の投資を長期にわたって続け、しかも運転、安全の規制が今後も変化する可能性のある事業、地球環境の影響を考えた新発電技術、核融合のように技術開発が長丁場になるものなど。これらを考えるのはエネルギ−政策の長期展望であり、目の前の経済性ならばディ−ゼルかガス・タ−ビン発電の方が、はるかに安くかつ短い時間ですぐの間にあう。三極委員会のエネルギ−報告が長期的問題は、それを指摘するに止め、需給の分析に立ち入らなかったのは、エネルギ−の経済性、技術的可能性、問題点などについて過去25年の色々な予測の経験から来た知恵なのだと言える。

1996年以来、石油の先物価格がその前年に比べると大幅に変動した。第三次石油危機の声まで聞かれたくらいであるが、これは過去25年の石油市場の歴史を飛び越えて 短絡した議論である。短期の需給、在庫の調整、イラク要因などはあるが、本質的に今の時点で原油は余っている、と言うよりは、イラクからサウジアラビア、北海からロシアまで数えると、生産力は当面10年程の予測される需要に対してかなりの余裕がある。その上、3次元地震探査や水平掘削などの新技術の威力で既存の油田の生産能力の著しい向上が期待されている。確認埋蔵量を生産量で割った、いわゆるR/P比は過去25年ほどの間に多量の原油が生産される一方、中東、北海、アラスカ級の大型新油田の発見がないのにも拘らず、かつて25年だったものが、現在では35年程度にかえって上昇しているくらいである。この多くの部分が既存の油田の埋蔵量のアップグレ−ドによっている。

然しながら、よく言われる様に市場は魔物であり、時の加減で場所によって需給がタイトになる場面が出て当然であり、それが1996年を通じてのスポット市場だった。此処で注意が必要なのは、原油の価格として新聞に伝えられるのはせいぜい三カ月の先物を睨んで取引するスポット価格で、長期契約のそれとは大分違う。屡々、新聞の経済ニュ−スで「今日のニュ−ヨ−クの原油価格が24ドル」などという見出しがあって、実はアラブ湾ドバイ(DUBAI)軽質油なのか、北海ブレント(BRENT)なのか、西テキサス中質油(WTI)なのか説明が無い事がある。この3つは代表的な基準原油で、価格はバレ ルあたり4ドル前後違うのが普通である。この辺りを見極めずに表面の値段の動きから石油の将来を占うのは当然ながらかなり危険な作業と言う事になる。

1996年の冬は寒かった。従って燃料油に対する需要が高かった。アメリカは選挙の 年を迎えてガソリン税を上げるどころか、戦略備蓄の一部を取崩してモータリゼーションの奨励に動いた。その上、何年来の規制緩和で、エネルギー産業は市場競争力を重視して、コスト切り下げを計り「時間ぎりぎりのインヴェントリー(just in time inventory)」と言って、トヨタの看板方式のように、最低の備蓄しか持たず、場合によっては小売業界を通じて一日分の備蓄の余裕が無かった。石油業界誌によると中国からブラジルまで同じ方式をとったと言われる。ちょっと需要が急増すれば、原油も石油製品もスポット物が高騰するのは当然で、ニューヨークやロッテルダム或いはシンガポールの市場で話題になるのはこのスポット物である。1973年と1979年の石油ショックの主犯も取引の大部分を占めた長期契約では無く、量としては僅かなスポット市場だった事は周知の処である。

「週間石油情報 (PIW)」等の専門誌を見ていると判るが、各種原油価格は例えば西テキサス中質油(WTI)の様に実際の国際市場には出ない米国産基準原油、北海ブレント、アラブ湾のドバイ等のスポットを基に一定の公式(フォーミュラ)で計算されるのが通常である。その場合、同じ f.o.b.価格でも、メキシコ湾向けと東アジア向けとでは、つまり仕向け地によって値段が違う。距離によって輸送コストが違うし、市場によって競争条件が違うから当然なのであろう。そういう観点からすると、季節変動、その時の加減などで多少の上下があるのは別として、原油の値段は一時期に比べると4ドル程上がってバレルあたり19-24ドルで当面推移するという国際エネルギー機構(IEA)の予想から大きくは外れる事はなさそうである。

2. アラブ湾岸の政治的安定

むしろ問題はアラブ湾岸諸国が予想通りの原油供給を続けるかどうかである。別図に示すのは日米欧三極委員会 (Trilateral Commission) が1996年9月にワシントンで公表したエネルギー安全保障の報告書に含まれる物で世界の石油供給の湾岸依存度が丁度第一次石油ショックの水準まで戻る事を示している。三極委員会は日(宮沢元総理)米(フォルカ−元連銀議長)独(ラムスドルフ伯爵)政治家、学者、産業人等の集まりで、エネルギー報告が作られたの1979年の石油ショック以来第2回めである。元IEA事務局長 Helga Steeg 女史、アメリカのエネルギー省元副長官 William Martin それに日本から私の3人で1995年9月から1年がかかりで ワシントン、東京、ボンと会合をし、議論を重ねて書いた物である。その間西欧、アメリカ、日本でそれぞれの専門家、担当の官庁などと相談をして意見と意向を出来るだけ取り入れている。4月のバンク−バ−での会議以後、最終の文書を調整したが、内容的に大きく変化はなく、当面は化石燃料、15年先からの周辺条件について今から確定的な事をいうのは難しいと言うことである。

紀元2010年前後までは石油とガスで先進工業国のエネルギー需要は賄えるだろう。他方、その時点で途上国の人口増、経済成長、資源需要はまだ大した圧力にはならない。一番の難点は需要の増加がアラブ湾に集まる事である。何と言ってもアラブ湾岸には世界の既知の石油埋蔵量の半分以上があり、他の産油国とは桁違い、ひょっとするとサウジの「隠し油田」だけでもっと埋蔵量はあるかも知れない。平地の砂漠に自噴するのだから発見も開発も容易、コストも安い。大雑把な目安でアラブの原油は一つの井戸あたり一日2500バレル以上、マレイシアが1000バレル、北海が500から1000、インドネシア170 、アメリカ本土の油田は老朽化して井戸一本あたり12バレルと言う数字がある。湾岸の石油は量が多く採掘が容易で、平均原価は今でもバレル当たり2ドル以下、北海やインドネシアの7ドルとは段違いに有利である。その上これからの需要の中心である東アジア、中国などと距離的に近い。現にアジアでは中国が正味の石油輸入国となり、アラブ湾岸の原油の獲得競争が始まっている。

他方、三極委員会も指摘するように最大の問題は中東の政情不安である。1990年の湾岸戦争は化学弾頭をSCUDミサイルに載せたイラク軍と、核弾頭をジェリコ・ミサイルに載せたイスラエル軍の対決に多国籍軍が介入して事無きをえたのだという解釈がある。アメリカが、当初は不介入だった立場を最後の段階で変えて、敢えてサダム・フセイン潰しに動いたのは王族の腐敗と内政の停滞で崩壊一歩手前のサウジアラビア救済の為だったという議論が根強く、ジョルダンからパレスチナ、本当はエジプトからイエメンまで非産油国の同情はイラクに集まっていた。それだからこそ、実際に軍事行動に出るためには安保理の決議の取り直し(677号、678号)が必要となり、アメリカの上院は武力行使を5票という僅差で承認した。オスロ・プロセスで中東和平は動きだしたものの、果たして湾岸の産油地帯に大混乱が起きずに済むか、シーア派中心の原理主義が収まるのか、今の処見当がつかないでいる。嘗てエジプトのナセルが唱えた「アラブは一つ」という「アラブの大義」は今や見る影もなく地に墜ち、イスラエルに対抗する前向きの理念は不在というのが実態である。和平に対するシリアの不安定な態度が象徴的であるといえよう。

議論の焦点は、通常の政変であれば、湾岸の産油国は石油を売る以外に収入の道が無いのだから、原油の供給が途絶える事はないだろう。シ−ア派の一部原理主義の立場で、アラ−がアラブに与え給うた石油を非イスラムの資本主義者に売って収入を得るのは間違いだと言う事になれば、石油の採掘と輸出が混乱状態に陥る事は十分考 えられる。西側先進国が恐れるのはそのような混乱の発生である。

3. 東アジアの経済、政治は日本の責任範囲

先進諸国の中で、アメリカは何と言っても資源が豊かでエネルギ−需給に本質的な心配は当面ない。西欧諸国は中東の安定と次の資源の可能性としてカスピ海周辺の石油とガスを採掘し、それを運搬するパイプラインの設置をグルジア経由、トルコ経由の二つについて検討中である。資源量が多いし、距離も比較的短いから旧ソ連内部の政治混乱が納まり、特に厄介な問題である税制の整理がつけば何とか外資が集まるのではないかとの見通しである。但し、旧ソ連の市場、価格体系、投資の取り扱いに対する不安は当面簡単に落ち着きそうもない。

むしろロシアが自分で言うほど石油、ガス、石炭の生産をソ連邦崩壊以前の水準まで戻せるかどうかに疑念が持たれている。更にアメリカの議会がイランに対する石油、ガス資源開発に出資をする外国の石油会社に不利な条件を強引に設定している、例のス−パ−301条擬いの「治外法権」を押し通すとロシアの政情不安と併せて、外資にとっては難しい選択となる状態が考えられる。そういう状況が重なると、旧ソ連、東欧圏には原子力という可能性しか残らなくなるかも知れない。これは経済成長が著しい東アジア、特に中国についても言われる。中国のエネルギー需要が増え、国内産の褐炭を燃やし硫黄酸化物が偏西風に乗って日本に酸性雨をもたらすか、或は大々的に原子力発電に切り替えて日本を第二のチェルノビルで脅かすかというのが三極委員会の大雑把な要約である。

半年にわたる共同作業を終え、報告書の公表、討議が済んで私の印象に強く残ったのは先進国のエネルギ−政策の中での日本の役割である。西ヨーロッパは自分達のエネルギー政策の域内調整で精一杯である。事実 Steeg 女史は努力の大半を ヨーロッパIEA諸国との意見調整に費やしていた。西欧は中東に大混乱が起きない限り、当面は石油とガスで大丈夫、旧ソ連、中央アジアからの次の資源の手当をすれば良いとしている。アメリカはいつも次の選挙で忙しい。長期エネルギー政策よりも当面の価格安定である。確かに開発途上国の今後は問題である。21世紀に入って暫らくすると、途上国の人口増加の圧力が、例えば中国が穀物輸入国に転じ、紀元2030年を取って見るとそれだけの穀物を輸出出来る国は無いというのが、レスタ−・ブラウンの「誰が中国を養うか」という今や有名な問題提起である。(ダイヤモンド社、1995年)。中国はそれでもまだ計算に載るだけマシなのかもしれない。サハラ以南のアフリカで人口が今日の5億人が21世紀半ばでは4倍に増えるという計算があり、これだけの人口を養い、社会を成立させる手段があるとは到底考えられない。

中国のエネルギ−は本当に困った事になるかも知れない。紀元2050年までに3.5億キロワット以上の原子力発電という案もあり、安全性、核不拡散、核燃料サイクル、放射性廃棄物など、大変だろう。しかし、それは日本が心配する問題だという無意識の合意が米、欧にはある。アジアの経済と安定は日本の責任範囲である。だから、三極委員会の報告書を見てもその辺りは何と無し突き放した言い方である。アジアの大国日本は当然それだけの責任がある。だからこそ OECD 諸国、先進諸国の「日、米、欧の三極委員会」なのである。そこに気がついていないのは日本人丈なのかも知れない。

もんじゅのナトリウム漏れ自体は別段珍しい事ではないが、PRの取扱いを誤って、日本の原子力全体に二年か三年の遅れがでるかも知れないよと言ったら「それは大変だ、アラブ湾岸の石油の奪い合いがひどくなる。日本は金持ちだから良いけれとアジアの他の国には大迷惑だ」との反応だった。

紀元2010年を越えれば温室効果ガス、特に炭酸ガスが大問題で、資源の制約よりも優先するかも知れない。しかし炭酸ガスの影響の計算さえついていない今の時点で有効な対策を議論する事は時間の無駄である。まして、その程度の根拠で中国やインドネシアに化石燃料の使用を控える様に申し入れても意味があるとは思えない。第三世界の人口増と経済成長、エネルギーや食糧供給の追いかけっこの結論は予測出来ない。三極委員会の報告は紀元2010年以降再びアメリカも西欧も原子力時代にたち戻るのかも知れないと言うにとどまっている。この辺りは次の世紀の「環境外交」の展開ぶりを待つ事になろう。

冒頭に述べたように石油価格の見通しは「3ヵ月の先物」が精一杯でそれ以上の知恵があるのなら先物市場で大儲けが出来るであろう。だから、慎重な態度で紀元2010年までの事を考えたのが三極委員会のエネルギ−報告である。21世紀における温室効果ガスの影響は定性的な議論ですら難しい。他方、原子力発電は西欧もアメリカも工業先進国は当面「忘れていても良い」状況である。唯一の問題が米露核軍縮が成立して、核弾頭の解体から出てくる兵器級のプルトニュウム( 239 同位元素が93 %)約250トンの処理で、これについてはアメリカの原子力学会もナショナル科学アカデミ−も特別報告で「原子炉 の中で燃焼させてプルトニュウム 239 同位元素の存在比を使用済み燃料なみの 60%程度に落とす事」を勧告している丈で具体策の提示は無い。

今まではアメリカや西欧の技術を改良し、プルトニュウムの利用についてアメリカから文句が出ればそれに反論し、という形で原子力発電を進めて来た日本が、いまや「東アジアの原子力の安全性、不拡散、燃料サイクルは日本の責任」と言われ、当面海図の無い海を自分の力で切り開いて行く責任を負わされた事になる。中国の核実験に苦情を言い、全面核実験禁止条約の成立に一言文句を言い、という態度では今後はやって行けないのである。国連の通常経費の15%を負担し、安保理常任理事国に推される程の国になったとはそういう事なのであろう。長期エネルギ−予測についても、日本は石油依存度を減らして「国産」乃至「準国産(原子力)」への依存を増やすという一本槍で進んできた。これは取りもなおさず、準国産エネルギ−の前途について「みんなで渡る赤信号」のような感覚が先行していて、技術開発、インフラ整備、国際環境の調整などを自分の資金、技術、力でやらねばならないという意識が比較的希薄であった事にもよっている。次の世代の東アジアのエネルギ−についてはそうは行かない。