日本海・黄海の海洋汚染の問題
日本側ポジション・ペーパー 「海洋の環境ネットワークの構築に向けて」
目次
1.はじめに
3.政策課題:環境モニタリング・ネットワークとデータベースの構築
5.環境価値の診断・評価に関する総合的な評価手法の開発と確立
1.はじめに
「環境、安全保障、エネルギーに関する日米共同研究プロジェクト」の参加者は、日・米両国から集って、海洋の環境問題について1年間の研究を行った。われわれが取り上げたのは、産業活動にともなう海洋・沿岸の生態システムの変化や、石油流出事故のようなエネルギー問題と海上交通の接点に位置する環境問題である。このような問題群が示しているように、海洋の環境問題は、その多面性や多様性に特徴がある。さらに海洋は、国家の管轄権の触れ合うところであり、環境問題についても国際的な調整が必要である。日・米の専門家が、各々の研究領域について研究を紹介する中で、われわれは政府、地方自治体、NGO、国際機関といった多様なレベルで、既に多くの取り組みがあるほか、日本周辺海域にも、いくつかの国際レジーム設立の動きを認めることができた。われわれの結論は必然的に、分散的に存在する多くのモニタリングや、知識のデータベースを、どのようにしてネットワーク化するのか、また、石油流出事故のような突発的な事件の際に、この知識ネットワークをどのように活用するのか、という点に焦点を当てることになった。
多元的な問題配置
上記のように海洋の環境問題については、a.地理、b.時間、c.現象、d.社会的価値、の多元性について特徴がある。
a. 地理
地理的区分として、ここでは内陸部/海岸線/湾岸域/沖合・遠洋などの区別を挙げることができる。このような区分は確かに人間の活動や、社会的な所有権という観点からすれば重要である。しかしわれわれは、生態学的な連続性や、地上起源の汚染物質の流出・拡散という点からすれば、海洋環境をより連続的にとらえるべきではないか、と考えるようになった。このような環境問題の連続的観点は、現時点では地理的な区分を反映して、異なる所掌下にある環境行政や情報データを、より有効にネットワーク化すべきだというわれわれの論拠を裏付けるものである。
b. 時間
環境問題が持つ時間的サイクル、つまり「発生→拡大→終息」という一連の経緯の長短はさまざまである。われわれが取り上げた中で、比較的短い時間幅を持つものは石油流出事故である。また長い時間幅を持つものとして、化学物質が世代交代の中で生態学的に蓄積されていくプロセスを挙げることができる。このような時間的区分を前提として、われわれは海洋の環境問題について、短期的および長期的な観点を分けて問題を整理することが適当であると考えた。
c. 現象
海洋の環境問題は、一方では生物学、生態学、海洋学、土木工学、有機・無機化学といった自然科学、他方では経済学、法律学、政治学といった社会科学の各領域と関係している。また、流出した原油を追跡するためのリモートセンシングや、空中散布された農薬の移動とグローバルな大気の循環、といったように、海洋の環境問題に関連する研究分野のリストは、どのようにでも長くすることができる。1年間の研究を通して、われわれはあらためて自然科学と社会科学の間にある情報の格差を解消すべきである、と感じるようになった。また、このような情報は、研究者のサークルから、一般の聴衆に対しても、よりいっそう迅速に伝達されるべきであろう。
d. 社会的価値
環境問題を正当に取り扱うためには、われわれが「環境」としてひとくくりにする個々の対象に、適正な社会的価値をつけて位置づけなければならない。たとえば漁業資源には、市場価格が付くが、その資源の再生産に重要な役割を果たす湾岸の藻場は、市場では取り引きされない。最近では、漁場に近接する河川の上流にある山林の生態が、漁獲量に大きな影響を持つことが認識されるようになってきた。また、石油流出事故から生態系を回復させる作業にも、対象となる地理、生物資源を総体的に評価する必要がある。
2.海洋の環境問題の現状
日本沿岸海域における環境問題
世界の人口の爆発的な増加や、それにともなうエネルギー消費の増大の有様を見れば、再生可能な海洋の生物資源の持続的な生産性を高めていくことの重要性は明らかである。とりわけ沿岸海域の潜在的な生産力の大きさを有効に活用できるようにしていくことは、重要な課題の一つと考えられる。しかしながら現実には、これまでの工業開発や都市化にともなう有機汚濁とそれに起因する有害赤潮の頻発、底層水の貧酸素化の進行、タンカー事故などによる油汚染や、最近話題に上っている「環境ホルモン」(内分泌撹乱物質)をはじめとするさまざまな人工化学物質による汚染が、沿岸海域に生息する生物の成育環境を悪化させている。また、沿岸域の浚渫・砂利採取や埋め立て、大型の海岸構造物の設置などは、成育場として重要な藻場や干潟を直接的に壊失させるとともに、流れや濁りなどの環境変化を通して周辺の環境にも大きな影響を及ぼしている。一方、砂浜海岸では陸域からの土砂の供給量の低減と相まって、浸食による砂浜面積の著しい減少が深刻な問題となっている。このような背景のもとで、海洋環境の保全と再生をめざす総合的な取り組みが必要となってきており、各方面でそのための努力が開始されている。
ナホトカ号重油流出事故の教訓
ナホトカ事故は、日本の経験した日本海側でのもっとも大きな重油流出事故であり、様々な課題を提示した。それは以下のように要約される。
沿岸域で生じた環境災害であるため、複数の官庁が関係し、それらの指示を別々に受けて実作業をしなければなならい自治体はさらに混乱した。また、残留重油がある現在においても、残留重油の長期的な影響評価を始め、今後の重油流出災害対策に向けた総合的な環境評価手法は検討されていない。
重油回収に関する権限が集約されていない一方で、延べ770,000人のボランティアの回収作業が重要な役割を果たした。その反面、重油回収に関する専門的な知識を持つ管理者が少なく、間違った指示のため、沿岸域の復元に問題を残す地域も存在している。
被害額の請求項目の中に、環境の価値・観光の価値等の非利用価値に対する被害額の項目がなく、それらの価値の恩恵を2次的、3次的に受ける者は被害額の請求先に困惑した。
日本に寄港せず、公海上を通過する船舶が管理できない。
冬場の日本海で生じたため、現在の漂着重油の監視手法の限界が初動体制の確立を遅らせたり、時間精度の悪い観測結果を補完するための漂着シミュレーションへの入力データの提供がシミュレーションの精度にも反映した。また、情報公開の精度上の問題から取得データでの公開できないものもあった。
3.政策課題:環境モニタリング・ネットワークとデータベースの構築
長期的な時間幅をもった環境問題への対応
人間活動の海洋環境に対するインパクトの予測や評価には、まだかなりの不確実性を伴っていることはいうまでもない。したがって、開発事業の環境影響を監視することはもちろんとして、海洋環境の長期的な変化をさまざまな面から恒常的に監視する体制を整えていくことは、海洋を利用しそこから何らかの資源を得ようとするものの責務である。とくに、さまざまな環境影響が蓄積し、その累積として環境問題が現れる生物や生態系のレベルでは、その監視のための手法や体制を整備することが急務である。
現在、日本の周辺海域の環境については、環境庁、海上保安庁、気象庁などの手でルーチン調査が継続されており、各都道府県の沿岸海域では、水産試験場などが主に漁場保全を目的とした定線調査を行っている。しかしながら、これらの相互の連係は必ずしも十分にはなされておらず、相対的に沖合域での調査の頻度が少なく、調査されていても表層部が中心で、鉛直方向の分布に関する細かい調査例は非常に限られるなど、調査の時空間的な範囲(coverage)にも問題がある。さらに、調査の対象も、水質や底質(主に水質)に関する項目がほとんどで、ごく一部の海域を除けば、生物や生態系については十分の調査が行われていない。また、データの公開と一元管理、一般への提供サービスシステムの整備などの現状にも、さまざまな問題がある。
環境庁は、このような背景のもとで、海洋環境の監視体制の現状を総合的に見直すとともに、とくに陸上や船舶からの廃棄物負荷や海洋投棄の影響の監視に重点を置いて、統合的に海洋環境汚染の実態を監視していくためのモニタリング・ネットワーク構想を1997年11月に提起し(環境庁海洋環境調査検討会,1997)、そのための調査指針の整備を急いでいる。現在は、まだ予算上の制約も大きく、この構想を実体のあるものにしていくことは容易ではないが、指針には汚染物質の海底泥への蓄積や各種生物への濃縮の過程、さらには生物群集組成の変化などの広範囲にわたる調査や、人工衛星、観測ブイなど多様な観測プラットホームの活用などが盛りこまれている。たとえば、このような問題提起を支援する形で、適当なモデル海域を設定し、海域環境やそれに対する脅威となりそうな事象の現状について整理するとともに、将来に向けたモニタリングの手法や情報公開の体制を具体的に整備していくことは重要な課題である。
さらに視点を変えれば、海洋環境の保全や管理の問題は、陸域や海に流入する河川の流域などの利用形態と切り離して考えることはできない。それにもかかわらず、現在のわが国の環境管理の枠組みでは、そこが一元化されておらず、林野、河川・海岸、港湾、漁港・漁場などその利用形態などによって管轄する省庁が異なる。この点は上記のような環境監視の体制を確立していく上でも大きな障害の一つとなる問題である。最近、沿岸の漁業者などが中心となって、海岸や漁場に流入する河川の源流域に植林をする運動が全国的に展開されている。このような社会運動は、植林による環境保全の効果もさることながら、旧来の縦割り体制(sectionalism)を打破し、長期的・統合的な視点に立つことが環境の保全・再生の基本となることを啓蒙する社会教育の効果を持っている。まだ省庁や自治体レベルでの動きは鈍いが、陸と海をつないだ流域一元管理の枠組みをさまざまな形で確立していくことは、環境モニタリングの問題とも連動する重要な課題と考えられる。
日本海の国際協力
日本海は閉鎖性が強く、また海盆が深いために汚染物質が蓄積されやすい。またその一方で朝鮮半島や極東ロシアあるいは中国大陸からの各種の汚染の脅威にさらされており、国際的にそのモニタリング体制を確立することが急務となっている。その意味でモデル海域の候補の一つと考えることができる。
災害時の海象観測体制の強化
ナホトカ号事故時の初動体制は、「重油が海流にのって北上するので沿岸域での被害はない」という想定で行われ、事故発生直後での初動体制の設定に問題を残した。その後、NGOによる重油漂着シミュレーション、政府機関によるレーダおよび衛星画像を用いた海象観測により、以下の検討課題を残した。
災害時を想定した観測体制の強化
可搬式衛星データ受信機の設置。観測データのネットワーク化。荒天時の海象観測体制の向上
冬場の日本海における海象観測は、気象条件に大きく依存しており、NOAAのような可視センサーでは常時観測は不可能である。ナホトカ号事故の際に用いられた合成開口レーダ(SAR)や、H-Fレーダの複合利用により、以下のような観点から、気象条件に左右されない観測体制を確立することが必要である。
- 航跡線・重油塊の監視(SAR等、ノルウェーの例)
日本に寄港しない船の管理、および、センサーの複合利用(SAR、H-Fレーダ)- オプティカルセンサーやSARによるモニタリングの限界を考慮し、漂流シミュレーションによる補完
4.ナホトカ号重油流出事故に関する今後の政策的対応
A.ナホトカ号重油流出事故の総合的環境影響調査のとりまとめ
1989年にアラスカ沖で発生したエクソン・バルディース号事件における総合的環境影響調査はNOAA、Env.Canadaのリーダーシップによって継続されている。これに対してナホトカ号事件での総合的影響調査の規模は、担当する官庁の範囲に限定されるなどの制約から、バルディース号事件の調査に比べ小規模ものとなっている。今後の同種の災害に対する参考資料として、しかるべき機関(12/20の閣議決定で沿岸災害のとりまとめでは、運輸省となっている)でとりまとめる必要がある。
B.油流出災害を想定した回収対策のガイドラインの作成・関係諸国との共有化
重油災害を想定した国家レベルでの回収対策のガイドラインを作成し、関係諸国との共有化を行う。エクソン・バルディース号事件での教訓を踏まえたNOAAのガイドラインは、既に韓国が使用している。日本は、今後新たに作成するのではなく、日本海圏において、韓国と連携をとりつつロシアと協力してNOAAのガイドラインをベースに拡張することが得策である。なお、この中に、ナホトカ事故の教訓を生かし、以下の項目を加えることが適当である。
- 日本海域におけるインターネット利用の連絡網の設置
- 回収方法のデータベース化・提供体制の確立
- NGOとの連絡網の強化と、効果的連絡手段の検討
- 地図を介した電子掲示板の設置
- 官民とのつなぎの役割としてのNGOの位置づけ
- 脆弱性評価マップを利用した回収作業支援
- 効果的な回収ボランティア・資機材の配備
- 環境価値の評価
5.環境価値の診断・評価に関する総合的な評価手法の開発と確立
人間活動の海洋環境に対するインパクトの適切な予測・評価の方法と手順、その制度的な枠組みの明確化が必要である。わが国では1997年6月に環境アセスメント法が制定され2年後までに発効することになっており、現在そのための各種のガイドライン等の整備が進められている。
しかしながら、海洋の生物環境や生態系の評価に関しては判断の指標や基準そのものもまだ明確になっていない。住民参加や情報公開のシステムについてもまだ不十分の点が多く、制度そのものの整備も急務である。さらに、これから長期的に海洋沿岸域の有効利用を進めていくためには、その環境や生態面のコストを経済的に適切に評価し、沿岸域の利用や管理の計画の中にそれを反映させていくことが必要である。同じことはこれまでに損なわれた環境の回復事業の展開において、そのコスト負担の問題などを解決していく上でもきわめて重要である。
環境災害における環境に対する被害額の算定基準の作成
バルディース号事件の際には、エクソン社に対し、生態系の被害として、23億ドルの請求を行い、裁判の中で、9億ドルの被害額を認めさせているのに対し、ナホトカ号事件の場合は生態系の被害はおろか、観光価値低減への被害もまともに請求できていない。生態系のような非利用価値の算定手法は、バルディース号事件以降、急速に研究が進んでおり、最近では、日本でも、CVM(Contingent Valuation Method)が、屋久島の価値を計測する際に用いられている。それらの手法を環境災害の被害算定に取り込むためのベースを作る必要がある。このためには、手法の問題のみならず、「コモンズ」としての環境を誰が守るのかという議論等が必要である。
また、この問題は、「時のアセスメント」に見られる、ダムを中心とした公共事業の見直し、諫早湾・藤前干潟・愛知万博会場をはじめとする干潟での、開発と環境保護のコンフリクトの問題、沿岸域開発におけるミティゲーション事業、油流出対策の費用便益分析の際にも必要な共通課題である。
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