アジア経済研究所
作本直行
明星大学
井上秀典
アジア地域の環境協力に関して、「広域的地域管理」の必要性の考え方は相当にあてはまる。
環境協力の方法として、酸性雨、廃棄物処理、国際河川など個別的な環境問題を対象にした地域協力のアプローチも可能であろうが、やはり制度的な背景を持った地域協力の確立を前提にするほうが、環境資源の予防的、地域的、継続的管理、さらに開発と環境配慮の場合に関する政策安定と実現の点などで優れている。
東アジア地域における環境分野の協力はすでに断片的には見られるが、地域レベルでの環境開発の条約締結の動きはまだ見られておらず、小地域での環境協力の為の組織も存在していない。仮に中国、韓国、ロシア、北朝鮮、台湾などの間で環境協力の体制が形成され、環境政策に関する対話がさらに進めば、東アジア地域における環境状況が改善されることは明らかであろう。現段階で国際法上の地位が不安定な台湾などを地域の環境協力の当事者として取り込むための体制づくりが急務であろうと考えられる。
他方、東南アジア、南アジア、太平洋の各地域については、環境分野の地域協力という視点に限ってみた場合、一定程度の進展をみることができる。例えば、地域国際機関の設置、地域条約の締結、各種の環境プログラムの進行などである。
ここでは、東アジアとそれ以外の地域に分けて、地域協力の現状を検討する。
東アジアではこの地域を対象とした環境保護関連の条約がまだ存在しないために、二国間の協力関係が中心となる。ここでは日本との関係を中心に論じる。
中国の酸性雨に関する環境問題は、日本及び韓国などの近隣国、さらには世界にとっても重要である。中国の火力発電所等から排出される硫黄酸化物が気流に乗って日本に届く可能性が高い(1)。中国政府も酸性雨の防止対策を1992年以降の重要な政策目標とする方針を固めており、日本は環境保全で中国と協力することに合意している。具体的には、日中友好環境保全センターの設立によって地域規模の環境問題をはじめ酸性雨対策などのプロジェクトを確認し(2)、酸性雨に関する大気汚染防止のほか水質汚染防止、廃棄物処理対策に関するエネルギー支援に関する「グリーン・エイド」に代表される公害防止関連技術の総合対策を推進してきている(3)。
借款に環境保全条項を盛り込むことによって環境の保護を行っていこうという点も注目すべきである。日中両国政府は、輸出入銀行が1992年から供与する借款約7000億円の第3次資源開発ローンについて、中国側が開発が環境に与える影響を事前評価し、その防止策を示すことおよび事業開始後も双方が定期的に環境への影響をチェックする協議機関を設置することで合意している(4)。
環境協定の締結も検討段階にあり、協定では酸性雨などの越境環境問題に対応していくため個別に合同委員会を設け、専門技術者の交流を行う予定である(5)。
「渡り鳥およびその生息環境の保護に関する日本政府と中華人民共和国との間の協定」(1981年6月1日)が締結された。その内容は、渡来する可能性のある鳥類の保護および絶滅の可能性のある鳥類の保護を目的とし、渡り鳥の捕獲およびその卵の採取禁止を規定する。ヘラサギ、マガン、カリガネ、オオハクチョウ、マガモなど227種が保護の対象である。
「科学技術の分野における協力に関する日本国政府と中華人民共和国との間の協定」が1978年8月12日に締結された。主な内容は「平等および互恵の原則の基盤の上に科学技術の分野における両政府間の協力を発展させ、かつ促進する」ことである。
<イ>科学技術協力
韓国との間ではすでに「科学技術の分野における協力に関する日本国政府と大韓民国政府との間の協定」が1985年に締結されている。主な内容は「平等および相互利益の基に科学技術の分野における両国政府間の協力を推進」することであり、その協力には保健および環境の分野が含まれている(第1条2(c))。
<ロ>環境協定
韓国も経済発展に伴う環境の悪化を懸念しており、環境汚染の可能性もあるために、日本との間の環境協定の締結には積極的である(6)。
日本と旧ソ連との間では「日ソ間での環境保護の分野における協力に関する協定」が1991年4月18日に締結されている。
両国政府は、「平等、相互主義および相互利益の原則に基づき環境の保護の分野における協力を発展させる」(第1条)とし、協定の実施状況の検討には環境保護合同委員会を設置してあたる(第3条1)。なお、協力対象の分野は多岐にわたっており、現在考えられているのは、大気汚染の防止、水質汚染の防止、有害廃棄物の処理、都市環境の改善、生態系および生物学的多様性の保護、地球の温暖化防止、人間の活動および自然の作用が気候にもたらす環境の研究、オゾン層の保護、環境悪化の健康上、生物学上および遺伝上の影響に関する研究、環境の保護及び改善に関連するその他の分野で今後合意されるものが含まれる。
旧ソ連との間では「科学技術協力に関する日本国政府とソビエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」が1973年10月10日に締結された。この協定の枠組みに基づき「原子力の平和的利用の分野における協力に関する日本国政府とソビエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」が91年4月18日に締結された(7)。主な内容は、放射性廃棄物の処理及び処分などの原子力の平和的利用に関する協力を「相互主義に基づき発展させるよう協力する」(第1条)ことである。協力は、一般情報の交換、科学技術情報交換、専門家の交流、共同研究などの形態で行われる(第2条)。
「渡り鳥および絶滅のおそれのある鳥類ならびにその環境の保護に関する日本国政府とソビエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」が締結された。この条約は、渡来する可能性のある鳥類の保護、および絶滅の可能性のある鳥類の保護を目的とし、渡り鳥の およびその卵の採取禁止を規定する。コウノトリ、オシドリ、タンチョウ、キジバトなど287種が保護の対象である。
最近ロシアの放射性廃棄物の海洋放棄が大きな国際問題となっており、実際に状放射性廃棄物の海洋投棄が行われている(8)。
放射性廃棄物の海洋投棄については1993年の東京サミットで出された経済宣言で「放射性廃棄物の海洋投棄が世界的な規模において、なかんずく周辺諸国の環境に与える影響の見地から、深刻な懸念を惹起している」ことを認識するとともに、この問題をさらに認識するために、「日ロ合同作業を通じて緊密に協議していくことに同意する」としている(9)。今後は、問題解決のために日ロの協力体制を早急に推進していく必要がある。
韓国とロシアの間での環境協力はまだ端緒についたばかりである。1991年に韓国とロシアの間で友好条約が締結されたが、環境協力に関する協力を一般的にうたっているにすぎない。ただし、前述のロシアによる放射性廃棄物の環境影響は韓国にとっても明らかに無視できないものであろう。
韓国と中国の間で環境協定の締結が予定されている。1993年10月22日付けの日本経済新聞によれば、環境協力協定案がすでに韓国政府の側で準備されており、環境保護のための共同委員会の設置、大気、水質の汚染防止などが取り入れられ、近い将来に締結予定とされている。
これらの小地域の環境協力には、すでに述べたとおり、各国政府間に地域協力のための一定の進展が見られる。この場合、既存の地域協力組織を前提にした場合(例えば、ASEANとSAARC)とそうでない場合がある。
もっとも代表的な小地域の環境協力は、UNEP、ESCAPなどの国際機関が支援する三つのサブ・リージョナルプログラムである。「環境に関するASEAN事務官会合」(ASOEN)、「南アジア共同環境プログラム」(SACEP)、「南太平洋地域環境プログラム」(SPREP)である。これら以外に、国際機関の支援により、「低地メコン盆地開発環境プログラム」(LMBDEP)、「東南アジア海洋調整機関」(COBSEA)などのプログラムが展開されている(10)。主な三つのプログラム内容については、次の項で説明を行う。
なお、既存の地域組織を前提にしない場合として次のものがある。
2国間の協力の例として、例えば2国間では、マレーシアとシンガポールの間で1991年1月に設置された「マレーシア・シンガポール環境合同委員会」(The Malaysia-Singapore Joint Committee on Environment)があり、工場および自動車からの大気汚染、ジョホール海峡の越境汚染問題、環境基準、有害物質の管理に関する討議が行われている。また、同様の委員会として1991年11月に設置されたインドネシア、シンガポール両国間の「インドネシア・シンガポール環境合同委員会」(The Indonesia-Singapore Joint Committee on Environment)がある(11)。
また、マラッカ国際海峡の航行安全を確保するための沿岸国家間の地域協力が注目される。これは、1970年にインドネシア、マレーシア、シンガポールの間で開始したもので、これに対し日本が資金面、技術面の協力を行ったものである。近年マラッカ海峡での大型タンカー事故による油濁汚染被害の拡大に伴い、油濁防止のための支援協力関係を強化するための関係国会議がインドネシアで開催されたり、油濁防除のための回転資金(Revolving Fund)が設置されるなど、新しい動きが見られる。現在、日本側からこれを支援強化するためのOSPARプログラムが検討されている(12)。
これら以外にも、日本政府とアジア諸国の間で、いわゆる「環境センター」の設置(タイでは「環境調査研修センター」、インドネシアでは「環境管理センター」)、「グリーンエイド・プラン」の実施(中国、タイ、インドネシア、フィリピンなど)などの環境協力が実施されている。また、アメリカ、カナダ、ドイツ、オランダなどの先進国との間でも二国間の環境協力が進んでいる。アジア開発銀行、世界銀行などの国際金融機関による環境協力もこの地域では展開されている。
なお、非政府の環境協力では、環境NGO、企業、学術機関などによる協力が見られる。例えば、日本弁護士連合会のマレーシアでの公害裁判に対する支援、日本の業界などによる技術協力支援などが行われている。例えば環境NGOの国際会議や、学術機関間の意見交換など、さまざまな方法で環境協力が行われており、その役割は大きいと考えられる。
ここでは、東南、南、太平洋の各地域で展開されている三つのサブ・リージョナルの環境協力プログラム内容を紹介する。
ASOENは、1987年7月のASEAN閣僚会議の場で、それまでのASEAN専門家会合(AEGE)からASWAN常務委員会に直接報告を行う常任委員会の一つに格上げされたASEANの中の環境組織である。これは、ASEAN地域における各種の環境保護のプログラムを推進するためのものである。ASOENの目的は、地域の計画の策定、地域環境プログラムの推進などである。この地域の環境協力は、77年にUNEPが、いわゆる「ASEAN環境プログラム1」(ASEP1)を支援、実施した時に開始した。当時、このAEGE委員会は、ASEANの科学技術委員会(COST)の下に置かれ、78年12月にジャカルタでの環境会議開催以後、定期的に開催された組織である。
「ASEAN環境プログラム」(ASEAN Environmental Program, ASEP)は、ASEAN諸国を対象に、諸国間の環境協力の範囲および優先課題を取り上げるとともに、各種プロジェクトを実施してきている。ASEP第1プログラムは、1978年から82年にかけての5年間、ASEP第2プログラムは83年から87年までの5年間、ASEP第3プログラムは88年から92年までであった。ASEP第3プログラムは、優先的な協力分野、国内および地域開発政策への初期段階の統合、環境保護のための国および地域の環境保護に関わる制度的な枠組み強化、技術移転の推進、環境管理の情報交換、地球環境問題解決のためのASEAN以外の国際機関や他の国との協力の推進などを、政策ガイドラインとして取り上げたいわばアクションプログラムであったといえる。
ASEAN地域では、これまでに環境関連の宣言、条約などが多く蓄積されてきている。1981年の「ASEAN環境に関するマニラ宣言」、84年の「承認公園と保全地区に関するASEAN宣言」、84年の「ASEAN環境に関するバンコク宣言」、85年の「自然および自然資源の保護に関する条約」、87年の「持続可能な開発に関するジャカルタ決議」である。
アフガニスタン、バングラディッシュ、ブータン、インド、イラン、モルジブ、ネパール、パキスタン、スリ・ランカの諸国が、このSACEPプログラムに加盟する。SACEPの場合、財政的、制度的な困難があるにもかかわらず、環境保護に向けての活動は積極的である。例えば、環境影響評価制度手続き、環境基準、環境法整備、山岳地の生態系保護、森林保護などの国境を越える問題が対象とされている。南アジア海洋保護のための地域プログラムは、SACEPとUNEPによって調整されている。環境法に関しては、地域の環境法レポートを刊行し、中堅レベルの政策立案者のための会議開催、法案作成のための相談サービスなどを実施する予定である。また、環境教育に関しても、環境教育センターの設置など、いくつかの活動が展開されている。
1982年に設置され、南太平洋のアメリカ・サモア、クック島、フィージィー、仏領ポリネシア、グアム、キリバティー、ナウル、ニューカレドニア、ニウエ、ノーフォーク島、パプア・ニューギニア、ピットケルン島、ソロモン諸島、太平洋信託統治国、ツバル、トケラウ、トンガ、バヌアツ、ワリス、西サモア、フトウーナが含まれる。南太平洋委員会、南太平洋経済協力局、ESCAP、UNEPの4機関が、ヌーメアにあるSPREP事務局を運営している。86年に設置された大平洋環境委員会は、情報交換を促進し、SPRFPの科学技術分野の諮問機関となっている。財政基盤を確保するために、環境信託基金(Environmental Trust Fund)の設置が検討されている。SPREPの主な目的は、おもに海洋と沿岸の環境保護に向けられている。「天然資源および環境に関する南太平洋宣言」は、天然資源の持続的漁獲制限にたった管理と、将来の世代の利益のための環境資源保護を強調する。このためのアクション・プランが準備されている。また、「南太平洋の自然資源および環境の保護に関する条約」(The Convention for the Protection of the Natural Resources and Environment of the South Pacific, SPREP Convention)の草案かが1983年の南太平洋政府の専門家会合で検討され、1984年には作成に到達した。この条約は、参加国の間で環境関連の法的、財政的な側面での協力を促進するうえで大きく役立つことが期待されている。すでに87年11月現在でオーストラリアなど13カ国が署名し、2カ国が批准した。条約は10カ国の批准により効力を発生するので、90年代にはこれが達成できるものとの期待を受けている(13)(17)。なお、この条文の前文は、海洋および沿岸環境の開発による汚染の危機の存在、持続的な資源管理を行うために有効な機関を設置し、国家間の環境協力を促進する必要性を確認するとともに、既存の国際条約が海洋および沿岸の環境保護の目的を満たしておらず、とりわけ南太平洋地域の海洋汚染と環境保護には役立ち得ない旨を協調している。
さらにもう一つ、このい地域の環境関連の条約として、「南太平洋の自然保護に関する条約」(The Convention on the Conservation of Nature in the South Pacific, Apia Convention)草案が第1回ウエリントンの1975年の南太平洋国立公園会議で作成された。これはまだ効力を発生していない。上記のSPREP条約が開発との関連で環境管理にまで関心を拡大するのに対し、この条約草案(Apia Convention)は野生生物など自然保護、文化歴史財産に重点をおいている点で、基本的な立場を異にする(14)。
東南アジアなどのサブ・リージョナルなレベルの環境協力は他の地域に比べると、きわめて活発で特徴的な動きを示しているとも言えようが、東アジア地域についてはすでに見たとおり、環境協力の取り組みが本格的に開始されたとは言えない状態である。
アジアの動きはESCAPあるいはASEAN加盟国を主な対象にしたものであり、台湾などが外れており、アジア全域をすべて対象にしたものではない。さらに、前に述べたような広域的な環境保護の立場から見た場合、これらアジア地域とその周辺の地域との環境協力の必要性も高まりつつあると考えられる。