海洋環境モニタリングネットワーク構想の推進について

環境庁水質保全局企画課
海洋環境・廃棄物対策室
志々目 友博

概 要

 本稿においては、今後、国連海洋法条約等に基づき、海洋環境モニタリングを排他的経済水域を含めて実施していく際に考慮すべき課題、基本的考え方、モニタリングの目的、対象海域等について明らかにするとともに、海洋環境モニタリングネットワークを北西太平洋を中心に構築するための方針等について解説するものである。


エグゼクティブサマリー

 97年7月に発効した「海洋法に関する国際連合条約」(通称「国連海洋法条約」)に基づき、排他的経済水域を含む海洋環境の保護及び保全を推進していくこととなっており、この他、国内外において海洋環境の保全が重要な課題になってきている。このような海洋環境保全対策の一環として、海洋環境モニタリングを実施する必要がある。

 このため、本稿においては、まず海洋環境モニタリングを実施するうえで考慮すべき一般的な課題について明らかにするとともに、有害化学物質による汚染、プラスチック系の廃棄物等による汚染、油類による汚染等の個別の課題を明確にする。  次に、既存の海洋環境モニタリングの実施状況等を踏まえ、今後新たに実施するモニタリングにおいて対象とすべき対象海域等を明らかとするとともに、このモニタリングの目的、対象とする課題、測定項目等について説明する。

 また、日本海を含む北西太平洋においては日本、ロシア、韓国、中国の間で北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)が採択されており、この中で海洋環境モニタリング計画の策定については、我が国が主導的な立場で推進していくこととなっている。海洋環境モニタリングの結果については、NOWPAP地域における海洋管理方策の確立に反映させることとし、将来的には条約づくりなどを含めたこの地域における海洋環境保全対策の枠組みづくりに発展させていくことも検討していく必要がある。

 さらに、新しい科学技術を活用したモニタリング手法の検討、地球温暖化等に伴う海洋生態系への影響等の地球規模の環境問題も視野においたモニタリングを実施することなど今後の検討課題について紹介する。


1. はじめに

本稿では、環境庁の海洋環境調査検討会が97年11月に作成した報告書(「海洋環境モニタリングネットワーク構想について」)について紹介する。

  我が国は、古来より海に囲まれる海洋国家であり、海洋は、これまで漁業資源の宝庫として活用されるとともに、船舶の航行、観光、レクリエーション等多様な利用がなされている。また、海洋生物、そしてこれらを取り巻く海水の流動とそれに伴う物質循環という物理、化学、生物学的な諸過程が総合的に組み合わさって、生態系の基盤として重要な存在となっている。海洋環境の保全を進めていくうえでは、このような状況を再認識し、将来にわたって、海洋の恵沢を享受できるように、海洋環境を良好な状態で保全し、持続可能な海洋の利用を図っていくことが重要である。

 このような中で、我が国において、96年7月に発効した「海洋法に関する国際連合条約」(通称「国連海洋法条約」)は、領海の外側に位置する排他的経済水域も含め、生態系の保全を含む海洋環境の保護及び保全を推進していくこととなっている。

 一方、97年1月に発生したロシアタンカーのナホトカ号の油流出事故等により海洋環境への甚大な被害が発生し、これらの環境影響を評価し、必要な修復措置等を講じていくことなどについては重要な施策になってきている。

 海洋環境の保全対策を効果的に進めていくためには、関係地域が一体となった取組みが必要であり、国際的な海洋環境保全対策を進めていくうえでも、地域的な海洋環境保全計画等に基づき各種対策を進めていくことが重要になってきている。国連環境計画(UNEP)は、地域海計画を世界の各地において推進しており、日本海及び黄海を対象とする北西太平洋の周辺の国々(日本、ロシア、韓国、中国)は,「北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)」を採択しており、各種の環境協力を進めていくこととしている。

 海洋汚染の主要な発生源については、陸上由来の発生源が大きなシェアを占めていると言われており、1995年には、「陸上活動からの海洋環境の保護に関する世界行動計画」が策定され、これを踏まえた地域計画・国内行動計画の策定等が進められることとなっている。

 また、海上の発生源である船舶等から海洋投棄される陸域起源の廃棄物については、従来から「廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約」(通称:ロンドン条約)の規定を廃棄物処理法、海洋汚染防止法等の法令の中に取り入れ、規制等が行われてきたところである。1996年には、ロンドン条約の改定議定書が採択されており、今後我が国で同条約が発効すると廃棄物の海洋投棄に関する環境影響評価などが義務づけられることとなる。この他、「1973年の船舶による汚染の防止のための国際条約に関する1978年の議定書」(通称:マルポール73/78条約)に基づく船舶等の油による汚染の防止、ばら積み有害液体物質による汚染の防止等の施策が推進されている。

 このような中で、海洋における各種モニタリングについては、これまで環境庁の公共用水域水質測定調査、日本近海調査、海上保安庁の海洋汚染調査、気象庁の海洋バックグラウンド汚染観測等が実施されてきている。一方、最近の国内外の情勢の変化に応じて海洋環境の保全を目的とした総合的なモニタリングを実施していく必要が高まりつつあり、このモニタリングを系統的に実施することにより、その結果等を集約・解析し、海洋環境管理方策の確立及びその後の海洋環境管理に役立てることが重要である。

 海洋環境モニタリングについては、環境基本法の中で規定されている人の健康の保護、生活環境の保全、自然環境の適正な保全、生態系の多様性の確保などが図られることを目的として実施する必要がある。ただし、地球の温暖化、オゾン層の破壊に伴う環境問題等、地球規模の環境問題に関連する海洋への影響については、長期的にモニタリングしていくべき重要な課題ではあるが、本海洋環境のモニタリングにおいては、生態系の変化等を通じた間接的な影響について把握することとする。直接的な影響等については、他の調査・研究の体系の中で検討が進められていることから、現段階においては、本海洋環境モニタリングの直接的な対象とはしないこととする。

 まず、国内外の海洋環境モニタリングの必要性について整理する。


2. 海洋環境モニタリングの必要性

2-1 国内的必要性

 

 海洋汚染のモニタリング等については、水質汚濁防止法第15条に基づく公共用水域の水質汚濁状況の常時監視の一環として沿岸域において都道府県知事が実施してきたところである。また、海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律第46条に基づき、海上保安庁長官及び気象庁長官が水路業務又は気象業務に関連する海洋汚染の防止及び海洋環境の保全のための科学的調査として実施してきたところである。これらの監視は、水質の汚濁や汚染に着目した監視であるが、平成5年11月に公布・施行された環境基本法等に基づき、海洋環境保全のための総合的な監視を行うことが必要になっている。

 環境基本法では、健全で恵み豊かな環境を維持しつつ、環境への負荷の少ない健全な経済の発展を図りながら持続的に発展することができる社会を構築することを旨として、種々の環境保全措置が講じられている。同法第14条によれば、環境保全に関する施策は以下を確保することとなっている。

 海洋環境の保全に係る諸施策を推進するためにも、これらの確保を図ることが重要である。

 環境基本法の理念を具体化する方策として、平成6年12月に環境基本計画が閣議決定された。海洋環境の保全も同計画の重点施策のひとつであり、具体的には、@陸域からの負荷流入に対する適切な対策の推進、A船舶等からの油、有害液体物質等、廃棄物排出等の適切な規制の実施、Bタンカー等の油汚染事故等の予防措置、事故に対する準備等の充実、C船舶からの排出ガス削減手法の検討、D海底活動からの汚染の防止方策の検討、E浮遊性廃棄物、大規模油汚染対策等に関する調査研究、技術開発の促進、が掲げられている。さらに、関係省庁等が連携して水質環境基準項目等を効果的に監視するための水質測定計画・実施体制の整備、生物指標による水環境総合評価手法の開発と実施、海洋環境保全のための総合的な調査・監視の実施が求められている。

 また、中央環境審議会は、環境基本計画の進捗状況の第2回点検結果を閣議に報告したところである。この中では海洋環境に関して、「総合的計画的なモニタリングを進めるなど科学的知見の充実を図ること。また、国際的な協力も不可欠であり、北西太平洋地域海行動計画等の枠組みを活用した取組みを進めること。」について指摘されている。

 この他、97年5月16日には、経済構造の変革と創造のためのプログラムが閣議決定されたところである。この中の海洋関連分野の中においては、「海洋環境に関する情報の整備を図るため、生物・生態系を含む海洋・沿岸環境の調査・モニタリングを実施し、情報の蓄積・整備を進める。」ことが指摘されている。

 さらに、97年1月に日本海で発生したナホトカ号による油汚染事故については、その環境影響の把握が重要な課題となっているが、この影響については、長期間継続的に把握していくことが重要である。ちなみに、米国のアラスカ沖で1989年に発生したエクソンバルディーズ号の油流出事故については、2005年まで海洋環境モニタリングを実施することとされている。このため、日本海における長期的なナホトカ号の環境影響を把握することの目的も兼ねて海洋環境モニタリングを実施していく必要がある。

2-2 国際的必要性

 国際的には国連海洋法条約を中心に、国際協調を前提とした様々な海洋環境保全のための枠組みが作られつつある。同条約では、全ての国が海洋環境を保護し保全する義務を有する(第192条)としており、汚染の危険又は影響を監視する(第204条)こともあわせて求めている。具体的な措置に関しては、個別の条約に基づく義務を果たす(第237条)ことが必要である。

 この条約の特徴は、沿岸の200海里に及ぶ広大な海域に対して、我が国の環境保全に関する法律をほぼ全面的に適用することとなったものである。この条約の趣旨を踏まえ、海洋生態系の保全をも含めた海洋環境保全のための施策の充実強化が図られることとなった。

 この他、わが国が締結している海洋環境保全に関わる個別条約等は多数あるが、油濁事故への対処を除き、通常の海洋環境の監視という観点からは、下記条約等への対応がわが国として必要となってきている。

  1. ロンドン条約

    1975年に発効しており、陸上起源の廃棄物等の海洋投棄処分等による海洋汚染を防止することを目的とした条約である。1996年11月に採択された改定議定書によれば、廃棄物の海洋投棄処分の海洋環境への影響について従来以上に監視・評価することが求められている。

  2. マルポール73/78条約

    1983年に議定書が発効しており、船舶からの油、有害液体物質、船舶由来の廃棄物の排出による海洋汚染を防止することが求められており、これに対応した監視・評価を充実していく必要がある。

  3. 北西太平洋地域海行動計画(NOWPAP)

    北西太平洋地域海行動計画は、国連環境計画が進めている13の地域海計画のひとつである。国際的な閉鎖性海域である日本海及び黄海の海洋環境保全を図ることを目的に、関係各国が協調して海洋環境の監視等を行うことを計画しており、日本、ロシア、中国、韓国が1994年に採択している。この計画の中では、我が国が海洋環境モニタリングについて主導的な役割を担うこととなっている。

 また、最近開催された国際会議等においても海洋環境の保全は、重要な課題として取り上げられてきており、主要なものは次のとおりである。

  1. APEC環境大臣会合

    97年6月にAPEC環境大臣会合が開催されており、この会合の中では、「持続可能な海洋環境」に関するテーマが審議された。この閣僚共同声明の中には、重要な4つの課題(持続可能な都市、持続可能な海洋環境、クリーンな製造、環境的に持続可能な成長に向けて)が掲げられている。この中の「持続可能な海洋環境」の中では、海洋環境の保全の重要性が謳われているとともに、次の3つの分野に関連して目標と効果的な対策をとりまとめたことが盛り込まれている。

  2. デンバーサミット

    97年6月に開催されたデンバーサミットにおいては、橋本総理が、海洋汚染の防止に関して、「UNEP及びIMOの活動を通じた安全基準の強化や地域的な取組みに向けた国際協力の強化が重要であると認識している。」旨発言している。
    また、ロシアからは、「北太平洋における環境モニタリングプログラム」が提案されており、このプログラムの中には、水質監視、人間活動が自然環境に与える影響、測定方法の統一・データ交換に係る原則の確立等が提案されたところである。
    さらに、デンバーサミットの共同宣言の中では、「北太平洋における生態系モニタリングに関する協力を強化していくこと」が盛り込まれている。

  3. 国連環境開発特別総会

    97年6月にニューヨークで開催された国連環境開発特別総会においては、橋本総理がナホトカ号の油流出事故の経験を踏まえ、海洋環境の保全に関して国際的な対策強化につながるように努力を尽くすことについて発言している。 また、国連環境特別総会の採択文書の中でも、海洋環境の保護、海洋生物資源の保護に関連する有効な意志決定の基礎として科学的データの質及び量を改善していく必要があることなどが指摘されている。

  4. 日米コモンアジェンダ

    97年5月に開催された日米コモンアジェンダの中の油流出対応に関する事前会合においては、米国から油流出対応に関連して、監視を含む研究・開発等について日米で協力することが提案されている。

  5. 環日本海環境自治体サミット

    97年7月に富山県において富山県主催、環境庁・運輸省共催で開催された環日本海環境自治体サミットは、日本、中国、韓国、ロシアの地方自治体の出席者が参加し、北西太平洋地域の環境保全に関する情報交換、地方自治体の連携、協力等について討議され、会議総括として「富山アピール」が採択された。この中では「海洋環境の水質、生態系等について総合的計画的なモニタリングを進めるなど対策の基礎となる科学的知見の充実を図ること」などについて各国政府に要望することとされている。

 この他、ヨーロッパにおいては、オスロ・パリ条約に基づき海洋環境の監視が関係国で行われている。1995年にはオスロ・パリ委員会が採択した海洋環境モニタリング計画である「共同評価監視プログラム」に基づき、海洋環境の質の空間的パターンと経時的傾向を把握し、施策の有効性、対策の検討に資するため、海水、堆積物及び生物を対象にモニタリングが行われている。このように本地域においては、海洋環境モニタリングの体系が確立しており、海洋環境の保全を図るための基盤が整備されている状況にある。

3. 海洋環境モニタリングの課題

 以上述べたとおり海洋環境モニタリングについては、国内的にも国際的にもその必要性がクローズアップされてきているところであるが、海洋環境モニタリングを実施していくためには、いくつかの基本的な課題について解決できるよう計画していく必要があり、これらの課題について整理すると次のとおりである。

 また、海洋環境の保全に関する個別の課題について整理し、これに対応したモニタリングを実施していくことも重要である。この課題について整理すると次のとおりである。

  1. 有害化学物質による汚染

    代表的なものとして、有機塩素化合物、重金属類、有機スズ化合物、有機リン系化合物、多環芳香族炭化水素、合成洗剤・界面活性剤等があげられる。環境中での持続時間が長く、地球規模の汚染につながると考えられている物質も多い。一部のものを除けば多くの場合、これらの汚染源は陸上にあり、直接あるいは河川経由で、あるいは大気経由で、若しくは海洋投棄処分により海洋にもたらされるものである。

  2. 有機汚濁及び富栄養化

    過剰な有機物や栄養塩類の負荷及び海域の持つ浄化能力を損なうこと等によって生じる汚染であり、とりわけ閉鎖性の強い内湾で問題となる。

  3. プラスチック系の廃棄物等による汚染

    プラスチック系の廃棄物等による汚染は、高次の栄養段階にある生物の誤飲・誤食、絡まりによる外傷等を引き起こすことから、生態系への影響が指摘されている。

  4. 油類による汚染

    船舶からのビルジ等の排出、海底油田からの漏出、陸上からの流入といった原因で生じる汚染であるが、タンカー事故等に伴う汚染も規模や場所によっては長期化することもある。

  5. 熱エネルギーによる汚染

    発電所、工場、都市下水等からの熱排出(温排水)によって生じる汚染である。排水量にもよるが、一般的には局所的な問題と言える。

  6. 放射性物質による汚染

    有害化学物質と同様、持続時間の長い汚染の一つであり、代表的な汚染源として過去に行われた開放系での核実験があげられる。また、原子力艦船、原子力利用施設からの放出、放射性廃棄物の海洋投棄処分(一部不法処分も含む)も海洋での汚染源として重要である。

  7. 貧栄養化及び生産力の低下

    一部の海域においては、河川流域内において植林等を行うことによって栄養分の供給を持続させることなどにより、海域の貧栄養化及び生産力の低下を抑制する必要があると指摘されている。

  8. 海洋環境保全上の『重要な場』の喪失

    埋立、護岸工事等による浅海域の物理的改変により、藻場、干潟、サンゴ礁、マングローブ林等の重要な場が直接的あるいは間接的(例えば漂砂機構の変化による埋没等)に喪失する。この結果、例えば海域の浄化機能の低下が起こり、富栄養化を促進するような事態が想定される。また、これら浅海域の環境は、環境基本法が目指す「人と自然との豊かなふれあいの確保」という観点からの重要性も大きい。

  9. 生物相の擾乱(帰化生物の侵入等)

    船舶に付着して、あるいはバラスト水にまぎれて、新しい生物種が入ってくる。わが国の環境条件に適応可能な一部の種は再生産を行うようになり、帰化生物となる。具体的にはムラサキイガイ、ミドリイガイがあげられる。また、種苗放流する際には生態系への影響等を調査する必要が指摘されている。

  10. 漁業資源の減少

    海洋環境の変化や、漁業による過剰漁獲等が一因として考えられるが、例えば浅海域の開発による卵稚仔の生育場の喪失に伴って資源が減少するような事象も考えられる。

 これらは、@直接あるいは間接的に海洋生態系の健全性を損ねること、A人の健康に対する危険を増加させること、B海洋の社会的な価値を低下させることが懸念される。また、海洋生態系の健全性が損ねられたために、生物相が大きく変化したり漁業資源が減少するといった間接的な影響も存在する。

4. 海洋環境モニタリングの対象とする空間的スケールと時間的スケール

 海洋環境モニタリングの対象水域の選定にあたっては、対象とする課題を念頭に置き、空間的なスケール、時間的なスケールを特定する必要がある。

 既に述べたとおり海洋環境モニタリングの課題は、有害化学物質による汚染、プラスチック系の廃棄物等による汚染、生物相の擾乱等、地球的規模でモニタリングを実施していく必要のある課題もある。しかしながら、日本近海において取り扱うべき課題が多く、また、地球的規模でモニタリングを実施すべき課題についても国連等の国際機関が実施している調査と連携して、日本近海の情報を集積できるよう調査を進めていくことが重要である。このため、空間的なスケールとしては、新たに実施する海洋環境モニタリングについては日本の排他的経済水域、領海を対象とした全般的な海洋環境の状況について把握することを目的として実施することとする。

 また、時間的なスケールとしては、いずれの課題についても海洋環境の変動を把握するためには、少なくとも数十年間の調査を行っていく必要がある。さらに地球規模の海洋環境問題を把握するためには、これよりも長い期間を念頭に置き、調査を実施する必要がある。本調査については、日本近海の海洋環境の変化を中期的なレベルで把握していくことを念頭に置き、この変化を的確に把握できる調査頻度でもって継続的に調査を実施することにより、数十年間の海洋環境の変化を把握していくこととする。


5. 海洋環境モニタリング対象海域の選定にあたっての基本的な考え方

 我が国の海洋環境の保全を図っていくうえでは、海洋環境のモニタリングが重要であるが、この対象海域を選定するにあたって、日本周辺の海域の特徴について整理する必要がある。

 国連海洋法条約による海洋環境の保全の義務を果たし、海洋生態系の保全を図るためには、200海里水域内を広く監視する必要がある。

 我が国の周辺海域を大きく区分すれば、太平洋側、日本海側、東シナ海側等に分類できる。日本海側は、その沿岸及びその沖合に位置する排他的経済水域が重要な漁場等となっている。また、NOWPAPが対象とする国際的な閉鎖性の海域でもあり、朝鮮半島や極東ロシアからの汚染負荷についても適切に監視していく必要がある。さらに、中国大陸からの大気経由の汚染も懸念されるところであり、NOWPAPに基づく国際的な海洋環境モニタリング体制を確立する必要がある。

 太平洋側には大都市、大工業地帯が多く、海洋汚染の負荷源となっている地域が多い。また、海洋投入処分も黒潮に沿って、あるいはその外縁での処分量が多いことから、太平洋側のモニタリングも重要である。

  東シナ海側は、日本海に流入する対馬暖流の起源海域であるとともに、日本及び中国からの汚染負荷の影響を受ける海域であり、必要な海域について監視していく必要がある。

 このため、環境庁の海洋環境モニタリングにあっては、日本海側、太平洋側、東シナ海側の重要な水域を選定し海洋環境モニタリングを実施していく必要がある。


6. 海洋環境モニタリング対象水域、媒体等の選定にあたっての基本的な考え方

 モニタリングの対象とする水域、媒体等の選定にあたっては、3で述べた海洋環境モニタリングの課題の解決を念頭に置き、海流の状況、汚濁発生源の状況、漁場等の海域の利用状況等を考慮しつつ、選定していく必要がある。この場合、既存の調査の中で海洋環境モニタリング等が実施されているものもあることから、今後の新たな海洋環境モニタリングについては、既存の調査等も十分考慮しつつ、海洋環境モニタリング対象水域、媒体等を選定していくことが重要である。

 関連調査についてみると、環境庁関連の「公共用水域水質測定調査」(沿岸域を中心とした水質環境基準の達成状況等を把握するための調査)、「広域総合水質調査」(東京湾、伊勢湾、瀬戸内海において、水質総量規制の効果等を把握するための調査)、「日本近海海洋汚染実態調査」、「化学物質に関する調査」(環境中における有害化学物質の残留状況等の調査)、海上保安庁の「海洋汚染調査」、気象庁の「海洋バックグラウンド汚染観測」等の調査が実施されている。これらの調査の調査項目について整理すると、図−1のとおり、沖合(200海里内)等においては、近年問題となってきている有機塩素化合物、有機スズ化合物、多環芳香族炭化水素等については、測定を実施している調査は少ない。また、水生生物等の中に含まれる有害化学物質の測定については、主として環境庁で実施している「化学物質に関する調査」があるが、この調査も浅海・内湾・内海等に限定されており、沖合等においては調査がなされていない状況にある。

  次に、各調査の鉛直的な調査範囲について見ると、図−2のとおり「日本近海海洋汚染実態調査」以外の調査は、遠洋部分については、表層、特定の水深の層、海洋投棄海域に限定されており、鉛直方向の海洋環境のモニタリングは実施されていない状況にある。

 海洋汚染を監視し、海洋環境保全に係る目的を達成するためには、適切な観測媒体、水域等を選定して観測を行うことも肝要である。海洋環境を構成する媒体としては、水質、底質、生物があるが、「公共用水域水質測定調査」にあっては極く海岸近くの水質だけが、「広域総合水質調査」にあっては富栄養化に係る沿岸・内湾の水質、底質及びプランクトン量のみが、「化学物質に関する調査」にあっては沿岸・内湾の水質、底質と一部の生物のみが観測対象となっている。全般的にみて、富栄養化に係る観測を除けば、沿岸・内湾の水質を中心とした観測が行われている。したがって、海洋生態系の健全性を監視するという観点からは、空間的に沖合まで含めた総合的な調査を構築するのみならず、底質及び生物に関する観測を充実する必要がある。なお、生物に関する観測としては、生物体内の汚染物質の濃度を把握するものと、個体数・種類数などにより生物群集の状態を把握するものが考えられるが、どちらも現状では極く一部について行われているにすぎず、今後一層の充実が必要である。


7. 海洋環境モニタリングの課題の選定にあたっての基本的な考え方

 3で述べた課題のうち、今後新たに環境庁において実施する海洋環境モニタリングは、原則として、

を対象とする。また、汚染者負担の原則を踏まえ、諸活動に伴う直接的な環境影響域については排出事業者等のモニタリング活動を重視することとし、今後新たに実施する海洋環境モニタリングは、より広域的な汚染の監視に重点を絞ることとする。この観点から、次の課題は、既存の他の調査において既に実施されていることから、今後新たに実施する海洋環境モニタリングからは除外する。

 また、水産生物への有害化学物質等の蓄積のうち、人の健康の保護に関しては、食品衛生の観点からも別途対処されている。

 したがって、新たな海洋環境モニタリングの対象は、3で述べた課題のうち、@有害化学物質による汚染、A有機汚濁及び富栄養化、Bプラスチック系の廃棄物等による汚染、C油類による汚染、D貧栄養化及び生産力の低下、E海洋環境保全上の『重要な場』の喪失、であり、これらが単独で、あるいは複合してもたらす海洋生態系への影響を監視することが適切と考えられる。

 次に、200海里内を沿岸・内湾と沖合に分けて考えた場合、「有機汚濁及び富栄養化」、「貧栄養化及び生産力の低下」、「海洋環境保全上の『重要な場』の喪失」の3つの課題は主として沿岸・内湾の問題に限定される。「有機汚濁及び富栄養化」は主として環境庁が実施する「公共用水域水質測定調査」及び「広域総合水質調査」で綿密な監視が実施されている。「貧栄養化及び生産力の低下」と「海洋環境保全上の『重要な場』の喪失」は、環境庁の「自然環境保全基礎調査」において重点的なモニタリングが行われているところである。

 これに対して、有害化学物質による汚染、プラスチック系の廃棄物等による汚染、油類による汚染は、沿岸・内湾から沖合まで全ての海域で生じる問題である。一部の有害化学物質については、沿岸・内湾では、人の健康保護に係る環境基準の達成状況を把握する観点から「公共用水域水質測定調査」によって、また、人の健康に対する被害を未然に防止する観点から同じく環境庁が実施する「化学物質に関する調査」によってモニタリングが行われている。一方、沖合においては、有害化学物質の汚染状況については把握されていない物質があるとともに、プラスチック系の廃棄物等による汚染、油類による汚染については、一部、海上保安庁や気象庁で調査されているところであるが、詳細な廃棄物の種類、油の成分等に関する調査を充実していく必要がある。新たな海洋環境モニタリング調査は、既存の調査で不足している項目、調査地点等を補間することも念頭に置き、海洋環境についての全体像が把握できるよう実施していくことが重要である。


8. 海洋環境モニタリングの目的と対応する測定項目

 以上の基本的な考え方を踏まえ、今後新たに海洋環境モニタリングを実施するにあたっては、「生態系の保全」、「海洋汚染の防止」、「海洋環境保全上、重要な場の保全・創出」を海洋環境モニタリングの目的とし、この目的を評価するために必要な測定項目を定めていく必要があり、この概要は次のとおりである。

  1. 生態系の保全
    海洋生態系に対する影響を包括的に把握するため、生態系ピラミッドの各段階に対応した生物中の有害化学物質濃度の測定、生物群集構造に関する調査を実施する。
  2. 海洋汚染の防止
    陸上活動(水・大気経由)、船舶航行及び廃棄物の海洋投棄の影響を考慮して次の項目を水質及び底質について測定する。
    有害化学物質、有機汚濁物質、栄養塩類、微小浮遊性廃棄物、油等
  3. 海洋環境保全上、重要な場の保全
    藻場、サンゴ礁など海洋生態系を保全するうえで重要な場の存在状況について調査する。
    なお、測定項目については、「自然環境保全基礎調査」の調査結果等を活用することとし、不足している調査項目について新たに調査を実施するものとする。

9. 海洋環境モニタリングネットワーク構想の推進

 我が国における海洋環境モニタリングを効果的に推進することにより海洋環境の保全を図っていくためには、排他的経済水域を含む日本近海の海域を対象として海洋環境データを集約し、有機的に解析することなどにより海洋環境の状況を適切に評価するとともに、必要な場合、海洋汚染等の未然防止の観点も含め必要な海洋環境保全対策を講じていくことが重要である。

  特に、日本海を含む北西太平洋については、周辺諸国と協力して環境保全を進めていくことが重要な地域であり、我が国としても海洋環境保全を積極的に進めていく必要がある。このような中で、同海域については、NOWPAPが採択されており、この枠組みを活用しつつ、取組みを強化していく必要がある。このためには、関係国が海洋環境に関する情報交換を行うとともに、将来的には国際的な環境協力の基に当該地域が一体となって海洋環境保全施策を推進していくことが重要である。

 NOWPAPのプロジェクトの中のNOWPAP/3(協同地域モニタリング計画の策定)については、我が国が主導的な立場で海洋環境モニタリングを推進していくこととなっていることから、まず、我が国において、海洋環境の監視を体系的に行うための監視指針、監視計画等を策定するとともに、これらに基づき海洋環境モニタリングを実施していく必要がある。また、このモニタリングについては、NOWPAP地域における各国連携した海洋環境モニタリングの実施に向けた枠組みづくりに役立てていくことが重要である。

 なお、監視計画等については、今後、ロンドン条約改定議定書が発効した場合などにおける情勢の変化や科学的知見等の集積状況を踏まえ、適宜見直しを行っていくことが重要である。さらに、汚染者負担の原則に基づき、今後予想される海洋環境の開発、廃棄物の海洋投入等を実施する者が行う可能性のある海洋環境モニタリングとの関連、連携方策等についても十分検討を進めていく必要がある。

 海洋環境モニタリングを効果的に実施していくためには、このモニタリング結果について生態系の保全を含めた海洋環境の状況を適切に評価するための目標、基準等を策定することにより、この目標等に基づき海洋環境の状況を評価していく必要がある。特に、現状においては、排他的経済水域を含めた海洋の環境の状況に関する情報が不足している状況にあることから、この目標、基準等を策定するためにも海洋環境モニタリングを速やかに開始し、関連情報の収集を図っていく必要がある。

 さらに、海洋環境モニタリングの結果等については、一元的に集約化することが重要である。将来的には、例えば、海洋環境モニタリングの結果を取りまとめ、海洋環境保全施策へ反映させるための海洋環境モニタリングネットワークセンター(仮称)の整備も含めて検討を進めていくことが重要である。ただし、この場合、政府間海洋学委員会(IOC)等が既に整備している海洋環境に関するデータセンターとの役割分担などについて十分検討しておく必要がある。

 このようなセンターを軸として、周辺諸国への海洋環境モニタリング等に関する環境協力を推進するとともに、あわせてNOWPAP地域の環境管理政策の具体化に向けた方策を別途検討し、これらを併せた海洋環境管理方策の確立を図り、将来的には、条約作りなどを含めたこの地域における海洋環境保全対策の枠組みづくりに発展させていくことも検討していく必要がある。


10. 環境庁の海洋環境モニタリング関連予算措置

 環境庁水質保全局においては、北西太平洋を中心とした陸上・海上発生の汚濁物質の海域への影響、大気経由の物質の海洋への負荷の影響、海洋のバックグラウンドの汚染の状況等を確認するため、水質、底質、水生生物を総合的かつ系統的に把握するため、平成10年度から「海洋環境モニタリング推進調査費」(151百万円)に係る予算を要求している。この調査においては、次の事業を実施することを予定している。

  1. 調査対象海域
    生態系全体の健全性を評価する必要のある海域、漁場・海中公園等の環境保 全が必要な海域、陸上由来等による環境影響を監視する必要のある海域、廃 棄物投棄海域等を対象とする。
  2. 調査項目
    有機塩素系化合物、重金属類等の水質及び底質、動植物プランクトン等の生 態系関連項目、プラスチック等の微小浮遊性廃棄物
  3. 調査計画
    毎年調査測線を選定し、継続的に実施する。

 この他、環境庁自然保護局においては、国際サンゴ礁研究・モニタリングセンターの整備について、平成10年度予算として263百万円要求しているところである。海の熱帯林とも呼ばれるサンゴ礁は、多くの生物の生息地であることから、この保全については、地球的規模に立った日米協力(日米コモンアジェンダ)の最優先分野とされ、これを契機に、オーストラリア等の協力も得て、包括的な国際プログラムである国際サンゴ礁イニシャティブ(ICRI:International Coral Reef Initiative)が開始されている。モニタリングセンターについては、東アジア海地域でのサンゴ礁の管理や研究・モニタリング支援を推進するとともに、国内におけるサンゴ礁の保全・管理等に関する中心的役割を果す拠点として、日本のサンゴ礁分布の中心である沖縄県に整備することを予定している。

11. 今後の課題

 海洋環境モニタリングを効果的かつ効率的に実施していくためには、これまでのモニタリング方法に加え、例えば、無人水質測定ステーションによる水質測定、フェリー等に観測機材を積載することによる連続的な水質測定、人工衛星を活用したサンゴ礁等の存在状況の調査等、新しい科学技術を活用したモニタリング手法などについて検討を進めていく必要がある。この他、海洋環境モニタリングの推進にあたっては、IOCなどの国際機関において実施されている海洋観測などとの整合が図られるよう留意することも重要である。

 また、モニタリングされたデータを迅速に解析するとともに油流出事故等が発生した場合、速やかに環境影響について予測・評価するために必要な水質シミュレーション技術の開発等もあわせて進めていく必要がある。

 さらに、海洋環境モニタリングの目的の中に、例えばオゾン層の破壊、地球温暖化等に伴う海洋生態系への影響等の地球規模の環境問題も視野においたモニタリングを実施することを含めることについて検討していくことが重要である。



(注)本稿において、「海域」は、日本海、太平洋といった比較的広範囲な海の範囲を意味しており、「水域」は、海域を海流の流れ、利用状況等に従って更に細かく分類した範囲を意味している。