| デイヴィッド・G・ストリーツ(David G. Streets) |
デイヴィッド・ストリーツはアルゴンヌ国立研究所(イリノイ州アルゴンヌ IL60439)意思決定・情報科学部門上席研究員。本論文は個人的なコンサルティングの仕事の一環として作成されたものであり、ここで表明された見解は必ずしもアルゴンヌ国立研究所あるいは米エネルギー省の見解を反映しない。
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東北アジアは世界でも有数の流動性と多様性を持つ地域である。ここでは世界で最も豊かで開発の進んだ国の一つに数えられる日本と、北朝鮮や中国の僻地のように最も貧しく遅れた地域が共存する。韓国や上海など、人口、経済発展、工業生産性において急成長中の地域もある。数百万人が比較的恵まれた環境で生活を営む一方で、数百万人が飢餓寸前の状態に追い込まれている。貧しい地域が進んだ地域に追いつこうとする時、環境はしばしば無視されるか、あるいはせいぜい一瞥されて終わりになる。国家の富が汚染を防ぐための前提条件のように思えることも多い。だが、東北アジアのような富める国と貧しい国が隣り合って暮らす地域では、あらゆる国が環境の荒廃という重荷を共有し、環境問題の解決における地域間の協力の必要性がしだいに明らかになりつつある。そして、問題が物理的あるいは地政的境界を顧みないという点では、大気汚染と酸性雨ほど強くその性質を持つ問題はほかに無い。
本稿の目的を考慮し、東北アジアは日本、韓国、北朝鮮、中国東北部を指すものと定義する。中国全土を東北アジアに含めることは適切とは言えないため、特に東北中国という地域を設定した。ネイモンクー(内蒙古)(その東半分)、シャンシー(山西)、ホーナン(河南)、アンホイ(安徽)、チョーチアン(浙江)の各省[訳注:内蒙古は自治区]が西の境界である。朝鮮半島と日本に影響を与える主な汚染物質排出源は、中国のこの部分に属する。この地域以外の中国の排出源も、遠く東南アジアの排出源同様、サイクロンを含む広範囲な風のパターンにより、この地域に対してある程度の影響力を持つが、その影響は概して小さく、距離が離れるにつれて影響力は急速に低下する。
図1は本稿で東北アジアを構成する地域を定めたものである。本稿の初めの方では中国全土に言及した部分もあるが(たとえば人口増加と経済成長に関する考察)、図1でことわったように、エネルギーと排出量の計算は東北中国のみの値である。モンゴルはこの分析には含まれない。日本海沿岸の極東ロシア側については簡単に触れるにとどめた。データ不足のため、この地域による影響は分析できなかった。

本稿の数量データ部分では、以下に説明するRAINSアジア・モデルの結果を使っている。東北アジア地域はRAINSアジアでの23の「小地域」とぴったり一致する。これは個々の州や県またはそれらをいくつか組み合わせた16の地域と、ペキン(北京)、プサン(釜山)、ソウル/インチョン(仁川)、シャンハイ(上海)、シェンヤン(瀋陽)、タイユアン(太原)、テンチン(天津)という7つの主要都市圏から成る。23の小地域各々のRAINSアジアIDコードは図1と表1に示した。
RAINSアジア・モデルは世界銀行とアジア開発銀行が出資して国際的な専門家集団が作った包括的分析ツールである(Bhatti他、1992;Foell他、1995;世界銀行、1995)。その目的は、人口、経済発展、エネルギー利用、排出物質(大気中の輸送と沈着を介して)から、影響を受けやすい生態系の受容システムまで、アジアにおける酸性物質沈着の原因を追跡調査することである。このコンピュータ・モデルは、アフガニスタンよりも東の国全部を含むアジア23ヶ国をカバーする。全地域を94の小地域に分け、そのうち24小地域が大都市圏である。前述の通り、本稿の目的に合わせ、これら小地域のうち23小地域を東北アジアとしてまとめた。このRAINSアジア・モデルにより、代替エネルギー経路と排出防止戦略が大気への排出量に及ぼす効果を検討することが可能になり、この分析で東北アジアが直面するエネルギーと排出に関する問題を論じるための量的枠組みを定めることができた。特にことわらない限り、データはRAINSアジア・モデルのバージョン7.01を使い、筆者が求めたものである。
| 地域 | コード | SO2 | NOx | ||
| 1990 | 2020 | 1990 | 2020 | ||
| ペキン(北京) | BEIJ | 0.27 | 0.68 | 0.24 | 0.92 |
| ホーペイ(河北) アンホイ(安徽) ホーナン(河南) | HEHE | 3.08 | 8.44 | 1.70 | 6.06 |
| ネイモンクー(内蒙古) | IMON | 0.69 | 1.42 | 0.36 | 1.41 |
| チャンスー(江蘇) | JINU | 2.11 | 6.28 | 0.85 | 3.92 |
| 東北平原 [訳注:これがどこに相当するのか不明] | NEPL | 2.49 | 6.72 | 1.68 | 6.25 |
| シャンハイ(上海) | SHAN | 0.51 | 1.48 | 0.40 | 1.51 |
| シェンヤン(瀋陽) | SHEN | 0.10 | 0.30 | 0.04 | 0.29 |
| シャントン(山東) | SHND | 1.06 | 2.52 | 0.60 | 1.80 |
| シャンシー(山西) | SHNX | 0.63 | 1.56 | 0.49 | 1.43 |
| タイユアン(太原) | TAIY | 0.20 | 0.73 | 0.10 | 0.66 |
| テンチン(天津) | TIAN | 0.23 | 0.74 | 0.20 | 1.10 |
| チョーチャン(浙江) | ZHEJ | 0.53 | 1.65 | 0.27 | 1.41 |
| 中国/四国 | CHSH | 0.16 | 0.19 | 0.47 | 0.62 |
| 中部 | CHUB | 0.16 | 0.21 | 0.37 | 0.81 |
| 北海道/東北 | HOTO | 0.11 | 0.15 | 0.30 | 0.50 |
| 関東 | KANT | 0.17 | 0.26 | 0.62 | 1.36 |
| 近畿 | KINK | 0.13 | 0.17 | 0.40 | 0.72 |
| 九州/沖縄 | KYOK | 0.11 | 0.14 | 0.42 | 0.63 |
| 北朝鮮 | KORN | 0.34 | 1.35 | 0.52 | 2.43 |
| 韓国北部 | NORT | 0.25 | 0.94 | 0.25 | 0.98 |
| プサン(釜山) | PUSA | 0.61 | 1.09 | 0.27 | 1.28 |
| ソウル/インチョン(仁川) | SEOI | 0.50 | 2.92 | 0.30 | 1.94 |
| 韓国南部 | SOUT | 0.29 | 0.58 | 0.23 | 0.88 |
このレポートでは、基準年の1990年と将来の1時点としての2020年の結果を中心に報告する。30年という時間間隔を選んだ理由は、エネルギーと環境のたどる経路の長期的展望を示すことにより、現状のままの場合に引き起こされる可能性のある結果を劇的に描写できると考えたためである。だが、この地域の変化は速く、2020年に関する結果はかなり不確実なものにならざるをえないため、これは単に各種の政策決定によって起きる可能性のある結果と見なしていただきたい。つまり、未来を見通す「占い」のような決定的予測ではない。2010年に関する結果を随所に示すことにより、それらの2つの時点の中間の見通しを追加した。
アジア諸国に関する排出一覧表作成に必要としたデータの多くは信頼性が低いことを、ここで強調しておく必要があるだろう。多くの国が、エネルギー生産量、燃料特性、燃焼器のタイプなどの全国統計値を収集する専門機関を持たない。欧米のデータに匹敵するデータがあるのは日本のみである。排出量を大気の質に読みかえるために必要な高度なデータ−点源煙突の高さ、排出量の日変異、プルームの高さなど−は、全く入手できない。RAINSアジア・モデルでは、一部のデータはアジアでの経験に基づき求められ、一部は欧米での経験から外挿された。これについてはプロジェクトの最終レポートで詳しく説明されている(世界銀行、1995)。
酸性雨問題のルーツをたどると人間の活動にたどり着く。人は基本的ニーズを満たすためにエネルギーの生産と消費を必要とする。エネルギーが化石燃料の無規制の燃焼という形で提供されれば、多種多様な化学物質の放出を通じて大気汚染が起きる。本稿では、酸の沈積を引き起こす物質として、二酸化イオウ(SO2)と窒素酸化物(NOx)に注目する。人の数が増えれば、必要なエネルギー量も当然増え、大気汚染の程度も悪化する。
東北アジアは世界でも最も人口密度の高い地域の一つに数えられる。1990年現在、この地域の各国の人口は以下の通りである。日本(1億2400万人)、韓国(4300万人)、北朝鮮(2200万人)。中国の総人口は約11億7000万人だが、中国東北部の人口データは入手できない。多い人口、高い人口密度、高い人口増加率も、現在のアジアの特徴として知られる。大きな流れを見ると、アジアの人口は急速に成長した後、世紀の変わり目からしだいに減少すると予測されている。RAINSアジア研究では、大陸全体に関する平均人口増加率を1.66%(1990〜2000)、1.47%(2000〜2010)、1.33%(2010〜2020)と推定している。2020年までに、アジアの人口は46億人に達すると見られ、これは1990年から55%の伸びである。
だが、人口増加は地域全体でまちまちである。現在の欧米のレベルと同様、先進国では人口増加率は低い。従って、2020年の日本の人口は1億2700万人と予測され、21世紀になってからはほぼ横ばいと見られている。韓国の人口は2020年までに約5100万人に増加すると予測され、年平均増加率は約0.5%である。北朝鮮の増加はそれよりも速く(1990年から2000年が1.8%、2000年から2010年が1.2%、2010年から2020年が0.9%)、2020年までに3200万人に達するだろう。中国では歴史的に人口増加率が高かったが、強力な人口抑制策を導入した結果、21世紀以降の増加は鈍化すると言われる(1990年から2000年が1.2%、2000年から2010年が0.9%、2010年から2020年が0.5%)。
東北アジアは第二次世界大戦後、驚異的な経済成長を遂げた。日本と韓国は1960年代、70年代、80年代の長期にわたり、8%から10%という年平均経済成長率を維持した。ここ10年間に、中国もアジア経済の上り調子に加わった。だが、この地域内には経済力という意味で、いまだにかなりの差がある。4ヶ国の1990年の国内総生産は日本(2兆4000億ドル)、中国(3200億ドル)、韓国(2500億ドル)、北朝鮮(280億ドル)だった(すべて1990年の米ドル換算)。一人当たりに換算すると、GDPのひらきがさらに鮮明になり、日本(19,400ドル)、韓国(5,900ドル)、北朝鮮(1,300ドル)、中国(270ドル)である。1990年の欧米の数値は、ほぼ15,000ドルから20,000ドルだった。
日本と韓国は欧米に対抗する経済競争力の維持に努め、中国は経済基盤強化を目指し、北朝鮮は現在の極度の経済難と戦うという状況の中で、この地域では今後も急速な経済成長が続くものと見込まれる。21世紀になり、この地域の各国が成熟し、発展が進めば、経済成長の勢いはおさまるだろう。RAINSアジア研究では、アジア全体の年平均経済成長率を6.5%(1990〜2000)、3.9%(2000〜2010)、3.7%(2010〜2020)と予測している。このようなレベルで成長すると、1990年の大陸全体のGDPは2000年までに4倍になる。
日本のGDPは他の国々と比べると成長が遅く、2020年までに7兆4000億ドルに達すると予測される。21世紀に入ってからの年成長率は約2.6%である。韓国の経済成長はそれよりも速く(2000年以降は4〜5%)、2020年までに1兆2000億ドルに達する。中国は急成長を続け(2000年以降は5〜6%)、2020年までに現在の8倍の2兆4000億ドルに成長する。北朝鮮の経済について、RAINSアジア研究では、国内問題と欧米市場への進出が不可能なことにより、今後も困難な状況が続くと予測され、年2%のGDP成長率を維持し、2020年までに510億ドルに達すると見られる。2020年の一人当たりGDP推定値は、日本(58,200ドル)、韓国(24,300ドル)、北朝鮮(1,600ドル)、中国(1,500ドル)で、北朝鮮を除く全域がさらに豊かになることを示している。
東北アジアでの人口と経済の急成長を考えると、21世紀のエネルギー消費量はうなぎ上りと思うかもしれない。だが、エネルギー消費量の増大と経済並びに人口の成長を切り離す方法がいくつかある。たとえば、経済成長はすべての経済セクターに均等に起きるわけではない。エネルギーを大量消費する工業セクターは、エネルギー需要が比較的低いサービス・セクターよりも成長速度が遅いと予測されている。このため、たとえば2000年から2010年の中国のサービス・セクターは、年に8.4%の割合で成長が見込まれるのに対し、工業セクターは6.2%、農業セクターは3.0%と予測される。韓国の経済では、その時点でもまだ工業セクターの成長率が最も高いと予測されるが、日本では中国と同様の状況が予想される。エネルギー集約度の改善などの他の要素に加え、このようなセクターごとの順位の変化が、エネルギー需要の伸びを緩和する上で役立つ。
東北アジアの1900年のエネルギー消費総量は43 EJ(エクサジュール、10の18乗ジュール)だった。これはアジア全体のエネルギー使用量のちょうど半分にあたる。各国の内訳は中国東北部(45%)、日本(42%)、韓国(8%)、北朝鮮(4%)だった。表2は基準年の国別エネルギー消費推定量である。これらのエネルギー数値(及びそれに続く数値)は、中国全国ではなく、中国の東北部のみに関する値である。表3に示したように、1990年にエネルギーは主に工業セクター(45%)で消費され、発電(19%)、住宅での使用(16%)、輸送(10%)がそれに続く。
| 国名 | 1990 | 2010 | 2020 | ||
| BAS | HEF | BAS | HEF | ||
| 中国東北部 | 19.4 | 44.5 | 35.6 | 61.0 | 45.0 |
| 日本 | 17.9 | 25.7 | 20.9 | 28.8 | 21.5 |
| 韓国 | 3.6 | 9.5 | 7.8 | 13.4 | 9.7 |
| 北朝鮮 | 1.8 | 5.0 | 3.9 | 7.9 | 5.5 |
| 合計 | 42.7 | 84.7 | 68.2 | 111.1 | 81.7 |
このエネルギー需要を満たしたのは主に石炭で、一次エネルギー必要量の48%を供給している(表4)。あとは重油と中油(20%)、軽油とガソリン(15%)、天然ガス(7%)、核燃料(7%)である。このように石炭への依存が強いことが、排出量レベルが高くなる大きな原因となっている。
| セクター | 1990 | 2010 | 2020 | ||
| BAS | HEF | BAS | HEF | ||
| 工業用燃料 | 19.3 | 36.0 | 28.7 | 45.0 | 33.9 |
| 住宅用/事業用 | 6.9 | 12.8 | 11.1 | 16.1 | 12.8 |
| 運輸 | 4.1 | 10.3 | 8.0 | 15.5 | 9.9 |
| 発電 | 8.2 | 17.5 | 13.7 | 24.4 | 17.3 |
| 非エネルギー用途 | 1.8 | 3.4 | 3.0 | 4.2 | 3.8 |
| その他(転換と損失) | 2.3 | 4.7 | 3.6 | 5.9 | 4.1 |
| 合計 | 42.7 | 84.7 | 68.2 | 111.1 | 81.7 |
| 燃料タイプ | 1990 | 2010 | 2020 | ||
| BAS | HEF | BAS | HEF | ||
| 石炭 | 20.6 | 44.8 | 34.1 | 58.8 | 39.8 |
| 重油と中油 | 8.7 | 15.1 | 11.8 | 19.3 | 13.3 |
| 軽油 | 6.6 | 10.6 | 8.8 | 12.6 | 9.2 |
| 天然ガス | 3.0 | 6.1 | 5.3 | 8.8 | 7.5 |
| 再生可能エネルギー | 0.1 | 0.2 | 0.2 | 0.3 | 0.3 |
| 水力発電 | 0.8 | 2.7 | 2.7 | 3.8 | 3.8 |
| 原子力発電 | 2.8 | 5.2 | 5.2 | 7.6 | 7.6 |
| 合計 | 42.7 | 84.7 | 68.2 | 111.1 | 81.7 |
アジアにおける将来の酸性雨被害の潜在的可能性を理解するには、将来のエネルギー消費を予測する必要がある。前述のように、エネルギー消費を左右する大きな要素は経済成長である。もう一つの要素は、経済成長による需要を満たすためにエネルギーが消費される速度である。アジア経済の多くの部分で、きわめて効率の悪いエネルギー消費が見られる。このため、エネルギー効率を改善できれば、エネルギー消費量の増加速度を経済生産性の上昇速度よりも低く抑えられるはずだ。このようなエネルギーと経済の切り離しは、環境を保護するいかなる地域政策にとっても重要な要素である。
1990年、日本の工業エネルギー集約度は約4.8 GJ/1000米ドルだった。これは欧米での最善の値に匹敵する。韓国では12 GJ/1000米ドルだった。だが、北朝鮮と中国ではそれぞれ86 GJ/1000米ドル、110 GJ/1000米ドルと、工業エネルギー集約度が極端に高い。これは同じ1ドル分の製品を生産するために必要な一次エネルギー量が、中国では日本の20倍であることを意味する。この違いの一部は生産される経済産物のタイプに起因する。たとえば中国は鉄鋼やセメントなど、そもそも大量のエネルギーを必要とする基礎原材料を生産する傾向が強いのに対し、日本はエネルギーをあまり必要としない最終製品を生産する。とはいえ、効率の悪い機器類と時代遅れの業務形態が、中国と北朝鮮のエネルギー集約度の高さの主な原因であることは確かだ。
アジアの途上国では、エネルギー集約度は一貫して向上し続けている。特に中国は過去10年間に急速な経済成長を続ける中で、エネルギー需要を大幅に削減した。このため、RAINSアジア・プロジェクトでは、中国の工業エネルギー集約度は2020年までに44 GJ/1000米ドルまで改善されると予測している。中国経済の他のセクターでも同様の水準の改善が行われるなら、エネルギー消費量の増大を経済成長と比べて軽減できる。一方、北朝鮮については、工業エネルギー集約度が今後むしろ悪化することが考えられ、中国のような改善は望めない。
経済成長とセクター固有の技術開発に関する詳細な推定を用い、RAINSアジア・プロジェクトでは、2020年までのエネルギー予測を行った。その中の東北アジア地域に関する部分を以下に紹介する。基本ケース予測(BAS)では、東北アジアにおけるエネルギー消費総量は、1990年の43 EJから2020年には111 EJに増加するものと予測された(表2から4と図2を参照)。この需要増は主に石炭の21 EJから59 EJへの増加でまかなわれる。他のすべてのエネルギー供給が増加するが、そもそも基本となる値自体が低い。日本のエネルギー需要は、今後30年間にゆるやかな伸びを示す(61%)のみと見られるが、他の3地域は3〜4倍に増大するだろう。このため、たとえば中国東北部が2020年に地域のエネルギー利用量に占める割合は55%に拡大する(表2)。
すべての経済セクターでエネルギー消費量が増えるが(表3)、最も顕著なのは運輸セクターで、マイカーの需要が伸び、マイカー取得規制が解除されることにより、1990年の4 EJから020年には16 EJに増える。また、発電セクターでは、電力がしだいに僻地にも普及し、都市部での家電製品所有率が急上昇することで、8 EJから24 EJに増える。
以上のようなエネルギー・シナリオが、RAINSアジア研究の基本ケース(BAS)予測である。このシナリオでは、各国の公式エネルギー予測に従い、エネルギー開発とエネルギー効率の改善が続くが、大規模発電並びに工業施設での化石燃料浪費の是正を意図したエネルギー効率改善策や代替燃料の利用など、環境保全のための特別措置は講じられないものと仮定している。
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環境保護対策を強化した場合の効果をシミュレートするため、代替エネルギー経路を考案した。ここでは高効率予測(HEF)と呼ぶことにする。このシナリオでは、2020年のエネルギー消費量は82 EJとなる。図2はBASとHEFの違いを図示したものである。HEFシナリオでは、エネルギー消費量の増加をかなり抑制しているが、完全に防止しているわけではない。HEFシナリオでの1990年から2020年の成長は91%、BASシナリオでは160%である。この改善のほとんどは、2020年の石炭の使用を59 EJから40 EJに削減することによって達成される(表4)。これはエネルギー需要の削減と、発電所での石炭の使用を水力、原子力、天然ガスに切り替えるための一致協力した対策を通じて実現される。
1990年から2020年の間にアジアで必要となるエネルギー増加分を、原子力または再生可能エネルギー源で供給するならば、大気環境に対する深刻な脅威にはならない−ただし、これら代替エネルギー源自体も、それなりの環境的、経済的問題をはらんでいるが−。だが、将来必要とされるエネルギーの大半は、石炭で供給されるというのが現実である。さらに、液体燃料の需要のほとんどが、ガソリンを含む各種石油精製品で満たされ、それらのすべてが何らかの形で酸性雨の前駆体を放出する。
石炭はいつでも入手可能な状態にあり、掘削も利用も簡単で、かつ比較的安価なため、今後もアジアにおける主要エネルギー供給源として使われ続けるだろう。これは特に東北アジアにあてはまる。中国はシャンシー(山西)/ホーペイ(河北)/シャントン(山東)地域に、700 GTを超えると言われる莫大な埋蔵量の炭田を持つ(Walker、1993)。この石炭のイオウ含有量は約0.3%から3%以上と、かなり変異が大きい。ヘイロンチャン(黒竜江)省には、40 GTの石炭埋蔵量があると推定され、ここのイオウ含有量は平均約0.4%である。内蒙古には次に大きな炭田がある。中国の石炭産業は近年急速に拡大し、今や年間約10億トンという、世界一の石炭産出国になった。そのほとんどは国内に供給されている。生産、輸送、利用施設拡大のための資金不足により、生産量は21世紀中に約22億トンで頭打ちになるものと見込まれる(Siddiqi他、1994)。だが、2020年まで東北アジアで必要とされる石炭量は、物理的あるいは経済的要因によって制限されるとは思えない。表5は1993年の地域別の石炭の状況と、Intarapravich他(1996)による2010年の予測を示したものである。
| 国 | 1993 | 2010 | ||||
| 生産量 | 消費量 | 純貿易量a | 生産量 | 消費量 | 純貿易量a | |
| 中国(全国) | 1,141 | 1,123 | +18 | 2,000 | 1,975 | +25 |
| 日本 | 7 | 118 | -111 | 1 | 150 | -149 |
| 韓国 | 9 | 40 | -31 | 4 | 77 | -73 |
| 北朝鮮 | 34 | 35 | -1 | 50 | 58 | -8 |
| [オーストラリア] | - | - | +132 | - | - | +230 |
| [インドネシア] | - | - | +18 | - | - | +37 |
| [ベトナム] | - | - | +2 | - | - | +7 |
| aプラスの値は純輸出量、マイナスの値は純輸入量を表わす。この表に含まれない輸出国、輸入国もある。東北アジアの主な4ヶ国と東北アジアへの主な輸出国のみを示した。出典:Intarapravich他、「2010年までのアジア太平洋エネルギー需給見通し」エネルギー誌、21、1017-1039、1996 | ||||||
日本は北海道と九州にわずかな石炭埋蔵量を持つ。埋蔵量は合計で約10 GTと推定され、回収可能な埋蔵量は1 GT未満である。石炭は良質だが、日本の石炭産業は長らく衰退の一途をたどっており、将来の需要はほぼ全面的に輸入に頼ることになる。日本の石炭輸入量は1993年の約111 mt/yから2010年には149 mt/yに伸びるものと予測される(Intarapravich他、1996)。現在、オーストラリアが最大の供給国で、カナダ、アメリカ、その他の国々がそれに続く。この状況は今後も続くものと思われる。韓国には天然エネルギー源が乏しく、石炭埋蔵量が少ない上に品質も低く、掘削も難しい。日本同様、韓国の今後の石炭供給も、オーストラリアをはじめとする同じ国々からの輸入に頼ることになる。将来、日本と韓国はどちらも中国からの石炭輸入を拡大しそうだ。
北朝鮮の石炭埋蔵量はそれよりも多く、12 GTと推定され、未発見のさらに大きな炭田があるともいわれる。北朝鮮の石炭産業に関する情報は入手しにくい。近年この国を襲っている全体的な経済危機が石炭産業にも響き、1990年代初期には、国内生産量が半分に落ちたといわれる。業界がこれほど混乱した状態では、将来の予測は難しい。低賃金に魅力を感じた海外企業が、良質な石炭の採掘に投資すれば、次の世紀に北朝鮮は重要な輸出国になることも可能だ。それができなければ、このまま国内利用のための生産を続け、中国に少量を輸出し、コークス用炭を輸入することになるだろう(Daniel、1995)。
東北アジアのエネルギー市場に新たに加わったのが、極東ロシアである。Tang and Khartukov(1996)によれば、この地域は21世紀初期に石炭石油製品の小規模な供給源になる可能性がある。それよりも重要な点として、持続性のある大量の余剰天然ガスを、2000年までにアジア市場に輸出するようになりそうだ。この天然ガスの一部で発電セクターまたは工業セクターの石炭を置き換えることができれば、二酸化イオウの大気への排出量を激減させることも可能だ。極東ロシアがこの地域への重要なエネルギー供給源になれば、政治と環境両方のバランスに変化が起きる。緊急にこの地域に関する排出量を推定し、RAINSアジアのような分析モデルに取り込む必要がある。
東北アジアにおける野放しの石炭大量燃焼が引き起こす問題は、この地域内でも決してないがしろにされているわけではない。中国に適した技術を開発すべく、広範な作業が進んでいる。中国、日本、その他の国々の多数の研究開発団体が、石炭洗浄、練炭製造、小型ボイラーの効率化、中〜高水準の除去効率を持つ低コスト排出抑制手段などの技術に関し、共同研究を続けている。
燃焼される化石燃料の量、それらのイオウ含有量、灰に残ったイオウの量を調べることにより、抑制されない二酸化イオウ排出量を算出することができる。1990年に排煙抑制技術を導入していたのは日本のみで、これはRAINSアジアのデータベースに反映されている。1990年の二酸化イオウ排出量推定値を、表6では国別に、表1では23の小地域別に示した。
1990年の東北アジアにおける二酸化イオウ総排出量は14.7 mt(百万トン)と推定されている。内訳は中国東北部が11.9 mt(81%)、韓国1.7 mt(12%)、日本0.8 mt(5%)、北朝鮮0.3 mt(2%)日本での大量の化石燃料使用による影響は、広く普及した排出抑制技術によって軽減されている。二酸化イオウ排出量の多くは、東北平原、ホーペイ(河北)/アンホイ(安徽)/ホーナン(河南)、チャンスー(江蘇)/シャンハイ(上海)などの中国の工業地帯で発生している。放出源がこのような場所にあることが、朝鮮半島から日本と北太平洋へ国境を越えて流入する一因である。
| 国 | SO2 | NOx | ||||
| 1990 | 2010 | 2020 | 1990 | 2010 | 2020 | |
| 中国東北部 | 11.9 | 25.3 | 32.5 | 6.9 | N.A. | 26.8 |
| 日本 | 0.8 | 1.0 | 1.1 | 2.6 | N.A. | 4.6 |
| 韓国 | 1.7 | 4.1 | 5.6 | 1.1 | N.A. | 5.1 |
| 北朝鮮 | 0.3 | 0.9 | 1.3 | 0.5 | N.A. | 2.4 |
| 合計 | 14.7 | 31.3 | 40.5 | 11.1 | N.A. | 38.9 |
| N.A. = N.A.=van Aardenne(1996)が算出していない値。 | ||||||
BASエネルギー・シナリオでは、排出量は2010年に31.3 mt、2020年に40.5 mtに増える。このシナリオでは、現在のエネルギー政策が継続され、現行規制のもとで必要とされる以上の環境対策は講じられないと仮定されている。つまり、主な石炭燃焼施設において、燃焼後の排煙処理を行うのは日本のみである。2020年に中国東北部は約32.5 mtを排出し、全体の80%の割合を維持する。排出量はしだいに中国東北部の工業地帯に集中するようになる。韓国の排出量も、石炭を使う産業の成長により、1990年の1.7 mtから2020年の5.6 mtへと、かなり増加することが見込まれる。
HEFエネルギー・シナリオでは、エネルギー効率を引き上げ、化石燃料に代わる代替燃料の導入を奨励すると仮定した結果、二酸化イオウ排出量は2010年には「わずか」24.7 mt、2020年には28.8 mtにしか増加しない。こちらでもまだ排出量は30年間に倍増する。この状況は、ヨーロッパや北米とはかなり対照的だ。後者では、二酸化イオウ排出量が1990年の24 mtから2020年には約17 mtに(北米)、及び1990年の37 mtから2020年には約16 mtに(ヨーロッパ)、減少するものと予測されている。どちらの場合も、酸性雨問題に関する意識の高まりが、環境保護運動とそれに伴う排出量抑制につながった。アジアでも同様の段階を踏まない限り、排出量に関する世界のパターンとは逆の傾向に進み、アジアは排出量最大の大陸になるだろう。
将来も東北アジア諸国が現在以上に環境を重視することはないと仮定したBASシナリオでの予測は、将来の排出量に関する上限と見ていいだろう。これは悲観的予想だ。中国や韓国などの国は、排出量の多い地域や生態系が影響を受けやすい地域で、排出量をカットする法律を制定し始めている。日本は長年そういった規制を施行している。また、前述の通り、性能の良い先端技術がエネルギー供給市場に普及し始めている。
すべての主要排出点源(既存と新規、工業と発電)が、最新式排煙脱硫(FGD)システムを設置し、化石燃料の他の利用者が、イオウ含有量の少ない燃料に切り替えると仮定すれば、将来の排出量の下限を求めることができる。RAINSアジア研究では、これを最善技術(BAT)シナリオと名づけている。このような仮定のもとでは、東北アジアの1990年の排出量は、2020年までに69%削減され、4.6 mtになる。こちらのシナリオも非現実的だ。そのような広い地域にそれほど厳しい規制を加えられるだけの資金はどこにも無い。
従って、東北アジアの将来において二酸化イオウ排出量がたどる道筋を現実的に考えれば、2020年に関して図3に示したように、BASシナリオとBATシナリオという上下限の中間になるだろう。将来の排出量の可能性にこのような幅があるということは、この地域の国々の政策担当者が経済発展と環境保護への投資を秤にかける際に、大きなチャンスと課題の両方があることを意味する。
RAINSアジア研究では、規制に関して2種類の中間レベルのシミュレーションを行っている。1つは先端排出抑制技術(ACT)シナリオで、新設発電所(既存のものではなく)すべてにFDGを応用し、工業、住宅、運輸セクターで中程度のレベルの燃料切り替えが達成されるという内容である。もう1つは基本排出抑制技術(BCT)シナリオで、中国の新設発電所では石灰吹込法などの軽い汚染削減システムを応用するが、他の国とセクターではACTによる規制が導入されるという内容である。BATシナリオとACTシナリオで仮定されている排煙脱硫法(FGD)では、二酸化イオウ排出量の95%をカットできるのに対し、石灰吹込法では50%のカットしか達成できない。表7はこれらのシナリオ各々での2020年の排出量予測をまとめたものである。図3ではそれらを図示した。
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| シナリオ | 年 | セクターごとの排出量 | ||||
| 工業 | 発電 | 住宅 | その他 | 合計 | ||
| 1990 | 7.8 | 4.3 | 1.9 | 0.7 | 14.7 | |
| BAS | 2020 | 20.7 | 14.2 | 3.2 | 2.2 | 40.3 |
| HEF | 2020 | 15.9 | 8.8 | 2.7 | 1.4 | 28.8 |
| BCT | 2020 | 15.7 | 6.3 | 1.8 | 1.6 | 25.4 |
| ACT | 2020 | 15.7 | 1.6 | 1.8 | 1.6 | 20.7 |
| BAT | 2020 | 1.4 | 0.8 | 1.6 | 0.8 | 4.6 |
ACTシナリオの場合、2020年の二酸化イオウ排出量は、1990年レベルよりも40%増加する(20.7 mtになる)。BCTシナリオでは、2020年までに73%の増加だ(25.4 mtになる)。これら2種類のシナリオは、発電以外のセクターにおける排出量削減に関しては同等の効果をあげるが、ACTシナリオでは大型発電所からの排出量削減効果が非常に大きい。これら2種類の排出抑制シナリオはいずれも、2020年までに排出量95%増加を容認するHEFシナリオより効果的である。もちろん、さらに強化したエネルギー効率改善策と汚染防止策を組み合わせることは可能であり、RAINSアジア・モデルでシミュレーションを行うことができる。表8は2020年時点での排出量削減の国ごとの内訳を示している。日本では、現在の規制がすでに少なくともシナリオと同程度には厳しくなっているため、排出量は抑制シナリオによってあまり影響を受けない。日本でさらなる排出量削減が必要とされるのはBATシナリオのみである。中国東北部の排出量に関しては、シナリオが排出総量を決める上で大きな影響力を持つ。中国においてさえ、小規模な工業排出源の増加と、住宅並びにサービス・セクターの成長が原因で、大規模な新設発電所や新設工場において規制を行っても、あまり効果はあがらなくなっている。環境汚染防止のためには、工業生産体制の思い切った刷新または先端技術の迅速な普及が必要である。
| シナリオ | 年 | 国 | ||||
| 中国東北部 | 日本 | 韓国 | 北朝鮮 | 合計 | ||
| 1990 | 11.9 | 0.8 | 1.7 | 0.3 | 14.7 | |
| BAS | 2020 | 32.5 | 1.1 | 5.5 | 1.4 | 40.5 |
| HEF | 2020 | 23.7 | 0.8 | 3.7 | 0.8 | 28.9 |
| BCT | 2020 | 22.3 | 1.0 | 1.5 | 0.7 | 25.5 |
| ACT | 2020 | 17.4 | 1.0 | 1.5 | 0.7 | 20.7 |
| BAT | 2020 | 3.7 | 0.4 | 0.6 | 0.1 | 4.7 |
排出抑制のコスト
排出抑制技術のコストは高い。これについては、この次の論文で詳しく考察する。1990年にかなりの額を汚染防止に割いていたのは日本のみで、年間21億ドルと推定される。表9は各シナリオのコストをまとめたものである。排出量削減で最大の効果をあげるBATシナリオには、2020年までに年間355億ドルという途方もない支出が必要になる(資本支出びに経常支出の平均)。それよりも軽いACTシナリオでは、2020年までに年間約141億ドルである。BCTシナリオのコストは142億ドルと意外に高い。BCT技術として仮定されるものの資本経費はACTよりもかなり低いが、大量の固形廃棄物が生じ、欧米諸国並みの廃棄物処分経費が仮定されているためだ。実際には東北アジアでは、廃棄物処分経費はかなり低くなると考えられ、BCTシナリオのコストはおそらく年間80から100億ドル程度になるだろう。RAINSアジアで使われる方法のこの部分については、現在検討中である。
HEFシナリオによる軽減コストは、2020年に17億ドルに減る。これはエネルギー需要の減少と、発電所建設の必要性の低下を反映している。この論文でもRAINSアジア研究でも、HEFシナリオでのエネルギー効率改善強化策と燃料切り替え対策のコストは計算していない。
| シナリオ | 年 | 国 | ||||
| 中国東北部 | 日本 | 韓国 | 北朝鮮 | 合計 | ||
| 1990 | 0.0 | 2.1 | 0.0 | 0.0 | 2.1 | |
| BAS | 2020 | 0.0 | 3.5 | 0.0 | 0.0 | 3.5 |
| HEFa | 2020 | 0.0 | 1.7 | 0.0 | 0.0 | 1.7a |
| BCT | 2020 | 6.4 | 3.5 | 3.2 | 1.1 | 14.2 |
| ACT | 2020 | 6.3 | 3.5 | 3.2 | 1.1 | 14.1 |
| BAT | 2020 | 22.5 | 6.1 | 3.8 | 3.1 | 35.5 |
| a汚染軽減装置のコストのみを計算したもので、エネルギー効率改善強化策のコストは含まない。 | ||||||
大きな負担を抱える東北アジアの新経済圏が、これらのシナリオをはたして「まかなえるのか」という疑問は残る。国際貸付機関による介入の必要性はほぼ確実と思われる。また、この地域では、経済先進国(日本と韓国)から他の2ヶ国(中国と北朝鮮)への汚染防止に関する援助が可能だろう−特に、自国でも酸性雨が減るという効果があがることを考慮すれば−。たとえばACTシナリオでは、中国東北部における年間軽減コストは、1990年のゼロから2020年には63億ドルに増える。一方、日本の軽減コストは、1990年の21億ドルから2020年には35億ドルという比較的小規模な増加ですむ。
除去する汚染物質1トンあたりのドルで表わした場合、排出規制対策の費用効果は、地域全体で大きなばらつきがある。表10はBATシナリオでの排出削減策の費用効果を表わしている。これは全地域のあらゆるセクターで非常に厳しい排出量削減を行うことを仮定したシナリオだ。日本での費用効果は、2020年に削減される二酸化イオウ1トンあたり3,600ドルである。この高い値は、日本の現在の規制がすでに厳しく、今後は小規模で散在する施設への規制強化が主になる−つまり、高くつく−ことを反映している。北朝鮮では、費用効果はトンあたり2,400ドルと推定される。比較的高い値は、費用効果が高い大規模な点源が無いためと思われる。韓国ではトンあたり760ドル、中国東北部ではトンあたり400ドルから800ドルの範囲である。韓国と中国では、大規模な点源−1990年にすでに存在したものと2020年までに建設が予定されるものの両方−により、費用効果の高い規制を行える可能性がある。
| 地域 | 2020年の軽減コスト(10億ドル/年) | 2020年の排出量 (百万トン/年) | 費用効果 (ドル/トン) | ||||
| BAT | BAS | デルタ | BAT | BAS | デルタ | ||
| 日本 | 6.13 | 3.50 | 2.63 | 0.39 | 1.12 | 0.73 | 3,600 |
| 北朝鮮 | 3.09 | 0.00 | 3.09 | 0.08 | 1.35 | 1.27 | 2,400 |
| 韓国 | 3.77 | 0.00 | 3.77 | 0.55 | 5.53 | 4.98 | 760 |
| 中国東北部:東北平原 | 7.19 | 0.00 | 7.19 | 0.54 | 6.72 | 6.18 | 1,200 |
| 中国東北部:ホーペイ(河北) アンホイ(安徽) ホーナン(河南) | 6.03 | 0.00 | 6.03 | 0.94 | 8.44 | 7.50 | 800 |
| 中国東北部:チャンスー(江蘇) | 3.38 | 0.00 | 3.38 | 0.89 | 6.28 | 5.39 | 630 |
| 中国東北部:シャンハイ(上海) | 0.63 | 0.00 | 0.63 | 0.12 | 1.48 | 1.36 | 460 |
この地域全体で費用効果にこのようなばらつきがあることを考えると、排出規制戦略を調整し、最もコストが低く、環境的効果が最大の場所で排出削減を達成するようにすれば、地域全体としてかなりの経済的利益を実現できそうだ。また、このような変異があることから、最近アメリカで導入されたような市場指向のアプローチにより、全体的な経済的利益を実現できるかもしれない。いずれにしても、経済的利益を確保するには、地域内諸国間の協力が不可欠である。
van Aardenne(1996)の研究で、基本ケースの条件下での窒素酸化物排出量に関する予備推定値が求められた。彼はRAINSアジア・モデルの燃料及び利用セクター各々に関してNOx排出係数を導入した。表11は1990年と2020年の国別、セクター別のNOx排出量をまとめたものである。23の小地域各々については表1にまとめた。
1990年の東北アジアにおける窒素酸化物排出量は11.1 mtと推定されている。これは同じ年の二酸化イオウの約4分の3である。一般に、窒素酸化物の排出係数は二酸化イオウよりも低いが、石油と天然ガスの燃焼でSO2よりもはるかに多くのNOxが放出されることにより、この分は帳消しになる。このため、それらの燃料を使うセクター、特に運輸セクターと住宅セクターは、NOx排出を語る際に他のセクターよりも重要になる。日本や韓国、シャンハイ(上海)など、東北アジアの先進国並びに先進地域では、交通機関が発達し、住宅地域の欧米化が進んでいることから、この地域の工業地帯よりもNOx排出量が多い。このため、1990年のNOx排出総量に日本が占める割合は23%だった。一方、SO2では6%である。
| 地域 | 1990 | 2020 | ||||||||
| 工業 | 住宅 | 運輸 | 発電 | 合計 | 工業 | 住宅 | 運輸 | 発電 | 合計 | |
| 中国東北部 | 2.68 | 0.39 | 0.30 | 3.49 | 6.93 | 6.58 | 0.79 | 6.21 | 12.99 | 26.76 |
| 日本 | 0.54 | 0.11 | 1.35 | 0.56 | 2.57 | 0.54 | 0.16 | 2.19 | 1.70 | 4.63 |
| 韓国 | 0.26 | 0.07 | 0.47 | 0.23 | 1.05 | 0.88 | 0.09 | 1.94 | 2.14 | 5.09 |
| 北朝鮮 | 0.25 | 0.00 | 0.09 | 0.16 | 0.52 | 0.68 | 0.00 | 0.23 | 1.44 | 2.43 |
| 合計 | 3.73 | 0.57 | 2.21 | 4.44 | 11.07 | 8.68 | 1.04 | 10.57 | 18.27 | 38.91 |
BASシナリオの条件では、2020年までに窒素酸化物排出量が38.9 mtに増えると予測される。これは1990年の数値の3.5倍である。これは二酸化イオウよりもさらに急速な増加で、当地域での交通量の激増が主な原因と見られる。2020年に、中国東北部はNOx排出総量の69%を占め、以下、韓国13%、日本12%、北朝鮮6%である。今後30年間に、中国東北部の拡大する発電セクターと運輸セクターは、日本のそれらセクターを追い越す。NOx排出量の増加は、オゾン発生量の増加も示し、これは特に都市部などで、健康と環境に対するさらなる重荷となる。
窒素酸化物排出量の増加状況は、二酸化イオウよりも深刻になる恐れがある。発生源が二酸化イオウよりも多岐にわたり、小規模で散在する傾向があり、排出防止技術も二酸化イオウほど発達していない。さらに、防止技術開発で世界をリードする日本を除き、アジアではNOx排出防止技術の実績がほとんど無い。データの不足あるいは不確実性が原因で、NOx排出量削減のための排出規制強化策のコストや効果に関する分析も行われていない。効力は燃焼条件と燃焼システムのタイプによって左右されるため、NOx削減技術の効果を判断するには、現地でのフィールド試験が唯一の方法である。
バーナーを改良し、燃焼条件の改善を図ることにより、コストのかからない排出量削減策が可能なことは明らかだ。だが、どの程度の削減をどの程度のコストで可能なのかという点が、まだわかっていない。選択触媒還元法(SCR)または選択非触媒還元法(SNCR)により、削減レベル(パーセント単位で)を引き上げることができる。日本、韓国、一部の欧米諸国は、これら進んだ技術を中国に移転し始めているが、現時点では、きわめて限られた実績しか無い。この論文での予測結果を考慮すると、NOx排出削減の可能性の研究を優先させる必要がある。もちろん、HEFシナリオのような高エネルギー効率を導入したアプローチならば、二酸化イオウと窒素酸化物の両方を同時に削減できる。
東北アジアにおける酸性雨と、それが人体と環境に及ぼす悪影響の見通しは深刻である。この地域の急速に発展する経済を考えると、エネルギー消費は21世紀に入ってから大幅に増加するものと予測される。エネルギー需要増加分のかなりの部分を石炭が供給し、酸性化効果を持つ汚染物質、二酸化イオウ、窒素酸化物の排出量が増加する。規制強化策が講じられないとすると、二酸化イオウの排出量は、1990年の14.7 mtから2020年には40.5 mtに増加する。窒素酸化物の排出量は、1990年の11.1 mtから2020年には38.9 mtに増加する。
このような増加を抑制する対策としては、さまざまな可能性がある。それはエネルギー効率改善対策の強化、化石燃料からの可能な限りの切り替え、使用燃料中のイオウ含有量の削減、大規模なエネルギー並びに工業施設での排出規制の義務づけなどである。二酸化イオウに関しては、排出抑制技術は効果的だがコストがかかる。窒素酸化物に関しては、排出抑制技術の利用は効果が低く、コストがかかり、アジアの現状では、まだほとんど試されていない。
排出量は大型石炭火力発電所や工業生産施設などの形で、中国の主要工業地帯に集中している。現在は排出抑制は行われていない。ただし、中国でも政府による規制対策が始まり、酸性雨抑制地帯を定め、そこでは将来、新たな放出源の規制が義務づけられることになっている。これらの施設の位置と全般的気象条件により、それらが東北アジア全域の酸性物質降下の最大の原因となっている。また、それらは規制対策の費用効果が最も高い放出源でもある。
ある地域内での排出規制の費用効果に大きなばらつきがある場合は、排出規制策を調整することで大きな効果が得られる。たとえば、日本で百万円使うよりも中国で百万円使った方が環境面で得られる効果が大きいと日本は判断するかもしれない。これには、スウェーデンによるポーランドでの排出規制への出資などの前例がある。酸性雨という脅威に対する共通の解決策を探ることが、この地域のすべての国にとって有益であることは間違いない。排出量の少ないエネルギー技術、汚染防止技術、低イオウ燃料などを提供することによって問題の軽減を助けようとするアメリカなどの地域外の国と共に、さらに広い支持基盤を作り上げることもできるだろう。
地域コンソーシアムが考慮する戦略としては、以下のようなものが考えられる。
多国間貸付機関からの出資を含む共同基金を設立し、最大の効果があがる施設に軽減技術を適用する際の資本経費をまかなうローンを提供する。
酸性沈着物の傾向に関する良質な情報をまとめ、共有するための地域モニター・ネットワークを設置する。
公認の施設またはテクノロジーパークでの産業界との共同出資による技術のデモと、その地域の他の発電所や業界への結果に関する情報提供。
各国の規制担当者による地域会合を開き、地域全体で酸性化元素の排出を抑制するための規制の枠組みに関する話し合いを始める。
たとえば日本が中国からの石炭輸入を増やす代わりに、中国が何らかの汚染防止対策を講じることに同意するなどの交換条件取決めの可能性を調べる。
程度は異なるものの、これらの戦略はすべて東北アジアで試されているが、規模が小さく、ペースも遅い。この地域での進歩を阻む最大の障害は、地域内での協力に対する文化的、制度的障壁である。欧州経済委員会に相当するような地域フォーラムを設置すれば、そこでこれらの議題について討論することができ、進歩に向けての大きな一歩になるだろう。国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が、この機能を果たせるかもしれない。
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