工業技術院
矢野友三郎
80年代末からの地球環境問題を契機として、環境の保全は先進国と発展途上国が共同で取り組むべき全人類的な課題となっている。そして、世界的な人口の増大、特に、発展途上国における増加は顕著であり、かつ、都市部への人口の集中、発展途上国と先進国との相互依存の深化による発展途上国における経済成長の重要性、先進国における更なる経済発展は、この環境問題をより加速する方向にある。
発展途上国における環境の実態を、アジア、特に中国における環境データを参考にしながら、発展途上国における環境の実態を公害問題とエネルギーから概観する。
アジアを中心とする発展途上国では、急激な経済成長に伴い工業生産量が増加する中で
、地場の中小企業を中心とした旧来設備に依存した生産が続けられているため、深刻な公害問題が発生、拡大している。また、産業廃棄物の発生量も増大し、大半が処理が不十分なまま放置されている。
図1.公害の現状
これらの発展途上国は、既に日本が1960年代から1970年代に経験した水準を超過した事例も報告されており、先進国における経済成長と環境汚染の相関関係を踏まえると、今後、更に悪化が見込まれる。
図2.アジア諸国の一人当たりのGDPと日本との比較
発展途上国では、急激な経済成長に伴い、エネルギー使用量も大幅に増大しているが、特に、中国ではエネルギー源を環境負荷の大きい石炭に大きく依存していることから、環境悪化の一因となっている。また、クリーンエネルギー、代替エネルギーの導入は、経済・技術的制約によりほとんどと言ってよいくらい導入されていない。
更に、発展途上国では、エネルギーの使用効率が極めて低い状態に留まっている。
発展途上国における環境への取り組みを、アジアにおける関連データを参考にしながら、環境への政府の取り組み、国民意識、企業から概観する。
発展途上国政府では、公害問題に対する認識が高まりつつあり、環境関連法規の制定による環境規制の導入や環境装置の普及支援策が講じられるようになり、また、専門の行政組織の整備等も進められている。
しかしながら、環境関連への行政資源の配分が不十分であることから、実行不可能な厳しい水準の環境規制値が設定される一方で、環境モニタリングが十分に行われていないため、環境行政の実効性が極めて低いものとなっている。
また、企業の規模、資本力等により環境規制の適用度に差異が生じ、環境行政の不明瞭性も指摘されている。
図3 エネルギー供給量
発展途上国においても、直接の被害を受ける住民による産業公害批判が高まりつつあり、訴訟活動が発生している国も見られ、経済成長よりも環境保全を重視すべきとの問題意識が広がりつつある。
しかしながら、その優先度は未だ低く、実際の産業・社会活動における優先度は総じて低い状態に留まっている。
発展途上国産業では、政府による環境規制の実効性が低いことに加えて、自らの資金、技術、人材が不足しているため、非生産設備である環境装置を導入するインセンティブが弱い。特に、この傾向は地場中小企業において高くなっている。
また、一部の企業経営者の公害問題に対する意識は比較的高まりつつあるが、現場まで意識が浸透していないため、環境対策の実効性があげられていない。
一方、社会全体としてエンジニアリング、メンテナンス等の基盤技術の水準が低く、環境装置から副産物を利用するためのシステムも未整備であることから、環境技術を移転・普及するための基盤が脆弱となっている。
1992年6月、環境と開発に関する国連会議(UNCED:国連環境会議)は、1972年にストックホルムで採択された国連人間環境会議の宣言を再認識するとともに、これを発展させることを各国に求めた。先進国と発展途上国との双方は、地球の不可分性、相互依存性を認識し、環境問題に対して国際的な協力を作り出すことによって新しい公平な地球的規模のパートナーシップを構築するという目標をもち、地球的規模の環境及び開発のシステムの一体性を保持することを合意した。(環境と開発に関するリオ宣言)
環境問題、人口問題等の地球規模問題には、先進国と発展途上国とが共同で取り組むべき全人類的な重要な課題であることから、先進国は、これらの問題に対する発展途上国の努力を支援する方策を取っている。日本の政府による主要な環境協力は次のようなものである。
1994年、日本は政府開発援助大綱において、基本理念として「環境の保全」を掲げると同時に、援助実施の原則の一つとして「開発と環境の両立」を位置づけた。また、1994年6月、日本はUNCEDにおいて1994年から5年間で、環境ODAを9000億円から1兆円を目処に拡大・強化する旨を表明した。
しかしながら、環境ODAに占める形態別割合では、有償資金協力が中心で、環境分野の中でも上下水道整備案件等の居住環境の比率が約6割と大きく、脱硫装置設置等の公害案件の比率は極めて限られている。
図4 二国間環境ODAの分野別実績
また、技術協力においても、居住環境に係わるものが最も多く、次いで、森林保全、公害対策、防災の順になっている。このため、環境政策策定、規制ノウハウ等の枠組みの整備や人材育成が遅れている。
通産省は、アジア地域の発展途上国の政府及び民間企業の公害問題に対する認識を高め、環境対策の充実を図るため、日本の公害対策の経験や技術を踏まえたエネルギー環境技術の移転・普及等を行う協力プログラムとして1994年からグリーンエイドプランを実施している。
このグリーンエイドプランは、既に5年目を迎えており、人材育成、調査協力、研究協力について様々なテーマで協力を行うとともに、モデル事業・実証試験についても成果があがりつつある。
しかしながら、発展途上国の環境規制の実効性が低く、環境装置の導入に必要なコストが高いこと等から、成果が必ずしも普及に結びつかないという問題点が生じている。
新たな環境問題への対応が必要となっている今日、国際標準化機構(ISO)で検討されている環境ISO、いわゆる、ISO14000シリーズは、企業の環境配慮への自主的・積極的な取り組みを促進するための有効な手段として関係者の関心を集めている。
これは従来のハード面からの環境アプローチや政府の規制による環境管理ではなく、国際規格というコンセンサスに基づいた国際的なルールを用いて、市場原理により企業の自発的な環境保全活動を推進させようとするものである。
従来の公害問題から、オゾン層破壊、酸性雨、地球温暖化に代表される国境を超えた地球規模の環境問題という、これまでの環境の質、環境の性格が大きく変わってきたことから、従来の政府による規制強化のみの方策では限界がある。環境政策の経済的手段は、規制による手段と比較して2倍も効果があるという報告事例もある。
ISO14000は、1991年、「地球サミット」を成功させるために、世界のビジネスリーダ50名からなる賢人会議(BCSD:The Business Council for Sustainable Development) が提案したものである。
1993年、ISOにTC207(環境マネジメント)専門委員会が設置され、企業の環境マネジメントシステム、環境監査から、環境ラベル、環境パフォーマンス評価、製品のライフサイクルに至るキーエレメントの国際規格化作業が始まった。規格の機能を企業そのものに拡大する点で革命的であるとともに、先進国と発展途上国の双方の参加の下での国際的に調整された尺度(ルール)である。
1996年9月、10月、環境マネジメントシステム規格の中核となるISO14001(環境マネジメントシステム)を含む5つの国際規格が発行された。現在、加盟各国では年内に国際規格と整合のとれた国家規格の制定を進められており、日本は10月に国家規格を制定、中国は12月に制定の予定である。
同じマネジメントシステムで、ISO9000(品質システム)は、81ケ国で国家規格として制定され、99ケ国、約13万の事業所が認証を取得し、品質のパスポートとして世界的規模で運用されている。
ISO14000は、企業が守るべき環境基準を規格化したものではなく、企業が生産活動を行う際、環境負荷の影響を考えたマネジメントやソフト面をどうするかという規格である。具体的には、企業がどうゆう環境ポリシーをもち、どういう体制、組織で、どういう項目をチェックしながら生産をしているか、そしてチェックした結果がどうであったか、どこをどのように直したらよいかを全部文書で記録し、その結果が外部から分かるようにしたもので、結果として、企業の環境パフォーマンスが向上されるものである。また、企業が環境対策をどのように講じているかを外部から分かるようにしたものでもある。
また、ISO14000は、企業等の組織が、環境調和型の活動を行っていくために必要な、体制や組織の構成、システムを要求しているもので、かつ、このような条件の整った組織にISO9000と同じように、規格に適合している場合は認証を与えるため、認証を得ていない組織と競合するような場合、一般の消費者から見れば前者のほうが優れた企業と映る。このため、後者の組織は、市場原理により、認証を取るべき努力するようになる。このようにして、環境配慮型の組織活動が次第に普及していくことが期待できるものである。これは、同時に各企業の環境への取り組み具合を評価する国際的ツールである。
1996年11月、中国政府はUNEPとの共催で「ISO14000と持続的成長(ISO14000-Environmental Management and Sustainable Development)」国際会議を北京で開催した。中国政府は、1994年3月の「中国アジェンダ21」、その後、環境改善の5ケ年計画等を策定し、汚染排出の管理とグリーン技術の導入を大きな柱として、強力に環境政策を進めているが、資金の制約や環境意識の脆弱から十分に進んでいない。
国際会議では、中国におけるグローバルな環境問題解決ツールとして、企業の生産プロセスへのISO14000の積極的な導入及び実施のための環境監査員の教育訓練が重要であることが認識され、このためのフレームワーク作りが急務であることが提唱された。
国際会議では、ISO14000に基づく環境マネジメントシステム導入による事例発表もあり、シンガポールソニーでは、リサイクルと廃棄物の削減により年間10百万シンガポールドルの成果を収めたこと、香港のISO14000パイロットプロジェクトでは、企業の生産性向上と競争力強化に極めて優位であること、日本の三菱電機では、トップの意識改革と従業員一人一人の環境意識の啓蒙に有効であること等の発表があった。
ISOは、環境マネジメントシステム(EMS)導入の利益として多くのメリットを上げているが、その中でもEMSの導入は、適切で確固とした組織の環境管理が可能となり、結果として、省資源、省エネルギーの推進、廃棄物の削減等を推進し、かつ、企業としての環境リスクの軽減ができるとしている。また、企業イメージを向上し、製品の市場占有率を高めるとともに、政府との間の関係を改善するとしている。
発展途上国の公害問題は依然として深刻化しつつあり、また、先進国と発展途上国の相互依存の深化により、発展途上国の持続的可能な経済成長が先進国経済にとっても重要性を増している。日本としても、このような状況を踏まえ、長期的かつ総合的な観点から発展途上国に対する環境分野の協力を推進していく必要がある。
発展途上国における環境政策は、伝統的な「エンドオブパイプ」的な規制アプローチが実施されているが、時として、過度な規制値はその実効性を弱めている。今日の複雑な環境問題に対して、コマンドコントロールに加えて、市場メカニズムの潜在力をバランス良く絡ませる方策を取っていくことが重要である。
ISO14000は、従来のコマンドコントロール手法から環境というグランドに市場原理を導入することにより、結果として法規制による最低限の環境規制要求を満たすだけでなく、よりよい環境パフォーマンスが期待できるものである。
企業にとっても環境マネジメントシステムを導入することで、生産プロセスに環境配慮を組み込み、例えば、プロセスの見直しによりエネルギーの使用効率が極めて低い状態に留まっていることが判明し、省エネルギー技術の改善でエネルギー使用量の抑制効果が期待できる。また、企業自身やそこで働く個人の環境マインドも向上できる。こうして、総体として大きな環境改善を図ることができる。
市場のグローバル化が進展する中、国際競争における公平性が重要となっている。このために、国際規格ISO14000という国際ルールを用いることにより、環境面における発展途上国での企業活動を管理(環境ダンピングの防止)することが容易となる。特に、輸出志向の企業においては、ISO14000を環境パスポートと位置付けるであろうし、国際規格と連動した認証スキームを設けることで、公表による透明性の拡大と国内競合企業間の環境投資が誘発できる。
企業にとっても経済社会のボーダレス化が急速に進展する中で、環境リスクから身を守る、環境インパクトによる企業のリスクを未然に防ぐことができる等、その意義は大きい。
世界共通の国際的なルールを用いて、市場原理により企業の自発的な環境保全活動を推進させる手法は、法規制の不備や資金的な制約が大きい発展途上国では斬新的なアプローチであるが、確実な実施にあたっては、制度のフレームワーク作りが重要である。
発展途上国でのISO14000の履行は、国内的には環境パフォーマンスの引き上げ、対外的には海外市場での自国企業の競争力向上が期待できるものである。
特に、今後の経済成長が急務で国土、人口が大きい中国においては、底辺からのアプローチが相当な効果をもたらすことが予想される。従来のアプローチに加えて、環境負荷の大きな企業に的を絞って市場原理を使ったISO14000を用いたアプローチは環境政策の一つとして極めて効果的である。このためには、現地企業における国際規格の啓蒙・普及、従業員教育、ISO14000認証取得のためのコンサルティングが重要である。
最後に、従来の政府ベースでの協力のみならず、公害対策についての経験豊富な自治体、環境対策技術をもつ企業等、あらゆる主体による取り組みも重要であり、これら各主体の役割の明確化及びこれらの主体の連携が必要であることは言うまでもない。