ised@glocom始動にあたって

 国際大学グローバル・コミュニケーション・センターは、21世紀を見据えた新しい人文・社会科学のパラダイムを確立するため、1991年に創設されました。それ以降現在まで、村上泰亮(1991-1994)、公文俊平(1994-)の二人の所長・代表のもと、国内外の研究機関と連携し、日本研究および情報社会研究において大きな業績を挙げてきました。その活動は、学際的な研究に止まらず、積極的な政策提言や企業への普及活動などを数多く含み、日本社会の情報化を理論と実践の両面で先導するユニークな研究所として広く知られています。
 しかし、現在、日本社会の情報化は新たな局面に入りつつあります。情報化の流れはすでに、技術的・経済的なトピックにとどまらず、社会秩序を根本から変容させる大きなうねりとなりつつあるからです。
 私たちはいま、コンピュータとネットワークが社会生活のあらゆる場面に浸透し、人々の一挙手一挙足をつねに記録し、データ化し、転送し、活用する世界に足を踏み入れつつあります。それは一方では、従来の「富のゲーム」に替わる、より自由で柔軟な「智のゲーム」の誕生を予感させます。しかし他方では、つぎつぎ現れる新しい技術と、従来の法的秩序のあいだの乖離に人々が呑み込まれていく、混乱の時代の幕開けを思わせるものでもあります。そのような状況のなか、従来の情報社会論や政策提言の枠組みは、この数年で急速に古び始めています。人文・社会科学は、いまこそ、真の意味での新しいパラダイムを求められているのです。

 このような状況認識のもとで、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターでは、今年度より、さらにダイナミックで、さらにイノベイティブな新しい研究所に生まれ変わるべく、いくつかのプロジェクトを始動させました。
 そのひとつが、この「情報社会の倫理と設計についての学際的研究 Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society」プロジェクト、略称「ised@glocom」プロジェクトです。
 ised@glocomプロジェクトは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊かな研究の蓄積と、情報社会の次の局面を切り拓く活動・研究を行っている新世代の起業家、研究者、技術者、ブロガーたちの知見を交差させ、新しい情報社会論のパラダイムを探ることを目的としています。具体的には、2004年10月から2006年1月まで、12回に亘って高密度の講演と共同討議を行い、その記録および関連資料をすべてインターネット上で公開いたします。資料の公開には、株式会社はてなの協力を得て、インタラクティブ性の高いシステムを利用し、ネットワークを思考の舞台とするあらゆる人々からのコメントや議論を受けつけます。
 ised@glocomは、従来とはまったく異なったタイプの研究プロジェクトです。このプロジェクトは、いままさにこのページをモニタで読んでいる、そのようなみなさんをこそ読者として考えています。この研究プロジェクトは、学問的な知見において妥協しないことはもちろんですが、決して学会を向いたものではありません。同じように、政策提言や市場分析を含みつつも、決して行政や企業を向いたものではありませんし、ジャーナリスティックな論点を盛り込みつつも、決してマスコミを向いたものではありません。ised@glocomの成果は、まずはインターネットで試されます。私たちの探究を吟味し、批判し、評価するのは、一部の専門家や業界人ではなく、未来の情報社会を作っていくみなさん自身なのです。みなさんからの、鋭い批判と積極的な反応をお待ちしています。
 これから1年半、新しい国際大学グローバル・コミュニケーション・センターが切り拓く情報社会論のフロンティアに、どうかご期待ください。

東浩紀

東浩紀 AZUMA Hiroki

http://www.hirokiazuma.com/
国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 主幹研究員(教授) / 東京大学大学院情報学環・学際情報学府 客員助教授

1971年生まれ。哲学者、批評家。東京大学総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1993年に「ソルジェニーツィン試論」でデビューし、社会評論、情報社会論からオタク系文化批評まで、横断的な評論活動を展開している。現在、『ファウスト』(講談社)にて評論「メタリアル・フィクションの誕生」を連載中。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、1998年)『動物化するポストモダン』(講談社現代新書、2001年)などが、共著に『網状言論F改』(青土社、2003年)『自由を考える』(NHK出版、2004年)などがある。また新たな批評的言説が交通する場の立ち上げに精力的に取り組み、メールマガジン『波状言論』(2004年〜)責任編集として活動。