2008年06月27日

匿名レベルの設計に向けて
折田明子 国際大学GLOCOMリサーチアソシエイト

 インターネットを介したコミュニケーションは,しばしば匿名性の高いものとして扱われている.1990年代よりインターネットと匿名性に関する数多くの研究がなされてきたが,匿名性についての議論の難しさは,それが「匿名性は善か悪か」という是非論に陥ってしまうところにある★1.ユーザーの多くがインターネット上では「匿名」を指向している現状では,むしろ目的に応じた匿名レベルの設計が必要であろう.

1. 匿名利用の傾向

 インターネットを介したコミュニケーションにおいて「匿名」を利用する意向が強まっている.

 『インターネット白書2007』によれば,オンライン・コミュニティ参加者の実名利用状況は,「すべて匿名で参加している」と答えたユーザーが60.9%を占めており,また22.7%のユーザーは「実名と匿名を使い分けている」と答えている.コミュニティに参加する時の意向では,匿名で書き込めることを支持するユーザーは62.7%に上るが,実名での書き込みを支持するユーザーは5.2%にとどまる★2.ただし,この調査において,匿名とはどのような状態を指すのか,継続して用いる仮名と,一度で書き捨てる名前(「通りすがり」「名無し」など)の違いは分類されていない.

 一方,2004年3月ブログサービスの一つである「はてなダイアリー」[http://d.hatena.ne.jp/]に対して実施された調査では,実名でブログを開設しているのはユーザーの12.17%であり,残りのユーザーはハンドルを用いているという結果が出ている★3.実名を利用する割合が低いことは,ブログ作成の際に用いる名前にも匿名レベルの設計に向けて表れている.gooリサーチによる「Blog定期リサーチ」の結果からも,ブログ作成に実名を使用する割合はわずか6.5%という結果があり,その理由には,本名を知られることへの抵抗感や,身近な人に知られることへの抵抗感があるという★4.ブログは記事を蓄積していくために,ここで使う名前は継続して用いられているものと判断できる.

 こうした状況を踏まえると,匿名 vs. 実名,という議論は現実的ではないといえるだろう.むしろ,匿名という言葉でひとくくりにされていたインターネット上のユーザーのふるまいやつながりの作り方を整理する必要がある.

2. 匿名性に対する過信と不信

 匿名性が是非を問う議論に陥りがちな理由は,第一には匿名性という言葉の多義性,第二には匿名性に対する過信および不信から発生していると考えられる.

 匿名という言葉が何を表すか.辞書によれば,「自分の名前を隠して知らせないこと.また,本名を隠してペンネームなどの別名をつかうこと」(『大辞泉』)とある.英語anonymousの語源は,ギリシア語の「an-(=without)+onymous(=name)」であり,名前がない(=nameless, unnamed),署名がない(=unsigned),特徴がない(=unremarkable),不明な(=unidentified)といった意味で用いられる.また,コミュニケーションにおける匿名性について,Anonymous★5は論文の中で「コミュニケーションの参加者が,メッセージの出所を不明・不特定なものとして知覚する度合い」と定義★6しているほか,Nunamakerらの論文では匿名は二元的にオン・オフにできるものではなく,程度を持つ連続的な変数と定義されている★7.すなわち,コミュニケーションにおいては,匿名性は「性」という言葉で示されるように度合いを持つ変数であると理解できる.

 インターネット上の匿名性といった場合,さらに視覚的匿名性という意味が含まれる.インターネットを介したコミュニケーションは,相手の顔が見えない,すなわち視覚的に匿名性が高い状況(visual anonymity)にある.CMC(ComputerMediated Communication)分野においては,視覚的匿名性に基づいて多数の実験研究がなされている.Joinsonは,CMCにおいて,匿名性という言葉は通常は相手に対する識別性の欠如を表すが,コンピュータを媒介した場合にはむしろ相手のハンドルやメールアドレスを識別できると指摘し,インターネットがもたらす視覚的な匿名性に着目している.現在,インターネットを介したコミュニケーションが匿名ということの意味は,実名を秘匿したコミュニケーションが可能なことと,視覚的な匿名性を前提としている.

 こうした匿名性の解釈は,匿名に対する過信と不信感につながっている.

 顔が見えないという視覚的匿名性.本名を隠し,自分が誰であるかを特定されないという「安心感」.匿名だから安心,と反社会的な行為を書き綴った結果,蓄積された日記や人間関係から本人が特定されるという事象が発生している.特にSNSでは人間関係から実名を関連付けることが比較的容易なため,個人情報が次々と結び付けられている.顔写真や実名を秘匿することを過信するあまり,自分の生活や人間関係についてより詳細に記述し,意図せぬ情報の関連付けを招くことは考慮すべきだろう.

 一方,実名で書かなければ書いたものは無責任とされかねないという「不信感」も,情報の関連付けという視点から問い直す必要がある.たとえば,実名を検索しても現れることがない名前で,ネット上に何かを書き込んだとしても,その名前が実名であるかの判断は必ずしもつけられない.逆にあるユーザーが仮名でなんらかの書き込みをした際,検索によってそれまでの投稿履歴やプロフィールが結び付けられるならば,仮にその書き手の実名や社会的ポジションがわからなくとも一個の書き手として評価の対象となる.アルファブロガーのすべてが実名ではないし,信頼されるクチコミを投票しているユーザーも,必ずしも実名を明らかにはしていない.

3. 匿名性の3要素

 こうした混乱を避けるために,本稿では匿名性を三つの要素によって整理したい.

(1)匿名性のレイヤ:誰にとっての匿名性か

(2)本人到達性:個人を特定できる度合い

(3)リンク可能(不能)性:同一人物なのかどうか

(1)匿名性のレイヤ

 誰にとっての匿名性なのか.飛行機に乗るときのことを例示しながら説明したい(表1).まず,パスポートや身分証で乗客の身元が確認される.次に,航空会社が発券する搭乗券によって,どの座席にどの乗客がいるかが把握される.この時点では,航空会社にとっては,乗客は匿名ではないが,乗客同士ではお互いに誰かは全くわからない,いわば匿名の状態である★8.

 インターネットに当てはめると,IPアドレスやプロバイダの支払い情報などが身元確認といえる.Yahoo! IDや楽天IDなどのポータルIDを取得するならば,IDの提供者に対してはIDと身元は関連付けられ,匿名性は失われる.クレジットカードなどの支払い情報が関連付けられているなら,匿名性は完全に失われている.この状態では,先に挙げた乗客同士と同じく,ユーザー同士では互いの身元はわからない匿名の状態である.

 ユーザー間では匿名性が高いが,サービス提供者には身元が確認されるという例を挙げよう.代表的なQ&Aサイトである「Yahoo! 知恵袋」[http://chiebukuro.yahoo.co.jp/]のβ版(2005年11月7日に終了,以後正式版へ移行)では,Yahoo! JAPANのIDを取得しなければ書き込むことはできないものの,自分のニックネームを表示するか,もしくは「ID非表示」とするかを選択することができた.ニックネームを表示した際には,それまでの投稿履歴も参照することができるが,非表示の場合には投稿履歴は関連付けられない.ただし,個々の回答に対する評価は「Yahoo!知恵袋」のシステム内でIDごとにまとめられ,「貢献度」というポイントとしてユーザー自身に示された.このサービスはユーザー間では匿名性の高いサービスといえるし,一方でYahoo! JAPANのIDによって身元がある程度特定できることから,匿名性の低いサービスと見ることもできる.このように,匿名性についての議論は,レイヤの違いを明らかにする必要がある.

表1:誰にとっての匿名か

ユーザー乗客ユーザー
サービス提供者航空会社書き込み用ID
身元確認パスポートIPアドレス,支払い情報

出典:筆者作成

(2)本人到達性

 本人到達性とは,実名,基本四情報(氏名・住所・性別・生年月日)などによって個人を特定できる状態である.具体的には,支払いや訴えに対する責任がとれる状態である.一般には,本人到達性が満たされていれば「実名」「匿名ではない」とされ,本人到達性が満たされていなければ「匿名である」ととらえられている.ネットが匿名性の高い場と考えられているのは,コミュニケーションを図る相手のこうした情報が必ずしも明らかではないためだといえる.

(3)リンク可能(不能)性

 複数のセッション(書き込み,ダウンロード等)が行われたときに,それが同一人物によるものかどうかの関連付け(Link)が可能であるかどうかは,匿名性の程度を決める重要な要素である★9.たとえば,掲示板に複数の書き込みがあった際に,これが同一人物によるものであるとわかれば「リンク可能」であり,同一人物とわからなければ「リンク不能」な状態である(図1).さらに具体的にいえば,「名無しさん」「通りすがり」といった書き込みが並んでいると,それらが同一人物なのか違う人物なのかわからないため,リンク不能であり,ハンドル(仮名)ごとの書き込みが識別できるのであれば,リンクが可能である.リンクが不能であれば,リンクが可能である状態よりも匿名性は高い.情報が関連付けられない――リンク不能なためである.

 リンクが可能であり,仮名の属性や履歴が蓄積されるなら,個人を識別するための情報は増大する.つまり,それぞれの行為や断片的な属性が集められ組み合わせられることで,実名を隠していたとしても,どこの誰かがわかってしまう可能性があるわけだ★10.もちろん,情報がリンクされることによるメリットも多い.発言,背景,人となりを関連付け(リンクさせ)ることは,より日常生活での人間関係にも近い状況がネット上でも作り上げられる可能性につながっていく.ただし,こうしたリンク可能性・リンク不能性に無自覚でいることが,匿名性への過信や意図せぬ情報流出を招くという危険性は自覚すべきだろう.

図1:Linkability と Unlinkability

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出典:Baker, Wayne [2000] p.138.

4. 多様な匿名レベル

 これらの三つの観点から,現在展開されているサービスを見ていこう.

(1)2ちゃんねる

 「2ちゃんねる」[http://www.2ch.net/]は,インターネット上の匿名性の代名詞として挙げられる.匿名性が高く危険視されがちであるが,実際にはID制などの導入によって,匿名性を保ちつつもコミュニケーションの荒れを防ぐ仕組みが作られている.

 掲示板書き込みにおけるなりすましを発覚しやすくするために,24時間以内の同一IPアドレスによる投稿には,IPアドレスと時刻を暗号化したIDがそれぞれの書き込みに付与される.このため,複数の書き込みは時限ではあるもののリンク可能となり,同一人物によるマッチポンプである「自作自演」は発覚しやすくなった.IDシステムはすべての掲示板で導入されているわけではないが,荒らしや誹謗中傷が発生しやすい掲示板に導入されている.2007年現在,掲示板全体の約7割でID表示が導入されている(筆者調べ,図2).

 「2ちゃんねる」の書き込みには別途IDを登録する必要はなく,表示されるIDによってリンク可能性̶̶同一人物であるということは明らかになるものの,ユーザー間において本人到達性はない.このことが,「2ちゃんねる」が匿名性が高い場だと考えられている大きな理由だろう.だが,「電車男」をはじめとした「固定ハンドル」を名乗る投稿は,リンク可能であるためにしばしば「まとめサイト」にアーカイブされる.リンク可能な投稿内容がまとめられ一覧されるということは,書き込みをした本人が意図する以上の状況が明らかになることを意味する.実名を秘匿していることに対する過信が,意図せざる情報の蓄積や本人特定につながるという危険性を示唆する一方で,実名を秘匿した書き手が「固定ハンドル」によって一貫したストーリーを示すことで,匿名で発信される情報に対する不信感を覆す可能性も残している.

(2)SNS

 SNSは,人間関係に基づく紹介や支払い情報によって,サービス提供者レベルのみならず,ユーザー間でも本人到達性を確保している.実名登録を条件とするSNSでは,先に挙げたレイヤすべてにおいて基本的に匿名性は失われている.

 わが国のSNSの中でもっとも利用率が高いmixi [http://mixi.jp]の場合,当初は実名での登録を推奨し,すべての参加者に公開されていたが,現在では実名の公開範囲を設定できるため,ユーザー間では実名と匿名が混在している.ただし,日記およびコミュニティにおける投稿にはニックネームのリンクによってプロフィールが関連付けられるため,同一人物であることの判定̶̶すなわち,リンク可能性は保たれている.地域SNSや職業別SNSといった利用目的に応じて,ユーザー登録を前提としながらも,ユーザー間の本人到達性の開示範囲,またリンク可能な投稿履歴を一覧させるか否かを変更するといったカスタマイズが可能であろう.

(3)ブログ

 米国では仕事目的の実名ブログが主であり,日本ではハンドルを用いた日記としてのブログが多いという傾向があるといわれる.ブログを開設するためには,有料または無料のサービスをレンタルするためにIDを登録するか,もしくは自分の所有するサーバスペースにパッケージをインストールする必要がある.サービス提供者のレイヤにおいて無料ブログをレンタルし,フリーメールを用いるならば本人到達性は低くなり,匿名性が高まるが,有料ブログや自分のサーバを運営する際には,支払い情報の登録によって匿名性は失われる.

 ユーザー間,すなわち読者との関係において,ブログ内に記事が蓄積されること出典:筆者作成は明確である(リンク可能)が,実名や他のサイトとの関連付け(リンク可能性)を持たせるかどうかで,ブログを発信する際の匿名性を変化させることが可能となる.

(4)クチコミサイト

 商品やサービスの購買経験を共有するクチコミサイトの多くは,書き込みの際にユーザーIDの取得が求められている.代表的なクチコミサイトとして「価格.com」「フォートラベル」「アットコスメ」「Amazon.co.jpレビュー」などがあるが,これらのサイトではID登録によってサービス提供者とユーザー間では本人到達性が確保されているものの,ユーザー間での匿名レベルは多様である.

 たとえば宿泊施設のクチコミを見る場合,「楽天トラベル」ではクチコミを投稿したユーザーのIDは表示されず,ユーザー間ではどれが同一人物によるものかどうか判定できない̶̶リンク不能な状態であって匿名性は高い.だが,サービス提供者のレイヤでは,楽天トラベルを通じた宿泊者かどうかの確認がなされており,無責任な書き込みを管理する仕組みが担保されている.一方,「フォートラベル」では,すべてのクチコミはユーザーのIDに関連付けられてリンク可能であり,さらに一覧できる.しかし,サービス提供者のレイヤでは,フォートラベルを通じた宿泊ではないために,宿泊経験の真偽までは担保していない.

 これらのクチコミサイトにおいては,クチコミの数を増やすか,質を確保するかといった目的によって,サービス提供者,ユーザー間それぞれにおける本人到達性とリンク可能性を設計することが考えられる.

図2:「2ちゃんねる」カテゴリー別ID率(2007年6月筆者調べ)

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5. おわりに

 本稿では,匿名性を三つの視点から整理することにより,これまで混同されて扱われてきた匿名性に対する分類を試みた.匿名性によってどのような「つながり」を築いていきたいのか.実名vs. 匿名という論争を超えて,用途や目的に応じた匿名性の設計を考えるべきであろう.

★1── 2007年初頭には毎日新聞による「ネット君臨」にて匿名性の是非を問う記事が連載され,2008年に入ってからもJ-CASTニュースをめぐって実名制と匿名の議論が繰り返された.

★2── 財団法人インターネット協会(監修)[2007]『インターネット白書2007』インプレス

★3── 山下清美,川浦康至,川上善郎,三浦麻子[2005]『ウェブログの心理学』NTT出版

★4── gooリサーチ「Blog定期リサーチ(25)」,全国のインターネットユーザー1,068名対象,2006年5月.

★5── Scott, C. R. はしばしば “Anonymous” という著者名で論文を発行している.

★6── Anonymous [1998] To reveal or not to reveal: A theoretical model of anonymouscommunication. Communication Theory, Vol.8, pp.381-407.

★7── Nunamaker, J. F. Jr., Dennis, Alan R., Valacich, Joseph S. and Vogel, Douglas R. [1991]Information Technology for Negotiating Groups: Generating Options for Mutual Gain.Management Science, Vol.37, No.10, October 1991, pp.1325-1346.

★8── 隣の人とパスポートを見せ合うことはほとんどないし,搭乗券も席の間違いがあった際には見せるが,名前というよりは座席番号の確認である.

★9── Unlinkabilityの訳語は他に「連結不能性」「データ(非)結合性」がある.

★10──「 2ちゃんねる」ではこうした状態は「特定した」と呼ばれている.

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投稿者 noc : 18:10

ネットワークの理論――――「つながり」の最前線
対談:増田直紀×井庭崇
司会:庄司昌彦

ダイナミクスに向かうネットワーク研究

庄司昌彦(以下,庄司)──今日は,複雑ネットワークの研究をされている増田さんと井庭さんに,ネットワーク理論の最新の研究動向についてうかがいたいと思います.増田さんは今,特にどういうことに関心を持って研究をされていますか.

増田直紀(以下,増田)──私の関心は二つあって,「脳」と「人の社会行動」です.この二つのテーマはつながっている面もありますが,今回は後者を中心にお話しします.私はネットワークに関することには何でも興味がありますが,なかでも特に人間に関心があります.人のつながり方は,他のネットワークと共通している部分と,そうではない部分があります.個人情報の問題などからデータの入手が簡単ではないので,シミュレーションや数学や物理の式を使ってできることが中心ですが,式の世界にしか興味がないというわけではないので,機会があればデータの解析もします.  分野全体の動向の説明にもなるのですが,スモールワールド★1やスケールフリー★2など,私たちの身のまわりにあるネットワークの構造は,それなりにわかってきました.ただ,ネットワークについて人々が関心を持つのは,おそらく,その上で人がコミュニケーションをしたり,お金のやり取りをしたりというダイナミクスです.なので,私は,ネットワークの形を見るだけではなくて,ネットワークの機能を知ることにつながるような研究をしています.世界的な研究動向も同様で,たとえばインターネットはスケールフリー・ネットワークの有名な例ですが,それはもうわかったので,今度は,その上でパケットが流れたり,Eメールが流れたりといったようなダイナミクスがテーマになってきています.  具体的なテーマとして,私は,病気や情報の伝播のダイナミクスに取り組んでいます.たとえば,Eメールのアドレスリストを通じて広がるコンピュータウイルスは,スケールフリー・ネットワークの上では広がりやすいです.そこでハブに警告してウイルスを止めるにはどうすればいいのか.また,インターネット上にウイルスが出てくるとアンチウイルスのようなものが立ち上がって,免疫の抗原抗体反応のような仕組みで抑えるという種類のウイルス対策ソフトのスキームも研究しています.  それから,これはインターネット上ではありませんが,病院の人的ネットワークの解析をしています.SARS(重症急性呼吸器症候群)では香港の病院の中で感染が広がり,それが世界に広がったという事例もあり,院内感染は大きな問題です.院内感染では,健康な医師や看護師では罹患しても症状が軽く,抵抗力の弱った患者が感染すると重症化してしまう,ということが多くあります.しかし,病気を運んでいるのは医師や看護師であることが多く,そういう場合は,病室を個室化して患者同士の接触をなくしても解決しません.医師や看護師の動きをうまく抑えなければいけない.患者を守るために医師や看護師に投資する価値がある,ということです.  ここで扱っている伝播ダイナミクスのモデルは,ある程度一般性があるので,いろいろな現象に応用できます.たとえば情報の伝播や人の協力行動です.人が利己的に動く動機が強いときに,みなが利己性を抑えて利他的に振る舞うと社会全体として得になる,という囚人のジレンマは,経済学や心理学などでよく調べられています.このような現象は実際には人がつながったネットワークの上で起きていることもある.しかし,ネットワークの上の囚人のジレンマはよくわかっていないので,理論的に調べています.

庄司───つまり,1990年代後半に進展したネットワーク理論は,構造に関する研究から応用的な研究に移ってきているということですか.

増田───そうですね.今でも新しい構造が発見されますが,大体落ち着いてきています.ここで応用には二つの方向があって,一つはダイナミクスへの応用の話,たとえばネット上でクリックしながら情報にたどり着く過程をランダムウォークというモデルで解析するといった抽象レベルの理論的な応用です.もう一つは,先ほどの病院の例のような,現場での適用を考えた応用です.

ネットワーク科学はそろそろ終息する

庄司──井庭さんのご関心はいかがですか.

井庭崇(以下,井庭)───私も二つあります.一つは商品市場をネットワークとしてとらえることで,特に書籍やCD,DVDの商品と商品の関係性からネットワークを構成して,その特徴を理解するということをやっています.これらはもともとネットワークとして存在しているものではないのですが,個々の関係性をつないでいってネットワークとしてとらえるわけです.たとえば,ある人が買った物同士はその人にとっては関係性があるものとして,リンクでつなぐ.個々の関係には個別性がありますが,それを抽象化して同じだとみなした場合に,市場全体としてどんなネットワークができるのかということを見るわけです.  商品市場,たとえば書籍の販売量はいわゆるロングテールになると言われていますが,実際のデータで調べても,売上冊数を順位で並べたものは,やはりベキ乗分布でした.その月に販売されたものをグラフに描いてみると,毎月,ベキ乗分布が生成されているんです.これは,ベキ乗分布という,ある種の秩序を絶えず生み出すシステムが市場の中に埋め込まれていることを示しています.  かつてバラバシ★3がウェブの全体地図を作ろうとしたように,現象をネットワークとしてとらえるということは,全体像を見るということです.私も世界の新しい地図を作るという気持ちで,いろいろなものをネットワークとしてとらえていきたいと思っています.これが,企業との共同研究などで行っている,今のネットワークの理論を生かした応用的な研究です.  もう一つは,増田さんの言う「抽象レベルでの理論的な応用」という話に近いですが,ネットワーク自体の変化のダイナミクスに興味があります.私は,今のネットワーク科学はそろそろ終息すると考えています.というのは,ネットワークの構造的な秩序を見るというスナップショットの話が多い.これは,構造によって機能や振る舞いが決まるという構造主義的な考え方です.それはある程度行くところまで行っていて,5年ぐらい前から,「次はダイナミクスだ」としばしば言われるようになりました.  でも,ダイナミクスの話に行った途端,リンクやノードとして抽象的にとらえているところを,具体的な仕組みに踏み込まなければならなくなる.たとえば,リンクがどう張られるかというときに,ノードの特徴やノード間の関係性を特定して考えなければならない.それはおそらく人のネットワークと脳のネットワークでは違うだろうし,情報のネットワークではまた違う仕組みになっているでしょう.それぞれを具象化していくと,もはやノードとリンクでとらえるネットワーク科学とは呼べない.もう一度,システム科学というか複雑系科学に戻って,システムの中でのネットワークの理解,つまり,どのような機能や振る舞いがどのような構造を作り,そしてそれが機能や振舞いにどう影響するのか,という一連のシステムの研究になっていく.そう考えています.

庄司───システム科学や複雑系科学に戻る,というのは,個別具体的な話と抽象的なネットワーク科学の中間的な位置づけになりますか.それはどのような研究でしょうか.

井庭───システムとしてとらえる時点で,抽象化はしているわけです.たとえば,SNS(Social Networking Service)上の人の振る舞いを社会学的,行動科学的に見ることはできます.リンクとノードというような抽象的な話よりは細かいメカニズムに踏み込むけれど,具体的な事例に寄り添うまではせずに,抽象的なメカニズムのところで話をするという感じでしょうか.  面白いことに,複雑系科学から派生して発展した研究分野に経済物理学(econophysics)がありますが,そこでは時系列のパターンにベキ乗分布を見るわけです.経済物理学も最近はだいたいやり尽くした感があるようですが,構造を見てきたネットワーク科学と,時系列を見てきた経済物理学,この二つを合わせていくことが今後期待されるところです.その意味で,複雑系科学から始まった二つの分野が,また複雑系科学に戻っていくのではないか.  そうしたなかで,私自身興味があるのが自生的な秩序(spontaneous order),すなわちシステムの中でどのように秩序形成が起きているのかというシステム的な理解です.十数年前まで自己組織化というと構造の自己組織化のことでしたが,今はシステム自体の自己組織化を考えることが重要になっています.そういう観点から,オートポイエーシス★4やルーマン★5の社会システム理論がネットワークにどう関係していくかに興味があります.  話が戻りますが,先ほどお話しした商品ネットワークの研究では,市場をネットワークとして可視化することで初めて全体が見えてきます.だだ,可視化したら複雑すぎて全体は見えないという限界も同時に思い知るわけですが(笑).でもまずは,まだ誰も見たことがないので,やってみることに意味があると思っています.マクロ,ミクロという二分法がありますが,ネットワーク科学はそこにメゾを持ち込みました.マクロのように集計量でとらえるのでもなく,ミクロのように要素の理解から始めるのでもなく,その中間のメゾ領域で全体像の把握ができるようになったのは,すごいイノベーションだと思います.その観点から商品市場を見たいんです.そのうえで,どのようにベキ乗分布やスモールワールド,スケールフリーの構造が生まれてくるのか.顧客のどのような振る舞いや相互作用の結果,メゾの秩序が生まれてくるのかを理解する.このように,ネットワーク科学の知見は現実社会の理解を深めるうえでまだまだ応用可能性がありますが,学問における探究としては,複雑系科学への発展解消という方向にシフトしていくと思います.


……続きは『智場』#111で.

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★1──
スケールフリー:一部のノードが膨大な本数(次数)のリンクを持ち,多数のノードはわずかなリンクしか持たない,という性質.特徴的なスケール(サイズ)が存在せず,分布が著しく非対称(ベキ乗分布)であるという特徴を持つ.

★2──
スモールワールド:他人同士が共通の知人を見つけて「世間は狭い」と感じるような,ネットワークの性質.ノードが集まって塊(クラスター)を形成しているが,クラスター間をつなぐリンクが存在することで,任意のノード間の距離が小さい.

★3──
アルバート=ラズロ・バラバシ(Albert-László Barabási):1967年,ハンガリー生まれの理論物理学者.米国ノースイースタン大学特別教授.複雑ネットワーク,特にスケールフリー・ネットワーク研究の第一人者.主な著書は『新ネットワーク思考─世界のしくみを読み解く(原題:LINKED: The New Science of Networks)』,青木薫訳,NHK出版,2002年.

★4──
オートポイエーシス:生命システムを特徴づける概念で,システムが自己言及的に自己自身を再生産するメカニズムを意味する.「自己創出」「自己産出」とも表現される.チリの生理学者マツラーナ(H. R. Maturana)とバレラ(F. J. Varela)によって提唱された.

★5──
ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann):1927年,ドイツ生まれの社会学者.社会システム理論の発展に貢献した.主な著書は『社会システム理論(上)(下)(原題:Soziale Systeme: Gurundriss einer allgemeinen Theorie)』,佐藤勉(監訳),恒星社厚生閣,1993・1995年.

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投稿者 noc : 17:38

2007年11月19日

イノベーション・テストとソフトウェア開発のための5つの習慣
講師: 小野和俊株式会社アプレッソ 代表取締役副社長・CTO
報告: 砂田薫

日本のIT業界は本当に元気がないのか?

 近年「日本のIT業界は元気がない」「ソフトウェア産業は国際競争力が低い」という声をよく耳にする.しかし,小野和俊氏は「元気がないのは伝統的な企業情報システムの分野だけではないか.例えば,まつもとゆきひろさんが開発した Rubyは今や世界的に名の知れた言語になったし,Perl のCPANには日本人のプログラマーが数多くのライブラリをコミットしている.また,はてな,ミクシィ,グリーといった会社はみんな元気がいい」と3月15日に開催されたIECPセミナーにて語った.

 1976年生まれの小野氏がCTO(最高技術責任者)をつとめるアプレッソもまた元気がいい会社だ.米国サン・マイクロシステムズでの勤務経験を活かして「シリコンバレーの良さと日本の良さを併せ持ったベンチャーをつくってみたい」と考え,2000年に同社の経営に転じた.主力製品のデータ連携ミドルウェア「DataSpider」が2002年にSOFTICソフトウェア・プロダクト・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど,パッケージソフト専門ベンダーとして順調に成長を続けてきた.また,個人的な活動として,2004年度未踏ソフトウェア創造事業で仲間と協力してミーティングツール「Galapagos」の開発にも取り組んでいる.

 セミナーでは,はじめに小野氏が「ソフトウェア開発のための5つの習慣」と「イノベーション・テスト」の2つのトピックについて講演した後,フリーディスカッションが行われた.小野氏のようなITベンチャー系と,伝統的な大手IT企業の双方から参加があり,両者が率直に意見を交換させる場となった.

「5つの習慣」でソフトウェア業界の体質改善を

 「アメリカのソフト開発の強みはダイナミックな発想にある.一方,日本は品質とユーザービリティにすぐれている.日本には優秀な技術者がたくさんいる.それでもソフトウェアの輸入大国になっているのは習慣の問題が大きい」と小野氏は指摘する.そして,ソフトウェア開発のために5つの習慣を身に付けようと提案した.

 第一はひらめきを可視化することだ.たとえば,あるソフトウェアを開発したとき,市場の競合製品と機能や能力を比較する.比較すべきポイントを整理したうえで,強み(山)と弱み(谷)を明確にして可視化する.ここまでは一般的なSWOT分析でも行われているので,それほど新味はない.重要なのは「谷を気にせず山があるかどうかを気にする」ことだという.その山がまったく新しい製品やサービスになるかもしれないからだ.山を活かす戦略は二つある.一つは,一つの山に注力して谷となったポイントは最低限まで埋める努力をしたうえで製品化する.もう一つは,山だけをプラグイン製品として提供し他のポイントは他社製品を利用する.いずれにしても,強みを徹底的に活かせという考え方だ.  第二はユーザービリティを追求することだ.日本の得意分野であるソフトウェアの操作性をさらに伸ばしていくことを提案している.ユーザーははじめて使うソフトウェアに対して,今までの経験から理解している操作ルール(たとえばテキスト画面でマウスを右クリックしたら「切り取り」「コピー」といったメニューが出てくるはず……)に照らしあわせながら新しいツールを理解する.ペルソナ・シナリオ法(仮想的なユーザーの詳細なプロフィールを定義して誰のために開発するソフトウェアなのかを明確にする)などを用いて,対象となるユーザーがストレスを感じずに操作することができるように設計されたソフトウェアは手触りの良いソフトウェアであると言える.そういう「手触りの良さ」を重視せよと小野氏は主張する.

 第三は現役プログラマーであり続けることだ.日本では,プログラマーよりSE(システムエンジニア)が上級職とみなされている.そのため,日本のソフトウェア会社では,プログラマーとして何年かの経験を積むとSEに「昇格」させるという人事がまかり通っている.また,ソフトウェア開発の上流工程を担当するほど上級であるという認識が広まっている.そのため,プログラマーは下流職種として扱われがちとなり,それが大問題だというわけだ.小野氏は「プログラマーの地位向上が不可欠」として,プログラマーのタイプを4種類に分類し(図1参照),どのタイプも必要とされ,プログラマーのキャリアパスとして「火のスーパープログラマー」や「風のフェロー」をめざす方向も考えられると提案する.

 第四は,徹夜をしない,させないことだ.ソフトウェア業界では長時間労働で徹夜が当たり前という風潮がある.これは,ソフトウェア会社のマネジメントの問題であると同時に,業界体質を変えていこうという主張である.

 そして,第五は,責めないで攻めることだ.これは小野氏が米国勤務時代に出会った有能な上司から学んだマネジメントのコツである.たとえ能力が不足している人であっても責めるな,その人の良い点を探せという教えだ.その理由は,責めるチームではひらめきが摘み取られやすいためだという.

図1:風林火山によるプログラマーの分類

風のプログラマー迅速な設計/実装によってチームを加速させる風のプログラマー.風のプログラマーがいない開発チームでは,他に先駆けて新製品やサービスをリリースすることが困難になる.
林のプログラマー突発的なトラブルが発生しても冷静に対処し,チームに乱れぬペースを提供する林のプログラマー.林のプログラマーがいない開発チームはトラブル発生時に何をすべきかの正確な判断を行えず,混乱に陥りやすい.
火のプログラマー新しい技術/方法/ツールの積極的な導入によってチームやその成果物の競争力を高める火のプログラマー.火のプログラマーがいない開発チームは同じやり方を繰り返すことはできるが,進歩する機会が少ない.
山のプログラマー厳密なエラーチェックと堅牢なプログラミングによって成果物の安定性を高める山のプログラマー.山のプログラマーがいない開発チームは常に品質の低さからくる不安にさいなまれる.

……つづきは智場110号で

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講師: 小野和俊株式会社アプレッソ 代表取締役副社長・CTO
報告: 砂田薫
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投稿者 noc : 17:52

日本のソフトウェア産業の変遷───企業・政府・市場
砂田薫国際大学GLOCOM主任研究員

ソフトウェア産業の分水嶺

 1955年,世界初のソフトウェア会社が米国に誕生した.それから半世紀余りを経て,ソフトウェア市場は激変期を迎えた.パッケージソフトが提供してきた多くの情報処理機能がウェブへ移行し,オープンソースソフトウェア(OSS)が普及期を迎え,新たにSaaS(software as a service:サービスとしてのソフトウェア)が台頭する兆しをみせている.もはや「パッケージか受託開発か」「オープンかクローズドか」「有料が無料か」といった議論を超えて,ソフトウェア産業の存続自体が大きく揺さぶられている.

 はたして,今後もハイテク産業の一分野としてソフトウェア産業の発展は続くのか.それとも,伝統的なソフトウェア産業が衰退し新たな産業が生まれる創造的破壊が起こるのか.あるいは,ソフトウェア産業そのものが消滅し,組み込み型ソフトウェアのように,さまざまな業界で業務プロセスの一つと位置づけられるようになるのか.

 ティム・オライリーは,ソフトウェアの長期的傾向として,①コモディティ化,②ネットワークが可能にするコラボレーション,③SaaS,の3点をあげたうえで,ソフトウェアは「プロダクト(製品)」から「プロセス」になったと指摘した.

 たしかにプログラムやコモディティ化したコンポーネントといったソフトウェア製品は存在する.しかし,コモディティ化しない動的なプログラム言語が光る分野もある.とくに,アマゾンやグーグルのようなユーザーからダイナミックに反応が返ってくるサイトのソフトウェアは,プロダクトではなく「プロセス」である.マイクロソフトのWordは10年後も動くだろうが,インターネット時代においてはアマゾンやイーベイのサイトで常に最新版が入手できるような環境が整っていなくては,アプリケーションはその機能を発揮できない.もともとエンタープライズソフトのビジネスではこのような特徴を備えていたが,これが新しいパラダイムで支配的なビジネスになってきたのである★1.

 一般的に,ソフトウェア産業の歴史はアンバンドリング・モジュール化・オープン化・コモディティ化の進展としてこれまで理解されてきた.しかし,ウェブサイトやSaaSの重要性が高まるにつれて,産業進化の方向に変化が起こりつつある.オライリーの予測はパッケージソフトよりもエンタープライズ向けのカスタムソフトを,モジュール化よりも統合化を得意としてきた日本のソフトウェア産業にとって,朗報なのだろうか.

 本稿では,ソフトウェア産業が歴史的な分水嶺にさしかかっていると認識を出発点として,日米の産業史を「企業と政府の関係」「市場変化」という二つの視点から振り返ってみたい.そして,日本のソフトウェア産業が新たな発展をめざす戦略について考察する.

米国ソフトウェア産業と国防総省

 ソフトウェア会社を「コンピュータのプログラム開発を手がける独立した営利企業」と定義するならば,世界で最初に誕生したソフトウェア会社は,エルマー・クビーとジョン・シェルドンという二人のIBM出身者が1955年に米国で設立したコンピュータ・ユーセージ社(CUC)である.同社は1960年に株式を公開し,1967年には従業員が700人を超える企業に成長したが,1970年代の終わりに財政難に直面し,1986年に倒産した.1956年には,ランド・コーポレーションから独立した非営利のシステム・ディベロップメント・コーポレーション(SDC)とCEIR社が発足した.1959年にはユニバック出身の7人のプログラマーがアプライド・データ・リサーチ社(ADR)を設立した.また航空産業でコンピュータ経験をもつ技術者の二人がコンピュータ・サイエンシズ社(CSC)を同年に設立し,10年後には業界トップの座についた.

 1960年代末,米国では創業資金がかからないソフトウェアのベンチャー企業が続々と誕生し,2000社近くまで急増していた.しかし,年間数十億ドル(推定)のソフトウェア投資総額のうち,市場取引の対象となったのは一部にすぎない.市場プレーヤーのトップはSDCに代表される非営利企業や大学であり,二番目がハードウェアとの一括販売を行っていたコンピュータメーカーだった.独立ソフトウェア会社は市場取引の主役ではなかった.

 転機となったのは1969年である.この年,IBMが司法省との独禁法をめぐる裁判に負けて,ハードウェアとソフトウェアのアンバンドリングを発表した.これによってソフトウェアの有償化が進み,独立した産業として急成長をはじめる.そこで大きな役割を果たしたのが国防総省である.当時の米国では国防総省をはじめとする政府機関がソフトウェア需要の85%を占め,半導体など他のデュアルユース・テクノロジー(軍産両用の汎用技術)と比べても,ソフトウェアは軍需比率が格段に高いという特徴をもっていた.国防総省は,マサチューセッツ工科大学をはじめ大学とも連携して先進的なソフトウェアを開発した.いわば,産学官の強力なトライアングルで先端ソフトウェア技術の開発と独立ソフトウェア産業の育成の両方に力を注いだのである.主な成果には,半自動地上防衛システム(SAGE),各種タイムシェアリングシステム,COBOL言語,BASIC言語などがある.

 米国政府は,1960年にCOBOLが開発されると,翌年には政府調達の条件にCOBOLを含め,コンピュータ企業に製品化を急がせた.COBOLは事務処理用の標準言語として全世界に普及した.米国政府は技術の開発だけでなく普及および利用にも大きな役割を担ったのである.米国のソフトウェア産業にとって,国防総省をはじめとする政府機関は今もなお大口需要者であると同時に,デファクトスタンダードの決定や新しい応用分野の開拓にも影響力をもつ存在であり続けている.

日本製ソフトウェアと電電公社

 日本では米国より11年遅れて最初の独立ソフトウェア会社が誕生した.大久保茂が1966年8月に設立したコンピュータ・アプリケーションズ ★2である.2カ月後の10月には富士通・日立製作所・NEC・日本興業銀行の共同出資による国策ソフトウェア会社の日本ソフトウェアが設立された.1969年になると,日本EDP,日本コンピュータ・システムなどの独立系に加え,コンピュータメーカー系のソフトウェア会社も次々と設立された.

 当時,独立系ソフトウェア会社上位8社の売上高総額に占める政府関連は6割弱だった.しかも,このうちの大半が1966年から1971年にかけて実施された最初の大型プロジェクト「高性能電子計算機開発」の仕事で,これを除く純粋な政府需要の比率は25%程度しかなかった.日米の政府需要には大きな開きがある.

 日本で大口需要者の役割を担ったのは1968年に「DIPS」コンピュータプロジェクトを開始した日本電信電話公社(以下,電電公社)だった.プログラム発注先はソフトウェア会社ではなく,DIPSの研究開発を共同で進めたNEC・富士通・日立製作所が中心となっていた.電電公社のプロジェクトは国産のハードだけでなくソフトの技術力向上にも貢献した.カスタムメイドのため技術内容は公表されていないが,「データベースの原型となるファイル管理技術などはすでに米国と同水準だった.日米の格差をほとんど感じなかった」と富士通でソフトウェア事業部門の創設に関わった中村洋四郎氏(元同社システム本部担当取締役)は証言している.

 コンピュータメーカーがソフトウェア開発力を高める一方で,国策ソフトウェア会社は失敗に終わった.政府は日本ソフトウェアに6年間で30億円の補助金を支給し,助成終了後はソフトウェアの外販で独立採算の会社運営を期待していた.しかし,労使紛争が深刻化し,大型プロジェクト終了後の資金難も追い討ちをかけて,1972年12月に解散するという結末をたどった.日本の初期の政策は,米国と違って,独立したソフトウェア産業の育成よりもコンピュータメーカーの技術力向上に焦点が当てられていた.

通商産業省のソフトウェア産業政策

 通商産業省で独立ソフトウェア産業が政策対象となったのは1970年である.7月に同省の電子工業課は,コンピュータ産業担当の「電子政策課」とソフトウェア産業担当の「情報処理振興課」に分離された.また,IPA法★3が公布され,10月にはIPAが発足した.とはいえ,当時はIBMへのキャッチアップが最重要課題だった.1971年の「特定電子工業および特定機械工業振興臨時措置法(機電法)」の制定を受けて,6社を,富士通と日立製作所,NECと東芝,沖電気工業と三菱電機の3グループ体制に分け,5年間で約650億円の資金援助を行って国産機開発を急がせた.1974年に国産機が完成すると,外国コンピュータ企業の資本・貿易自由化を急速に進め,1976年にはソフトウェア関連資本を含め完全自由化へと踏み出した.

 1977年11月,IBMに8年遅れて国産6社もハードウェアとソフトウェアのアンバンドリングを発表した.1978年には「機械情報産業高度化促進臨時措置法(機情法)」が制定され,6月には汎用ソフトウェアの有償化と流通促進を目的に「ソフトウェア流通促進センター」が発足している.しかし,日本ではなかなか汎用ソフトの流通が進まなかった.メインフレーム用パッケージソフトでは,大半が海外製品の輸入で,国産製品で売れたのは富士写真フィルムが社内利用を目的に開発し,後にソフトウェア・エージー★4が商品化した自動運用管理ソフト「A-AUTO」くらいだった.日本のソフトウェア産業はメーカーの下請け的なプログラム開発が多いのが特徴で,パッケージの輸入販売,ましてや自社開発・製品化は非常にわずかだった.

 バブル崩壊後の1992年,日本のソフトウェア産業の危機感はいっきに高まった.通商産業省の委員会★5は同年12月に「緊急提言:ソフトウェア新時代」を発表し,ハードウェア重視の従来の方針を早急に改め,情報サービス産業の構造転換を促すべきだと強調した.技術者の人月単位の労働でソフトウェアを取引する状態から脱するために,パッケージソフトやシステムインテグレーション(SI)サービスの育成を目的とした政策が強化された(図1参照).しかし,それから15年を経て,産業の構造転換は進まないまま現在に至っている.

図1:日本のソフトウェア産業政策の変遷
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市場変化と日本の戦略

 ソフトウェア市場では過去半世紀にわたってモジュール化が一貫して進展してきた.カーリス・ボールドウィンは,IBMが1964年に発表したシステム/360をモジュール設計された最初のコンピュータであると指摘している.それは,図2で示すように,初めてオペレーティングシステム(OS)の概念を採用するなど「メインフレーム中心の時代」のコンピュータの要素技術を定義したからである.ただ,モジュール間インタフェースはまだ企業内の各部門間で共有されるにとどまっていた.ところが,「パソコンとインターネットの時代」になると,プロセッサはインテル,OSはマイクロソフト,データベース管理システムはオラクルなど,モジュールごとの専門企業が台頭し,IT産業自体がモジュール構造へと変化していった★6.

図2:IT市場におけるモジュール化の進展
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 この変化に乗れなかったのは日本企業だけではない.「メインフレーム中心の時代」はIBMやDECなど,米国では東海岸が技術とITビジネスの発信地だった.しかし,「パソコンとインターネットの時代」になってそのリーダーシップは西海岸とくにシリコンバレーへ移った.IBMは1990年代初頭に大規模なリストラを余儀なくされ,DECはコンパックに買収された.IBMキャッチアップ路線でメインフレームへの依存度を高めた日本のコンピュータメーカーは,1990年代に軒並み業績を悪化させた.

 モジュールごとに専門企業が存在し,企業間でインタフェースが共有される設計のコンピュータシステムは,特定メーカーがユーザーを囲い込めないので「オープンシステム」と呼ばれた.IBMは市場がオープンシステムに変化したことでリーダーの座を奪われた.ところが,IBMはアウトソーシングサービスで復活を遂げる.その過程でLinuxへの10億ドルの投資や自社ソフトウェア特許500件のオープンソース化など,ライバルに先駆けてオープンソースに力を入れている点が注目される.企業内から企業間連携へ,さらには技術者個人を中心とするオープンソースコミュニティへと,イノベーションの震源が移行しつつあることを重視したのだろう.

 それに対し日本企業は,昔から優れたソフトウェア技術が存在し,現在でもまつもとゆきひろ氏が開発した「Ruby」のように世界的なプログラミング言語まで登場しているにもかかわらず,新しいビジネスを創出できず,技術者を消耗させるような状態が続いている.特許を保有する既存技術については,保守コストの節約と技術継承の両面からもっとオープンソースにすることが検討されていいだろう.オープンソースコミュニティからのフィードバックは技術開発における貴重な資源となりつつある.

 同時に,オライリーの予測をあらためて考えてみる必要がある.エンタープライズ向けカスタムメイドという日本が得意とする技術を新しいビジネスへと発展させていく道筋を考えることも重要である.日本の製造業はプロダクト・イノベーション(新しい概念の製品の創造)よりもプロセス・イノベーション(工程革新)に強いという特徴を持っている.ソフトウェアのサービス化を推進し,プログラムをプロダクトからプロセスへ変化させる動きを先導していくこと.それが日本のソフトウェア産業に有利な戦略となるだろう.


参考文献

★1── O'Reilly, Tim [2004] The Open Source Paradigm Shift(http://tim.oreilly.com/lpt/ a/4868)から要約・引用.
★2── 現シーエーシー.
★3── 情報処理振興事業協会等に関する法律.情促法ともいう.
★4── 現ビーコンIT.
★5── 産業構造審議会情報産業部会政策小委員会.委員長は今井賢一氏.
★6── モジュール化については,青木昌彦・安藤晴彦[2002]『モジュール化:新しい産業アーキテクチャの本質』(東洋経済新報社)および,カーリス・ボールドウィン&キム・クラーク著・安藤晴彦訳[2004]『デザイン・ルール:モジュール化パワー』東洋経済新報社,柴田友厚・玄場公規・児玉文雄[2002]『製品アーキテクチャの進化論』白桃書房,を参照した.

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砂田薫国際大学GLOCOM主任研究員
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投稿者 noc : 17:50

企業の人材育成───日本企業の人事制度で人材は育つのか?
城繁幸 人事コンサルティング「Joe's Labo」代表
聞き手:庄司昌彦┼砂田薫┼森田沙保里

優秀な人材の行方

─── ソフトウェア産業界の優秀な人材の流動という観点から,人事制度との関係をお伺いしたいと思います.東大の理工系大学院を卒業した学生の就職先データをみると,最近では日本の大手情報サービス系の企業以外に,Googleや金融,コンサルが挙がっています.

 「若い頃に働いた分は45歳以上の報酬で受け取るが,その保障はない」というのが年功序列の本質です.今の日本のメーカーでは35歳を過ぎた時にどうなるかが見えない.実際,2000年以降,エンジニアは多くの企業でリストラされています.成果主義の定義はこの逆で,タイムリーに報酬が上がる.外資金融やコンサルは,リスクはあるがリターンも大きく,キャリアパスもある程度見えています.40歳過ぎで会社に残る人はほとんどいませんが,30歳ぐらいから経営に近い仕事に携わっているので,ベンチャーなどの経営陣としてキャリアアップする人が多いんです.将来を意識している人は,理系であっても金融やコンサルに行く人が増えている.僕としてはベンチャーがもっと増えて欲しいですね.

─── 日本の優秀な人材は,大手企業の中で実力を発揮することができているのでしょうか.

 これは意見がわかれるところで,学士と修士以上で決定的に違いがあるという人もいれば,修士以上はいらないという人もいる.確かに有効に活用できてないなという気はします.修士以上を評価する人たちは,本人の資質を評価しているのだと思います.実際に社員に聞くと,一部の研究職を除いて自分の専攻はほとんど役に立っていないと言います.研究職の場合は学会のコネを通じて入社する人が多いから活かされますが,それ以外の部門では,専門が活きることはほとんどないのではないかと思います.

─── なぜ優秀な人材の能力が企業内で活かされないのでしょうか.

 二つ理由があります.まず,日本社会の全体としてあまりにも産学連携がなかった.アメリカを理想とするならば,日本の大学はあさってのビジネスの方向を向いてきてしまった.完全に企業のニーズと乖離してしまっているんです.大学自身も,組織として変われないんですよね.企業は推薦をやめて自由応募にしたいのですが,人材を確保できるかわからない.逆に,大学は貴重な枠を守りたい.それで学生を統制している面もあるわけです.例えば,ある自動車メーカーから枠を2名もらったのに1名しか行かないと翌年から枠を減らされる可能性が極めて高い.だから学校は学生に「お前何やりたい?」と聞いて,「ソフトウェアの開発」と答えると「自動車にもソフトはあるから」と無理やり推薦するわけです.負のジレンマですね.

 もう一つは,採用が現状に追いついていないということがあります.これは,企業も大学も両方悪いのですが,日本の理系の就職はやはり学校推薦なんです.学校推薦は,学校の偏差値,どういうエンジニアを何人出しているかという過去の実績,また役員がいるかどうかということで決まるので現状の変化に対応できていないんです.特に90年以降は非常に変化が激しい.97,8年は物性系に人気があって半導体やシリコンをつくる学部にエリートが進学しましたが,半導体が壊滅してソフトの需要が高まると物性の人気は低下し,情報学科やシミュレーションを作るところが人気になった.この間たった5年です.つまり過去の実績やネームバリューは全く意味がなくなっているんです.

─── 企業からの人材流出についてはいかがでしょうか.年功序列が残っていて優秀な人材が会社に居づらいということがあると思いますが.

 人材の流出はおこっています.成果主義がないからやめてしまう.ただ,直感ですが,エンジニアは事務系・フィールド系に比べると離職率は低い.これは彼らが満足するような転職先が,少なくとも日本にはないからだと思います.起業もみんなができるものではないですし.電機で言えば外資の転職先もIBMのほかは,たまにSunに行くぐらいですね.エンジニアが行く外資はITコンサル系で,コテコテの開発エンジニアが行く転職先はあまりないですね.畑違いのデジタル家電の会社などにいけば別ですが.日本企業は五十歩百歩ですからね.

企業の人事制度のあり方

─── 大手ソフトウェア産業を含む日本企業の多くは,成果主義や目標管理制度の導入に失敗してきました.問題はどこにあったのでしょうか.

 理由は二点あります.一つはシステム上の問題.これは今も変わらない問題ですが,目標管理自体が日本企業にあわなかった.海外の企業は職務給制度なので,入社した時点で「この仕事に対して年俸が何百万」と仕事に給料が結びついていて,個人の業務範囲が明確です.一方,日本は職能給制度といって,大部屋で働くシステムなので業務の切り分けが不可能です.そこが決定的に違う.日本企業というハードウェアにアメリカ産のよくわからないOSをインストールしたら動かなかったということだと思います.

 二つ目は,従来の組織体制の見直しを全くしなかったということです.最終的に,中高年社員の賃下げや降格,あるいは解雇を抜本的にやらない限り成果主義は機能しない.でも現状では,法令上の制限があって労働条件の変更や解雇は難しい.結局,上層のポストが空かないわけです.日本では定期昇給がないのに初任給が20年前と同じ水準で始まっていますが,本来は初任給を50万から始めるべきです.もちろん,ダメな人はそこから下がる.合わない人は転職すればいい.

─── 部門による影響の違いなどはどうでしょうか.たとえばチームワークや開発プロセスなど,開発部門や技術系エンジニアへの影響はどうだったのでしょうか.

 最初は,営業と開発部門で数値目標がマッチすればいいという認識があったんですが,やってみて成果主義が一番合わなかったのは営業,次が開発部門だった.なぜなら,「原価を2000円下げる」という目標をたてられるのはマネージャーであって,それを20人のエンジニアで割って1人100円ずつを削減することは現実的ではないからです.末端の数値化による目標管理は,そもそも日本企業に合わないんです.現状の成果主義によってモチベーションが低下することはあっても,プロジェクトの遅延やチームワークの崩壊につながることは基本的にないと思います.

─── 企業は成果主義にどう対処すべきなのでしょうか.

 成果主義は避けられないものですから問題は企業の運用です.まず年齢給は完全に廃止し,職務給に一本化する必要がある.ハード系の製造業では年齢給を残す余地はありますが,ITに関しては完全に職務給にするべきです.目標管理はやらなくてもいい.欧米のメーカーのように,数値に頼らないアナログ式の評価をするべきです.日本の目標管理はA3の用紙にびっしり書きますが,欧米の企業はA4用紙1枚に今期の方向性やミッションが箇条書きになっているだけで数字もない.そして,年度末に来期の年俸について上司と交渉する.これをやってほしい.日本では,現場のマネージャーが絶対的な評価権をもっていないので交渉することができないし,人事部が評価枠を決めてしまう.

優秀な人材への処遇

─── 技術者をプロフェッショナルとして処遇する制度のあり方についてはどんなご意見をお持ちですか.

 本質的に,世代間の格差と,エンジニアとしてのキャリアパスがないことが問題だと思っています.キャリアパスを複線にしなければいけない.序列と給与体系を切り離して年齢給を廃止しないといけない.20代でも40代でも活躍した人についてはそれに応じた金額を払う.プロ野球選手に年齢給という制度がないのと同じです.まあプロ野球も本質ではかなり年功序列的なのでサッカーのほうが例としていいかもしれない(笑).日本代表の監督だったトルシェも選手としては母国の2部,3部リーグで終わっていて全く実績はないけど,ヨーロッパは職務給の国だから監督としてのキャリアパスが明確にわかれていて彼はそこで評価されているんですよ.日本はそういうものが社会としてない.いい選手だったらコーチも監督もなんでもできるだろうと考えてしまう.

……つづきは智場110号で

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城繁幸 人事コンサルティング「Joe's Labo」代表
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投稿者 noc : 17:46

世界に認められた日本の天才───スクリプト言語Rubyの開発者
まつもとゆきひろ
聞き手:砂田薫 構成:森田沙保里

子供時代から学生生活まで

─── 初めてプログラミングをされた頃から学生時代までのお話を聞かせてください.最初はお父さんのコンピュータをおもちゃで使っていらしたとか.

 プログラミングをする以前からマイコンには触っていたのですが,プログラムとして認識してはいなかったんです.「数字の羅列があって,それを打つと動くよ」と言われた通りにやってみたら動いて,おもちゃというかパズルみたいなものでした.創造性も何もなく,紙に書かれたものをただ打っただけ.小学校6年生の頃です.ポケットコンピュータに触わり,コンピュータを制御するんだという気持ちでプログラミングしたのは中学3年生です.中学から高校にかけては,ポケットコンピュータでパズルのプログラムなどを作っていました.サンプルプログラムをいじったり直したりしていました.大学では,言語学や心理学も面白そうだと思って取ってみたんですが,いまいち心惹かれなくて,計算機言語の方がよかったですね.専門課程になって入った研究室はコンパイラを作らせたら日本一というところでしたが,僕はコンパイラにはあまり関心がなく,言語をどうデザインするかをやりたかったんです.大学時代には途中でお休みして2年間宣教師をしていましたから,ソフトウェア一色というほどでもなかったです.

プログラマーの仕事───働く場所と時間

─── 大学卒業後はソフトウェア会社に就職されましたが,仕事としてプログラミングをやりたいという気持ちは強かったのですか.

 それ以外に能がないので,ソフトウェアを書いて生きていこうかなと思っていました.大学院に行くかとも言われたんですが,数学がだめですし,試験もしんどいし,親のすねをこれ以上かじるのもなんだろうと思ったので就職しました.

─── 会社でのお仕事は?

 受託開発の会社でしたが,配属されたのは社内OAシステムを作る部署でした.今で言うデスクトップソフトウェアです.画面を置いて,画面の上にアイコンを置いたりとか,メールに添付ファイルをつけたりという,今だと当たり前の機能を当時は開発していました.それ以外では開発ソフトウェアを部品化して,データベースとして登録していく,というようなこともしていました.バブル経済がまだ終わってなくて,わりと好き勝手していました.浜松に研究所が出来て,僕はそもそも浜松で就職できるからということでその会社に入ったんです.バブルが崩壊して浜松の会社が結構傾いてきたので転職先を探しました.東京じゃないところ,と言ったら「名古屋はどうでしょう」と.それで名古屋に行きました.会社自体はトヨタの子会社で,トヨタの部品系CADを開発していましたが,僕は造船関係の部品管理をしていました.造船業界は高齢化し,技術伝承について結構危機感を持っていました.ですから部品の管理とかを含めて,オントロジーと呼んでいたんですが,それを電子化することに対して非常に関心が高かった.その一部として,船の部品かくあるべし,と造船側が決めて,僕のチームはデータベース上に表現するにはどうしたらいいか,画面上で設計するにはどうしたらいいかを考えて実装していました.この仕事は面白かったですね.

─── そこを辞められて今度は松江にいらしたわけですね.ところで,働く時間についてはどう考えていますか.

 僕はこの業界で一番悪いのは残業だと思っていて,効率の悪い人がたくさん稼ぐ構造はまずいと思ったので,ネットワーク応用通信研究所(NaCl)を設立するときのミーティングで残業をやめようと主張して通ったんです.禁煙にしようという意見も通りました.だから入社したという感じです.この会社では,研究員は裁量労働制になっているんです.ホワイトカラー・エグゼンプション制度がないのでみなし残業をつけないといけないですが,後はどう時間を使ってもいい.個人には家族が病気になったとかいろいろな事情がありますが,それを会社が管理する必要はないわけです.仕事の締め切りさえ守られれば時間をどう使おうが自由であるはずなんですね.そういうふうに会社を運営してきて,今のところ大きなトラブルは起きていません.だから,どこの会社でもやろうと思えば出来ると思います.ミーティングや打ち合わせがあるなら集まります.締め切りでデスマーチ状態で働いている人や会社に住んでいるような人もたまにいます.労働基準監督署の立場からすると,あまりうまくないこともたまに起こるのですが,われわれはあまりこだわっていないので大きな問題は起きていません.

─── 働く場所は会社を選ぶ際の重要な要素ですか.

 そうだと思います.日本では受託開発系の会社だと,完全裁量労働制というのはあまりないです.松江は真ん中に大きな川があるのですが,橋が5本くらいしかないので時間によってはかなり道路が渋滞するんです.ですから,出勤時間を決めちゃうと非効率でばかばかしい.ただ,松江はどちらかというと保守的な土地で勤務時間が固定の会社のほうが多いかもしれません.

Rubyの開発と発展

─── Rubyの話を伺いましょう.以前,講演で「新しいものをつくるというよりも,自分にとって快適なものをつくりたかった」と強調されていたのが印象に残っています.

 Rubyの開発は1993 年で,浜松にいたときです.Rubyはビジネスとして開発したのではないのでマーケティングする必要がありませんでした.Rubyが広まっても広まらなくても,僕の生活は変わらない.注目を浴びる必要がないので,新しいものだと言う必要もなかったのです.結果的に,他の人がRubyの新しいところを発見してくれて,これはいいと口コミでマーケティングしてもらいました.もう一つは僕自身が環境改善オタクということがあります.コンピュータの設定をいろいろ変更すると使いやすくなるので,コンピュータ好きの人は割合よく設定を変えたりするんですね.これを僕はプログラマー環境問題とか,環境改善オタクと言っているんです.この場合の環境はソフトウェアの設定という意味ですね.そういう人を喜ばせるために,設定の幅が異様に広いソフトウェアが世の中にはあるんですね.僕はそういうソフトウェアが大好きで,延々とこうしたらもっと使いやすい,このソフトとこのソフトを組み合わせるともっと楽になるとやるんです.Rubyはその延長線上です.自分がプログラムする環境をいかに改善するか.自分にとって快い環境とはなんぞや,と日々追求しているわけです.僕以外の人から見たら,Rubyという素晴らしいものが世の中に降ってきたということなんですが,僕にとってみれば,環境の一部を日々改善しているだけなのです.開発,発明というのは元々そうなんですね.周りから見ると,それが結果的に新しいものとなるわけです.

─── オープンソースにしようと思った理由は?

 逆に,しないことを思いつかなかったんですね.僕は元々オープンソースソフトウェア,当時はそういう言葉がまだなかったんでフリーソフトウェアという発想をしていましたが,emacsというエディタの上でソフトウェアを書いて,GCCという有名なフリーソフトコンパイラの上でコンパイルをして,Rogueというゲームで遊んで,Linuxもわりと早い時期,94年くらいから使って,オープンソースの中で生きてきました.ですから,業務で作ったものでなければ,ある程度使い物になるようにしてフリーソフトにすることが自然でした.

─── Rubyは公共財のようになってきました.

 このペースだと少なくともあと10年は遊んでいられる,ああでもないこうでもないと言えるネタはあるんじゃないかなと思ってます.誰かすごい人が来て,僕の考えるものをどんどん実装していってくれて,数年で使い切ってしまうかもしれませんが.ただ,言語の寿命は長いので,僕が今死んだとしても,Ruby1.8安定版として出ているものはそれなりに生きていくんじゃないか,放っておいても消えないくらいには出来たんじゃないかなと思います.

─── 世界のRubyになった時は嬉しいものでしょうね.

 イチローが大リーグで頑張っているな,くらいの距離感がありますね.あまり僕がどうこうという感じではないです.多くの人がRubyを使っているんだけれど,実際に使われているのはRubyの上に書かれたプログラムなんで,僕が書いているわけではありませんから.「Ruby使っていますよ」と言われても,それはRuby onRailsを使っていて,僕のはその部品のひとつだよね,という話で.嬉しいといえば嬉しいですけど.

日本のソフトウェア産業の課題

─── 日本のソフトウェア産業は輸入超過が続き,国際競争力が低いという議論が盛んに行われていますが,Rubyはブレイクスルーになったように思います.

 でもまあ,売り上げがないので経済にはあまり貢献していません.それにRubyには日本人以外の開発者もたくさん協力してくれています.Rubyがここまで話題になった理由はRuby on Railsですが,それを作ったのはデンマーク人で,今アメリカに住んでいます.Rubyで使えるライブラリのかなりの部分は日本人が作っていますが.

─── 日本のソフトウェアをどう強くしていくかという課題が国の重要な政策課題となっているわけですが,グローバルなオープンソースコミュニティにいるまつもとさんの目からご覧になると,議論が若干ずれている感じがしますか.

 そういう政策を議論されておられる方にとって,私はいないのも同然ではないでしょうか(笑).ただ,よくわからない部分もあります.たとえば会社ではRubyを使って仕事をしていて,Rubyでソフトウェアを開発するお客さんに納めてお金をもらっていますが,そのお客さんは日本人だけなんですね.その辺で国を越えられない部分が確かにあります.国は関係ないといっても,実はある.それは確かです.特に日本では国を越えるソフトウェアビジネスはほとんどないのが現実です.アメリカやヨーロッパでは国を越えるのはわりと普通なので,その辺の違いはあると思います.

─── すでに世界で使われているRubyが日本のソフトウェア産業にどういう影響を今後与えられると思いますか.

 オープンソースやソフトウェアのサービス化によって伝統的なソフトウェアビジネスは変わってくるでしょう.たとえばパッケージビジネスをしているところは厳しいところが出てくると思う.マイクロソフトやオラクルをはじめとして多くのパッケージビジネスはオープンソースとの競争がますます増えてきます.イノベーションを維持していかないと生き残れないし,かといってパッケージ市場への新規参入はあまり現実的ではありません.その辺についてはかなりいろんな圧力がかかってきているんじゃないかなという気がします.

 一方,受託開発系の会社は仕入先が変わるだけなので,産業構造がまったく変わらないのではないかという意見も出ています.統計によれば日本のソフトウェア産業の7割か8割は受託開発系だそうなので,あまり変わらないかもしれないなとも思いますし,一方で,変わらなくていいのかという気もします.逆に,オープンソースをうまく利用しているIT企業もあります.IBMはオープンソースに投資する事でかなり業績を回復させましたし,後はサンですかね.サンとIBMはサービスの販売に力を入れているので,そこがマイクロソフトとの違いです.日本の受託開発系のソフトウェア会社も,サービス系企業がもっと出てくれば変わる可能性もあります.Web 2.0じゃないですが,そういう会社がオープンソースを使ってすばやくサービスを提供するという話になってくると,構造変化が起きるかもしれません.でもそういう会社はベンチャーで小規模なので,ほんとうに産業構造を変化させる力があるかどうかは分かりません.受託の中での生き方がちょっと変わってくるということはあると思います.構図そのものは変わらずに,もしかしたら温存する方向に働くかもしれません.実際うちの会社もオープンソースの代表企業みたいな格好をしていて,コンサルや教育といったこともやっていますが,産業構造的には受託会社です.

自分の仕事の将来

─── 最後に,今後5年,10年,どんな仕事をしていたいですか.

 今と同じようにずっとやっていたいなと思っています.今Rubyを開発していますし,経済的にもあまり困っていないので,わりと幸せな生活をしていますから.この業界では大変な思いをして仕事をされていらっしゃる方も多いので,僕は苦労も少なく,平安な生活をしていると思います.通勤の苦労もないですし.

─── やりたいことが仕事になり,自分の望ましい方向へ来られた感じですか.

 後は生活の安定ですね.僕は金勘定もあんまり好きじゃないし,ビジネスを新しく作るとかもあまり関心がない.そういうのは他の人にやってもらって,どちらかというとソフトウェアに向き合っていたいと望んでいます.技術的な裏方で行きたいと思ってるんですよ.ちょうど今の会社NaClではそういうポジションで仕事ができます.NaClにはいろんな人がいて,自分で開発もする,事業もする,金儲けをするという人もいます.そういう人はすごいなあ,うらやましいなあ,と思うんですけど,僕はそうじゃないんで,NaClさえ変わらない限り,僕はここでやっていきたいなあと思っています.

─── 今日はどうもありがとうございました.

2007年2月20日収録

Ruby年表

- 1993年 2月 Rubyの開発を始める
- 1995年12月 Ruby Ver.0.95をfj.sourcesに投稿
- 1996年12月 Ruby Ver.1.0をリリース
- 1997年 オンラインソフトウェア大賞入賞
- 1998年11月 「Perl Conference Japan」でRubyについて講演
- 1999年10月 『オブジェクト指向スクリプト言語Ruby』が出版
- 2000年10月 英語で書かれた初の解説書『Programming Ruby: The Pragmatic Programmer's Guide』(Addison-Wesley刊)が出版
- 2000年10月 未踏ソフトウェア創造事業で「オブジェクト指向スクリプト言語Ruby次期バージョンの開発」が採択される
- 2000年11月 初めての専門カンファレンス「Perl/Ruby Conference」が京都で開催
- 2001年10月 海外では初めての専門カンファレンス「Ruby Conference 2001」が米国フロリダで開催
- 2007年 Language of the Year 2006受賞
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聞き手:砂田薫 構成:森田沙保里
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投稿者 noc : 17:36

2007年06月14日

ポスト・セカンドライフ─「3DのWWW」をめぐる標準化競争
井上明人国際大学GLOCOM研究員

セカンドライフとは何か

 今,セカンドライフというものが大きな話題を呼んでいる.「セカンドライフで1億円を儲けた人物が出た」とか,「IBM,日産,ソニー・エリクソン,Dellなどの大企業が続々と参入をはじめている」だとか,そういう情報をすでにご存じの方も多いかもしれない.前号の『智場』(#108)でも取り上げたが,それからこの2,3カ月の間に報道が一挙に過熱した感がある.
 そもそも,セカンドライフとは何か.いろいろな言われ方をしている.「オンラインゲーム」「Web3.0」「立体的で直感的になったWWW」「メタバース」……などだ.このうちのいくつかの説明は正しく,いくつかの説明は正確ではない.
 基本的なイメージとしてはこう考えて欲しい.まず,「セカンドライフ」と名付けられた3次元(3D)の仮想空間がある.映画『マトリックス』(1999)を見たことのある方は,マトリックスの原型のような場所がウェブ上に広がっている,と考えてもらってもかまわない.そして,ウェブ上3D仮想空間に,世界中から450万人の人々がログインしている.ただ,マトリックスほどにリアリティのある空間とは程遠いし,セカンドライフをオフラインの現実世界そのものと混同することは当面,考えられない.
 さて,繰り返すが,セカンドライフはウェブ上に繰り広げられる3Dの空間である.今,ウェブ上に広がる3D空間で最も多くの人がログインしているものといえばオンラインゲーム『World of Warcraft』で,世界中で850万人以上2007年3月に開催されたGame Developers ConferenceでのBlizzard社の発表による。の人々によって遊ばれている.『World of Warcraft』も,セカンドライフも,そこにログインした人々が自分の分身となるキャラクターを操作することで,3Dの世界を自由に動き回り,そこにログインしている世界中の人々とチャットをしたり,さまざまな共同作業を行ったりすることができる.その点だけを取ると,この二つのものは同じである.しかし,この二つには大きな違いがある.セカンドライフはオンラインゲームではない.セカンドライフは,ただのオンラインゲームと比べると圧倒的に行動の幅に拡がりがあり,自由である.そして,今後のインターネットの世界に対する大きな影響が見込まれている.では,具体的には,今までの単なる3Dのオンライン空間と比べて何が新しいのか.
 まず一点目は,セカンドライフは「ユーザー」の概念が旧来のオンラインゲームのような形とは全く異なるということだ.セカンドライフの中には,建築物があり,人がいて,音楽も鳴り響き,乗り物もあり,セカンドライフの通貨でのショッピングも楽しめる.だが,これらはセカンドライフのサービスを提供するリンデン・ラボ社によって作られたものではない.3D空間上に広がるこれらのものはすべて,「ユーザー」によって作られている.リンデン・ラボ社はただ,3D空間内の土地と,ものを作り出す技術の枠組みを提供しているだけだ.この世界はすべてが「ユーザー」によって作られ営まれている.言ってみれば,インターネット上のウェブページが,すべてインターネットユーザーによって作られているということと同じだ.「インターネットユーザー」が消費者であると同時に,コンテンツの作り手でもあるということと同様,「セカンドライフユーザー」は,消費者であり作り手なのである.
 二点目は,セカンドライフ内に展開されている仮想通貨であるリンデンドルが,現実の米ドルなどと交換可能という点だ.オンラインゲームなどの仮想空間の議論では,仮想通貨と現実に流通している貨幣との交換のことをRMT(リアルマネートレード)と呼ぶ.そして,このRMTと言われるインターネットの新しい経済活動が可能な空間として世界で最も大規模になっているのがセカンドライフなのだ.先ほど述べたように,セカンドライフ内ではユーザーが自由に3D空間内の物体や建築を作り出すことができる.そして,作り出したその物体を自由に売り買いし,現実世界での生計を立てていくこともできる.先ほど紹介した「1億円を儲けた」というユーザーも,このような取引が可能だからこそそれだけ大きな儲けを得るために邁進することができたのだし,ここ1年の間に「セカンドライフ内ベンチャー企業」と言われるようなベンチャー企業も数多く立ち上がってきた.
 そして,三点目はセカンドライフのブラウザソフトがオープンソースになっている,ということだ.これは,特定の企業のサービスするオンラインゲームなどでは到底考えられないことだ.だが,セカンドライフはリンデン・ラボ社が独占することによって広がっているサービスではなく,仕様を可能な限りオープンな形にして,さまざまなデベロッパーからの参入を促すことで,発展の可能性を見せるサービスである.セカンドライフはしばしば「3Dウェブブラウザ」としてとらえられるが,1990年代のインターネットがMosaicにはじまり,各社の多様なブラウザが競争するなかで発展していったように,リンデン・ラボ社は外部のデベロッパーの力を借りることによって大きく発展しようという目論見がなされている.また,ブラウザソフトのオープンソース化の前段階からさまざまなAPI(Application ProgramInterface)の公開もなされており,こうした方向性は以前からのリンデン・ラボ社の方針であったと言える.
 さて,以上がセカンドライフの基本的な特徴である.こうした特徴を持つセカンドライフをごく簡単に,キャッチーに言い表すと「立体的で直感的になったWWW」とか「Web3.0」といった言葉が出てくる.そして,実際にWWWの新しい展開そのものというイメージが持たれはじめているからこそ,世界中の大企業がこぞって参入をはじめ,熱心に報道されているのである.今,セカンドライフ関係の情報を持っている,という人は大手の新聞,雑誌,ネットメディアなどからの取材依頼が舞い込み,てんやわんやである.

セカンドライフの可能性─── セカンドライフは流行るのか

 繰り返すが,今(2007年3月末現在)のセカンドライフ報道は,2007年があけてからこの3カ月の間で爆発的に増えてきた.一種の流行ものとしてとらえられつつあると言っていい.筆者は,コンピュータゲームの可能性をめぐる議論を中心的に扱いつつ,その枠組みの中でここ数年RMTやセカンドライフの議論もフォローしてきたが,この原稿を書くことが決まったほんの数週間前には「セカンドライフの報道が流行に飛び乗るような話ばかりになりつつあるので,もう少し具体的に実のある議論をする必要がある」ということをまずは言う必要があるだろうと思っていた.だが,そう思っている間もなく,ネットのニュースメディアでは「セカンドライフ報道は空騒ぎなのでは」という流行ものへのカウンターの議論が注目を大きく集め,その直後,さらにその反論として「いや,空騒ぎと言って水を差すのはいかがなものか」という議論も出てきた.まさに「流行」でなければありえない程の目まぐるしいスピードで議論が回転しつつある.「セカンドライフ」が話題先行で中身のないものなのか,それともウェブの未来像を体現する輝かしい可能性そのものなのか.表面的な議論だけを見ていると,両極端なイメージが語られ,詳しく追っていない人からすればよくわからなくなってきているだろう.
 とりあず,「セカンドライフが有望株かどうか」ということだけで言えば,有望株であるのは間違いない.実は,「空騒ぎでは」と論じている側も,「そうではない」と言っている側もその点については意見にブレはないのだ.Googleが持ち得たほどのインパクトを持つほどの可能性はある.だが,“確実”にGoogleほどのパワーを持つものになるかどうか,とまで言われると,それはわからない.その意味で「GoogleやMicrosoftの次を担う新しいプラットフォーム!」という報道は,やはり話に色を付けているところはある.
 では,何がセカンドライフの普及にとって障害となっているのか.セカンドライフ報道を「騒ぎすぎ」という人々の根拠をまとめると次のようなものだ.
(1)まず,セカンドライフを体験するためには高性能のPCと回線速度が必要で,そのうえ登録するのに根気も必要.なので,現状ではパワーユーザー専用のオモチャとしての側面が強い.
(2)なんでもできる「可能性がある」とは言うものの,海外製のアダルトコンテンツとギャンブルコンテンツに人気のあるコンテンツが集中している.しかも作り出せる映像のセンスが,欧米人向けのものばかりで日本人には馴染みにくい.
(3)「なんでもできる」という汎用性を重視したため,個別のインターフェイスの扱いやすさや映像の美しさという点で言えば,最新のオンラインゲームのほうがクオリティが高い.
(4)いかにオープンなプラットフォームとは言っても,企業の展開するサービスなのでWWW自体の枠組みそのものと比べれば制約が多い.
 これらの指摘は,今のところは,いずれも事実だろう.日本人向けのサービス展開や,セカンドライフを体験するために必要な前提条件といった問題は今後解消されていく可能性はおおいにあるだろうが,現状のセカンドライフのままでは,今後日本向けのサービス展開を本格化させていかないと,日本の土壌でmixiやYouTube並みの普及というのは難しいかもしれない.
 だが,それでもセカンドライフは,この1年間の間に急激な成長を遂げつつあり,その可能性については多くの人が認めている.そして,セカンドライフの持つ特徴がWWWの新しい可能性として強く望まれているものであることも間違いない.「3DのWWW」「豊かな仮想世界」が発展していくのではないか,という「夢」に対して,セカンドライフは今,手を届かせようとしている.この「夢」の価値ゆえに,いくら普及にあたって問題があったとしてもセカンドライフの可能性は決してバカにできない,という声は出てくる.
 つまり,現状を一言で端的に言うならば,「強力な可能性があり,実現しそうな様子もある.しかしまだ数多くの障害がある」ということだ.

「セカンドライフ的なもの」の可能性

 逆説的なことを言うようだが,セカンドライフを論じるうえで「セカンドライフ自体が流行るかどうか」ということは,いったん議論を止めておく必要があるだろうと思われる.
 どういうことか.ここまでの議論で確認した通り,セカンドライフをめぐる報道は「過剰」であり,セカンドライフそのものがどこまで普及するか,については疑問符が付く.しかし,セカンドライフが実現しようとしている方向性については,多くの人が同意し,将来的にはそれが実現されればいいと願っている.このように考えると,「今,セカンドライフは流行るのか」という問題設定はそこまで重要ではない..........

 ……つづきは智場109号で

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井上明人国際大学GLOCOM研究員
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投稿者 noc : 14:28

「地域SNS」の現状と可能性
庄司昌彦国際大学GLOCOM研究員

続々と立ち上がる地域SNS

 人と人の「つながり」を意識して作られたインターネット上の会員制コミュニティ,SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が注目を集めている.約900万人ものユーザーを集める国内最大のSNS,「mixi」を運営する株式会社ミクシィが2006年9月に東証マザーズへ上場したほか,ライバルの「GREE」がKDDIとの提携を発表したり,1億人以上のユーザーを抱える世界最大のSNS,「MySpace」がソフトバンクとの提携で日本に進出したりするなど,大きなニュースが相次いでいる.また,さまざまなテーマや機能を持ったSNSが毎日のように登場するなど,SNSの「乱立」状態も進んでいる.
 そして,続々と増えているSNSの中で一つのジャンルを成しているのが,「地域」をテーマに掲げた「地域SNS」だ.町内会から市町村,県レベルまで規模はさまざまだが,地域の人的ネットワークをインターネット上に構築し,地域情報の生成・流通・蓄積や,現実のまちづくり,商業振興,観光振興などに活かそうという取り組みである.
 2004年の末に熊本県八代市で全国初の地域SNS「ごろっとやっちろ」が誕生し,2006年初頭からサイト数が急増,2007年2月現在では200カ所以上の地域SNSが存在している(図1).運営しているのは地方自治体や各地のシステム開発企業,メディア企業,NPO,個人などさまざまであり,これらが協働でSNSを立ち上げる事例も登場している.

図1:地域SNS累計数
地域SNS累計数
出展:地域SNS研究会調べ(2007年3月)

 地域SNSの規模をユーザー数でみると,平均のユーザー数は100~300人程だと思われる(作っただけで放置されているものを除く).表1のように,数千人規模のユーザーを抱える地域SNS も増えている.ユーザー数が最も多いのは福岡県の「VARRY」と東京の「表参道Comnit」で,約5,000人だ.これはmixi全体のユーザー数900万人に比べると3桁も少なく,またmixiで「現住所:福岡県」と登録しているユーザー数20万人や,mixi最大の地域コミュニティ「I Love Yokohama」のユーザー数3万6,000人と比べても大幅に少ない.だが,地域ネットコミュニティの代表例として知られている神奈川県藤沢市の「市民電子会議室」のユーザー数3,000人,三重県の「eデモ会議室」のユーザー数1,500人と比べると,同等以上の規模がある.地域ネットコミュニティの文脈で規模(ユーザー数)を評価するならば,地域SNSは無視できない存在になってきたといえる.
 地域SNSの運営者は,民間企業やNPO,個人,任意団体などさまざまだ.報道などでは地方自治体が運営する事例が目立つが,割合としては全体の1割程度で,最も多いのは民間企業だ.内訳はシステム開発企業が最も多く,地域情報サイトを運営する企業や,通信系,新聞・放送などのメディア企業もある.地域SNSの急増が始まった2006年初頭は個人(個人事業主)が多く,2006年秋以降はメディア企業の動きが目立ってきたという傾向の変化もある.民間企業のほかには,NPOなど非営利団体が多い.「あみっぴぃ」(千葉市西千葉地区)のように地域でパソコン講習などの「本業」ともいうべき活動を行っていた団体がSNSのサービスを開始した事例や,NPO法人の形はとらないが地域活性化を掲げる任意団体がSNSを開設した「イマソウ」(愛媛県今治市)や,商工会議所を中心とする有志が開設した「N[エヌ]」(長野県)などもある.

表1:ユーザーが多い地域SNS
( 出展:地域SNS研究会調べ(2007年3月 )
SNS名地域ユーザー数
VARRY福岡県約5000人
表参道Comnit東京都渋谷区表参道約5000人
ひびの佐賀県約4000人
ごろっとやっちろ熊本県八代市約3000人
京都Comnit京都市約3000人
Yebisy!東京都渋谷区恵比寿約2900人
青森SNSコミュニティ青森県約2600人

急増の背景

 地域SNSが急増した背景にはいくつかの要因がある.最も大きいのは「mixi」などSNSの流行であろう.ユーザーとしてSNSを利用する楽しさや,運営者側のメリット,mixiに対する不満などを感じた人の中から,SNSをビジネスや地域活性化などさまざまなコミュニティで利用したいというニーズが高まっている.
 二つ目は,総務省が2005年12月から2006年2月まで,新潟県長岡市と東京都千代田区で行った地域SNSの実証実験だ.この実験は,「ごろっとやっちろ」の成功を受け,地域SNSが行政への住民参画や防災情報の共有などに使えるかどうか,ということをテーマに行われた.ICTを用いた行政への住民参画については,1990年代後半からすでに電子掲示板(BBS)を用いた取り組みが各地で行われており,2002年には全国で733自治体を数えた.だがわずかな成功例を除くほとんどの事例が,議論が盛り上がらなかったり,荒らされたりして失敗に終わっていた.そこで,互いのプロフィールを明かすことで実名性が高く安心できるSNSに,期待が寄せられたのである.安心なコミュニケーションという点で総務省の実験は一定の成果を残した.だが,それよりもこの実験を通じて「地域SNS」というアイデアが多くの人々に認知され,彼らの想像力を刺激したことが大きかった.
 そして三つ目の要因は,オープンソースプログラムの登場である.SNSの特徴が広く認知され,総務省実験などによって地域SNSへの関心が高まっているところに,「OpenPNE」(オープンピーネ)というだれでも無料で利用できるプログラムが,タイミングよく登場してきた.そして「GoogleMaps」や「Skype」,天気予報やニュースサイトのRSS配信など,さまざまなツールを組み合わせてサービスを作り上げる「マッシュアップ」の流行にも乗って,新たな地域情報サイト構築の試みが各地で行われるようになった.

地域SNSのビジネスモデル

 では地域SNSは,ビジネスとして,あるいは公的な事業として,発展性や持続可能性のあるものなのだろうか.
 まず,運用コストを確認してみよう.総務省の報告書では,地方自治体が地域SNSを設置運用するためには,最も安くて年間28万円程度(オープンソースプログラムや,既存の環境,既存の技術者などを活用),新規にハードウェアを用意して外部業者に導入運用を委託すると750万円以上がかかると述べている.民間の地域SNS運営者の中には,無料で利用できるASP(Application Service Provider)や,年間数万円程度のホスティングサービスなどを使い,導入・運用の作業を自ら行うことで,年間10万円以内程度の費用で運営しているところもある.
 地域SNSの運営費用をどこから調達するのか.地域SNSの現状を大きく整理すると次の四つになる.一つ目は公営・協働モデルだ.地方自治体などの公的予算を投入することで初期費用などをまかなう.二つ目は広告モデルだ.大手SNS と同様に,バナー広告を外部から獲得して表示する.三つ目はCRM(Customer Relationship Management)モデルだ.これは,地域情報サイトやシステム開発,NPOなど「本業」を持つ事業者が関連サービスとして地域SNSを運営し,顧客や潜在顧客との関係を構築・維持したり,人々の話題や消費動向を知ったり,自社の認知を広めたりするなど,「関係価値」に基づく副次的なメリットを得るものだ.そして四つ目は非営利・自己負担モデルだ.
 地域SNSだけで運営費用をまかなうことは,きわめて難しい.実際にはCRMモデル的に運営し,かつ若干の広告収入も得ようとする組み合わせが多く見られる.そのほか,非営利・自己負担で運営している地域SNSが,結果としてCRM的に関係価値のメリットを受けることなどもある.いずれにしろ,さまざまな「組合せ」を考えるのが現実的なようだ.

地域SNSには何ができるのか

 SNSは,ユーザーが自由に情報発信できるCGM(Consumer GeneratedMedia)であり,また任意のグループを自由に作り出し交流やさまざまな活動に役立てられるGFN(Group Forming Network)である.とはいえ,具体的には何ができるのかということについてはさまざまな議論がある.地域SNSの先進事例を概観してみると,友人とのコミュニケーションを楽しむ,さまざまなコミュニティで情報交換ができるといったことのほかに,地域SNS独自の傾向として(1)オフライン活動の活性化,(2)既存の人的ネットワーク間の橋渡し,(3)地域メディア化,を指摘することができる.
(1)オフライン活動の活性化
 ユーザーが実際に顔を合わせられる距離に住んでいることを活かし,オフライン活動が活発に行われている地域SNSがある.「VARRY」(福岡県)や「ドコイコ」(香川県),「ショコベ」(神戸市)などでは,SNSでの交流をきっかけとして,ユーザーがスポーツをしたり音楽イベントを開催したりグッズを作ったりボランティア活動をしたりしている.ユーザーが実際に集まって行う「オフ会」といえば,飲み会や食事会というイメージが強いが,活発な地域SNSで行われているものには「イベント」や「プロジェクト」と呼ぶ方がふさわしいと思えるほど,規模が大きかったり,手が込んでいたりするものがある.また「あみっぴぃ」のように,オフラインのNPO活動が先にあり,SNSはその補完をする道具であると明確に位置づけている事例もある.
 ネット発で起きたオフラインのイベントや活動といえば,2002年頃から匿名掲示板「2ちゃんねる」を中心に行われていた「オフ」がある.「オフ」はオフ会のことだが,「突発オフ」「大規模オフ」「ネタオフ」などとも呼ばれ,独特の意味を持っている.掲示板上でさまざまな企画内容を練り上げ,オフラインでさまざまないたずらや抗議行動,ボランティア活動などを行った.この「オフ」では,ネットコミュニティのメンバーが,議論を通じてネタの意味や文脈(何がおもしろいのか,など)を共有し,場(2ちゃんねる)への愛着や,仲間意識を醸成していた.
 おそらく地域SNSの運営にも,「オフ」のようなボトムアップで創発的なイベント企画が,重要な役割を果たすだろう.そして,SNSと結びついたさまざまなオフライン活動によって,地域が活性化していくのではないだろうか.したがって運営者には,ネット上のツールを開発する能力だけではなく,オフラインのプロジェクトを運営するスキルなども必要とされる.
(2)既存の人的ネットワーク間の橋渡し
 既存の組織や活動の枠を越えて,新たな人と人のつながりを作り出す「橋渡し」も意識的に行われている.「ひょこむ」ではこのような効果をねらい,友人に友人を紹介することを「仲人」と呼ぶなどして積極的に行っている.「かわさきソーシャルネット」(川崎市)では,市内各地でまちづくりやサークル活動などに取り組んでいるキーパーソンをSNSに招待することで,彼らをつないでいる.そしてそのコミュニケーションの中から地元をテーマとするインターネットラジオ番組「ラジオたまじん」が生まれた.まちづくり活動やサークル活動には,必ずといっていいほど積極的に働き,人と人,人とリソースなどの「コネクター(ハブ)」となる人物がいる.このようなキーパーソンを意識的に招待し,つながっていなかった人同士を結びつけていくという取り組みは,地域SNS内のコミュニケーションの濃度を上げ,また現実社会における継続的で強い人間関係の形成に役立つのではないかと考えられる.
(3)地域メディア化
 地域SNSは,ユーザーの手によって地域に関する情報を多く生み出し,記録・伝達する新たな「地域メディア」になろうとしている.地域SNSでユーザーが書く個人的な日記やコミュニティで交わす話題は,他愛のないものが多い.だが,SNSで書かれる情報の多くが,その地域をネタにした地域情報であることに大きな意味がある.つまり地域SNSは,地域に関する情報を広く薄く増加させ,「だれが」,「いつ」という情報とともに蓄積する場所になるということだ.さらに,地図機能を連動させているところでは,「どこで」という情報も加わる.地域に関する情報が,「だれが」,「いつ」,「どこで」という情報とともにSNSや地図に蓄積されていくことは,将来的には地域の財産にもなるし,新たなサービスや,実際に地域を変えていく活動のための基盤ともなるだろう.
 また,地域SNSの中でユーザーが作り出すさまざまな情報に編集を加えてSNSの外部に向けて発信するという取り組みが,インターネット上だけではなくフリーペーパーやラジオ,新聞,テレビなどのメディアへと広がってきている.鹿児島テレビの「NikiNiki」や佐賀新聞の「ひびの」など,地方のメディア企業がSNSの運営に乗り出しているのは,ユーザーが作り出す地域情報と既存の地域メディアとの新たな関係を模索する動きととらえられるだろう.

地域SNSの今後

 ネットコミュニティは,「2ちゃんねる」に代表される匿名掲示板や,「セカンドライフ」に代表される仮想世界など,現実社会や個人の実名とは切り離された場所を求める方向に強いベクトルが働いている.その一方で,現実社会の生活や人間関係,社会生活などを豊かで便利なものにするためにネットコミュニティを使おうというベクトルもあり,地域SNSは後者に位置づけられる.
 本稿執筆時点(2007年3月)で,世間の地域SNSへの関心は高い.地方自治体も民間企業もNPOもまだまだ関心を持っており,もうしばらくは各地での導入が進みそうだ.
 また国内ではSNSのテーマの細分化やコミュニティの小規模化が進んでいるので,おそらく地域SNSも,子育て支援や産業振興,自治活動などのテーマごとに分化し,多様化が進んでいくと予想される.そして,人々が目的や関心に応じて仲間を募り協働するための機能の強化も進むだろう.すでに地図,ニュース速報,クーポン券,チャット,動画投稿,携帯電話との連携などの機能を特徴とするものが現れてきているが,今後は地域通貨,ターゲット広告,イベント支援など,地域ならではの機能やテーマに応じた機能を付加しながら地域SNSは進化していくだろう.
 また分化の一方で,「連携」も必要になってくる.地域SNSがそれぞれの地域で完全に閉じた情報系として存在するよりも,外部のウェブサイトや別の地域SNS,大手のSNSなどと部分的に連携することで,ユーザーの利便性や情報の価値は高まるはずだ.
 さまざまな機能開発やサービス開発の試行錯誤の中から,地域情報化の成功例であると呼べるような持続可能なモデルが登場してくることが望まれる.

地域SNS研究会

 国際大学GLOCOMでは,2006年3月に地域SNS の運営者・開発者,研究者などと「地域SNS研究会」(http://www.glocom.ac.jp/project/chiiki-sns/)を結成し,最新動向の把握や事例紹介,運営上の課題に関する情報交換や調査などを行ってきた.地域SNS研究は,GLOCOMがこれまで行ってきた地域情報化に関する研究やアクティビストの支援,ネットコミュニティ研究などの成果を受け継いでいる.そして,地域SNSの当事者と観察者の双方の視点から将来の「ありたい姿やあるべき姿を計画・説明・評価する」という,設計科学を目指しているともいえる.
 ここまでの成果は,『地域SNS最前線 Web2.0時代のまちおこし実践ガイド』(アスキー,2007年3月刊)という書籍にまとめたところだ.今後は,「2010年の地域SNS」を考えるプロジェクトなどを推進していく.関心をお持ちの方には,ぜひ参加をお願いしたい.

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庄司昌彦国際大学GLOCOM研究員
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投稿者 noc : 14:25

教育再生・学校不信は本当か?─教育現場からの情報発信によるメディア・リテラシー向上
豊福晋平 国際大学GLOCOM主任研究員・助教授

はじめに

 このところ学校教育関連では,ゆとり教育の見直し,いじめ自殺,単位未履修とホットな話題に事欠かない.安倍内閣発足後に教育再生会議が設置され,世間の教育議論は盛り上がる一方である.
 だが,教育にかかわる人々はこの急激な動きに戸惑いを隠せない.そもそも教育の「再生」とは,前提とする崩壊を既成事実化するものだ.教育の課題山積は多くの人が納得自覚するところだが,もちろん,あちこちで学校運営が頓挫するような滅茶苦茶な状態ではない.にもかかわらず,まるで教育業界全体に無能の烙印を押し,他分野からの精神注入が必要だとも言いたげな議論は,国の意志決定にかかわる首相官邸らしからぬ強引さといわねばなるまい.
 しかしながら,このような教育再生会議が拙速な議論でガタついてもなお,世間や教育業界から,それほど大きな反対が起こらない背景の方が,実はもっと深刻な課題である.それは社会に棲みついてしまった学校不信という亡霊である.
 亡霊という以上,正体もオチもある.本稿で筆者が主張したいのは,学校不信が実はフィクションであり,憑きものを落とすための方法を見いだそうという,いたって真っ当な話である.

火のないところに煙は立たぬというが

 筆者は教育工学の研究者だが,学校べったりという関係でもない.一般社会人の教育に対する意識も共有できれば,教育現場の声にも比較的アプローチしやすいという中間的な立場にある.そもそも,筆者の研究(後ほど述べる)題材は,もとといえば,世間の学校不信を出発点にしたもので,学校に対するふがいなさや,批判的な感情が相当含まれていると自覚している.
 だが,教育現場をよく知るほど,不信のタネとは,実は単なる洋服のボタンの掛け違いではなかったか,としか思えなくなってくる.教育現場でのヒアリングや各種統計をみても,急激な学校教育の崩壊を裏付けるような結果は容易に見つからないし,いつも不信や批判の矢面に立たされる教育現場は,生真面目ゆえの不器用さ,萎縮や混乱といった側面が目立つからである.現場に漂っているのは,「これだけ誠心誠意子どもたちを相手に頑張っているのに,なぜ?」という無念さや理不尽な思いであり,訳もわからず荒れ狂う社会の嵐に対して身をかがめ,ひたすら守りの体勢になっているようにも見える.

学校不信はなぜ起こるのか

 では,学校不信はどのようなメカニズムでここまで大きくなったのか.原因は以下の4点にまとめることができる.
 1点目は,保護者・地域市民の潜在的欲求と学校側対応との不均衡である.
 特に年少児童の保護者にとってみれば,自分が直接ケアできない学校での時間,わが子の様子がどうであったか知りたいと願うのはごく自然な気持ちである.しかし,保護者や地域市民が「学校の日常をよく知りたい」という素朴な欲求に対して,学校側は真摯に応えているとはいえない現実がある.防犯安全対策の影響もあって,学校側は外に対して守りを固める傾向が強くなり,このことがかえって周囲からの不透明感を募らせ,風評を生む原因となっている.
 2点目は,マスメディアによる非日常事象の日常事象化錯誤である.
 マスメディアはマス(大衆)を対象に,注目を集めるような話題(イベント・ゴシップ・事件・不祥事・課題)を伝えるのが仕事であるから,実際には滅多に起こらない非日常事象をいかにセンセーショナルに扱って目を惹くかが競われる.ひとたび事件や不祥事で世間の関心が集まれば,それまでは埋もれていた類似事象までが引っ張り出され,連日のようにラベル付けが強化されるような情報操作がなされる.これは一種のメディアスクラムである.
 一般に,公務員・教職員・警察といった職業に対する社会の倫理的要求水準は高く厳しい.教職員のゴシップ・不祥事は世間的に「あってはならない」たぐいのものとされているがゆえに,事件が起これば記事は破格の扱いを受ける.
 このようなマスメディアの作用が重なると,今度は非日常的な事象が日常であると誤解されるようになる.その結果,まるで全国の学校すべてが病んでいるかのような危機的イメージが植え付けられるのである.
 3点目は,マスメディアが「学校の現実」を構成するということである.
 マクルーハンらのメディア研究を継承するメディア・リテラシーカナダオンタリオ州教育省編[1992]『メディア・リテラシー』リベルタ出版は,重要な原則の一つとして「メディアは現実を構成する」という一文を掲げている.この文の意味する現実とは,個人の経験や記憶に基づくものだが,実際の経験以上にメディアからの情報接触が過多になれば,メディアが伝える観点や主張がそのまま個人の現実に置き換わってしまう危険を述べたものだ.一般に,教育現場に日常身を置く人々とそうでない人々との間に著しい学校イメージのギャップが生じやすいのは,ひとえに依拠する現実感の違いによるもので,学校外部の人々が,いかにマスメディアの作るイメージに誘導されやすいかを示している.
 4点目は,記憶の中の学校イメージと,「危機的学校イメージ」との対比から生まれる現状批判である.
 教育社会学の専門家である広田照幸広田照幸[1999]『日本人のしつけは衰退したか~「教育する家族」のゆくえ』講談社現代新書,p.177広田照幸[2005]『教育不信と教育依存の時代』紀伊國屋書店,p.48は,学校のいじめ報道に関して,大人たちがかつて自分の身の回りで起こった軽微ないじめを,マスコミが大々的に書き立てる現在の極端ないじめと比較するようになり,「昔の子供たちは限度をわきまえていた」と大人たちに思わせ,ともすれば,懐古主義に走らせてしまうメカニズムについて述べている.
 人にもよるが,自身が体験した学校の記憶の大半は,平凡で淡々とした学校の日常であって,事件や不祥事はほとんど起こりえない.一方で,マスメディアが報じる危機的学校イメージは,非日常的な極端な事象であるにもかかわらず,現実感を伴っているがゆえに,同列に比較されてしまう.このた め,「昔の学校はもっと平穏だったのに,今の学校の荒廃はけしからん」という批判に転じやすくなる.

学校不信を利用する人々

 学校不信が単なる話題ですまされないのは,社会の学校不信を逆に利用して,学校教育の立場を脅かす動きが最近目立つことである.
 一つは,教育基本法改正を筆頭とする,政治や国の介入である.
 ちなみにOECD(経済協力開発機構)の「教育指標の国際比較」によれば,わが国の国内総生産(GDP)に対する公財政支出学校教育費の割合は加盟国の平均以下である.誤解を恐れずに言えば,現状学校が抱える課題について,教育予算を倍増し必要な人材を手当てすれば,解消できることはたくさんありそうだが,議論は実質的な現状把握や予算検討よりは,むしろ,何でもいいから抜本改革ありきとインパクト重視に傾いている.学校関係者をスケープゴートに祭り上げ,そのこらしめと尻たたきの方法ばかりが求められているようで,およそ建設的でない.
 もう一つは,公教育を消費サービスとして読み換え,規制緩和や競争原理導入とともに教育の市場化を加速させようともくろむ動きである.
 それぞれのニーズに応じたOne To One教育サービスを提供することが究極であると仮定すれば,教育はオーダーメイドのサービスになり,数多くの学校は不要になる.だが,このような発想を突き詰めれば,金で買えるサービス以外は得られなくなり,格差はおのずと拡大し,地域やコミュニティの要素は排除されてしまう(学校には,サービス価値以外に,共に汗を流して地域教育を作る価値があると筆者は考えている).
 先に述べたように,学校現場が十分検証されることなく,現状教育の全否定と教育再生という決めつけからなりふりかまわぬ改革が行われることになれば,社会に対する長期的なダメージを被る危険性が高い.
 少なくとも正常で健全な教育議論が行われるには,膨れあがった学校不信から脱却し,あらためて教育現場の実態を直視するための具体的解決策が求められていると言えよう.

学校自身が情報源になること

 では,学校不信を乗り越えるには,どのようにすればよいだろうか.
 小学生の誘拐殺人事件が世間を騒がせていた頃,小学生の子をもつ親からこんな事を言われた.「小学生の誘拐殺人事件は自分にとって他人事ではないので,報道されれば食い入るように見てしまう.ただ,悲惨な事件現場を何度も放映することや,遺族の心情に踏み込むことは,けっしてわれわれが望んでいることではない」と.マスメディアはセンセーショナルな報道を好むが,半当事者の保護者の立場からすれば,身の回りの状況について,もっと現実的な教訓,課題,対処方法を知りたいと思うだろう.つまり,マスメディアの情報は,身近な生活情報の置き換えには絶対なり得ないのである.
 学校不信の問題は,一言でいえば,学校教育側から発信される情報よりも,マスメディアの情報量が圧倒的に勝っており,マスメディアが学校の現実を構成しているということであるが,これを逆手にとらえれば,学校教育が直接有力な情報源となって,情報を欲する対象に正確かつ十分な情報提供を行えば,2次情報しか扱えないマスメディアの影響を確実に減らすことができる.これは,地震等被災時に流言飛語被害を防ぐために正確な情報が必要とされるのと同じ理屈である.

問題解決に至るハードル

図1:全国市町村立学校ホームページの平均更新率ごく一部の熱心な自治体 図1:全国市町村立学校ホームページの平均更新率ごく一部の熱心な自治体

 だが,これにはいくつかの大きなハードルを乗り越えなければならない.
 1点目は,メディア(媒体)の問題である.
 学校では,「学校だより」を印刷して保護者に配布することが慣例とされており,ほとんどの学校が毎月「学校だより」を発行している.ただし,「学校だより」の伝達範囲は,在籍児童生徒の保護者だけが対象であり,直接プリントを手渡しできない人々には情報を伝えることはできない.
 学校自身が広報手段として自律的に活用できるのは,学校ホームページである.ただ,多くの学校や教育委員会はホームページによる情報発信に対して過度に慎重である.これが2点目の問題である.
 図1は自治体別に集計した学校ホームページの平均更新率 自治体内全学校ホームページの過去90日中更新日数を合算し,学校数で割ったもの.図は学校数3校以上の自治体1,736を対象にグラフ化した.ホームページ設置率が高く,更新頻度が高いほど数値が高くなる.である.ネット業界では有名はパレート分布そのものであり,ヘッド部分にあたる一部の熱心な学校が多くの情報を発信している一方で,ロングテール部分にあたる大半の学校ホームページはメディアとしてほとんど機能していない.
 更新頻度の高いサイト運営者に聞くと,「実績が伴わないホームページ開設当初が一番困難」という答えが一様に返ってくる.まず,学校組織内には情報提供に対する動機付けがなく,ホームページは単なる負担増と理解されやすい.外部からの批判攻撃に対して守りの体勢になっているため,隙を突かれるような「余計な」情報を出したがらない.個人情報保護や防犯安全を理由に,教育委員会側から厳しい規制や指導監督を受け,手続きや承認が煩雑になりやすい.さらには,学校に対して不信感を持った保護者から「学校ホームページなどとんでもない」とストップがかかる,といった具合である.
 3点目は,教職員が学校広報とマスメディアや宣伝とを混同するという問題である.
 学校広報に関していえば,「生徒募集をする必要もないのに宣伝する価値があるのか」という意見を聞くことがたびたびある.たしかに,宣伝と称してある事ない事飾り立てるのは,教職員の倫理に照らしても,受け入れられないだろう.ただ,保護者や地域が知りたいのは,あくまで学校の毎日の「地味でベタな情報」であって,マスメディアのような編集や粉飾が要求されているわけではない.その点が勘違いされると,教職員の意識はネガティブに固まってしまう.
 4点目は2点目と関連するが,死のロングテール部分を脱し,自律展開を始めた学校ホームページに対する意義を,他の多くの教育関係者が正当に評価できないという問題である.
 学校ホームページの成功例を聞くと,更新頻度がある一定水準を超えると,保護者や地域の反応がまず変わるという.いわば評価の分水嶺である.ただ,保護者の評価が変わっても,周囲の教育関係者の意識を変えるのは難しい.もともと学校も教育委員会も消極的な守りの体勢になっているうえに,概して教員は他教員の業績に無関心で,組織メリットまで考える管理職は希有であるから,せっかく地道に成果をあげても,誰も評価してくれないという状況になりがちである.

学校を外部から応援する

 これらのハードルはかなり困難な課題ばかりであるうえに,教育行政内部の改革を待っていたのでは,解決がいつになるかわからない.
 そこで,筆者が研究として進めているのは,オープンなホームページという特性を活かし,教育行政組織の外部に学校情報発信の支援・フィードバックの仕掛けを作る試みである.言い換えれば,硬直的な教育ガバナンスに対して,まず学校とステークホルダ学校のステークホルダとは,教育関係当事者と保護者・児童生徒だけでなく,地域市民,納税者,卒業生や転入学希望者まで含まれる広い概念である.とのミニマムな関係を外部透明性によって構築し,各地で地道に頑張っている学校を「勝手に」発掘・表彰することで,学校自身の情報発信を促そうとするものである.
 これには大きく分けて学校ホームページの量的評価と質的評価の2点がある.
 ホームページの量的評価アプローチは,全国学校ホームページの活性度評価である.国際大学GLOCOMで1995年から運営されている「i-learn.jp」 [ http://www.i-learn.jp/ ]は,学校ホームページの活動状況を集約するサイトとして機能しており,全国34,000件を超える学校ホームページの更新状況を毎日12時間おきに把握している.2000年以降収集された更新履歴情報は,学校別・自治体別に集計されランキングとともにフィードバックされる.
 学校ホームページの活動実績は電子情報であるがゆえに埋没しやすいが,第三者としてのi-learn.jpが客観的に実績数値を証明することで,他のホームページ運営者や一般利用者の関心を集めたり,他の教育関係者に説明したりすることが可能になる.
 ホームページの質的評価アプローチは「全日本小学校ホームページ大賞全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞) [ http://www.j-kids.org/ ](通称J-KIDS大賞)」である.このコンテストは,全国17,000以上の小学校ホームページを対象とし,応募不要,社会人ボランティアによる勝手選考,客観的評価指標を特徴としている.
 コンテストのための無用な負担を省く代わりに,本来の学校広報活動がしっかり行われているか,一般社会人や保護者の視点から厳しくチェックしていただき,毎年,優れた学校ホームページ400件以上に賞を授与している.受賞するのは,ICTに強いモデル校や大学付属校とは限らず,むしろ,過疎地の小規模校が頑張っているのがわかる.
 筆者としては,これら二つの取り組みで発掘された学校(ホームページ)をぜひ一度訪れて欲しいと思う.頑張っている各地の「学校の現実」とはいかなるものか,理解していただけるだろう.そのうえで,学校教育に今必要とされるものは何か,われわれ自身が学校教育に対して何を支援できるか考えてみたい.
 学校教育全体の問題から見れば,こんな試みは焼け石に水かもしれないが,巨大な行政組織を相手に「大山鳴動して鼠一匹」よりは,ずっと着実で効果的で,かつわくわくすると思うのである.

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豊福晋平 国際大学GLOCOM主任研究員・助教授
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投稿者 noc : 14:23

プライバシー保護と情報セキュリティ
青柳武彦 国際大学GLOCOM客員教授

 住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)裁判は現在,全国各地で20件近くも行われており,下記についてはすでに判決が出ている.金沢地裁(2005/5/30 違憲),名古屋地裁(2005/5/31 合憲),福岡地裁(2006/3/14合憲),千葉地裁(2006/3/20 合憲),大阪地裁(2006/2/9 合憲),東京地裁(2006/4/7合憲),和歌山地裁(2006/4/11 合憲),神戸地裁(2006/6/6 合憲),東京地裁(2006/7/26 合憲),横浜地裁(2006/10/26 合憲),宇都宮地裁(2006/11/9 合憲),大阪高裁(2006/11/30 違憲),名古屋高裁金沢支部(2006/12/11 合憲),名古屋高裁(2007/2/1 合憲),さいたま地裁(2007/2/16 合憲) この他に名古屋高裁(2006/4/19)による住基カード訴訟の判決がある.結論は合法だった.
 現在までのところ,地裁レベルでは金沢地裁の判決を除いてすべて合憲判決だ.高裁レベルでは,大阪高裁が違憲,名古屋高裁金沢支部と名古屋高裁が合憲と,1対2で判決が分かれている.筆者は,合憲判決を支持するものだが,合憲判決を下しているものの中でも,「プライバシー権=自己情報コントロール権」説(以下,単に「自己情報コントロール権説」と称す)を容認するか,あるいは横浜地裁判決のようにそれに近いニュアンスのものもあるので,この点については批判的である.
 この間違った説の呪縛はかなり深刻である.筆者は,全国の住基ネット裁判は早急に,この説の呪縛から脱却すべきであると考えている.まず,同説の由来や背景を検討し,その上で大阪高裁判決について考察をする.

……つづきは智場109号で

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青柳武彦 国際大学GLOCOM客員教授"

投稿者 noc : 14:22

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