2007年06月14日

ポスト・セカンドライフ─「3DのWWW」をめぐる標準化競争
井上明人国際大学GLOCOM研究員

セカンドライフとは何か

 今,セカンドライフというものが大きな話題を呼んでいる.「セカンドライフで1億円を儲けた人物が出た」とか,「IBM,日産,ソニー・エリクソン,Dellなどの大企業が続々と参入をはじめている」だとか,そういう情報をすでにご存じの方も多いかもしれない.前号の『智場』(#108)でも取り上げたが,それからこの2,3カ月の間に報道が一挙に過熱した感がある.
 そもそも,セカンドライフとは何か.いろいろな言われ方をしている.「オンラインゲーム」「Web3.0」「立体的で直感的になったWWW」「メタバース」……などだ.このうちのいくつかの説明は正しく,いくつかの説明は正確ではない.
 基本的なイメージとしてはこう考えて欲しい.まず,「セカンドライフ」と名付けられた3次元(3D)の仮想空間がある.映画『マトリックス』(1999)を見たことのある方は,マトリックスの原型のような場所がウェブ上に広がっている,と考えてもらってもかまわない.そして,ウェブ上3D仮想空間に,世界中から450万人の人々がログインしている.ただ,マトリックスほどにリアリティのある空間とは程遠いし,セカンドライフをオフラインの現実世界そのものと混同することは当面,考えられない.
 さて,繰り返すが,セカンドライフはウェブ上に繰り広げられる3Dの空間である.今,ウェブ上に広がる3D空間で最も多くの人がログインしているものといえばオンラインゲーム『World of Warcraft』で,世界中で850万人以上2007年3月に開催されたGame Developers ConferenceでのBlizzard社の発表による。の人々によって遊ばれている.『World of Warcraft』も,セカンドライフも,そこにログインした人々が自分の分身となるキャラクターを操作することで,3Dの世界を自由に動き回り,そこにログインしている世界中の人々とチャットをしたり,さまざまな共同作業を行ったりすることができる.その点だけを取ると,この二つのものは同じである.しかし,この二つには大きな違いがある.セカンドライフはオンラインゲームではない.セカンドライフは,ただのオンラインゲームと比べると圧倒的に行動の幅に拡がりがあり,自由である.そして,今後のインターネットの世界に対する大きな影響が見込まれている.では,具体的には,今までの単なる3Dのオンライン空間と比べて何が新しいのか.
 まず一点目は,セカンドライフは「ユーザー」の概念が旧来のオンラインゲームのような形とは全く異なるということだ.セカンドライフの中には,建築物があり,人がいて,音楽も鳴り響き,乗り物もあり,セカンドライフの通貨でのショッピングも楽しめる.だが,これらはセカンドライフのサービスを提供するリンデン・ラボ社によって作られたものではない.3D空間上に広がるこれらのものはすべて,「ユーザー」によって作られている.リンデン・ラボ社はただ,3D空間内の土地と,ものを作り出す技術の枠組みを提供しているだけだ.この世界はすべてが「ユーザー」によって作られ営まれている.言ってみれば,インターネット上のウェブページが,すべてインターネットユーザーによって作られているということと同じだ.「インターネットユーザー」が消費者であると同時に,コンテンツの作り手でもあるということと同様,「セカンドライフユーザー」は,消費者であり作り手なのである.
 二点目は,セカンドライフ内に展開されている仮想通貨であるリンデンドルが,現実の米ドルなどと交換可能という点だ.オンラインゲームなどの仮想空間の議論では,仮想通貨と現実に流通している貨幣との交換のことをRMT(リアルマネートレード)と呼ぶ.そして,このRMTと言われるインターネットの新しい経済活動が可能な空間として世界で最も大規模になっているのがセカンドライフなのだ.先ほど述べたように,セカンドライフ内ではユーザーが自由に3D空間内の物体や建築を作り出すことができる.そして,作り出したその物体を自由に売り買いし,現実世界での生計を立てていくこともできる.先ほど紹介した「1億円を儲けた」というユーザーも,このような取引が可能だからこそそれだけ大きな儲けを得るために邁進することができたのだし,ここ1年の間に「セカンドライフ内ベンチャー企業」と言われるようなベンチャー企業も数多く立ち上がってきた.
 そして,三点目はセカンドライフのブラウザソフトがオープンソースになっている,ということだ.これは,特定の企業のサービスするオンラインゲームなどでは到底考えられないことだ.だが,セカンドライフはリンデン・ラボ社が独占することによって広がっているサービスではなく,仕様を可能な限りオープンな形にして,さまざまなデベロッパーからの参入を促すことで,発展の可能性を見せるサービスである.セカンドライフはしばしば「3Dウェブブラウザ」としてとらえられるが,1990年代のインターネットがMosaicにはじまり,各社の多様なブラウザが競争するなかで発展していったように,リンデン・ラボ社は外部のデベロッパーの力を借りることによって大きく発展しようという目論見がなされている.また,ブラウザソフトのオープンソース化の前段階からさまざまなAPI(Application ProgramInterface)の公開もなされており,こうした方向性は以前からのリンデン・ラボ社の方針であったと言える.
 さて,以上がセカンドライフの基本的な特徴である.こうした特徴を持つセカンドライフをごく簡単に,キャッチーに言い表すと「立体的で直感的になったWWW」とか「Web3.0」といった言葉が出てくる.そして,実際にWWWの新しい展開そのものというイメージが持たれはじめているからこそ,世界中の大企業がこぞって参入をはじめ,熱心に報道されているのである.今,セカンドライフ関係の情報を持っている,という人は大手の新聞,雑誌,ネットメディアなどからの取材依頼が舞い込み,てんやわんやである.

セカンドライフの可能性─── セカンドライフは流行るのか

 繰り返すが,今(2007年3月末現在)のセカンドライフ報道は,2007年があけてからこの3カ月の間で爆発的に増えてきた.一種の流行ものとしてとらえられつつあると言っていい.筆者は,コンピュータゲームの可能性をめぐる議論を中心的に扱いつつ,その枠組みの中でここ数年RMTやセカンドライフの議論もフォローしてきたが,この原稿を書くことが決まったほんの数週間前には「セカンドライフの報道が流行に飛び乗るような話ばかりになりつつあるので,もう少し具体的に実のある議論をする必要がある」ということをまずは言う必要があるだろうと思っていた.だが,そう思っている間もなく,ネットのニュースメディアでは「セカンドライフ報道は空騒ぎなのでは」という流行ものへのカウンターの議論が注目を大きく集め,その直後,さらにその反論として「いや,空騒ぎと言って水を差すのはいかがなものか」という議論も出てきた.まさに「流行」でなければありえない程の目まぐるしいスピードで議論が回転しつつある.「セカンドライフ」が話題先行で中身のないものなのか,それともウェブの未来像を体現する輝かしい可能性そのものなのか.表面的な議論だけを見ていると,両極端なイメージが語られ,詳しく追っていない人からすればよくわからなくなってきているだろう.
 とりあず,「セカンドライフが有望株かどうか」ということだけで言えば,有望株であるのは間違いない.実は,「空騒ぎでは」と論じている側も,「そうではない」と言っている側もその点については意見にブレはないのだ.Googleが持ち得たほどのインパクトを持つほどの可能性はある.だが,“確実”にGoogleほどのパワーを持つものになるかどうか,とまで言われると,それはわからない.その意味で「GoogleやMicrosoftの次を担う新しいプラットフォーム!」という報道は,やはり話に色を付けているところはある.
 では,何がセカンドライフの普及にとって障害となっているのか.セカンドライフ報道を「騒ぎすぎ」という人々の根拠をまとめると次のようなものだ.
(1)まず,セカンドライフを体験するためには高性能のPCと回線速度が必要で,そのうえ登録するのに根気も必要.なので,現状ではパワーユーザー専用のオモチャとしての側面が強い.
(2)なんでもできる「可能性がある」とは言うものの,海外製のアダルトコンテンツとギャンブルコンテンツに人気のあるコンテンツが集中している.しかも作り出せる映像のセンスが,欧米人向けのものばかりで日本人には馴染みにくい.
(3)「なんでもできる」という汎用性を重視したため,個別のインターフェイスの扱いやすさや映像の美しさという点で言えば,最新のオンラインゲームのほうがクオリティが高い.
(4)いかにオープンなプラットフォームとは言っても,企業の展開するサービスなのでWWW自体の枠組みそのものと比べれば制約が多い.
 これらの指摘は,今のところは,いずれも事実だろう.日本人向けのサービス展開や,セカンドライフを体験するために必要な前提条件といった問題は今後解消されていく可能性はおおいにあるだろうが,現状のセカンドライフのままでは,今後日本向けのサービス展開を本格化させていかないと,日本の土壌でmixiやYouTube並みの普及というのは難しいかもしれない.
 だが,それでもセカンドライフは,この1年間の間に急激な成長を遂げつつあり,その可能性については多くの人が認めている.そして,セカンドライフの持つ特徴がWWWの新しい可能性として強く望まれているものであることも間違いない.「3DのWWW」「豊かな仮想世界」が発展していくのではないか,という「夢」に対して,セカンドライフは今,手を届かせようとしている.この「夢」の価値ゆえに,いくら普及にあたって問題があったとしてもセカンドライフの可能性は決してバカにできない,という声は出てくる.
 つまり,現状を一言で端的に言うならば,「強力な可能性があり,実現しそうな様子もある.しかしまだ数多くの障害がある」ということだ.

「セカンドライフ的なもの」の可能性

 逆説的なことを言うようだが,セカンドライフを論じるうえで「セカンドライフ自体が流行るかどうか」ということは,いったん議論を止めておく必要があるだろうと思われる.
 どういうことか.ここまでの議論で確認した通り,セカンドライフをめぐる報道は「過剰」であり,セカンドライフそのものがどこまで普及するか,については疑問符が付く.しかし,セカンドライフが実現しようとしている方向性については,多くの人が同意し,将来的にはそれが実現されればいいと願っている.このように考えると,「今,セカンドライフは流行るのか」という問題設定はそこまで重要ではない..........

 ……つづきは智場109号で

投稿者 noc : 14:28

教育再生・学校不信は本当か?─教育現場からの情報発信によるメディア・リテラシー向上
豊福晋平 国際大学GLOCOM主任研究員・助教授

はじめに

 このところ学校教育関連では,ゆとり教育の見直し,いじめ自殺,単位未履修とホットな話題に事欠かない.安倍内閣発足後に教育再生会議が設置され,世間の教育議論は盛り上がる一方である.
 だが,教育にかかわる人々はこの急激な動きに戸惑いを隠せない.そもそも教育の「再生」とは,前提とする崩壊を既成事実化するものだ.教育の課題山積は多くの人が納得自覚するところだが,もちろん,あちこちで学校運営が頓挫するような滅茶苦茶な状態ではない.にもかかわらず,まるで教育業界全体に無能の烙印を押し,他分野からの精神注入が必要だとも言いたげな議論は,国の意志決定にかかわる首相官邸らしからぬ強引さといわねばなるまい.
 しかしながら,このような教育再生会議が拙速な議論でガタついてもなお,世間や教育業界から,それほど大きな反対が起こらない背景の方が,実はもっと深刻な課題である.それは社会に棲みついてしまった学校不信という亡霊である.
 亡霊という以上,正体もオチもある.本稿で筆者が主張したいのは,学校不信が実はフィクションであり,憑きものを落とすための方法を見いだそうという,いたって真っ当な話である.

火のないところに煙は立たぬというが

 筆者は教育工学の研究者だが,学校べったりという関係でもない.一般社会人の教育に対する意識も共有できれば,教育現場の声にも比較的アプローチしやすいという中間的な立場にある.そもそも,筆者の研究(後ほど述べる)題材は,もとといえば,世間の学校不信を出発点にしたもので,学校に対するふがいなさや,批判的な感情が相当含まれていると自覚している.
 だが,教育現場をよく知るほど,不信のタネとは,実は単なる洋服のボタンの掛け違いではなかったか,としか思えなくなってくる.教育現場でのヒアリングや各種統計をみても,急激な学校教育の崩壊を裏付けるような結果は容易に見つからないし,いつも不信や批判の矢面に立たされる教育現場は,生真面目ゆえの不器用さ,萎縮や混乱といった側面が目立つからである.現場に漂っているのは,「これだけ誠心誠意子どもたちを相手に頑張っているのに,なぜ?」という無念さや理不尽な思いであり,訳もわからず荒れ狂う社会の嵐に対して身をかがめ,ひたすら守りの体勢になっているようにも見える.

学校不信はなぜ起こるのか

 では,学校不信はどのようなメカニズムでここまで大きくなったのか.原因は以下の4点にまとめることができる.
 1点目は,保護者・地域市民の潜在的欲求と学校側対応との不均衡である.
 特に年少児童の保護者にとってみれば,自分が直接ケアできない学校での時間,わが子の様子がどうであったか知りたいと願うのはごく自然な気持ちである.しかし,保護者や地域市民が「学校の日常をよく知りたい」という素朴な欲求に対して,学校側は真摯に応えているとはいえない現実がある.防犯安全対策の影響もあって,学校側は外に対して守りを固める傾向が強くなり,このことがかえって周囲からの不透明感を募らせ,風評を生む原因となっている.
 2点目は,マスメディアによる非日常事象の日常事象化錯誤である.
 マスメディアはマス(大衆)を対象に,注目を集めるような話題(イベント・ゴシップ・事件・不祥事・課題)を伝えるのが仕事であるから,実際には滅多に起こらない非日常事象をいかにセンセーショナルに扱って目を惹くかが競われる.ひとたび事件や不祥事で世間の関心が集まれば,それまでは埋もれていた類似事象までが引っ張り出され,連日のようにラベル付けが強化されるような情報操作がなされる.これは一種のメディアスクラムである.
 一般に,公務員・教職員・警察といった職業に対する社会の倫理的要求水準は高く厳しい.教職員のゴシップ・不祥事は世間的に「あってはならない」たぐいのものとされているがゆえに,事件が起これば記事は破格の扱いを受ける.
 このようなマスメディアの作用が重なると,今度は非日常的な事象が日常であると誤解されるようになる.その結果,まるで全国の学校すべてが病んでいるかのような危機的イメージが植え付けられるのである.
 3点目は,マスメディアが「学校の現実」を構成するということである.
 マクルーハンらのメディア研究を継承するメディア・リテラシーカナダオンタリオ州教育省編[1992]『メディア・リテラシー』リベルタ出版は,重要な原則の一つとして「メディアは現実を構成する」という一文を掲げている.この文の意味する現実とは,個人の経験や記憶に基づくものだが,実際の経験以上にメディアからの情報接触が過多になれば,メディアが伝える観点や主張がそのまま個人の現実に置き換わってしまう危険を述べたものだ.一般に,教育現場に日常身を置く人々とそうでない人々との間に著しい学校イメージのギャップが生じやすいのは,ひとえに依拠する現実感の違いによるもので,学校外部の人々が,いかにマスメディアの作るイメージに誘導されやすいかを示している.
 4点目は,記憶の中の学校イメージと,「危機的学校イメージ」との対比から生まれる現状批判である.
 教育社会学の専門家である広田照幸広田照幸[1999]『日本人のしつけは衰退したか~「教育する家族」のゆくえ』講談社現代新書,p.177広田照幸[2005]『教育不信と教育依存の時代』紀伊國屋書店,p.48は,学校のいじめ報道に関して,大人たちがかつて自分の身の回りで起こった軽微ないじめを,マスコミが大々的に書き立てる現在の極端ないじめと比較するようになり,「昔の子供たちは限度をわきまえていた」と大人たちに思わせ,ともすれば,懐古主義に走らせてしまうメカニズムについて述べている.
 人にもよるが,自身が体験した学校の記憶の大半は,平凡で淡々とした学校の日常であって,事件や不祥事はほとんど起こりえない.一方で,マスメディアが報じる危機的学校イメージは,非日常的な極端な事象であるにもかかわらず,現実感を伴っているがゆえに,同列に比較されてしまう.このた め,「昔の学校はもっと平穏だったのに,今の学校の荒廃はけしからん」という批判に転じやすくなる.

学校不信を利用する人々

 学校不信が単なる話題ですまされないのは,社会の学校不信を逆に利用して,学校教育の立場を脅かす動きが最近目立つことである.
 一つは,教育基本法改正を筆頭とする,政治や国の介入である.
 ちなみにOECD(経済協力開発機構)の「教育指標の国際比較」によれば,わが国の国内総生産(GDP)に対する公財政支出学校教育費の割合は加盟国の平均以下である.誤解を恐れずに言えば,現状学校が抱える課題について,教育予算を倍増し必要な人材を手当てすれば,解消できることはたくさんありそうだが,議論は実質的な現状把握や予算検討よりは,むしろ,何でもいいから抜本改革ありきとインパクト重視に傾いている.学校関係者をスケープゴートに祭り上げ,そのこらしめと尻たたきの方法ばかりが求められているようで,およそ建設的でない.
 もう一つは,公教育を消費サービスとして読み換え,規制緩和や競争原理導入とともに教育の市場化を加速させようともくろむ動きである.
 それぞれのニーズに応じたOne To One教育サービスを提供することが究極であると仮定すれば,教育はオーダーメイドのサービスになり,数多くの学校は不要になる.だが,このような発想を突き詰めれば,金で買えるサービス以外は得られなくなり,格差はおのずと拡大し,地域やコミュニティの要素は排除されてしまう(学校には,サービス価値以外に,共に汗を流して地域教育を作る価値があると筆者は考えている).
 先に述べたように,学校現場が十分検証されることなく,現状教育の全否定と教育再生という決めつけからなりふりかまわぬ改革が行われることになれば,社会に対する長期的なダメージを被る危険性が高い.
 少なくとも正常で健全な教育議論が行われるには,膨れあがった学校不信から脱却し,あらためて教育現場の実態を直視するための具体的解決策が求められていると言えよう.

学校自身が情報源になること

 では,学校不信を乗り越えるには,どのようにすればよいだろうか.
 小学生の誘拐殺人事件が世間を騒がせていた頃,小学生の子をもつ親からこんな事を言われた.「小学生の誘拐殺人事件は自分にとって他人事ではないので,報道されれば食い入るように見てしまう.ただ,悲惨な事件現場を何度も放映することや,遺族の心情に踏み込むことは,けっしてわれわれが望んでいることではない」と.マスメディアはセンセーショナルな報道を好むが,半当事者の保護者の立場からすれば,身の回りの状況について,もっと現実的な教訓,課題,対処方法を知りたいと思うだろう.つまり,マスメディアの情報は,身近な生活情報の置き換えには絶対なり得ないのである.
 学校不信の問題は,一言でいえば,学校教育側から発信される情報よりも,マスメディアの情報量が圧倒的に勝っており,マスメディアが学校の現実を構成しているということであるが,これを逆手にとらえれば,学校教育が直接有力な情報源となって,情報を欲する対象に正確かつ十分な情報提供を行えば,2次情報しか扱えないマスメディアの影響を確実に減らすことができる.これは,地震等被災時に流言飛語被害を防ぐために正確な情報が必要とされるのと同じ理屈である.

問題解決に至るハードル

図1:全国市町村立学校ホームページの平均更新率ごく一部の熱心な自治体 図1:全国市町村立学校ホームページの平均更新率ごく一部の熱心な自治体

 だが,これにはいくつかの大きなハードルを乗り越えなければならない.
 1点目は,メディア(媒体)の問題である.
 学校では,「学校だより」を印刷して保護者に配布することが慣例とされており,ほとんどの学校が毎月「学校だより」を発行している.ただし,「学校だより」の伝達範囲は,在籍児童生徒の保護者だけが対象であり,直接プリントを手渡しできない人々には情報を伝えることはできない.
 学校自身が広報手段として自律的に活用できるのは,学校ホームページである.ただ,多くの学校や教育委員会はホームページによる情報発信に対して過度に慎重である.これが2点目の問題である.
 図1は自治体別に集計した学校ホームページの平均更新率 自治体内全学校ホームページの過去90日中更新日数を合算し,学校数で割ったもの.図は学校数3校以上の自治体1,736を対象にグラフ化した.ホームページ設置率が高く,更新頻度が高いほど数値が高くなる.である.ネット業界では有名はパレート分布そのものであり,ヘッド部分にあたる一部の熱心な学校が多くの情報を発信している一方で,ロングテール部分にあたる大半の学校ホームページはメディアとしてほとんど機能していない.
 更新頻度の高いサイト運営者に聞くと,「実績が伴わないホームページ開設当初が一番困難」という答えが一様に返ってくる.まず,学校組織内には情報提供に対する動機付けがなく,ホームページは単なる負担増と理解されやすい.外部からの批判攻撃に対して守りの体勢になっているため,隙を突かれるような「余計な」情報を出したがらない.個人情報保護や防犯安全を理由に,教育委員会側から厳しい規制や指導監督を受け,手続きや承認が煩雑になりやすい.さらには,学校に対して不信感を持った保護者から「学校ホームページなどとんでもない」とストップがかかる,といった具合である.
 3点目は,教職員が学校広報とマスメディアや宣伝とを混同するという問題である.
 学校広報に関していえば,「生徒募集をする必要もないのに宣伝する価値があるのか」という意見を聞くことがたびたびある.たしかに,宣伝と称してある事ない事飾り立てるのは,教職員の倫理に照らしても,受け入れられないだろう.ただ,保護者や地域が知りたいのは,あくまで学校の毎日の「地味でベタな情報」であって,マスメディアのような編集や粉飾が要求されているわけではない.その点が勘違いされると,教職員の意識はネガティブに固まってしまう.
 4点目は2点目と関連するが,死のロングテール部分を脱し,自律展開を始めた学校ホームページに対する意義を,他の多くの教育関係者が正当に評価できないという問題である.
 学校ホームページの成功例を聞くと,更新頻度がある一定水準を超えると,保護者や地域の反応がまず変わるという.いわば評価の分水嶺である.ただ,保護者の評価が変わっても,周囲の教育関係者の意識を変えるのは難しい.もともと学校も教育委員会も消極的な守りの体勢になっているうえに,概して教員は他教員の業績に無関心で,組織メリットまで考える管理職は希有であるから,せっかく地道に成果をあげても,誰も評価してくれないという状況になりがちである.

学校を外部から応援する

 これらのハードルはかなり困難な課題ばかりであるうえに,教育行政内部の改革を待っていたのでは,解決がいつになるかわからない.
 そこで,筆者が研究として進めているのは,オープンなホームページという特性を活かし,教育行政組織の外部に学校情報発信の支援・フィードバックの仕掛けを作る試みである.言い換えれば,硬直的な教育ガバナンスに対して,まず学校とステークホルダ学校のステークホルダとは,教育関係当事者と保護者・児童生徒だけでなく,地域市民,納税者,卒業生や転入学希望者まで含まれる広い概念である.とのミニマムな関係を外部透明性によって構築し,各地で地道に頑張っている学校を「勝手に」発掘・表彰することで,学校自身の情報発信を促そうとするものである.
 これには大きく分けて学校ホームページの量的評価と質的評価の2点がある.
 ホームページの量的評価アプローチは,全国学校ホームページの活性度評価である.国際大学GLOCOMで1995年から運営されている「i-learn.jp」 [ http://www.i-learn.jp/ ]は,学校ホームページの活動状況を集約するサイトとして機能しており,全国34,000件を超える学校ホームページの更新状況を毎日12時間おきに把握している.2000年以降収集された更新履歴情報は,学校別・自治体別に集計されランキングとともにフィードバックされる.
 学校ホームページの活動実績は電子情報であるがゆえに埋没しやすいが,第三者としてのi-learn.jpが客観的に実績数値を証明することで,他のホームページ運営者や一般利用者の関心を集めたり,他の教育関係者に説明したりすることが可能になる.
 ホームページの質的評価アプローチは「全日本小学校ホームページ大賞全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞) [ http://www.j-kids.org/ ](通称J-KIDS大賞)」である.このコンテストは,全国17,000以上の小学校ホームページを対象とし,応募不要,社会人ボランティアによる勝手選考,客観的評価指標を特徴としている.
 コンテストのための無用な負担を省く代わりに,本来の学校広報活動がしっかり行われているか,一般社会人や保護者の視点から厳しくチェックしていただき,毎年,優れた学校ホームページ400件以上に賞を授与している.受賞するのは,ICTに強いモデル校や大学付属校とは限らず,むしろ,過疎地の小規模校が頑張っているのがわかる.
 筆者としては,これら二つの取り組みで発掘された学校(ホームページ)をぜひ一度訪れて欲しいと思う.頑張っている各地の「学校の現実」とはいかなるものか,理解していただけるだろう.そのうえで,学校教育に今必要とされるものは何か,われわれ自身が学校教育に対して何を支援できるか考えてみたい.
 学校教育全体の問題から見れば,こんな試みは焼け石に水かもしれないが,巨大な行政組織を相手に「大山鳴動して鼠一匹」よりは,ずっと着実で効果的で,かつわくわくすると思うのである.

投稿者 noc : 14:23

検索エンジンは誰のものか─インターネット・ガバナンスの視点
上村圭介国際大学GLOCOM主任研究員

1 はじめに

 今日,インターネットを利用していて,検索エンジンのことを知らないという人はいないだろう.用語定義を見てみると,検索エンジンとは「インターネットで公開されている情報をキーワードなどを使って検索できるWebサイト」(IT用語辞典e-Words),「狭義にはインターネットに存在する情報(ウェブページ,ウェブサイト,画像ファイル,ネットニュースなど)を検索する機能を提供するサーバーやシステムの総称」(Wikipedia日本語版)などと定義されている.つまりは,利用者が入力する検索語と,インターネットで提供されている情報の内容を照らし合わせて,利用者の検索語を含む情報や,その検索語と関連性の高い情報を探し出すためのツールである.世界中の情報にアクセスできることがインターネットの利点だが,その情報がどこにあるのかわからなければアクセスのしようがない.そういう意味で,検索エンジンはインターネットそのものだと言えるかもしれない

2 検索エンジンの歴史

 ここで検索エンジンの歴史を少し振り返ってみよう.
 インターネットのウェブページの内容を対象にする検索機能をもったウェブサイト(検索サイト)が登場するのは1990年代中頃のことだが,それ以前にも,インターネット上のリソースの探索を容易にするためのツールはすでに存在した.バッテル[2005]は,検索エンジンの前史に属するサービスとしてArchieを挙げている.Archieは,複数のFTPサーバに登録されたファイルを検索するためのサービスであった.Archieサーバは,FTPサーバが提供するファイル情報を取得し,一元的に管理し,簡単な検索を可能にした.しかし,Archieが検索の対象としたのはファイル名だけであって,ファイルの内容にもとづいた検索ができるわけではなかった.
 全文検索型の検索エンジンが登場するのは1994年頃である.バッテルは,マサチューセッツ工科大学のマシュー・グレイによるWWW Wondererと,ワシントン大学のブライアン・ピンカートンによるWeb Crawlerを最も早い時期の検索エンジンとして紹介している.この年,日本でも早稲田大学のSearch in Wasedaが検索サービスを開始している.
 1995年にはアメリカで,Yahoo! とAmazon.comがそれぞれ創立される.Yahoo! は当時はウェブサイトやウェブページを手動で分類するディレクトリサイトであり,検索はディレクリの分類名,登録されたサイトの名称や概要など限定的な項目に対してのみ行えるにすぎなかった.1995年12月にはデジタルの全文検索サービスAltavistaがサービスを開始した.Altavistaのサービス開始は,本格的な全文検索の時代の幕開けとなった.
 日本の検索エンジンの動向に限れば,1996年8月には日立国際ビジネスが,自社のディレクトリサイト「Hole-in-One」にロボット検索機能を追加した.1997年3月にはNTT-Xのgooが,7月にはExcite Japanがそれぞれサービスを開始した.1998年に入ると,東芝が6月に検索サービス「フレッシュアイ」を始め,10月にはLycos Japanがサービスを開始した.
 この頃の検索エンジンは百花繚乱という様相を呈していた.検索エンジンの優劣が明らかになってきたのもこの頃で,情報サイト(ポータルサイト)は,独自検索エンジン技術の開発をやめ,他社から技術の提供を受けるようになっていく.日本では,Yahoo! Japanが1999年1月にgooの検索エンジンの機能を採用したほか,MSNが5月にinfoseekの検索エンジンの機能を採用している.
 しかし,このような動きの陰で,1999年9月にサービスを開始したGoogleが次第に勢力を増してくる.2000年6月にはアメリカでYahoo! がGoogleを検索エンジンに採用したのを皮切りに,日本でも,それまで検索機能を提供していたポータルサイトが,検索エンジンとしてGoogleを採用するようになっていく.2003年には,高精度の日本語検索をすることで評判を博していたgooまでもが検索エンジンとしてGoogleを採用した.これにより,日本独自の検索エンジンの火は潰えたと評された.
 その後,検索エンジンはGoogleやYahoo! といった比較的少数のプレーヤーによって提供されるようになっていく.

3 ビジネスとしての検索エンジン

 GoogleやYahoo! といったインターネットの検索エンジンの場合,利用者は料金を払わずに検索エンジンを利用することができる.これは,検索エンジンの開発・運用などのコストが,広告収入など,利用者が直接支払うことのない費用によって賄われているからである Google Inc. 2005 Annual Report. [ http://investor.google.com/pdf/2005_Google_AnnualReport.pdf ].たとえば,Googleによると,同社のここ数年の収益のほぼすべては広告によるものだと説明されている.収益全体に占める広告収入の割合は,2003年が97%,2004年が99%,2005年が99%となっている.Googleが登場した頃は,Googleのビジネスモデルは,企業向けに検索エンジン技術を提供することだと考えられていた.同社によれば,同社がインターネット広告を始めたのは2000年の第1四半期だとされているが,当時は,インターネット上の検索エンジンは同社技術の性能を宣伝するための手段にすぎず,企業向け検索技術が収益の中心となると考えられていた.資料が残っていないため参照できないが,その頃の同社の収益はインターネット広告と企業向け技術がそれなりに収益全体を分け合っていたと記憶している.
 当初の目論見はともかく,検索エンジンは今や広告手段として大きく成長したわけである.広告媒体として特徴的なのは,放送や出版広告のような(実際にどれだけ注意されるかはともかく)一定の露出が確約される広告と違い,利用者がどのような情報を検索するかによって広告としての露出が変わるということ,そして,他の「広告主」の存在によっても広告としての露出が変わるということである.だからこそ,検索エンジン最適化のための手法などがかまびすしく議論されるわけであり,議論されるだけでなく,それ自体が一つの新しいビジネスコンサルティングの領域になるわけである.

4 ネットワーク外部性を高める検索エンジン

 現在のインターネットの検索エンジンが置かれた状況は,PCの歴史で言えばインターネットの出現以前の状態にたとえられる.インターネット以前には,データの互換性の必要性はきわめて限定的であった.というのは,同じ会社の同僚などを除けば,データを他の利用者と交換する機会が今日ほどは頻繁にはなかったからである.データを交換するときには,フロッピーディスクなどの媒体を介する必要があり,現在のように電子メールで添付して送るというわけにはいかなかったのである.そのため,利用者同士で使っているハードウェアやソフトウェアが異なっていたとしても,極端な不利益は発生しなかった.PC互換機とMacintosh,Word PerfectとMicrosoftWord,Lotus 1-2-3とMicrosoft Excel,といった異なるハードウェアやソフトウェアが併存することが容易だったと言える.
 これが変わった一つのきっかけは,インターネットの普及である.インターネットの普及によって,異なる利用者が,同じオペレーティング・プラットフォームや,アプリケーション・ソフトウェアを利用することの利益が劇的に高まった,言い換えれば....................

……つづきは智場109号で

参考文献


1) 上村圭介[2005]「情報社会の多言語主義のための理論的枠組み」上村圭介,原田泉,土屋大洋『インターネットにおける言語と文化受容』NTT出版
2) ジョン・バッテル[2005]『ザ・サーチ:グーグルが世界を変えた』日経BP
3) Andrei Broder[ 2002] A taxonomy of web search. ACM SIGIR Forum, Vol. 36, Num. 2. [http://www.acm.org/sigs/sigir/forum/F2002/broder.pdf ]

投稿者 noc : 14:20

成熟する「近代」をどうとらえるか
公文俊平
聞き手: 鈴木 健GLOCOM主任研究員 ┼ 庄司昌彦GLOCOM研究員

「まとも性」を獲得するバーチャル世界

鈴木 健(以下,鈴木)─── 今回の『智場』の特集では「情報社会研究のフロンティア」と題して,ここ2,3年,特にめまぐるしい展開を見せている情報社会の動きの一端を,個別の研究テーマを通してとらえようと試みています.
 公文先生の書かれたものを読むと,昔から基本的な部分は変わっていません.基本的な理論に,日々,他の分野を含む最新の研究なり理論を取り込みながら進化させているという印象を受けます.今日はまず,公文先生自身の言葉で情報社会をどうとらえているのかをお聞きしたい.そのうえで最近,公文先生が取り入れた差分について,それから,ここ2,3年の動きをどうとらえているか,この3点を柱として聞いておきたいと思います.
 早速ですが,ここ2,3年で特に注目しているというか,面白いと思った動きはありますか. 公文俊平

公文俊平(以下,公文)─── 一番面白いと思うのは「セカンドライフ」です.SNSについていろいろ言われていたけれど,もう一段進めるとバーチャルなコミュニティができます.それは,リアルなコミュニティと連動して裏表のような関係になるでしょう.そのバーチャルなコミュニティは,結局はリアルなコミュニティそのものであって,そこで作られたたくさんのバーチャルグッズは,リアルマネーでトレードされることも充分ありえます.そこは人間の新しい活動領域なのです.これまで創作に無縁だった人々が音楽や文学をやるようになって,それが資本主義社会ではビジネスにもなってきました.そこにリアルな実態があるかというと,「ない」と言えばない.しかし,「ある」と言えばある.これとまったく同じことです.

鈴木─── 今となってはみんな音楽や文学にはリアルな実態が「ある」と言うようになったけれど,昔は誰も「ある」とは思っていませんでしたね.

公文───  そもそも,まともな人間のやることではないと思われていたふしがある.

鈴木─── 丸山茂雄さん(元ソニー・ミュージックエンタテインメント代表取締役社長)によると,昔は,音楽はまともなビジネス世界でやることではないと思われていたとか.

公文───  文学は良家の子女の読むものではないとかね.それと同じような意味で,オンラインゲームのキャラクターの世界や冒険は,まともな社会活動とはみなされていなかったけれど,だんだん「まとも性」を獲得し,もしかしたら非常に高級なものであると認識されるようになるかもしれない.普通の日常生活よりもはるかに充実していて意味があって,場合によってはお金にもなるし,名声の種にもなる.そういう可能性が開けつつあって,それが一体どこまでいくだろうかというのが気になります.「セカンドライフ」は来月から日本語化されますね.

「セカンドライフ」の身体性

鈴木─── 昨年11月に「セカンドライフ」を運営するリンデン・ラボに行ってきましたが,面白い会社でしたね.まさに公文先生がおっしゃられたようなことを,本人たちも意識的にやろうとしている.「セカンドライフ」という名前自体がいいですね.

公文─── そのうち「ファーストライフ」になったりするかもしれない(笑).そこにカリフォルニア大学とか,大学がたくさん進出していますね.

鈴木─── そうです.70ぐらいの大学が出ていると言っていました.

公文─── 大使館も出たし,企業がたくさん支店を出している.先日,新聞に「三井住友銀行がドバイに支店を出しました」という全面広告があったけれど,そのうち「NTTはセカンドライフに支店を出しました」という広告が出ても一向におかしくない.

庄司昌彦(以下,庄司)───  mixiは出しました.求人をやっていますね.

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鈴木─── 公文先生が『情報社会学序説』公文俊平[2004]『情報社会学序説̶ラストモダンの時代を生きる』NTT出版などで展開されている三段階の世界観で言えば,「セカンドライフ」のような3D仮想世界はどういう位置づけになるのですか.

公文─── 私の言う近代社会の成熟局面としての情報社会そのものです.情報社会とはどんな社会かと聞かれると,産業社会で富のゲームが普及したのに対して,情報社会では智のゲームが普及するだろうと言ってきたわけですが,では,智のゲームとは具体的にはどんなものかというと,なかなかわからない.いわゆる評判ゲームだという見方もあるし,ことによると「セカンドライフ」のようなところで人々がある種,競争的に社会的な相互作用を展開していって,そこで名声を獲得したりビジネスを立ち上げたりするということが,広い意味での智のゲームと言えるのかもしれない.それだと,智のゲームの定義を少し訂正しなければいけないかもしれない.単純に「説得力」を獲得しようとするゲームだという定義ではなくてね.
 富のゲームが盛んになれたのは,商品が安く大量に生産できるようになったからです.そうすると,智のゲームでそれに似たようなプロセスを考えると,デジタル化した世界で,デジタルな情報あるいは智が非常に安く大量に産出されるということが考えられます.それらの智は,これまで考えられてきたような科学的・情報的な知識ではなくて,バーチャルな世界におけるエンティティの形̶̶もちろん思想でも芸術でもいいし,建物でも島でも山でも,世界でもいい̶̶をとるようになるのではないでしょうか.

鈴木─── 「セカンドライフ」の何が新しいのか,根本的に考えてみると結構難しくて,要するに今まであったものが3Dになっただけではないかという話になる.ぼくは,その3Dになったことが実は大事ではないかという気がしています.それが何かというと身体性です.まさにそこで暮らしているような身体の感覚があって,身体感覚にフィットしやすい.たいしたことではないように見えますが,これが結構大きい問題です.「智」と言ったときに,説得のような言語によって構成される近代的な智の形態だけでなくて,いわゆる身体,服を着たり,家に住んだりするのも「智」の形態です.そういう身体「智」や暗黙「智」も含めた智というイメージに,情報社会論の智のゲームの定義が広げられたのではないでしょうか.

公文─── まさにそういうことかもしれませんね.

庄司─── バーチャルなコミュニティというか,生活のありようが,身体性を獲得したということですね.

鈴木─── 身体性を獲得しつつある,最初のきっかけのような状況ですね.ネットオークションで数字を見ながら云々だと,身体性が希薄じゃないですか.「セカンドライフ」の中で洋服を着るということには,若干ですが身体性がありますね.

公文─── イメージが文字ではなくて視覚化された.そのうち触れることができたり,匂いがしたりということになるかもしれない.

鈴木─── ネットの動きでは「セカンドライフ」が一番面白いということでしたが,最近,読まれた本の中で,情報社会論の基礎に取り入れたらいいのではないかという研究は何かありますか.

公文─── 脳の研究をもっとまじめに考える必要がある.養老(猛司)さんが20年近く前に『唯脳論』を書いていますが,あれはすばらしい本です.結局,この世界は脳がつくり出した.肉体が物理的な世界とかかわるためのメディアであるのと同じように,「言葉」というのは,脳がつくったメディア,いわゆる現実と呼ばれている世界とかかわるためのメディアです.そして肉体の延長物としてわれわれは道具を持ち,さらに機械を持つようになったけれど,今度は言葉の延長物としてコンピュータやデジタルな記号が出てきているという関係です.しかしそうすると,そういうことをやっている人間というのはいったい何だろうと思う.訳がわかったようでわからない.

鈴木─── 主観性とか,意識の起源とか.人間自体の探求になってしまいますね.

近代と手段的能動主義

公文─── 主体という概念をもとにモデルをつくるにしても,ただ考えればわかるというものではないんでしょうね.そこへいく前に,もっと基本のところの話と「差分」の話をしておきたい.
 いままで繰り返し言ってきたことですが,私の言う情報社会は,広い意味での近代社会であって,近代社会が軍事社会あるいは国家社会として出現してきて,そして産業社会として突破する.ここで近代が本格的に花開く.そして情報社会として成熟していく.これが私の基本的なビジョンです.その時期は,主権国家の形成が始まったのが16世紀後半ぐらいからです.その約200年後の18世紀後半に産業化が始まり,さらにその約200年後の20世紀後半に情報化が始まります.その三つのそれぞれに,出現・突破・成熟の局面があるとすると各300年になりますから,産業化の成熟は情報化の出現とちょうど重なる.こういう関係になっているというのが基本認識で,最初に考えていたのは,そういう近代化が主として起こったのはヨーロッパであった.そして日本が追いかけた.日本がヨーロッパ的な主権国家形成に乗り出したのは19世紀後半ですから,300年遅れている.ところが産業化を本格的にやりだしたのは̶̶19世紀の後半と言ってもいいけれど̶̶戦後と考えると20世紀の後半で200年遅れです.そして情報化では,ほとんど遅れがないというところに来ています.
 これが基本認識だったのですが,その後でいろいろ考えてみると,もっと枠を広くできるのではないか.つまり近代化というプロセスは,要するに人々のポジティブなパワーを発揮しようという意欲,しかも有効な手段を使ってパワーを発揮しようという思想̶̶村上(泰亮)さんの言葉でいうと手段的能動主義(instrumental activism)ですが―――中心であるとするならば,その意味での近代の開始はもっと早いのではないか.そう思うようになりました.
 手段的能動主義は,手段を蓄積して有効に使いたいという考え方です.そうすれば何ができるかというと,進歩する,世の中がよくなる,あるいは自分の理想や目的が実現できる.これが人間中心的進歩主義で,これも近代の中核的な思想です.この人間中心的進歩主義を支えるのが手段的能動主義なのです.では,どうすれば有効な手段をたくさん手に入れることができるかというと,近代人は「それは自由にしておけばいいのだ」と考えた.思想の自由,行為の自由です.行為の自由を認めると衝突が起こりますから,何をしてもいいというわけにはいかない.一定の制約は必要だけれど,制約はなるべく少なくしておいたほうがいい.つまり進歩主義・能動主義・自由主義が近代の三つの思想的な柱だとすれば,そういうものはかなり古い時代から出てきていたのではないか.日本の場合で言うと,われわれが昔やった日本のイエ社会の研究村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎[1979]『文明としてのイエ社会』中央公論社がありますが,日本のイエ社会は10世紀ぐらいから東国を中心として形を取り始めてきていたと考えられます.いま思うと,それをそのまま近代化の開始だと考えることができる.なぜなら,人々がそれ以前の京都中心の朝廷のしがらみから自由になって,自立して領地を開拓し,武力を持ち,割拠して封建的,領域的な権力をつくり,それが集権化されていくことによって主権国家になっていく.そうすると10世紀ぐらいからの,いわゆる封建制,中世の始まりは,実は近代の始まりであった.そう考えると,ヨーロッパもそれくらいから,このような広い意味での近代化の動きが起こっていたと考えてもいいのではないか.

10世紀に始まる広義の近代

庄司─── 封建制の始まりが近代の始まり,ということですか.

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公文─── はい.そうすると,その次のメルクマールは,ここ十数年,日本史の研究者の間では通説になりつつあるようですが,15,16世紀というのが一つの大きな転換期であった.九州にいる渡辺京二さんがうまくまとめていますが,15世紀からの戦国時代は百姓が武士化した時代だった.つまり,それ以前の10世紀ぐらいからの武士,天皇家から別れた清和源氏や桓武平氏などの子孫たち,あるいはその周りにいた家人たちがつくり上げた鎌倉や室町の武士の政権とは違って,地域的に言うと中心は中部地方,濃尾平野,要するに信長,秀吉,家康たちが活躍したあの地域です.あの地域で農業生産性が上がって,人々がある程度豊かになり,自分も武士になって権力を得たい,出世したいと考え始める.つまり,下克上の時代です.古い武士支配の体制を破壊して新しい武士支配の体制をつくる.しかし,そこには農民的要素も入っているそうです.徳川政権の行政機構,合議制や輪番制には,農民流の集団主義的な考え方が取り入れられているらしいのですが.とにかくその意味では,10世紀に始まった社会変化の流れに,15世紀ごろ一つの大きな転換があって,出現・突破・成熟という言葉を使うなら,日本の近代はそこで突破をした.つまり戦国時代になって,そこで全国的な集権化がなされて,まさに近代的な主権国家と言いたいような徳川の国家ができた.信長が生きていればさらに違った形の国家をつくったかもしれませんが,結局そうはならなかった.

鈴木─── 戦国時代は半農半士の形で,農業をしながら農閑期になると戦争をしていた.織田信長はそれをサラリーマンにしたわけですね.

公文─── それはもちろんあるのですが,ヨーロッパと違うところは,農民と武士が完全に切り離されたわけではなくて,身分の差はつけたけれど,武士が農民を全面的に支配するというのでもない.一方では,農民が武士の身分に上がることのできる道もある程度開いているし,他方では,農村に対して非常に大幅な自治を認めている.司法権,警察権,それから徴税権まで,村が責任をもって請け負うという仕組みをつくっているわけです.ですから,徳川国家は,自分たちが出てきた農民的ルーツをある意味ではとても大事にしている.

鈴木─── 自治が認められているということは,近代の一つの重要な柱である自由主義とかかわってくるのですか.

公文─── 関係してくる可能性がありますね.武士の手段的能動主義も当然そこに入ってくる.徳川時代は江戸の文明をつくり,産業革命と違った意味での生産性革命を達成した.これを経済史学者は勤勉革命と呼んでいます.機械は使わなかったけれど,自分たちの身体と心,そして土地を上手に使うことで生産性をあげた.そういう意味では,ヨーロッパと並行して経済の発展も進んでいた.政治的には,主権国家を超えた,いわば個々の主権国家を統合したある種の連合国家,あるいは連邦国家のような形を徳川政権はつくった.つまり,徳川政権に対して,相当自由な行動の範囲を残した外様の大名が周辺に配置されていたわけです.これも非常にユニークな形の国家です.

鈴木─── ヨーロッパ的な意味での主権国家の概念は,一つは対外的なレベルでウェストファリア条約があります.もう一つ,内部的な統治の技術として,社会契約論が出てきて,王が統治するのではなくて,神を通さずに国家というものは民衆が持っているものである,統治者は代理人であるというような考え方に変わったということです.その二つがヨーロッパにおける主権国家の考え方だと思います.今の話で日本の近代と言うとき,これとどう整合性をとればいいのでしょうか.

公文─── 日本は,戦国大名たちがまさに主権国家だったと思えばいいでしょう.もちろん,宗教的な自立性も持っていました.それ以前の律令制国家の鎮護を中心とする仏教とは違う,新しい仏教を信じるようになっていく.そしてその領域的な「国家」の主権性を制約して,「天下」という大きな連合国家,「公儀」という超国家的な統治の体制をつくったのが,徳川幕府です.その意味では,日本がつくりあげたのは一種の国際社会だったといえるでしょう.

鈴木─── 司馬遼太郎が指摘しているような,明治維新になるまで日本という概念がなかったという話ですね.

公文─── 言葉も通じなかったから,謡曲の言葉で語ったと司馬さんが書いていますね.そう考えると,大きな意味での近代化は,10世紀に出現し,15世紀ごろに突破が始まって,まさに20世紀後半ぐらいからが成熟ではないか.こう考えると,日本でもヨーロッパでも,10世紀ごろから並行的に始まった近代化のプロセスが20世紀以降に成熟していくと言えるのではないか.

世界同時並行に起きた近代の萌芽

鈴木─── ヨーロッパでもそうなのですか.

公文─── つまり,ヨーロッパのいわゆる近代化と呼ばれた過程は,先ほどの広義の近代化の考え方で言うと,真ん中のところ,つまり15世紀からの突破に対応するわけです.それ以前の封建化と呼ばれる過程は出現に対応する.そう考えると,乱暴な推論ですが,日本の近代化は最初,関東で始まり,次に中部に来た.それなら次は九州じゃないでしょうか.もともと大和朝廷が南から来て,だんだん東北へと支配を広げていった.今度は逆に軍事力や経済力の面で東北の強い影響下にあった関東から中部に来て,さらに南に行ってアジアに向かうという流れが見て取れるのではないか.
 これは余談ですが,転換点になった10世紀ごろというのは非常に面白い.私が長年疑問だったのは,坂東武士のルーツです.坂東武士は開発領主と呼ばれた開拓農民である一方,弓馬の術が達者で,巻狩りが大好きでした.巻狩りというのは,大々的,組織的な狩猟です.たとえば富士の裾野で,たくさんの勢子を使って山を取り巻き,獣を追い出して網や矢でとらえる.これはそのまま,組織的な軍事行動にも結びつく.とすると,彼らを単なる農民とは考えにくい.別の要素がある.軍事的には弓だけではなく刀も使っていて,その刀身が反っています.それ以前の大和朝廷の刀はまっすぐで,これでは馬に乗って斬れない.馬に乗って斬撃力をつけるためには刀身が反っていなくてはならない.それがどこから来たかというと蝦夷の「蕨手刀(わらびてとう)」なのだそうです.どうやら坂東武士は,弓と馬だけでなく刀も,ついでに言うと金も,東北からもらっている.その東北は,東北アジアとの交易や人の移動があり,これらの文明はそこから入ってきたものです.つまり,大和朝廷が南方から来たものであるとすれば,武士の力は北方から来たということのようです.私はそれを,とても興味深いことだと思うようになりました.
 そう考えると,遅れて近代化した日本がヨーロッパに追いつき追い越す,という見方ではなく,近代化はもともと両地域で,いやことによると世界のさまざまな地域で,同時並行的に起こっていたという見方がとれる.そして,20世紀以降の近代の成熟は,グローバルな意味で近代文明が大きく高揚する時期であり,近代化がグローバルに広く進むことを意味する.今,中国,ロシア,インドその他の国々が本格的に近代化を進めています.20世紀前半までは,そういうところでは近代化は起こらないというのが常識で,日本が非ヨーロッパにおける近代化成功の唯一の例だといわれていたのですが,どうもそうではなかった.それ以外の地域でも,近代化は十分起こりうる.でも10世紀から15世紀にかけて起こった近代化の最初のプロセスはヨーロッパと日本にしか見られなかったのかというと,そんなことはないのではないか.同じころ,中国にも,アフリカ,アラブ世界にも,いっせいに近代化は始まっていたのではないか.それこそカンブリア紀の多様な生物種の大発生のように,世界中いろいろなところで,ある種の自立的で能動的な生活形態や社会組織形態を探る試みが,多種多様な形でいっせいに行われたのではないか.

……つづきは智場109号で

投稿者 noc : 14:03