ゲーム/物語/RMT
インタビュー パク・サンウ(Park Sang-Woo) ゲーム評論家
聞き手:東 浩紀 GLOCOM主幹研究員 + 井上明人 GLOCOM研究員


(本誌より、部分的に掲載)

金銭へのフェティシズム──株式房・SOHO房からPC房へ


── 『動物化するポストモダン』を読んでいただいているようなので,物語という部分にからめてお聞きしたいと思います.
 先ほどパクさんは,ゲームはスキゾ的=分裂症的だという話をされました.これを次のように言い換えることができると思います.わたしは『動物化するポストモダン』で「大きな物語」という言葉を,人々を一つのイデオロギーによってくくる装置,という意味で使用しました.この考え方からすると,コンソール機でのゲームプレイにおいては,プレイヤーごとに一つ一つ小さな物語が生まれるのであり,したがってそれが大きな物語に対する抵抗の道具になると言える.パクさんは,それをスキゾ的と表現されたのではないでしょうか.
 だとすれば,MMORPGは,むしろ大きな物語を再生産するシステムだと言える.もしかして,パクさんはそう考えていらっしゃるのでしょうか.もしそうだとすれば,『動物化するポストモダン』の議論にパクさんの主張をひきつけて理解できるのですが.

パク── それは難しいと思います.韓国では,お金に対するフェティシズムという側面が何よりも強くMMORPGの世界を支配しています.
 先ほどもお話ししたように,韓国でMMORPGが普及したのは,『リネージュ』の成功要因でもあるRMTシステムが一番大きな要素でした.『リネージュ』は「ゲームをやりながらお金も稼げる」という要素があったからこそ,韓国において成功したという部分があります.「大きな物語」がどうこうという側面よりも,金銭に対するフェティシズムの影響が大きいのです.shinchyon.JPG
 これは,実際にプレイヤーの全員がRMTをやるのだということを意味しているわけではありません.例えば,あるプレイヤーが自分のキャラクターを評価する場合を考えてみましょう.その場合,プレイヤーは「自分のキャラクターが持っているすべてのアイテムを,もしも金銭に換えたらどうなるだろうか」というようなことをつねに考えながらプレイするわけです.つまり,全員がRMTをするのではなくとも,全員がRMTの評価軸によって駆動されている世界がそこに出現するわけです.
 すべての評価がリアル・マネーを通して成立してしまうような状況.これが金銭に対するフェティシズムだ,ということです.

── なるほど.
 いまの話は興味深く思いました.日本は,1995年に大きな物語を失い,社会全体として大きな屈曲点を迎えました.その後の長い不況を経て,最近はデイトレードがブームです.生きる目的をもてない若者たちが,まさに『リネージュ』のアイテムのように,とりあえずデイトレードでお金を稼ぎ,自己の存在証明をしようか,という状況が生まれている.
 そういう連想で考えると,韓国でのRMTとデイトレードの関係が気になります.その点を聞かせていただけますか.

パク── 直接の答えではありませんが,東さんの問いに対する興味深い事例を一つ挙げたいと思います.
 いま,韓国でPC房と呼ばれるものは,以前は別の呼称がありました.それは「株式房」という呼称です.PC房というのは,はじめからゲームをするためのレンタル・ルーム房だったわけではなく,むしろ当初は株式トレードをやるための場所でした.まさしく「株式房」です.しかし,この「株式房」にいた人々のあいだでは,次第に,株式のデイトレードよりもリスクの少ない安全な手段としてRMTが認知されていきます.実際,その時期に株式トレードをやっていた人々の層と,現在『リネージュ』でRMTをプレイしている人々の層はかなりの重なりがあることがわかっています.
 彼らが株式で金銭をトレードすることから,ゲームのアイテムで金銭をトレードするというRMTの世界へと参入することで,「株式房」は「PC房」へと呼ばれるようになっていったのですね.この例は,東さんが挙げられていた状況と似ているのではないでしょうか.

── デイトレーダーがゲーム・プレイヤーになった,ということですね.たいへん興味深い話です.株式房でデイトレーディングをやっていたのはどういう若者だったのでしょうか.

パク── park_sang_wooIMF危機 *1 がもたらした経済・社会状況のせいもあり,何もやることがない無職の若者たちがおもな層を形成しています.彼らは実家にいてもやることがないし,世間体もあるので,なんとなく「デイトレードでもやろうか」という心理で家から株式房に通っていたわけです.また,株式房で個人事業を始める若者もいて,株式房は別名「SOHO房」とも呼ばれていました.
 ただ,この時期に株式房でデイトレードをやっても,手持ちの資金がある程度なければそれほどパッとしないし,小さな個人事業主たちも,それほどお金を稼げるものではない.株式房でデイトレードやSOHOをやったのだけれども立ち行かないという状況が実際のところでした.
 そして,少しすると『スタークラフト』と『リネージュ』が流行しだします.『スタークラフト』は当時無職だった人々よりも,もっと若い層がプレイするようなタイトルだったので,20代後半-30代の人々はどうやっても若者たちのクリック速度においつけなかった(笑).そこで,年齢がやや高めの人々は『リネージュ』をやりはじめるということになります.
 こうして,95-96年には20万-30万人程度と言われていた
ゲーム・プレイヤーの数が,その2,3年後には急速に100万人以上に膨れ上がります.そのほとんどは,この時期にはじめてゲームに触れたような人々です.『スタークラフト』『リネージュ』以外,ゲームをプレイしたことのない彼らが,この後の韓国オンライン・ゲームにおける中心的なプレイヤーになっていきます.現在でも,やはり,彼らがメインユーザー層を占めていますね.
 そのため,韓国のオンライン・ゲームは彼らによって,その性格を決定されるしかないということになってきています.『エヴァークエスト』(Sony InteractiveStudios America,1999年)のような海外のゲームが韓国で成功できない理由もここにあります.こういった韓国で多数派を占めるユーザー層は『リネージュ』などから学んだ経験だけでゲームをやっているので,そのシステムに沿っていないゲーム,基準から逸脱しているタイプの外国のゲームは,韓国では成功しにくい状況になっています.

韓国MMORPGの世界に「物語」はあるか


── もういちど物語の話をさせてください.パクさんは,MMORPGで物語が果たす機能は,実はかなり弱いとお考えなのでしょうか.ここで「物語」という言葉で指しているのは,先ほども述べたように,単なるナラティヴやストーリーではなく,世界認識を支えるシステムとしての「物語」です.「イデオロギー」「世界観」と呼んでもいいかもしれません.

パク── わたしは,韓国でのゲーム受容にも「物語」が果たした役割はあると思います.例えば『ワールド・オブ・ウォークラフト』 *2 はとても強力な「物語」をゲーム自体の中に包含しています.
 また,その話をするならば,韓国のゲーム・デザインと,アメリカのゲーム・デザインの違いについて考えるのも興味深いのではないでしょうか.例えば,アメリカのゲーム・デザインは,世界観を基盤として作られています.それに対して,韓国のゲームはストーリーやゲーム・エンジンだけを基盤にして開発していくような傾向にあります.

── いまのお話を聞いていると,『動物化するポストモダン』での「動物の時代」の説明を思い出します.MMORPGの世界には,物語もなくイデオロギーもない.システムによってRMTの欲望だけが駆り立てられ,人々はそれに騙されて生きている.実際にお金が儲かるわけではないが,フェティシズムだけが駆動され,虚構のお金が回りつづける楽園…….正確に言えば,少しのお金は稼げるのでしょうが,とても規模が小さいわけです.
 これはまさに,わたしが『動物化するポストモダン』の中で「動物の時代」と名づけた光景に近いものです.

パク── いまのお話は,非常に難しい問題をはらんでいます.わたしは,東さんのデータベース的欲望の議論はたいへん面白いものだと思っているのですが,全面的に同意しているわけではないのです.というのは,韓国においては,動物的な欲望の存在を確認しづらいからです.すべての欲望は,ルネ・ジラール(René Girard)の言うような,他者との差異化の欲望に繋がっています.

── つまり,パクさんは,韓国では,MMORPGの中の欲望も現実の欲望もあまり変わらない,とお考えなのですね.

パク── そうです.

── なるほど.しかし,そうでしょうか.例えば,キャラクターへの欲望があります.わたしが想像するに,MMORPGのプレイヤーもまた,現実と切り離されたそのような欲望なしにはゲームプレイができないのではないでしょうか.

パク── 例えば,アメリカの『セカンド・ライフ』と,韓国の『リネージュ』とでは,欲望の構造が大きく異なっているのではないでしょうか.
 『セカンド・ライフ』では,おのおののプレイヤーが自分のパラダイスをゲームの中に反映することが可能です.プレイヤーは欲望するものを誰でも自分自身で作ることができるようになっています.そして,こうした世界の構造では,何も問題が生じません.
 しかし,韓国はそういう状況にありません.すべてのプレイヤーが,同じアイテムを欲しがるのですね.ゲーム会社は,ハイレベル・プレイヤーたちにあわせて,新アイテムをリリースしていきます.つまり,一つのアイテムをめぐる競争やトラブルがつねに発生している状態だと言えます.
 東さんのデータベースの理論は,多様な欲望に関する話と似ているように思います.言いかえれば,自分自身のフェティシズムの話ですね.しかし,韓国においては異なる欲望というのが成立していません.みんなが同じものを欲望しているのが韓国社会の現状だと思います.

── なるほど.逆に,もしMMORPGが日本でポピュラーだったらどうか,と考えてみると,おそらくそのシステムは,プレイヤー個人の私的で虚構的な欲望を反映したものになるのではないかと思います.つまり,動物的なMMORPGとでも呼べるものが成立するのではないか.そこではプレイヤーは皆,他のプレイヤーの視線を気にせずに,自分自身のパラダイスだけを追求するわけです.
 しかし,いままでのパクさんの議論だと,韓国の状況はずいぶん違うようですね.なぜこのような違いが生まれたとお考えですか.

パク── そのメカニズムまではわかりませんね.実は,ちょうどいま,エスノグラフィの手法にのっとって,PC房を調査をする計画を立てているところです.
 いくつかの典型的なPC房に対して,プレイヤーの性格や言説,プレイ時間などを調べていくことで,MMORPGにおけるプレイヤーのライフスタイルと,そのリアリティとがどのように関係しているかが見えてくるのではないかと思っています.

……続きは『智場』#107で.

*1 : 97年-98年におけるアジア通貨危機のこと.韓国ではしばしばIMF危機と呼ばれる.
*2 : 『ワールド・オブ・ウォークラフト』自体はアメリカで開発されたタイトルだが,韓国市場において大きなヒットを遂げた.