人間関係情報は誰のものか
SNS(Social Networking Service)が,おもしろい展開をみせている.
SNSに明確な定義はみられないが,強いて言えば,プロフィール公開,友人紹介,アクセスコントロール,閲覧者自動追尾(あしあと),コミュニティ形成などが基本機能として実装され,参加者がたがいに友達を紹介しあい,自己情報をコントロールしながら,友達関係を広げることを主な目的として運営されるコミュニティ型のウェブサイトといったところであろう.SNSの効用は今さら取り上げるまでもないが,SNSがもたらす新たな関係性世界にのめり込む同僚や友人をみるにつけ,影響力の大きさを痛感してきた.
最近では,国内最大手mixiのユーザ数が300万人に近づいて国内一人勝ちの様相を呈する一方,企業のグループウエアとして活用する企業内SNS,ユーザを地域に限定する地域SNS,同窓会などテーマを絞り込むなどの別種のSNSが多数登
場している.
このうち,mixiをはじめとする既存の全国版SNSは,「囲い込み型」のモデルと言われる.これら既存SNSの各サイトは,独自の会員を抱え,独自のサービスを提供する完全に独立したウェブサイトである.各サイト上で会員たちが日々構築するソーシャルネットワーク(人間関係)情報も,各サイトのサーバーに蓄積されている.
これをユーザ側からみると,複数のSNSサイトに登録した場合,それぞれのサイトごとに進捗を同時並行で管理しなければならないなど大変な手間がかかり,自分がウェブページやブログを持っている場合にも,既存SNSと自分のウェブページとを連携することは難しい.さらに,サイトのサーバーがダウンするなどサービス・トラブルが発生した場合は,友達全員とまったく連絡が取れなくなり,突然閉鎖されたサイト「UUME」のように,長いあいだ構築してきた人間関係情報が消滅してしまう危険をはらんでいる.
これらの問題は,既存SNSが人間関係情報を専有することで生じている.われわれが日々構築する人間関係とは,一体誰のものだろう.少なくとも,人間関係構築の場の提供者,つまりSNS運営者だけのものではないはずである.
完全分散協調型Affelio
これら既存SNSの諸問題を克服する有力なソリューションの一つが,大越 匡氏が提案するAffelio(アフェリオ,http://open.affelio.jp/)である.大越氏は,既存SNSの特徴を集中型でクローズドなサービスと位置づけたうえで,先述したユーザ側からみた諸問題に加えて,SNSを生かしたアプリケーションを外部開発者が作成することができない,といった開発者からみた問題点を指摘する.実際に,既存SNSのAPI(Application Program Interface)は公開されておらず,外部開発者によるアプリケーション開発は困難である.
Affelioは,affelio.jpが配布する「Affelioソフトウェア」を使って,ユーザ個人が好きな場所に「Affelioページ」を作成し,それらをリンクすることで「Affelioネットワーク」を形成するというSNSアーキテクチャを実現している.巧みなアクセスコントロールを行なうことなどで,囲い込み型の既存SNSと同等以上の機能を実現し,ユーザからみると,複数のSNSで活動するという煩わしさから解放され,自分自身の統合されたソーシャルネットワークを構築できる.さらに,Affelioが提供するネットワークや諸機能は,Affelio APIとして無償で公開され,外部開発者はこのAPIを使うことで,Affelio上にアプリケーションを開発することができるようになる.
このようにAffelioは,オープンネス,分散性・スケーラビリティ,統合アクセス制御,拡張性といった既存SNSの欠点を補う全面的な改良が施されているばかりか,同じSNSといっても,まったく構造の異なるアーキテクチャを出現させた.つまり,ユーザ個人が人間関係情報を所有することを前提とした,完全分散協調型のSNSアーキテクチャである.
地域SNSの可能性
次に,地域SNSをみてみよう.最初に登場した地域SNSは,熊本県八代市の「ごろっとやっちろ」(http://www.gorotto.com/)である.八代市は2003年からポータルサイトを運営していたが,掲示板等への書き込みが少なくなったので,2004年10月,担当の小林隆生氏らが友人や知人を招待する機能やプロフィール作成機能などSNSの諸機能を追加するとともに,ブログ機能も搭載して,すっかり賑わいを取り戻すことに成功した.また,ごろっとやっちろが使うSNSシステムopengorotto(http://og.akadigi.jp/)は,オープンソースとして公開されている.総務省は,このopen-gorottoをベースにした住民参画システムを開発し,2005年末から千代田区と長岡市で実証実験を行なった.
ごろっとやっちろのほかにも,2005年末から,多くの地域SNSが次々と登場している.ただ,その数は未だ20程度であり,最大規模のごろっとやっちろも2000ユーザ足らずで,大きな影響力を持つとは言えない.それでも地域SNSが流行しているのは,関係者が共通して大きな可能性を見出しているからである.それを整理してみよう.
一つ目は,「地域社会の再編」の可能性である.SNSのアーキテクチャは,デザインにもよるが匿名性を排除し,人間関係の可視化を進めるので,ネット社会にみられる炎上や誹謗中傷を抑制し,信頼や秩序ある安定的なコミュニティを形成することができる.また,これらのコミュニティは巧みにゾーニングされており,例えばゲーテッド・コミュニティと同様,伝統的な地域社会では考えにくい柔軟な社会秩序の形成に役立つ可能性がある.
二つ目が,「地域アイデンティティの再生」の可能性である.人々の回りでは生活を支える物理空間的な広がりはあるものの,人々がそれを「地域」として意識することはほとんどなく,既に地域の実体は希薄化している.この中でも,住民が地域イメージを共有することができれば地域は再生するきっかけを持つことができる.ただし従来,地域イメージは,豊かな地域資源を持つ特別な地域だけが広告代理店を通じて戦略的にかたちづくるものであった.これに対して地域SNSは,地域イメージを地域内で,それも創発的に生み出していくものである.ごろっとやっちろのユーザは80%が地域住民であるが,そこで展開される住民同士のコミュニケーションや,コミュニティ活動の連なりや積み重ねにより,これまでに見られない地域イメージが創発する可能性が高い.
三つ目の可能性は,「地域情報のコレクション化」である.地域SNSはGISやGoogle Maps APIにより地図機能を持つものが多く,SNS上に生成される膨大なコミュニケーション情報が地図情報として蓄積される仕組みを持つ.これは従来型の図書館のように,横並びで同じデータ(蔵書)を蓄積してきたのとは正反対に,蓄積された地図情報がコレクションになる.これが唯一無二の地域情報,観光情報として世界中から参照されるばかりか,ロバート・パットナム(Robert DavidPutnam)言うところの「ソーシャル・キャピタル(人間関係資本)」となり,当該地域でデータを蓄積し,データベースを共有する必然性が生まれるのである.なお,データベースと知識生産の場とが地理的に近接していると,知識管理(ナレッジマネジメント)のループが回りやすいことは,インターネット市民塾(http://toyama.shiminjuku.com/)や,鳳雛塾(http://www.digicomm.co.jp/sagaventure/)で検証されている.苦労して地域ごとにSNSを立ち上げなくとも,mixiで地域コミュニティをつくればよいという考え方は,少なくともこの点で否と言わざるをえない.
このように地域SNSは,人間関係情報を地域(コミュニティ)が所有する分散型SNSである.そして最近では,地域SNS同士が連携する動きが活発になりつつある.実際に,ごろっとやっちろのソースコードopen-gorottoには,分散するopengorotto同士を連携する機能が搭載されている.分散する地域SNSが連携することで得られるメリットは,災害時のリダンダンシーの確保や,観光振興,災害ボランティア派遣,共通の地域課題解決など計り知れない.
三つの世界観
第134回芥川賞を受賞した絲山秋子『沖で待つ』(文藝春秋)は,少々問題のある作品と言われるが,主題には共感できる.同期入社の友人関係でしかない異性同士が,相手の死後,相手が所有する個人PC(ハードディスク)の物理的破壊を請け負う約束を交わし,実行するという物語である.ここにみられるのは,人間関係情報を含む自己情報は自らの身体とともにあるべきであり,死後,身体の消滅とともに自己情報も消滅させねばならないという信念である.このことは,ネットワーク時代のデータベースの所在とデータコントロールのあり方を考えさせる.
これまでみてきたように,少なくともSNSは発展の過程で,三つの異なるネットワーク世界観を提示してきた(図1).それは,データベースの所在をみれば明らかである.mixiなどの既存SNSの人間関係情報は,当該サイトのサーバーに集中しており,「集中・囲い込み型」と言える.「『個』が『あちら側』でオープンにした情報をサービス提供者が集積し『全体』としての新たな価値を創出する」
*1
という意味で,既存SNSは「Web2.0」の世界観を示していると言ってよいだろう.
一方,Affelioの人間関係情報は全世界に拡がる無数の個人サイトに分散し,それら個人サイトが協調する「完全分散協調型」のネットワークで,既存SNSと同程度以上の場の機能を提供する.『沖で待つ』の信念に最も合致するのは,このネットワーク世界観である.
| タイプ | 事例 | データベースの所在 |
|---|---|---|
| 1.集中囲い込み型 | mixi(ミクシィ) | 中央 |
| 2.分散(協調)型 | 地域SNS | 地域 |
| 3.完全分散協調型 | Affelio(アフェリオ) | 個人 |
さらに,地域SNSは,地域コミュニティのサーバーに人間関係情報が分散する「分散型」と言える.将来的にはAffelio同様,地域SNSサイト同士が連携し,「分散協調型」に発展していくことが想定される.地図情報にみられるように,ここで人間関係情報はクラブ財(排除可能性と非競合性を持つ財)と位置づけられており,クラブとしての地域コミュニティがそれを所有することには必然性がみられる.そして,地域コミュニティが地域SNSによって結ばれる世界は,インターネット初期にみられた自律分散協調の世界観に酷似している.また,公文 俊平氏が90年代半ばに提唱したCAN(Community Area Network)の思想そのものである.
最近では,「Web2.0」がネットワーク世界を席巻する勢いがみられるが,果たしてそうなるだろうか.データベースの所在とデータコントロールのあり方から,ネットワーク世界観を今一度考え直す必要があろう.
*1
: 梅田望夫『ウェブ進化論』ちくま新書,2006年.