Web2.0は世界に何をもたらしたか【Webスペシャル版】
梅田望夫┼公文俊平  司会:鈴木 健


梅田望夫(以下,梅田)── 梅田望夫わたしは今年45歳になるのですが,自分の来し方を振り返れば,まずはサバイバルするための資産作りをファースト・プライオリティ(最優先事項)に置き,それがある程度セキュアーになってから自分の知的生活を楽しもうという生き方を,かなり戦略的に追求してきました.『知的生活の方法』(渡部昇一)や『知的生活』(P・G・ハマトン)には「資産がなければ知的生活は送れない」というテーゼがありますが,そのためのお金をどこから持ってくるか.これを若い頃からずっと考え続けてきました.結局,大学や研究所に勤めてお金を稼ぎながら「知的生活」を送るか,まずはビジネスで稼いでセミ・リタイアしてから,経済的な独立を基盤に「知的生活」に入るか,そのどちらかしかないと結論づけて,後者の道を目指して歩いてきたのです.われわれの世代は貧しい日本を知っている最後の世代でもあるし,わたしは,いつもこういう自分の生き方・発想について,自分は旧世代に属するなぁと思っています.逆に言えば,カネを稼ぐことにまったく頓着しない二〇歳代のオープンソース・プログラマーには,リアル世界でサバイブしていく戦略が欠け落ちているような気がするんです(笑).それこそが新しい現象だという人もいるけれど,公文さんがおっしゃったバリューの,アテンションのほうだけを追求していれば,最低限の生活が一生保障されると本気で信じているのかなぁ,と.ひょっとすると,そこに新世代と旧世代の違いがあるのかもしれないけれど.

鈴木健(以下,鈴木)── 新しい世代にも,信じていない人のほうが多い気がしますよ.

梅田── 若者世代で括ってしまうと誤解を生じるけれど,「オープンソースが大好きならば,生活の糧を直接得なくても,アテンションのバリューだけを徹底的に追求して生きていけばいいんだよ,君たち」,と若い人たちに対して無責任に言うことが,わたしにはできないんですよね.

鈴木── たしかに,戦後60年経ち,高度経済成長を成し遂げた今の日本では,安全保障と社会保障の二つが空気化してしまっているということが,事実としてあると思います.ネット世界で生きている人々は,ある意味で政治音痴であり,国家安全保障に対する意識が,例えばエネルギー産業に関わっている人々に比べて薄かったりします.ネット・ビジネスにたずさわる人々は多少の金銭感覚を持っていることもありますが,梅田さんが想定されているようなギークはそれさえも稀薄です.公文さんがおっしゃる「評判のゲーム」の中で生きているという状況ではある.

梅田── オープンソースの開発にたずさわってさえいれば,生きていくための最低ラインくらいの収入は自動的に保証されていく世界ができてくると信じてもいいのだろうか.今,一番面白いことだからと,一番情熱を燃やせるからと,若い人がオープンソース的なコラボレーションにコミットしていくのはよく理解できる.しかし,公文さんがおっしゃったように,バリューには二種類あり,生きていくためにはこの二つを両立しなければならないわけです.アテンションのあるバリューを追求すればおのずともう一つのバリューもついてくる,だから生きていける,という可能性の中には,アフィリエイトやアドセンス,あるいはオープンソース・プログラマーがIBMに雇われるようなことも含まれるけれど,その経済の総量は現段階では微々たるものです.わたしはそういうことをプラクティカルに悩んでいます.

公文俊平(以下,公文)── 公文俊平そういうことは,それこそプラクティカルに考えたほうがいいので(笑),二つの面を区別したらいいのではないでしょうか.先ほど鈴木さんもおっしゃっていたように,近代化の大きな流れの中で,まず国家ができて国民の安全を保証する仕組みを作った.それから産業社会になって,働きさえすれば人々の経済的な安全というか,生活が保障されるようになった.そして,これから生まれようとしているのは,人々が楽しいことのできる仕組みだとわたしは思っているのですが,そのときに前の二つがおかしくなってきているという面はたしかにある.国家の安全が脅かされている,資源が枯渇して経済成長ができなくなる.これはこれで別途考えて対処していかなくてはならない.つまり,国や経済が潰れるはずはないと思い込むのも困りますが,しかし潰れないようにしていこうという話と,これからどうやって面白いことをして生きていくかということは,また別の話なのではないか.

梅田── たしかにおっしゃるとおりです.経済バリューを求めた仕事,従来の枠組みにある仕事の充実を求めよ,と旧世代の人たちは若い世代に向かって主張してきたけれど,ネットのアテンションにいったん引きずりこまれた人々にとっては,そちらのほうが魅力的に思える.そして後者のほうへと,次から次へなだれ現象を起こした結果,オープンソース世界が豊穣に進化してきた.このことを経済面から見れば,ソフトウェア産業のサイズが今後どのように推移していくのかというマクロの問題とマッピングできると思います.先ほど,「IBMやHPにオープンソース・プログラマーが雇われる」という話が出ましたが,これは世界全体200万人以上もいると言われるオープンソース・プログラマーのうちのごく一部で起きている出来事です.オープンソースのインパクトの大きさはどんどん膨れ上がっていくけれど,オープンソース・ビジネスで成功した経済的サイズは,マクロで見たら,そのインパクトに比べて圧倒的に小さい.この事実は結構重い,とわたしは感じています.

梅田── わたしには子供がいないのですが,もし自分に10歳の子供がいたとしたら,どういう心構えでこれからの50年を生きていけと助言するか,という思考実験をすることがあります.20代の若者からキャリアの相談をよく受けるのですが,その延長線上で考えて,若い人たちはこれからどうなるのだろうか,と考えてみると,実は,「大変そうだなぁ」というのが正直なところなんです.一つでも年を取っているほうが経済的なサバイバルという意味では楽だよなぁ,というペシミズムがわたしにはあります.大企業に属している人と話をすると,そういう感情を持っている人が結構多いんですね.
 今のネット社会の状況を見て,ある種の人々は悪い予感を持っています.わたしはそんなふうに結論づけたくはないと思っているから,自分に子供がいたら何と助言できるかを一生懸命考える.で,現段階での答えは,「リアルの世界で一生生きていけるスキルをしっかり身につけて,楽しいことはもう一つ別のネット世界で追求できれば,トータルとして充実した人生が送れるぞ」と.こういう凡庸な話までは思いつくのですが,それ以上の話がまだ思いつかないのです.
 リアル世界で生きていく術は措いておいていい,オープンソース開発のような,自分が楽しいと思えることへのアテンションを徹底的に追求すれば必ず何かしらの富が入る,という世界を鈴木さんはイメージしていらっしゃいますが,鈴木さんがそのように考えておられる理由を聞かせてください.

鈴木── 今のところ,この社会は,ネットだけで生活に足るだけの収入を得ることに成功していません.少なくとも,大多数の人々は既存の経済圏の上で生きています.だからこそ,社会システム自体を自分で作ってしまおうというスタンスとして,わたしは自分を投機してしまっている.どちらかというと,生き方としては例外的なので,わたし個人の話をしても類型化できないとは思いますよ.

梅田── だけど,そのことを問題意識として強くお持ちではあるわけですね.

鈴木── そうですね,問題意識は強く持っています.人間が生きている時間の総和のうち,どれだけの時間を情報社会的なフィールドで使えるのかは,そうした産業社会的な問題に深く依存しているからです.

梅田── わたしもそのような問題意識を持っているんですよ.

公文── それには,個人の問題と社会の問題があるんですよ.明治時代の親だったら,「大臣や大将になれ」と教えるか,「これからは実業家の時代だから,実業界のほうに行ったらどうだ」と諭すか,と.じゃあ,自分の子供を実業界に行かせるからといって政府や軍隊はなくなってもいい,というわけではないですよね.同様に,今だったら,役人になるか,実業界に行くか,それとも次の智のゲームに自分の人生を賭けるか,となると,やはりわたしなら三番目をやって欲しいですが(笑),しかし残りの二つが要らなくなるわけではないでしょう.

梅田── 大きなパラダイムが変わらずに続いている時代の職業選択という問題でしたら,事後的に微調整ができました.ただ,今はリアル世界とネット世界のパラダイム・シフトの端境期にある.10年前なら,このような問題は問わなくてもよかったかもしれませんが,今は問わなくてはならない,という問題意識をわたしは持っています.

鈴木── 次の10年で一番重要なところはこの点にある,と梅田さんは考えていらっしゃるわけですか.

梅田── ええ.

公文── もう少し長期的に言えば,われわれはモノに関するかぎりは年収200万円で生きていけるし,それでいいよね,それ以上のことは望みません,という方向に人々の考えを向け変えるようにしていく必要があるのかもしれません.

梅田── つまり,リアル世界での「贅沢」の部分の欲望は制限して,アテンション・エコノミーの欲望を最大化することで,トータルで満足を求めましょう,というのが公文先生のお考えなのですね.ネット世界の欲望というのは,リアル世界とはまったく違う法則で動くものだから,ここで得られる喜びをベースに幸せを追求しなさい,となるわけですね.なるほど,それはそれで筋の通ったストーリーであるという気がします.
公文俊平+梅田望夫

 ……続きは『智場』#107で.