ゲーム・デヴォリューション
井上明人 国際大学GLOCOM研究員


デヴォリューション

 「ゲーム市場のメインイシューといえば,どこがゲーム機戦争に勝利しデファクトスタンダードを握るかである」
 2006年11月にソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のプレイステーション3(PS3)が発売され,12月には任天堂のWiiが発売された.この事態をめぐるマスコミ報道は上記のような「常識」を前提として組み立てられていた.
 だが,この常識はいつから形成されたのか.一般にハードメーカーの競争がよく報道されたのは90年代中ごろである.そして,家庭用の据え置きゲーム機の市場においてデファクトを獲得することがこれほど大きな意味をもった経緯については,やはり80年代半ばのファミコン(ファミリーコンピュータ)の普及が与えた影響が大きい.
 では,それ以前のゲーム(コンピュータゲーム)の世界はどうなっていたのか.まだ,据え置き型ゲーム機がデファクトでなかった時代である.家庭用ゲームの世界,アーケードの世界(ゲームセンター),PCゲームの世界と,多くのゲームの世界がそれぞれに可能性をもち,さまざまな試行錯誤がなされていた群雄割拠の時代である.
 また,当時はホビイストのプログラマーや,ハッカーと呼ばれる人々がアナーキーにゲームのプログラムを書いていくことで,初期のゲームシーンを豊かにしていた(この点については,山根・馬場[2004] *1 などに詳しい).だが,ゲームの世界がその後,ファミコン市場が中心的なものとなって急成長を遂げた結果,高度に巨大化,専門化し,それはホビイストのプログラマーの数の減少を促した.そしてゲーム業界は,硬直化を始める.こうした業界の保守化・専門化は,いわゆる“一人勝ち”の構造を生み出した.
 しかし,現代はこういった状況からまたもう一度,別の転機を迎えていると思われる.
 結論から言う.現代はかつての群雄割拠の時代に再び近づこうとしているのではないか.
 そのような群雄割拠の状態を本稿では「ゲーム・デヴォリューション」と名づけ,現在のゲームシーンについて一定の説明を与えることを試みたい.
 デヴォリューションは,パワーをもっていた中心的なものが,周辺などに力を拡散させていく現象を指す.「地方分権」などの意味合いでもよく登場する.また,"degeneration(前の世代へ戻る)"という意味ももつ.パックス・ニンテンドーや,パックス・ソニーの世界から,群雄割拠の時代へと戻ること.その歴史的うねりについて論じていきたい.

Wii,PS3,Xbox 360

 2006年12月に発売された任天堂のゲーム機「Wii」の開発時コードネームは「REVOLUTION」であった.
 すでにREVOLUTIONというコードネームが使われなくなった2006年9月,千葉でWiiのお披露目講演が行われた.その際に任天堂の岩田聡社長は「より豪華でよりすごいゲームを作ればゲームマーケットは拡大していくんだ」という発想を「過去の成功法則」であると断じている.任天堂の新ハードはそういった過去の成功法則からは離れたものにならなければならない,という意図がここにはあったと見ることができる.REVOLUTION=革命を起こしてやろう,という意志がこのコードネームからは伝わってくる.
 ただし,革命だ,革命だ,といってもそれは宣伝文句としてあまりにもありふれたものだ.ではゲームの「革命」とは何なのか.
 今回の,ゲーム機「戦争」といわれるものについて整理しておこう.
 まず,ハードメーカー各社がコメントしていることを聞いてみる.すると各社が口をそろえて言うのは,「どこが競争相手なのかがわからなくなってきている」ということだ.ゲーム機同士の競争がすべてという時代ではなくなった,という認識をどこの会社もが示している.
 確かにその発言を裏づけるように,各社のゲーム機はゲーム以外の機能も盛り沢山である.Wiiであれば,ニュースが見られたり,お天気情報を確認できるし,Xbox 360であればWindows Vistaとのデータ連携などが予定されている.また,外付けで次世代DVD規格のHD DVDにも対応する.それに対抗して,PS3はブルーレイディスク対応である.こうした機能はゲームに限らないデジタルエンターテインメント機を目指している.そのため,その違いは一見わかりにくい.確かに,「ゲーム機戦争」ではなくなったのかもしれないが,今度は「ゲーム機」戦争から「リビングルームのデジタル機器」としての競争が始まっただけではないか,という気もしないではない.どのハードでもインターネットブラウザ機能がついてくるし,写真ビューワー機能がついてくるし,ゲームのダウンロード機能がついてくる.こうした機能だけを見てみると,共通点がかなり多い.
 しかし,戦略的な点での違いは大きい.
 任天堂のWiiの場合は家庭にいる高齢者や,ゲームに興味のない人にも「まずはゲームではない機能にふれてもらう」ための導入になるように多機能化を標榜している.そして,そこから最終的な出口としては普段ゲームをやらなかった人も少しでもゲームをやるようになっていってほしい,という狙いがある.そのためにWiiの機能はゲームのために洗練され,必要のない部分は削ぎ落とされている.Wiiは値段が安く,軽く,小さい.
 一方,SCEやMicrosoftの狙うものは,やっていることは似ていてもまったく違う.彼らが目指すのは,最初はゲームに触れてもらうところから始めて,最終的にはデジタル家電としてPS3やXbox 360を使いこなせるようになってもらうことである.そのために機能を特化させて削ぎ落とすのではなく,ユーザー満足度を上げる多くの機能が実装された,きわめて豪華なマシンになっている.PS3やXbox 360は,値段が高く,重く,大きい.
 ここ数回のハード競争からすると,こうしたハードごとに特色が大きく異なるのは新しい現象であるといえる.
 旧来までの路線に対する革命的な変換を遂げようとしているのは,任天堂だけではない.ハードメーカーのほとんどすべてが新たな試みに着手している.
 では,各社がゲーム機の戦略のレボリューションを決意しなければならなかったきっかけは何だったのか.
 その背景には,ゲーム市場のデヴォリューションに対する認識が存在していたように思われる.

一人勝ち構造の崩壊

 デヴォリューションの内実について確認していきたい.
 まず,近年のゲーム市場の状況を一言で強引に言ってしまうとすれば,一人勝ち構造はもうすでに終わった,ということである.現在は次のような状況が観察できる.
 第一に,日本市場の一人勝ち,という状況が崩れた. 国内ゲーム市場の規模は1990年代末にほぼ飽和状況に至る.しかし,それをピークとしてその後ゲーム市場は拡大できず現在は当時の8割程度の市場規模で落ち着いている.一方で,欧米をはじめとする海外のゲーム市場はこの10年で2倍近くの市場規模に到達し,売れ行きのいいソフトとしては日本のものよりも各国独自のものが多くなってきている.
 第二に,据え置き型ゲーム機の一人勝ちという状況も崩れている.
 ある調査 *2 によれば,日本のゲーム市場におけるソフト販売本数シェア推移は2006年にはニンテンドーDSのソフトが過半数の51.2%を占めた.日本市場でははじめて家庭用据え置き型ゲーム機の市場が首位から転落する,という事件が起こっている.また,(携帯ゲーム機ではなく)携帯電話機のゲームというのもここ数年間で毎年2倍近い成長をつづけ大きな市場を形成しつつある.2005年の市場規模は1,000億円を超え *3 ,ここでもあと2,3年もすると据え置き型ゲーム市場をいつのまにか超えてしまうかもしれないような金額が動いている.また世界では,PCをプラットフォームとしたオンラインゲームの市場が急成長している.韓国などでは,ゲームといえばほぼすべてPCをプラットフォームとしたオンラインゲームの世界である.
 第三に,日本のプラットフォームホルダー(任天堂,SCE)の一人勝ちという状況も怪しくなっている.
 もっとも,いまだに任天堂やSCEの力は強い.だがここで,韓国を中心に発展してきた“ハンゲーム”の事例に目を向けてみよう.ハンゲームはゲームのハードではない.インターネット上に存在するゲームのポータルサイトである.韓国ではこのサイトがさまざまなゲームをのせておく「ゲームのプラットフォーム」として機能している.これは「ゲームのプラットフォーム」という概念自体の新しいあり方なのかもしれない.
 第四に,エンターテインメントゲームの一人勝ちという状況も崩れつつある.
 最近の例で一番わかりやすいのは『脳を鍛える大人のDSトレーニング』(2005,任天堂),『もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング』(2005,任天堂)が数百万本の大ヒットを記録したことだろう.いままで,純粋な娯楽目的以外のゲームソフトは売れないものだ,ということが日本国内ではよくいわれていたが,非娯楽目的のゲームでもきちんと作って,きちんと売れば十分大ヒットできるのだ,ということがこれによって実証された.一方,オンラインゲームの世界では,ユーザーがゲームを介して現金を稼ぐという世界が成立し,その市場規模は世界で数千億円に上ると推定される.なかでも,中国ではゲームを「作る」のではなくゲームを「プレイする」ことで暮らしている人々が一説には50万人は存在する,といわれる.こういう人々にとってゲームを「プレイする」ことは,半ば労働行為である.「娯楽」以外のところへゲームソフトの役割が拡散していく状況は,そのほかにも数多くの例をあげることができる.
 これらの状況をまとめると,ファミコンの延長線上に成立してきた市場が量的にも,質的にも頭打ちになったというように整理できる.国内市場規模は伸び悩み,ゲームの描画水準の向上もゆきつくところまでゆきついてしまった.
 同時に,この10年でPCとインターネット網の本格的普及が全世界的に行われたことで,オンラインゲームなどの市場が巨大化した.世界市場の覇権を,日本の「家庭用据え置き型ゲーム機」メーカーが握っていた時代に陰りが見え,携帯ゲーム機,携帯電話などがゲームのプラットフォームとして力をもち始めている.
 ゲーム市場は,一人勝ち状況が崩壊したのちに,市場規模としては拡大,そして同時に,ゲーム市場の性質としては中心性が失われて拡散している.
 つまり,ゲームは拡大・拡散という形で二重の意味で拡がっている.

……続きは『智場』#108で.

(購入はこちらから)

*1 : 山根信二,馬場章[2004]「アプリケーションソフトウェアのビジネスモデルの起源:黎明期のホビイスト市場に注目して」『電子情報通信学会 技術研究報告』Vol.104, No.343,SWIM2004-10. pp.7-12
*2 : 株式会社メディアクリエイト調べ.
*3 : 社団法人コンピュータエンターテインメント協会[2006]『2006 CESAゲーム白書』