ゲーム内市場の現実化
山口 浩 駒澤大学助教授 ┼ 鈴木 健 GLOCOM主任研究員
報告:牛島正道鈴木 健


suzuki_yamaguchi.jpg  2006年11月16日のIECP研究会は,駒澤大学助教授山口浩氏および鈴木健GLOCOM主任研究員を講師に「ゲーム内経済学:仮想と現実の出会う場所」と題して開催された.
 山口氏はリアルオプションの研究や,ゲーム内経済学の研究を専門としている.リアルオプションは,本来金融工学で使われているオプションの考え方を抽象化し,金融以外の財でも同様の考え方を適用することができるという手法である.また,株式会社はてなが予測市場のシステムを導入するときに助言などを行っている.山口氏は,このように仮想と現実の間をある種のメソッドが行き来するようなシステムに深い関心をもっている.山口氏の講演は,ゲーム内経済学の初心者向けの導入を行うとともに,上記の視点からゲーム内経済学の重要性と可能性を指摘した.
 また鈴木は,伝播投資貨幣PICSY(Propagational Investment Currency System)の研究を行うなど,コンピュータがないと実現できないような社会システムの設計を行っている.今回の講演では,現在オンラインゲームの中で起きている現象をどのように解釈すればよいのかを明らかにすることを目的とし,「3D仮想世界経済は,仮想世界の法則を制御できるので,リアルの経済全体を変えてしまう」ことを主張した.
 本講演のメッセージは「ゲームに代表される仮想世界と現実世界は今後深くかかわるようになり,単なる社会実験を経て,社会そのものを駆動する可能性を秘めている」とまとめることができる.このようなことがリアリティをもって議論されるのは『セカンドライフ』のような仮想空間の経済圏がかなりの規模で発展を遂げており,すでに無視できない存在になりつつあることが遠因といえよう.

第1部:ゲーム内経済学とは(山口氏)

オンラインゲームとは

 近年,インターネットを介して他のプレイヤーと共同でプレイする「オンラインゲーム」が発展を遂げている.典型的なオンラインゲームの特徴は,3次元空間を模したゲーム空間内でプレイヤーの分身となるキャラクター同士がコミュニケーション可能な点にある.プレイヤーの数は数十万人にものぼり,その国内市場規模は約820億円,対前年比で42%増と急速に拡大している.

オンラインゲーム内の社会と経済

 ゲーム内で行われるプレイヤー間のさまざまなコミュニケーションにより,ゲーム内には制作者の予想もしないような多様性が生まれ,一種の社会が発達していく.またこの社会には資源と貨幣が存在するために,経済活動も観察される.特に注目されるのは,多人数参加型オンラインRPG(Massively Multiplayer Online RolePlaying Game: MMORPG)と呼ばれるゲーム内の現象である.
 RPG(Role Playing Game)とは,キャラクターの成長を楽しむことに特化したゲームジャンルである.プレイヤーキャラクターにはある能力値が与えられ,目標達成に向けキャラクターを成長させるのが目的となる.この過程で,敵キャラクターをやっつけたり謎解きをしたりといった小目標の達成に応じ,能力値上昇の資源(アイテムや金銭)を獲得できる.これによりプレイヤーの能力値が成長するので,今度はより困難な課題に挑戦することができる.この構造がRPGのシステムの根幹である.MMORPGでもこの基本は変わらない.
 プレイヤーはアイテムという仮想資源を,ゲーム内通貨で売買することができる.希少性のあるアイテムは需要が供給を上回るため,高値がつく.やがて取引に便利な場所が市場となり,売買や交換を専門で行うプレイヤー(商人)が現れる.
 現実の経済と異なるのは,資源獲得の方法である.現実世界では習得に時間のかかるさまざまなスキルが必要だが,典型的なMMORPGでの労働は比較的単純な作業(モンスターと呼ばれる敵対キャラクターを倒す,など)に限られており,構造的な過剰生産が発生する.また,現実の中央銀行にあたる機関は存在せず,マネーサプライの管理は行われない.このため,ゲーム内経済ではインフレなどの現実に類似した現象が発生することになる.

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第2部:オンラインゲームと社会システムの実験と実行(鈴木)

 第1部の講演を受け,鈴木は「オンラインゲームと社会システムの実験と実行」と題した講演を行った.山口氏の講演との相異点は,仮想社会を特に

  1. 社会実験の場
  2. 実社会に影響を与えるシステム

とみなす視点に置かれた.また,自らが一貫して提唱する伝播投資貨幣PICSYの解説を行った.

自動車社会

 鈴木は,ネットとリアルの関係を考えるのに,よく「自動車社会」という言葉を例に出して説明している.自動車社会という言葉は,自動車学校の教習で初めて知ったが,確かに自動車同士でコミュニケーションをしているある種の社会が成立しているといえよう.しかし,一般には自動車社会という言葉は意識されない.自動車は100年以上の時間をかけて,現在では網の目のように社会に浸透して,あえて自動車社会といわなければ意識されないようになった.ネット社会という言葉は自動車の創成期のようなもので,いずれは消えてゆく運命にあるだろう.社会全体にネットが浸透し,ネットとリアルが高密度に連携をはじめると,自動車社会という言葉が使われなくなったと同様にネット社会という言葉もなくなる.

『セカンドライフ』

 そうしたことを考えるのによい例として,現在アメリカで特に人気を博している『セカンドライフ』 *1 というオンラインゲームがある. 大きな特徴は,(1)きわめてリアルな3D表現技術,(2)ゲーム内のオブジェクトをプレイヤーがプログラムして作り出すことが可能という圧倒的な自由度,である.鈴木はこのゲームを「現実とのリンケージが圧倒的に高い」と評した.現在,『セカンドライフ』の仮想世界内では,IBMやトヨタなどが広告を出したりロイター通信が「支局」を設置するなど企業の注目も高まっている.また,実際に使われたロケットを作成し展示場を運営したり,ゲーム内での経済活動に関するコンサルタントを営む,といった多種多様なプレイヤーの活動も見られる.このような多様性は世界初のブラウザmosaicが登場したインターネット最初期と酷似しており,ゲームを超えて3D空間のブラウザとみなすことができるかもしれない.すでに年間の取引額が数百億円に達し,『セカンドライフ』の中で生計をたてるものが数百人もいるなど,かなりの規模の経済圏となっている.

現実世界と仮想世界のリアルタイム連動

 このゲームはAPI(Application Program Interface)が公開されているため,実世界の操作をゲームに反映させる,あるいはゲーム内の現象を実世界に反映させる,という相互操作が可能となる.その一例として,鈴木は自らの実験プロジェクト「Cシャツ」と『セカンドライフ』の連携をあげた.『セカンドライフ』中で着ているTシャツを実際にドロップシッピング経由で発注してリアルで着ることができたり,またその逆ができるようになるという.詳細はウェブサイト *2 *3 を参照されたい.
 『セカンドライフ』のAPIを用いると以下のようなことが可能になる.

  • 仮想世界のイベントをリアルタイムに現実世界に反映
  • 仮想世界で人が尋ねてくると,携帯電話が鳴る
  • 現実世界のイベントをリアルタイムに仮想世界に反映
  • 現実世界で椅子を動かすと,仮想世界の家の椅子が動く
  • 現実世界の冷蔵庫の中身で,仮想世界で料理ができる

 今後,想像もできないくらいネットとリアルが密結合していくだろう.

3D表現が認知科学と合理性の接点に

 ところで,以上のような「仮想的な世界とリアルな世界を密連携させる」という現象はネットやオンラインゲーム以前から存在する(コンビニエンスストアのPOSシステムなど).ではなぜ,3Dオンラインゲームの革新性をこれほど強調するのか? 鈴木は「人間の認知行動に直接働きかける点,そしてそれを変化させうる点で,3D表現のもつ圧倒的なリアリティはこれまでになく強力」と主張する.このような立場からは「ヒューマンインターフェイスとしてのゲーム」という視点が可能になる.これにより,従来,論理や合理性による分析のみに頼らざるを得なかった社会設計の問題を,認知科学と合理性の接点として理解し,実験することが可能になる.

仮想世界に対する理解の段階

 以上のような視点をもとに,鈴木は「仮想世界に対するわれわれの理解の段階」として,以下の5段階をあげた.

  1. 3D仮想世界経済はリアルな経済と関係のないお遊び
  2. 3D仮想世界経済はリアルな経済に従属する
  3. 3D仮想世界経済ではリアルな経済と同じことが起こる
  4. 3D仮想世界経済では,仮想世界の法則を制御できるので,リアルの経済とは異なることが起こる
  5. 3D仮想世界経済は,仮想世界の法則を制御できるので,リアルの経済全体を変えてしまう

 そして「現在のわれわれは第2,第3段階の理解にとどまっているが,今後は第4,第5へ理解の段階が進むだろう」と鈴木は主張し,講演第1部の山口氏と見解を同じくした.このようにして,自動車社会という言葉がなくなっていくのと同様にネット社会という言葉もなくなっていくだろう.

……続きは『智場』#108で.

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*1 : http://secondlife.com/world/jp/
*2 : http://cshirt.sargasso.jp/
*3 : http://blog.picsy.org/archives/000375.html