ゲーム,ハッカー,インターネット
川端裕人 作家 ┼ 山根信二 GLOCOM客員研究員 ┼ 井上明人 GLOCOM研究員


kawabata01.jpg 左から、川端裕人、山根信二、井上明人

(智場108号より部分的に掲載)

9.11以後のインターネットとリアリティ

山根 ─── 『 The S. O. U. P.』が出版されたのは2001年8月ですが,そのすぐ後に9.11が起き,アメリカの役割もハッカーの動向も大きく変化しました.それについて川端さんは,次の小説『竜とわれらの時代』の中で考察を加えられています.もし,何年かあとで『The S. O. U. P.』が書かれたとしたら,また別のリアリティがあるのではないかと思います

川端 ───  いま書くとすればまったく違うものになると思います.『竜とわれらの時代』は大変やばい作品で,書いている途中に9.11が起きた.それもイスラム系テロリストが出てくる話の初稿を書き終わったところで起きてしまった.『TheS. O. U. P.』はその前の作品なので,まったく違う文脈です.「その後」の話はまたゼロから構想しうるという感覚は前々からあります.逆に山根さんが,9.11を境に変化したインターネットのランドスケープを素描すると,どんな感じになりますか

山根 ───  9.11以降の変化をまとめると,それまでインターネットを使って何をするかわからない連中がハッカーだといわれてきたのが,コンピュータに頼らないテロの脅威が再認識された.その反面で,インターネットは政府にとってもテロリストにとっても効果的に使われることも明らかになった.もはや,ハッカーをマークする時代ではなくなったということです
 もう一つはネットジャーナリズムが,大統領をウォッチするメディアから,いろいろな情報が錯綜するメディアに成長した.そういう印象をもっています.『The S. O. U. P.』に描かれた大統領は,人形のようとは形容されていましたが,かろうじて一問一答を注目されるような部分がありました.現在では,大統領の一問一答に誰も興味を示さないのではないか.これは9.11の問題というよりも,2ちゃんねる的なものが浸透してきたと言ったほうがよいかもしれません.現在のネットジャーナリズムは,かつてのように大統領に注目するのではなく,大統領像を拡散させ,ネタや怪情報としてのみ流通させる.そういうようにネットジャーナリズムが変わってきたのではないかと思います. kawabata02.jpg

川端 ───  テロリストにも,アメリカという国にもインターネットが必要,みんな息を吸うように繋がっていることが当たり前になっている世界は,やはりあの頃とは違う
 どんなに影響力のある人が「白だ」といったとしても,その発言がされた瞬間に「実は黒だ」とか,「白でも黒でもなく実は緑だ」という情報が流れて,それらがそれぞれそれなりの説得力をもつ.そういう中で,何が正しいのかわからないと無力感を抱いている人に,ネットの中でよく出会うと感じています.20世紀にもニューエイジと連動して,ある種の相対主義的な世界観が流行しましたが,突き詰めていくと足もとがズブズブとなっていって,どこに立っているかわからなくなってしまう.それと比較するのが適切かはわかりませんが,今,「誰の発言が信頼できるのか,どのみちわかんないのさ」というアパシーが人々の間に広がっている気がします
 そこで,新たな物語が立ち上がるとしたら,ぼくはそこでもう一度,ハッカーに出てきて欲しい.彼らのもてるスキルとクリエイティビティで何ができるだろうか.インターネットに誰でもアクセスできるようになった状況の中で蔓延するアパシーに,ハッカーがどう立ち回るのかということが,興味の中心になるのは間違いない
 こういうふうに話していると,書きたくなってきますね(笑).

……続きは『智場』#108で.

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