検索エンジンは誰のものか─インターネット・ガバナンスの視点
上村圭介国際大学GLOCOM主任研究員


1 はじめに

 今日,インターネットを利用していて,検索エンジンのことを知らないという人はいないだろう.用語定義を見てみると,検索エンジンとは「インターネットで公開されている情報をキーワードなどを使って検索できるWebサイト」(IT用語辞典e-Words),「狭義にはインターネットに存在する情報(ウェブページ,ウェブサイト,画像ファイル,ネットニュースなど)を検索する機能を提供するサーバーやシステムの総称」(Wikipedia日本語版)などと定義されている.つまりは,利用者が入力する検索語と,インターネットで提供されている情報の内容を照らし合わせて,利用者の検索語を含む情報や,その検索語と関連性の高い情報を探し出すためのツールである.世界中の情報にアクセスできることがインターネットの利点だが,その情報がどこにあるのかわからなければアクセスのしようがない.そういう意味で,検索エンジンはインターネットそのものだと言えるかもしれない

2 検索エンジンの歴史

 ここで検索エンジンの歴史を少し振り返ってみよう.
 インターネットのウェブページの内容を対象にする検索機能をもったウェブサイト(検索サイト)が登場するのは1990年代中頃のことだが,それ以前にも,インターネット上のリソースの探索を容易にするためのツールはすでに存在した.バッテル[2005]は,検索エンジンの前史に属するサービスとしてArchieを挙げている.Archieは,複数のFTPサーバに登録されたファイルを検索するためのサービスであった.Archieサーバは,FTPサーバが提供するファイル情報を取得し,一元的に管理し,簡単な検索を可能にした.しかし,Archieが検索の対象としたのはファイル名だけであって,ファイルの内容にもとづいた検索ができるわけではなかった.
 全文検索型の検索エンジンが登場するのは1994年頃である.バッテルは,マサチューセッツ工科大学のマシュー・グレイによるWWW Wondererと,ワシントン大学のブライアン・ピンカートンによるWeb Crawlerを最も早い時期の検索エンジンとして紹介している.この年,日本でも早稲田大学のSearch in Wasedaが検索サービスを開始している.
 1995年にはアメリカで,Yahoo! とAmazon.comがそれぞれ創立される.Yahoo! は当時はウェブサイトやウェブページを手動で分類するディレクトリサイトであり,検索はディレクリの分類名,登録されたサイトの名称や概要など限定的な項目に対してのみ行えるにすぎなかった.1995年12月にはデジタルの全文検索サービスAltavistaがサービスを開始した.Altavistaのサービス開始は,本格的な全文検索の時代の幕開けとなった.
 日本の検索エンジンの動向に限れば,1996年8月には日立国際ビジネスが,自社のディレクトリサイト「Hole-in-One」にロボット検索機能を追加した.1997年3月にはNTT-Xのgooが,7月にはExcite Japanがそれぞれサービスを開始した.1998年に入ると,東芝が6月に検索サービス「フレッシュアイ」を始め,10月にはLycos Japanがサービスを開始した.
 この頃の検索エンジンは百花繚乱という様相を呈していた.検索エンジンの優劣が明らかになってきたのもこの頃で,情報サイト(ポータルサイト)は,独自検索エンジン技術の開発をやめ,他社から技術の提供を受けるようになっていく.日本では,Yahoo! Japanが1999年1月にgooの検索エンジンの機能を採用したほか,MSNが5月にinfoseekの検索エンジンの機能を採用している.
 しかし,このような動きの陰で,1999年9月にサービスを開始したGoogleが次第に勢力を増してくる.2000年6月にはアメリカでYahoo! がGoogleを検索エンジンに採用したのを皮切りに,日本でも,それまで検索機能を提供していたポータルサイトが,検索エンジンとしてGoogleを採用するようになっていく.2003年には,高精度の日本語検索をすることで評判を博していたgooまでもが検索エンジンとしてGoogleを採用した.これにより,日本独自の検索エンジンの火は潰えたと評された.
 その後,検索エンジンはGoogleやYahoo! といった比較的少数のプレーヤーによって提供されるようになっていく.

3 ビジネスとしての検索エンジン

 GoogleやYahoo! といったインターネットの検索エンジンの場合,利用者は料金を払わずに検索エンジンを利用することができる.これは,検索エンジンの開発・運用などのコストが,広告収入など,利用者が直接支払うことのない費用によって賄われているからである *1 .たとえば,Googleによると,同社のここ数年の収益のほぼすべては広告によるものだと説明されている.収益全体に占める広告収入の割合は,2003年が97%,2004年が99%,2005年が99%となっている.Googleが登場した頃は,Googleのビジネスモデルは,企業向けに検索エンジン技術を提供することだと考えられていた.同社によれば,同社がインターネット広告を始めたのは2000年の第1四半期だとされているが,当時は,インターネット上の検索エンジンは同社技術の性能を宣伝するための手段にすぎず,企業向け検索技術が収益の中心となると考えられていた.資料が残っていないため参照できないが,その頃の同社の収益はインターネット広告と企業向け技術がそれなりに収益全体を分け合っていたと記憶している.
 当初の目論見はともかく,検索エンジンは今や広告手段として大きく成長したわけである.広告媒体として特徴的なのは,放送や出版広告のような(実際にどれだけ注意されるかはともかく)一定の露出が確約される広告と違い,利用者がどのような情報を検索するかによって広告としての露出が変わるということ,そして,他の「広告主」の存在によっても広告としての露出が変わるということである.だからこそ,検索エンジン最適化のための手法などがかまびすしく議論されるわけであり,議論されるだけでなく,それ自体が一つの新しいビジネスコンサルティングの領域になるわけである.

4 ネットワーク外部性を高める検索エンジン

 現在のインターネットの検索エンジンが置かれた状況は,PCの歴史で言えばインターネットの出現以前の状態にたとえられる.インターネット以前には,データの互換性の必要性はきわめて限定的であった.というのは,同じ会社の同僚などを除けば,データを他の利用者と交換する機会が今日ほどは頻繁にはなかったからである.データを交換するときには,フロッピーディスクなどの媒体を介する必要があり,現在のように電子メールで添付して送るというわけにはいかなかったのである.そのため,利用者同士で使っているハードウェアやソフトウェアが異なっていたとしても,極端な不利益は発生しなかった.PC互換機とMacintosh,Word PerfectとMicrosoftWord,Lotus 1-2-3とMicrosoft Excel,といった異なるハードウェアやソフトウェアが併存することが容易だったと言える.
 これが変わった一つのきっかけは,インターネットの普及である.インターネットの普及によって,異なる利用者が,同じオペレーティング・プラットフォームや,アプリケーション・ソフトウェアを利用することの利益が劇的に高まった,言い換えれば....................

……つづきは智場109号で

参考文献


1) 上村圭介[2005]「情報社会の多言語主義のための理論的枠組み」上村圭介,原田泉,土屋大洋『インターネットにおける言語と文化受容』NTT出版
2) ジョン・バッテル[2005]『ザ・サーチ:グーグルが世界を変えた』日経BP
3) Andrei Broder[ 2002] A taxonomy of web search. ACM SIGIR Forum, Vol. 36, Num. 2. [http://www.acm.org/sigs/sigir/forum/F2002/broder.pdf ]

*1 : Google Inc. 2005 Annual Report. [ http://investor.google.com/pdf/2005_Google_AnnualReport.pdf ]