企業の人材育成───日本企業の人事制度で人材は育つのか?
城繁幸 人事コンサルティング「Joe's Labo」代表
聞き手:庄司昌彦┼砂田薫┼森田沙保里


優秀な人材の行方

─── ソフトウェア産業界の優秀な人材の流動という観点から,人事制度との関係をお伺いしたいと思います.東大の理工系大学院を卒業した学生の就職先データをみると,最近では日本の大手情報サービス系の企業以外に,Googleや金融,コンサルが挙がっています.

 「若い頃に働いた分は45歳以上の報酬で受け取るが,その保障はない」というのが年功序列の本質です.今の日本のメーカーでは35歳を過ぎた時にどうなるかが見えない.実際,2000年以降,エンジニアは多くの企業でリストラされています.成果主義の定義はこの逆で,タイムリーに報酬が上がる.外資金融やコンサルは,リスクはあるがリターンも大きく,キャリアパスもある程度見えています.40歳過ぎで会社に残る人はほとんどいませんが,30歳ぐらいから経営に近い仕事に携わっているので,ベンチャーなどの経営陣としてキャリアアップする人が多いんです.将来を意識している人は,理系であっても金融やコンサルに行く人が増えている.僕としてはベンチャーがもっと増えて欲しいですね.

─── 日本の優秀な人材は,大手企業の中で実力を発揮することができているのでしょうか.

 これは意見がわかれるところで,学士と修士以上で決定的に違いがあるという人もいれば,修士以上はいらないという人もいる.確かに有効に活用できてないなという気はします.修士以上を評価する人たちは,本人の資質を評価しているのだと思います.実際に社員に聞くと,一部の研究職を除いて自分の専攻はほとんど役に立っていないと言います.研究職の場合は学会のコネを通じて入社する人が多いから活かされますが,それ以外の部門では,専門が活きることはほとんどないのではないかと思います.

─── なぜ優秀な人材の能力が企業内で活かされないのでしょうか.

 二つ理由があります.まず,日本社会の全体としてあまりにも産学連携がなかった.アメリカを理想とするならば,日本の大学はあさってのビジネスの方向を向いてきてしまった.完全に企業のニーズと乖離してしまっているんです.大学自身も,組織として変われないんですよね.企業は推薦をやめて自由応募にしたいのですが,人材を確保できるかわからない.逆に,大学は貴重な枠を守りたい.それで学生を統制している面もあるわけです.例えば,ある自動車メーカーから枠を2名もらったのに1名しか行かないと翌年から枠を減らされる可能性が極めて高い.だから学校は学生に「お前何やりたい?」と聞いて,「ソフトウェアの開発」と答えると「自動車にもソフトはあるから」と無理やり推薦するわけです.負のジレンマですね.

 もう一つは,採用が現状に追いついていないということがあります.これは,企業も大学も両方悪いのですが,日本の理系の就職はやはり学校推薦なんです.学校推薦は,学校の偏差値,どういうエンジニアを何人出しているかという過去の実績,また役員がいるかどうかということで決まるので現状の変化に対応できていないんです.特に90年以降は非常に変化が激しい.97,8年は物性系に人気があって半導体やシリコンをつくる学部にエリートが進学しましたが,半導体が壊滅してソフトの需要が高まると物性の人気は低下し,情報学科やシミュレーションを作るところが人気になった.この間たった5年です.つまり過去の実績やネームバリューは全く意味がなくなっているんです.

─── 企業からの人材流出についてはいかがでしょうか.年功序列が残っていて優秀な人材が会社に居づらいということがあると思いますが.

 人材の流出はおこっています.成果主義がないからやめてしまう.ただ,直感ですが,エンジニアは事務系・フィールド系に比べると離職率は低い.これは彼らが満足するような転職先が,少なくとも日本にはないからだと思います.起業もみんなができるものではないですし.電機で言えば外資の転職先もIBMのほかは,たまにSunに行くぐらいですね.エンジニアが行く外資はITコンサル系で,コテコテの開発エンジニアが行く転職先はあまりないですね.畑違いのデジタル家電の会社などにいけば別ですが.日本企業は五十歩百歩ですからね.

企業の人事制度のあり方

─── 大手ソフトウェア産業を含む日本企業の多くは,成果主義や目標管理制度の導入に失敗してきました.問題はどこにあったのでしょうか.

 理由は二点あります.一つはシステム上の問題.これは今も変わらない問題ですが,目標管理自体が日本企業にあわなかった.海外の企業は職務給制度なので,入社した時点で「この仕事に対して年俸が何百万」と仕事に給料が結びついていて,個人の業務範囲が明確です.一方,日本は職能給制度といって,大部屋で働くシステムなので業務の切り分けが不可能です.そこが決定的に違う.日本企業というハードウェアにアメリカ産のよくわからないOSをインストールしたら動かなかったということだと思います.

 二つ目は,従来の組織体制の見直しを全くしなかったということです.最終的に,中高年社員の賃下げや降格,あるいは解雇を抜本的にやらない限り成果主義は機能しない.でも現状では,法令上の制限があって労働条件の変更や解雇は難しい.結局,上層のポストが空かないわけです.日本では定期昇給がないのに初任給が20年前と同じ水準で始まっていますが,本来は初任給を50万から始めるべきです.もちろん,ダメな人はそこから下がる.合わない人は転職すればいい.

─── 部門による影響の違いなどはどうでしょうか.たとえばチームワークや開発プロセスなど,開発部門や技術系エンジニアへの影響はどうだったのでしょうか.

 最初は,営業と開発部門で数値目標がマッチすればいいという認識があったんですが,やってみて成果主義が一番合わなかったのは営業,次が開発部門だった.なぜなら,「原価を2000円下げる」という目標をたてられるのはマネージャーであって,それを20人のエンジニアで割って1人100円ずつを削減することは現実的ではないからです.末端の数値化による目標管理は,そもそも日本企業に合わないんです.現状の成果主義によってモチベーションが低下することはあっても,プロジェクトの遅延やチームワークの崩壊につながることは基本的にないと思います.

─── 企業は成果主義にどう対処すべきなのでしょうか.

 成果主義は避けられないものですから問題は企業の運用です.まず年齢給は完全に廃止し,職務給に一本化する必要がある.ハード系の製造業では年齢給を残す余地はありますが,ITに関しては完全に職務給にするべきです.目標管理はやらなくてもいい.欧米のメーカーのように,数値に頼らないアナログ式の評価をするべきです.日本の目標管理はA3の用紙にびっしり書きますが,欧米の企業はA4用紙1枚に今期の方向性やミッションが箇条書きになっているだけで数字もない.そして,年度末に来期の年俸について上司と交渉する.これをやってほしい.日本では,現場のマネージャーが絶対的な評価権をもっていないので交渉することができないし,人事部が評価枠を決めてしまう.

優秀な人材への処遇

─── 技術者をプロフェッショナルとして処遇する制度のあり方についてはどんなご意見をお持ちですか.

 本質的に,世代間の格差と,エンジニアとしてのキャリアパスがないことが問題だと思っています.キャリアパスを複線にしなければいけない.序列と給与体系を切り離して年齢給を廃止しないといけない.20代でも40代でも活躍した人についてはそれに応じた金額を払う.プロ野球選手に年齢給という制度がないのと同じです.まあプロ野球も本質ではかなり年功序列的なのでサッカーのほうが例としていいかもしれない(笑).日本代表の監督だったトルシェも選手としては母国の2部,3部リーグで終わっていて全く実績はないけど,ヨーロッパは職務給の国だから監督としてのキャリアパスが明確にわかれていて彼はそこで評価されているんですよ.日本はそういうものが社会としてない.いい選手だったらコーチも監督もなんでもできるだろうと考えてしまう.

……つづきは智場110号で