ネットワークの理論――――「つながり」の最前線
対談:増田直紀×井庭崇
司会:庄司昌彦


ダイナミクスに向かうネットワーク研究

庄司昌彦(以下,庄司)──今日は,複雑ネットワークの研究をされている増田さんと井庭さんに,ネットワーク理論の最新の研究動向についてうかがいたいと思います.増田さんは今,特にどういうことに関心を持って研究をされていますか.

増田直紀(以下,増田)──私の関心は二つあって,「脳」と「人の社会行動」です.この二つのテーマはつながっている面もありますが,今回は後者を中心にお話しします.私はネットワークに関することには何でも興味がありますが,なかでも特に人間に関心があります.人のつながり方は,他のネットワークと共通している部分と,そうではない部分があります.個人情報の問題などからデータの入手が簡単ではないので,シミュレーションや数学や物理の式を使ってできることが中心ですが,式の世界にしか興味がないというわけではないので,機会があればデータの解析もします.  分野全体の動向の説明にもなるのですが,スモールワールド★1やスケールフリー★2など,私たちの身のまわりにあるネットワークの構造は,それなりにわかってきました.ただ,ネットワークについて人々が関心を持つのは,おそらく,その上で人がコミュニケーションをしたり,お金のやり取りをしたりというダイナミクスです.なので,私は,ネットワークの形を見るだけではなくて,ネットワークの機能を知ることにつながるような研究をしています.世界的な研究動向も同様で,たとえばインターネットはスケールフリー・ネットワークの有名な例ですが,それはもうわかったので,今度は,その上でパケットが流れたり,Eメールが流れたりといったようなダイナミクスがテーマになってきています.  具体的なテーマとして,私は,病気や情報の伝播のダイナミクスに取り組んでいます.たとえば,Eメールのアドレスリストを通じて広がるコンピュータウイルスは,スケールフリー・ネットワークの上では広がりやすいです.そこでハブに警告してウイルスを止めるにはどうすればいいのか.また,インターネット上にウイルスが出てくるとアンチウイルスのようなものが立ち上がって,免疫の抗原抗体反応のような仕組みで抑えるという種類のウイルス対策ソフトのスキームも研究しています.  それから,これはインターネット上ではありませんが,病院の人的ネットワークの解析をしています.SARS(重症急性呼吸器症候群)では香港の病院の中で感染が広がり,それが世界に広がったという事例もあり,院内感染は大きな問題です.院内感染では,健康な医師や看護師では罹患しても症状が軽く,抵抗力の弱った患者が感染すると重症化してしまう,ということが多くあります.しかし,病気を運んでいるのは医師や看護師であることが多く,そういう場合は,病室を個室化して患者同士の接触をなくしても解決しません.医師や看護師の動きをうまく抑えなければいけない.患者を守るために医師や看護師に投資する価値がある,ということです.  ここで扱っている伝播ダイナミクスのモデルは,ある程度一般性があるので,いろいろな現象に応用できます.たとえば情報の伝播や人の協力行動です.人が利己的に動く動機が強いときに,みなが利己性を抑えて利他的に振る舞うと社会全体として得になる,という囚人のジレンマは,経済学や心理学などでよく調べられています.このような現象は実際には人がつながったネットワークの上で起きていることもある.しかし,ネットワークの上の囚人のジレンマはよくわかっていないので,理論的に調べています.

庄司───つまり,1990年代後半に進展したネットワーク理論は,構造に関する研究から応用的な研究に移ってきているということですか.

増田───そうですね.今でも新しい構造が発見されますが,大体落ち着いてきています.ここで応用には二つの方向があって,一つはダイナミクスへの応用の話,たとえばネット上でクリックしながら情報にたどり着く過程をランダムウォークというモデルで解析するといった抽象レベルの理論的な応用です.もう一つは,先ほどの病院の例のような,現場での適用を考えた応用です.

ネットワーク科学はそろそろ終息する

庄司──井庭さんのご関心はいかがですか.

井庭崇(以下,井庭)───私も二つあります.一つは商品市場をネットワークとしてとらえることで,特に書籍やCD,DVDの商品と商品の関係性からネットワークを構成して,その特徴を理解するということをやっています.これらはもともとネットワークとして存在しているものではないのですが,個々の関係性をつないでいってネットワークとしてとらえるわけです.たとえば,ある人が買った物同士はその人にとっては関係性があるものとして,リンクでつなぐ.個々の関係には個別性がありますが,それを抽象化して同じだとみなした場合に,市場全体としてどんなネットワークができるのかということを見るわけです.  商品市場,たとえば書籍の販売量はいわゆるロングテールになると言われていますが,実際のデータで調べても,売上冊数を順位で並べたものは,やはりベキ乗分布でした.その月に販売されたものをグラフに描いてみると,毎月,ベキ乗分布が生成されているんです.これは,ベキ乗分布という,ある種の秩序を絶えず生み出すシステムが市場の中に埋め込まれていることを示しています.  かつてバラバシ★3がウェブの全体地図を作ろうとしたように,現象をネットワークとしてとらえるということは,全体像を見るということです.私も世界の新しい地図を作るという気持ちで,いろいろなものをネットワークとしてとらえていきたいと思っています.これが,企業との共同研究などで行っている,今のネットワークの理論を生かした応用的な研究です.  もう一つは,増田さんの言う「抽象レベルでの理論的な応用」という話に近いですが,ネットワーク自体の変化のダイナミクスに興味があります.私は,今のネットワーク科学はそろそろ終息すると考えています.というのは,ネットワークの構造的な秩序を見るというスナップショットの話が多い.これは,構造によって機能や振る舞いが決まるという構造主義的な考え方です.それはある程度行くところまで行っていて,5年ぐらい前から,「次はダイナミクスだ」としばしば言われるようになりました.  でも,ダイナミクスの話に行った途端,リンクやノードとして抽象的にとらえているところを,具体的な仕組みに踏み込まなければならなくなる.たとえば,リンクがどう張られるかというときに,ノードの特徴やノード間の関係性を特定して考えなければならない.それはおそらく人のネットワークと脳のネットワークでは違うだろうし,情報のネットワークではまた違う仕組みになっているでしょう.それぞれを具象化していくと,もはやノードとリンクでとらえるネットワーク科学とは呼べない.もう一度,システム科学というか複雑系科学に戻って,システムの中でのネットワークの理解,つまり,どのような機能や振る舞いがどのような構造を作り,そしてそれが機能や振舞いにどう影響するのか,という一連のシステムの研究になっていく.そう考えています.

庄司───システム科学や複雑系科学に戻る,というのは,個別具体的な話と抽象的なネットワーク科学の中間的な位置づけになりますか.それはどのような研究でしょうか.

井庭───システムとしてとらえる時点で,抽象化はしているわけです.たとえば,SNS(Social Networking Service)上の人の振る舞いを社会学的,行動科学的に見ることはできます.リンクとノードというような抽象的な話よりは細かいメカニズムに踏み込むけれど,具体的な事例に寄り添うまではせずに,抽象的なメカニズムのところで話をするという感じでしょうか.  面白いことに,複雑系科学から派生して発展した研究分野に経済物理学(econophysics)がありますが,そこでは時系列のパターンにベキ乗分布を見るわけです.経済物理学も最近はだいたいやり尽くした感があるようですが,構造を見てきたネットワーク科学と,時系列を見てきた経済物理学,この二つを合わせていくことが今後期待されるところです.その意味で,複雑系科学から始まった二つの分野が,また複雑系科学に戻っていくのではないか.  そうしたなかで,私自身興味があるのが自生的な秩序(spontaneous order),すなわちシステムの中でどのように秩序形成が起きているのかというシステム的な理解です.十数年前まで自己組織化というと構造の自己組織化のことでしたが,今はシステム自体の自己組織化を考えることが重要になっています.そういう観点から,オートポイエーシス★4やルーマン★5の社会システム理論がネットワークにどう関係していくかに興味があります.  話が戻りますが,先ほどお話しした商品ネットワークの研究では,市場をネットワークとして可視化することで初めて全体が見えてきます.だだ,可視化したら複雑すぎて全体は見えないという限界も同時に思い知るわけですが(笑).でもまずは,まだ誰も見たことがないので,やってみることに意味があると思っています.マクロ,ミクロという二分法がありますが,ネットワーク科学はそこにメゾを持ち込みました.マクロのように集計量でとらえるのでもなく,ミクロのように要素の理解から始めるのでもなく,その中間のメゾ領域で全体像の把握ができるようになったのは,すごいイノベーションだと思います.その観点から商品市場を見たいんです.そのうえで,どのようにベキ乗分布やスモールワールド,スケールフリーの構造が生まれてくるのか.顧客のどのような振る舞いや相互作用の結果,メゾの秩序が生まれてくるのかを理解する.このように,ネットワーク科学の知見は現実社会の理解を深めるうえでまだまだ応用可能性がありますが,学問における探究としては,複雑系科学への発展解消という方向にシフトしていくと思います.


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★1──
スケールフリー:一部のノードが膨大な本数(次数)のリンクを持ち,多数のノードはわずかなリンクしか持たない,という性質.特徴的なスケール(サイズ)が存在せず,分布が著しく非対称(ベキ乗分布)であるという特徴を持つ.

★2──
スモールワールド:他人同士が共通の知人を見つけて「世間は狭い」と感じるような,ネットワークの性質.ノードが集まって塊(クラスター)を形成しているが,クラスター間をつなぐリンクが存在することで,任意のノード間の距離が小さい.

★3──
アルバート=ラズロ・バラバシ(Albert-László Barabási):1967年,ハンガリー生まれの理論物理学者.米国ノースイースタン大学特別教授.複雑ネットワーク,特にスケールフリー・ネットワーク研究の第一人者.主な著書は『新ネットワーク思考─世界のしくみを読み解く(原題:LINKED: The New Science of Networks)』,青木薫訳,NHK出版,2002年.

★4──
オートポイエーシス:生命システムを特徴づける概念で,システムが自己言及的に自己自身を再生産するメカニズムを意味する.「自己創出」「自己産出」とも表現される.チリの生理学者マツラーナ(H. R. Maturana)とバレラ(F. J. Varela)によって提唱された.

★5──
ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann):1927年,ドイツ生まれの社会学者.社会システム理論の発展に貢献した.主な著書は『社会システム理論(上)(下)(原題:Soziale Systeme: Gurundriss einer allgemeinen Theorie)』,佐藤勉(監訳),恒星社厚生閣,1993・1995年.