グローコムフォーラム2005
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東浩紀 情報社会の合意形成と設計の知:司会方針
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情報社会の合意形成と設計の知:司会方針このシンポジウムでは、情報社会の合意形成を「なめらか」にするために知になにができるかという視点から、学際的な討議を試みたい。 私たちはいままで、公と私、ウチとソト、仕事と余暇、ビジネスとアカデミア、国内と国外、「私たち」と「彼ら」など、いくつもの境界を設定することで社会のダイナミズムを調達してきた。しかし、情報技術革命は、その境界をさまざまな場面で溶解させつつある。その溶解は、短期的には混乱を生み出すが、長期的には新たな秩序に落ち着いていくことだろう。パネラーのなかでもっとも若い経済学者、鈴木健は、その秩序の鍵が「なめらか」だと主張する。ウチとソト、仕事と余暇、ビジネスとアカデミアが、ただ繋がるだけではなく、なめらかに連なり増殖していく、多様で生産力に溢れる社会。それはひとつの理想である。 では、その実現のためになにが必要だろうか。 いま日本でもっとも注目されている経営学者、國領二郎は、「プラットフォーム」というコンセプトを提案している。「私たち」と「彼ら」の境界が消え去ったあと、それでも個人が《孤人》(*)として切り離されないためには、ネットワークの整備だけでは不十分だと國領は考える。プラットフォームは、ネットワークに対しては上部構造に、コミュニティに対しては下部構造となる。それは、あらゆるものを繋げてしまう情報技術のインフラと、逆にあらゆるものを分散させてしまうポストモダンの多元志向のあいだを「なめらか」に媒介する、一種のミドルウエアの構想だ。 情報社会の合意形成は、プラットフォームのうえで「なめらか」に行われる。 この意味は大きい。20世紀の合意形成は、多様な意見をまとめあげ、ひとつのコミュニティ(たとえば国民国家)を、言い替えれば、「私たち」と「彼ら」の境界を再設定する過程だった。しかし、いま夢見られている合意形成は、まったく異なったコミュニケーションの可能性を指し示している。私たちは、プラットフォームを介して、ばらばらに多様な合意形成を行う。そこでは、いくらコンセンサスが得られても、「私たち」がひとつになることはない。21世紀は、イデオロギーによって分割されるのではなく、無数のコミュニティが無数のプラットフォームを介して連なりあう、別種の秩序を模索しているのだ。 情報社会の多層的世界。そこでは、知のかたちも変わらざるをえない。この地点において、情報社会学の先駆者、社会学者の吉田民人と経済学者の公文俊平は、ともに「設計の時代」を予言する。コミュニティに奉仕する「分析の知」ではなく、新たなプラットフォームを生み出す「総合の知」へ。世界と人間が退治する認識科学から、世界と人間とのインターフェイス=ネットワークを所与の環境とした「ゲーム」「シミュレーション」の実験科学へ。情報社会の学は、それみずからがひととひととを繋げる、合意形成の媒介として機能しなければならないのだ。 その構想の豊かさに迫ることができれば、このシンポジウムは成功したことになるだろう。 (*)アニメーション作品『攻殻機動隊 S.A.C.』の表現 |