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Center for Global Communications,International University of Japan

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「パブリック」の概念と住基ネット

砂田 薫(GLOCOM主任研究員)

 

 昨年、社会経済生産性本部の「住基ネット/カード推進に関する専門員会」の委員として議論に参加する機会を 得た。その中でとくに考えさせられたのが第4回委員会(2003年12月10日開催)で話題になった「パブリック」の概念と住基ネットをめぐる二つの意見 だった。

 ひとつは「最近プライベートな領域が偏重されて、社会的資本として共同利用するという考え、すなわちパブ リックの概念が希薄になっているのではないか」というもので、もうひとつは「パブリックの概念が成立する前提として情報公開と説明責任が不可欠だ」という ものである(議事録はhttp://www.jpc-sed.or.jp/cisi/senmon-giji15-04.htmを 参照)。いうまでもなく、前者はプライバシー保護を主張する住基ネット反対運動に対して、後者は総務省の情報公開や説明の不十分さに対して、批判的な視点 を含んでいる。

 一見まったく異なる意見に聞こえるが、実は「パブリック」ということばの多義性から生じた違いにほかならな い。そもそも「パブリック」あるいは「公共性」とは何か。このテーマを考察するうえで大きな示唆を与えてくれたのが齋藤純一の『公共性』(2000年、岩 波書店)だ。それによると、公共性(パブリックであること)には、国家に関係する公的なもの(オフィシャル)、すべての人びとに関係する共通するもの(コ モン)、誰に対しても開かれていること(オープン)の三つの意味が含まれるという。

 いずれにしても、「例外なくすべての人」を前提とする点には注意しておく必要があるだろう。パブリックであ れば全員参加を強制できる。自発的な連帯のネットワークとは違って、どんなに怠け者であろうと嫌われ者であろうと排除しない。「強制的連帯のメリット」 (同書)を追求するのがパブリックだからである。

 では、はたして住基ネットはパブリックなシステムといえるのだろうか。接続に反対する自治体が存在するう え、加入は全員強制ではなく選択制にすべきだという意見も根強い。現実の住基ネットは確かにオフィシャルであるかもしれないが、それによってパブリックで あることへの合意が得られたとはとてもいえない状況だろう(住基ネットへの賛否両論はhttp://www.juki-net.jp/を参照)。わたし自身、全員 参加が強制される理由がいまひとつ判然としないのだ。「パブリックなシステムなので強制加入は当然」という意見をよく聞くが、正直言って思考停止のトート ロジーに聞こえてしまう。「選択制にすると事務処理が煩雑になりコストがかかる」という意見も、すでに投資された莫大な金額を考えれば説得力ある反論とは いいがたい。

 そもそも住基ネットとは「住民基本台帳のコンピュータ・ネットワーク化を図ることで、全国共通に本人確認を 可能とするシステム」を指す。住民基本台帳とは、(戸籍が親族関係を証明するものであるのに対し)居住関係を証明するものだ。これを市町村が作成する目的 は、選挙人名簿や学齢簿の作成、社会保険資格の管理など、各種行政サービスの基礎として役立てるためにある。つまり、本来であれば、住民が生活に不可欠な 行政サービスを受けるための基盤となる情報ネットワークであるべきなのだ。情報技術がこれだけ社会に浸透した現在、日本で暮らすすべての人がその恩恵を享 受できるパブリックなシステムは必要である、とわたしは考える。

 にもかかわらず、いまの住基ネットはそうはなっていない。稼動してからの年月がまだ浅く、日常生活での利便 性を実感できるほど定着していないことが大きな理由だろう。だが、最大の問題は住民基本台帳を元にしたので外国人が排除されてしまった点にある。日本で暮 らす「例外なくすべての人」を対象としていないので、パブリックなシステムの要件を満たしていないのである。

 オフィシャルではあるが、コモンでもオープンでもない。これが日本社会における伝統的な「公共性」だった。 住基ネットの構築・運用もこの発想で貫かれている。しかし、もはやオフィシャル一辺倒ではパブリックなものとして認知されにくい時代になった。その典型例 が住基ネットだろう。パブリックの概念が希薄になったというよりも、変わってきたのだ。パブリックな機能の担い手は国家に限られない。また、日本国籍をも つ人だけが強制的連帯の仲間なのでもない。

 わたしたちは、もっとコモンとオープンの発想をとり入れることで、住基ネットの問題点を解決していく必要が ある。そして、住基ネットをパブリックなシステムへと成長させていく道を選ぶべきだろう。