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日本の独自性が際立つスーパーコンピュータ開発競争― “スカラー型”への技術転換がIT産業全体に影響―
砂田薫(GLOCOM主任研究員)
無限の性能向上を求める理由
パソコンの設定でさえ同僚の手をわずらわせているハイテク音痴のわたしが「スーパーコンピュータは面白い」 というと、みんな信じられないという顔をする。むろん、スーパーコンピュータをつくることも使うこともできない。でも、開発者や利用者の話を聞いたり読ん だりするのはとてもスリリングな体験なのだ。たぶん、それは陸上競技の原点といわれる100メートル走のように、世界最高速をめぐる開発競争がコンピュー タの誕生以来ずっと繰り広げられてきたからだろう。
スーパーコンピュータとは、遺伝子解析、気象・海洋、原子力、宇宙・航空の設計やシミュレーションなど大規 模な科学技術計算に適した高性能コンピュータを指し、研究機関や大学が主なユーザーとなっている。市場はかなり限られている。にもかかわらず、いつの時代 でも、またどの国でも、政府がスポンサーとなって膨大な国家予算を投じた大型プロジェクトが繰り返されてきたのは、ここに結集した最先端研究と技術の成果 がコンピュータ分野だけでなく科学全般に大きな影響を及ぼすためである。
もう10年以上も前のこと、スーパーコンピュータを日常的に使っている研究者に「いったい、どこまでの性能 向上が必要なのですか。上限はないのですか」と素朴な質問をしたことがある。答えはこうだった。
「同じプールでも幼児用の5メートルと競技用の50メートルとでは全く違うでしょ。単純にサイズが大きく なっただけなのに、小さいプールでは思いつきもしないことができる。演算の高速化というのは大きなプールが与えられるようなものなんですね。それまで考え もしなかったアイデアが生まれ、新しい科学の領域が開かれる。だから、高性能化への要求は無限なんです」
何百年もかかる計算は最初から想定しないが、もしその計算が3日で済むとしたら現実的なアイデアになる。遺 伝子解析がそのいい例だ。ヒトゲノム解析の競争はまさしくコンピュータの性能競争だった。
そもそもコンピュータの歴史は、第二次世界大戦中に弾道計算や暗号解析の技術開発が急速に進んだこと、つま りスーパーコンピュータの開発から始まったといっていい。しかし戦後は、もっと汎用的で小型のコンピュータが一般的に普及し、科学技術計算用の超高性能マ シンはハイエンドのニッチ市場を形成していった。この市場を開拓したのは米国のシーモア・クレイである。「スーパーコンピュータの父」とよばれた彼は 1972年にクレイ社を設立し、1976年に商用第1号機「CRAY-1」を出荷した。
非常に大雑把で乱暴な言い方になるが、1970年代当時の最高性能が100MFLOPS *1 だっ たとすると、10年後の1985年は1GFLOPS、さらに10年後の1995年は100GFLOPSになった。そして2005年には100TFLOPS にも手が届きそうな勢いだ。30年間で性能は100万倍になり、しかも指数関数的に向上してきた。もはや50メートルのプールどころか海で泳いでいる感じ なのだ。それでも満足できず、今度は宇宙遊泳をめざそうと、開発者たちの情熱と競争心はますますエスカレートしている。
世界トップ500マシンのアーキテクチャー
スーパーコンピュータの開発者たちは年2回“成績表”を渡される。それが、スーパーコンピュータの高性能ラ ンキング「トップ500」だ。6月21日に発表されたばかりの最新版から上位10機種を紹介しよう。
| 順位 | 利用サイト 導入年 |
コンピュータシステム プロセッサ |
コンピュータ製造会社 | 実効性能* ピーク性能 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 地球シミュレータセンター 2002年 |
地球シミュレータ/5120 ベクトルプロセッサSX-6 |
NEC | 35.86 40.96 |
| 2 | 米ローレンスリバモア国立研究所 2004年 |
Thunder Itanium2クラスタ |
カリフォルニア・デジタル | 19.94 22.93 |
| 3 | 米ロスアラモス国立研究所 2002年 |
ASCIQ Alpha Serverクラスタ |
ヒューレット・パッカード | 13.88 20.48 |
| 4 | 米IBM ロチェスター 2004年 |
Blue Gene/L DD1プロトタイプ | IBM | 11.68 16.38 |
| 5 | 米国立スーパーコンピュータ応用研究所(NCSA) 2003年 |
Tungsten PoweeEdge1750 |
デル | 9.81 15.3 |
| 6 | 英・欧州中期予報センター(ECMWF) 2003年 |
eServer pSeries 690 Power4クラスタ |
IBM | 8.95 16.05 |
| 7 | 理化学研究所 2004年 |
スーパー・コンバインド・クラスタ/2048 | 富士通 | 8.72 12.53 |
| 8 | 米トーマス・ワトソン研究センター 2004年 |
Blue Gene/l DD2プロトタイプ | IBM | 8.65 11.46 |
| 9 | 米パシフィック・ノースウェスト国立研究所 2003年 |
Mpp2 Integrity rx2600 Itanium2 |
ヒューレット・パッカード | 8.63 11.64 |
| 10 | 中国・上海スーパーコンピュータセンター 2004年 |
Dawning 4000A NOWクラスタ |
Dawning | 8.06 11.26 |
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(出典:トップ500
スーパーコンピュータサイト:http://www.ctop500.org/list/2004/06/)
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| *性能の単位はTFLOPS(テ ラ・フロップス)。1TFLOPSは、1秒間に1兆回(10の12乗)の浮動小数点演算を処理する性能を指す。T(テラ)は10の12乗、G(ギガ)は 10の9乗、M(メガ)は10の6乗。「実効性能」は実際にLinpackベンチマークテストを実施した結果で、「ピーク性能」は最高性能の理論値。たと えば「地球シミュレータ」の場合、単体性能8GFLOPSのベクトルプロセッサ8個を1ノードとし、640ノード(総プロセッサ数は5,120個)が結合 されているので、ピーク性能は約40TFLOPS(8GFLOPS×5,120)となる。一般的に、スーパーコンピュータの実効性能は理論ピーク性能と比 べるとはるかに低く、10%未満という場合も少なくない。ランキング表で実効性能が非常に高くなっているのは、利用サイトで用途に応じて最適化するチュー ニングが行われているためと考えられる。 | ||||
日本の「地球シミュレータ」は3年連続で首位を占めている。しかし、全体では圧倒的に米国のマシンが強い。 今年の話題は、有人宇宙飛行を成功させた中国がスーパーコンピュータでもベストテン入りを果たしたことだろうか。いずれにしても、このランキング表を見て いると開発者の栄枯盛衰と1990年代に起こったスーパーコンピュータ市場の激変がうかがわれる。
かつてクレイ社は米国の誇りだった。1980年代に入り、スーパーコンピュータ市場における同社の独占的地 位を脅かす存在となったのが、NEC、富士通、日立製作所の3社である。そして1980年代末、日本企業がクレイの性能に追いつき追い越したかに見えた途 端、スーパーコンピュータは日米貿易摩擦の新たな火種となった。米国政府がとくに標的としたのは国内トップのNECである。1996年には米国立大気観測 センターの調達でNECが交渉権を得たにもかかわらず、クレイがNECをダンピングで提訴し商務省が高率の制裁課税を課したため、結局は納入キャンセルに なるという事態まで発生した。ただ、貿易摩擦が頂点に達した1990年代半ばは、いま思うと大きな転換点だったのかもしれない。
伝統的にスーパーコンピュータには、行列計算など大量の繰り返し演算を高速化するため「ベクトル型」アーキ テクチャーが採用されてきた。これは、1個のプロセッサの内部で演算を複数のパイプラインに振り分け並列処理による高速化を図る方式で、そのための専用プ ロセッサが開発された。クレイと日本企業3社にとってはこのベクトルプロセッサの高性能化が最大の開発課題だったわけである。ところが1990年代に入る と、通常のサーバーやパソコンに搭載されているマイクロプロセッサ(MPU)を何千何万個も結合する超並列とよばれるアーキテクチャーへと急速に変化し た。この新しい方式は、ひとつの演算が終了してから次の演算を始める逐次処理なので「スカラー型」と呼ばれている。
プロセッサ単体の性能はベクトル型のほうが高い。しかし、ガリウムヒ素やジョセフソンなど新しい素子の開発 と技術革新が不可欠なうえ、製造工程での歩留まりも低い。発熱対策という厄介な課題もある。それに対しスカラー型は量産可能なCMOSの汎用MPUなの で、大幅なコストダウンが実現できる。CMOSの高性能化と並列処理技術の向上が進むにつれて、スカラーマシンが急増した。そして、現在ではトップ500 マシンのほぼ全てをスカラー型が占めるまでになったのである。
日本のIT政策史上、稀有な決断
ベクトル型からスカラー型への転換を決定づけたのが、1995年に米エネルギー省傘下の3研究所が開始した 「ASCI(Accelerated Strategic Computing Initiative)」プロジェクトだったといえるだろう。核実験のシミュレーションなど主に軍事用の高性能コンピュータ開発を目的とする国家プロジェ クトで、超並列ソフトウェアなどスカラー型の研究開発が推進された。そして2000年6月、8,192個のMPUを結合した「ASCI White」を完成させ、当時の世界最高速(12.3TFLOPS)を達成したのだった。1990年代初めから超並列スカラーマシンの製品化が相次いでい たが、ASCIプロジェクトはいわば米国政府がスカラー型にお墨付きを与えた格好となったのである。
スカラーマシンの増加にともない、近年では「スーパーコンピュータ」ではなく「HPC(High Performance Computer:高性能コンピュータ)」と呼ばれることも多くなった。また、科学技術計算の分野だけでなく、金融シミュレーションをはじめ一般企業の利 用も増える傾向にある。
ベクトルプロセッサは見捨てられた。1996年はそれを象徴するような年になった。クレイ社は経営悪化でシ リコン・グラフィックスに吸収合併され(後に独立事業会社にもどった)、70歳のシーモア・クレイは交通事故でこの世を去った。
市場プレイヤーも様変わりした。1990年代初めまでは、クレイをはじめ、ミニスーパーコンピューターのコ ンベックス、超並列コンピュータのシンキングマシンやエヌキューブなど個性豊かな専門メーカーが次々と誕生し、日本市場でも活躍していた。しかし、現在は ランキング表を見てもわかるとおり、汎用MPUやコンピュータを製造するメーカーが上位を独占している。超並列スカラーマシンで先行していたベンチャー企 業でさえ淘汰されてしまった。クレイが市場リーダーだった頃は決してライバルにならなかったIBMがトップ500の中で最も高いシェアを占め、ヒューレッ ト・パッカード(HP)がそれに続いている。他には、デル、サン・マイクロシステムズ、インテルといった会社が名を連ねている。
唯一の、しかも非常に重要な例外がトップのNECである。米国が見捨てたベクトル型の技術を継承・発展さ せ、2002年に「地球シミュレータ」で「ASCI White」から首位の座を奪った。NECとクレイは2001年2月に和解すると、今度は同じ“ベクトル仲間”として協力関係を深め、クレイはNEC製品 の北米独占販売代理店になったほどだ。むろん、NECを含む日本企業も市場変化に対応してスカラーマシンの開発に力を注いだ。ただ、NECは最後までベク トル型への執着を捨てなかったので、リスキーだと危惧の声が聞かれたこともあった。
そうしたなかで、NECの背中を押したのが科学技術庁だった。米国のASCIプロジェクトに対抗して、日本 では科学技術庁が1997年に「地球シミュレータ」プロジェクトを開始し、NECにコンピュータの基本設計を発注した。この時点で、日本はベクトル技術の 継承と発展に賭けるという、米国とは異なる道を選んだのだ。これは日本のIT政策史上、稀有な決断である。独自の開発構想を掲げたはずの第5世代コン ピュータ・プロジェクトでさえ、米国が先行していた超並列スカラーマシンが最大の成果物だった。政策スローガンはどうであれ、実態は米国へのキャッチアッ プが繰り返されてきたからだ。
IT産業全体に影響を与えた技術転換
5120個のベクトルプロセッサを結合した「地球シミュレータ」は、地球環境や災害対策に役立てるために、 コンピュータ上に「仮想地球」をつくって気象変動・地殻変動のシミュレーションを行うシステムだ。NEC、宇宙開発事業団、日本原子力研究所、海洋科学技 術センターが共同で開発し、2002年3月、横浜市金沢区にある地球シミュレータセンター(http://www.es.jamstec.go.jp/esc/jp/) で運用を開始した。開発競争の激しい分野で3年間トップを維持しているのだから、ベクトル型への投資という日本の賭けはこれまでのところ成功を収めたとい えるだろう。
むろん、米国にとって愉快なはずはない。エネルギー省は今年5月、50TFLOPSマシンの開発を目的とし て、オークリッジ国立研究所およびその協力パートナーとなるクレイ、IBM、シリコングラフィックスに2,500万ドルを援助すると発表した(http://energy.gov/engine/content.do?PUBLIC_ID=15871&BT_CODE=PR_PRESSRELEASES&TT_CODE=PRESSRELEASE)。 新たな国家プロジェクトを編成して首位奪還をめざす方針を出してきたわけである。
しかし、ここで疑問が浮かんでくる。日本にトップを譲り渡すきっかけになったベクトル技術を米国はなぜ 1990年代に見捨てたのだろうか。スカラー型の技術や価格性能比の優秀さがよく指摘されるが、本当にそれだけの単純な理由だったのだろうか。
ランキング表に登場する会社を見ていると、スーパーコンピュータという非常に限られた市場で起こったベクト ル型からスカラー型への技術転換は、コンピュータ産業全体の再編につながる影響を及ぼしたことがわかる。同じMPUを使って、パソコンからスーパーコン ピュータまでどんなコンピュータでもつくる時代になったのだ。もはやスーパーコンピュータは特殊なニッチ市場ではなく、一般的なコンピュータ市場の中で最 もハイエンドに位置づけられるものになったとみていい。まさにHPCという名称がふさわしい状況に変わってきたのだ。
この変化で最も利益を得るのは、言うまでもなくランキングの上位に並んだ米国企業である。日本企業はスー パーコンピュータとメインフレームの高性能プロセッサ開発を得意とし、クレイやIBMを追い抜く技術水準だった。しかも、ケーブル接続や筐体のハンダ付、 冷却といった大型・高性能マシンになるほど重要な要素となる実装技術の面でも優れていた。ところが、メインフレームはダウンサイジングで、スーパーコン ピュータはスカラー型への移行で、得意分野が骨向きにされた格好なのだ。IT産業は米国企業が利益を得る構造に変化した。むろん、これが米国の意図した政 策の成功例だと主張するつもりはない。市場は政策の狙いどおりに動くとは限らない。ただ、IT市場が米国にきわめて有利な方向へ進化したことだけは確か だ。国家安全保障の観点からしても、スーパーコンピュータ開発が汎用MPU技術への依存度を高めたことは米国にとって望ましい変化だろう。
こうしてみると「地球シミュレータ」は、米国が先導するIT市場の動向に抗って日本の得意技術を結集した大 胆なプロジェクトだと位置づけられる。2年前、地球シミュレーションセンターを見学する機会を得た。鉄骨2階建て免震構造の建物はまるで広々とした体育館 のようで、その中にロッカー(むろん中身はコンピュータ)がずらりと並んでいるといった眺めだった。室温を一定に保つために常に風が吹いていて、床の下に は驚くほど大量のケーブルの束が整然と収納されていた。
このきわめて日本的なプロジェクトが今後どこまで発展していくかはわからない。日本でも東京大学などがスカ ラーマシンで世界最高速をめざすプロジェクトを開始した *2 。 これからもベクトル技術を発展させて世界トップの座を守り続けるに は、さらに多くの国家予算を投じる必要があるかもしれない。それを正当化するには、応用分野を広げていくと同時に、地球環境や自然災害対策における貢献を わかりやすくPRするなど、さまざまな課題があるだろう。ただ、独自戦略を貫いてみる価値はある。
*1
: *1:スーパーコンピュータの処理性能を示す単位。1FLOPS(Floating number Operations PerSecond:フロップス)は1秒間に1回の浮動小数点演算を処理する能力を指す。接頭語のP(ペタ)は10の15乗、T(テラ)は10の12乗、G(ギガ)は10の9乗、M(メガ)は10の6乗。つまり、1TFLOPSは1秒間に1兆回(10の12乗)の演算を処理する。
*2
: *2:今年5月、東京大学、情報通信研究機構、NTTコミュニケーションズ、国立天文台、理化学研究所は共同で世界最高速のスーパーコンピュータ開発プロジェクト「GRAPE-DR」(http://grape-dr.adm.s.u-tokyo.ac.jp/index.html)に着手したと発表した。2008年までに「地球シミュレータ」の50倍の2P(ペタ)FLOPS(1秒間に2000兆回)を目標にするという。