« 佐世保小6女児殺害事件をどう読むか | メイン | 無線LANメッシュ・ネットワークと通信産業の未来 »
変わるIT調達、調達側に求められる責任
石橋啓一郎(GLOCOM研究員)
最近、地方自治体のIT調達改革について調査を進めている。GLOCOMでは地域情報化について研究してい るが、IT調達改革はその中でもテーマとしては「地味」なテーマだと言えるかも知れない。しかし、実際に調査を進めてみると、これがまたかなり面白い。 IT調達とは、自治体や政府が情報システムを民間から買うことだ。我々は特に開発を伴うようなIT調達に着目している。例えば文書管理システムや税務シス テムなどもその例だし、電子自治体化に伴うシステムもある。いろいろと新たな発見もあるのだが、このコラムではその背景の一つとなる自治体・政府と情報シ ステム開発受注側の役割の変化について書いてみたい。
自治体や政府の調達は単に必要なものを購入するということではなく、官民の役割分担の問題だ。自治体や政府 は原則として私企業ではできない公的な仕事をする。ただし、その仕事の中で民間でも出来る部分は、自治体や国が費用を負担して民間に任せる。最低限公的機 関がやらなくてはいけない意志決定は自治体や政府で行い、それを遂行するのは民間に任せるというわけだ。自治体は目的に応じて、どのような情報システムが 必要であるかを判断し、それを調達する。つまり、お金を出して民間企業に作ってもらうことになる。
IT調達には物品調達などとは異なる問題がある。それは、欲しいものを物品の場合ほど簡単に定義できないと いうことだ。情報システムを作るということは、普段やっている業務や新しく生じる業務に関する制度や手順をロジックとして定義し、システムとして実装する ということだ。人間ならば常識や慣例や機転で処理できるようなことも、きちんとロジックとして表現できなくてはならない。既存の仕事を電子化するだけな ら、それでもまだ難易度は低い。しかし、電子化に伴って業務を効率化しようとしたり、新たな企画を情報システムの力を使ってやろうとする場合、企画の立案 や、制度や手順の設計を新たにやらなくてはならない。そして、その仕事の中には決して「外注」できない部分がある。新たな企画を作ったり、制度を作ったり というようなことは、最終的には自治体や政府が自らの責任でやらなくてはいけないことだ。
自治体や政府の情報化の歴史はあまり長くない。過去には業務の電算化が行われてきたが、これは人間の手で やっている個々の業務を電子化しようというもので、仕事の難易度としては低かった。本質的には人間がそろばんを弾いたり、帳簿や書類に手で書き込みをして いたところを、機械にやらせようということであり、制度や手順がそれによって大きく変わったりはしなかった。しかし今では、システムのネットワーク化・ オープン化が進み、個々のシステムを連携させるのが一般的になっている。このことによって、単に人間が手でやっていたことを機械にやらせるだけではなく、 情報システムがあるからこそできる仕事をやろうということになってきている。また、インターネットの普及によって、住民・国民がネットワークを通じて直 接、自治体や行政の用意するシステムにアクセスし、サービスを受ける時代になってきている。これらのことによって、自治体が作るべき情報システムに対する 要求は非常に複雑化している。
IT調達の問題を難しくしているのは、業務の電算化時代に行われていた、大手ベンダーからの一括調達の手法 が使えなくなってきていることだ。これまで、自治体や政府の電算システムは、部署ごとに行われていた業務を自動化することが主眼だったため、各システムは 独立していてよかった。また、人間がやる業務を電子化するだけだから、自治体や政府が責任を持って意志決定をしなければならない部分も少なかった。「この 手順を自動化してくれ」と言えば済んでいたのだ。システムの境界もはっきりしていたし、満たさなければならない要件も単純だった。このころは、行政側の手 間という点から見れば、システムごとに大手ベンダーに任せるのは効率的な手段だったと言えるだろう。大手ベンダーに任せることの利点はいろいろあるが、簡 単に言えばハードウェア・ソフトウェア・コンサルテーション・メンテナンスなどを一括調達でき、制度変更への対応やトラブルシューティングなども全部お任 せできるということが大きかった。ベンダー側は行政の現行業務をよく勉強していたし、制度変更などに伴うシステム更新なども専門部署が対応できるわけで、 安心して任せられたのだろう。ベンダーの担当者には、「制度や業務については、ころころと配置転換される行政職員よりも私の方が詳しい」と言い切るような 人も多くいる。
ところが、オープン化・ネットワーク化と、インターネットを経由した直接サービスの一般化により、各業務の システムは有機的に連携するようになった。また、情報システムの全体像の設計も単に既存業務を電子化するというような単純なものではなく、自治体・政府の 企画や意志決定と深く関係するものになった。こうなると、これまでのベンダーが採ってきた方式ではうまくいかなくなる。システムの連携には標準化や情報開 示が必要だし、システムの設計を行うにも発注側との深いレベルでの連携が必要になる。つまり、自治体・政府と受注側の関係が大きく変わってしまったのだ。 自治体・政府には、情報システムの全体像を見ながら企画をする責任、新たなサービスを設計する責任、システム間の連携を可能にするためのプロジェクト管理 をする責任などが生まれてきた。過去には非常に単純な発注仕様書を作ってあとはベンダーに任せればよかった仕事が、今では企画力があり、情報技術に詳し く、行政の仕事にも通じていなければできない高度な仕事になっている。
このことが、調達制度の見直しとなって現れている。しかも、その現れ方は自治体によって非常に多様で、政府 の行っていることともまた異なっている。政府は、これまで述べてきたような変化に対応するために、EA(Enterprise Architecture)を導入し、高度な仕事をこなす能力を補うためにCIO補佐官制度を作った。高知県では情報システム調達を行う各業務の担当部署 を助けるために、調達の手順を詳細に示したガイドブックを作った。この方式は他の自治体でも導入が検討されている。また、横須賀をはじめとするいくつかの 市区町村では情報システムの全体像の企画や個別のシステムの調達を管理するため、システムインテグレーション業務そのものを調達し、SI事業者と連携をと りながら電子自治体化を進めている。手法が異なるのは、自治体によって状況や目的が異なるからだ。
自治体でIT調達改革が行われている背景には、他の論点もあるが、ここでは情報化の進展にともなう状況の変 化について述べた。他の論点や自治体の進めているIT調達改革の分析については、また稿を改めたい。この問題についてはGLOCOMで「地方自治体IT調 達改革協議会」(http://www.glocom.ac.jp/project/procurement/index.html) を組成し、そこを中心に調査・研究活動を進めている。調査結果などは、順次協議会ホームページで公開していく予定である。興味のある方は時々そちらのウェ ブページも覗いてみて頂きたい。