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Center for Global Communications,International University of Japan

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無線LANメッシュ・ネットワークと通信産業の未来

上村圭介(GLOCOM主任研究員)

 

 どうやら無線LANによるメッシュ・ネットワークが海外ではちょっとしたブーム(というのは言い過ぎかもし れないが)になっているらしい。メッシュ・ネットワークとは、その名前が形容するように、通信ノード同士が「メッシュ(網)」状に接続されたネットワーク のことを言う。ネットワークでは多くの場合、通信ノードは、一つの上位の通信ノードと、複数の下位ノードと接続するスター型の構成がとられている。また、 多くの場合には、大容量のバックボーン回線の回りを、アクセス回線がとりまくという構成になっている。一方、メッシュ・ネットワークでは、通信ノードはそ れぞれ複数の通信ノードと接続されているため、通信ノードのつながりが網の目のように見えるというわけだ。

 ところが、最近は、メッシュ・ネットワークという場合、もう少し高機能なネットワークのことを意味すること が多いようだ。一つは、通信圏内にどのノードがいるのかを設定しなくても、通信圏内にいる通信相手を検出して、自動的にネットワークを構成するという点。 さらに、通信相手が通信圏外に退出してしまった場合には、別の経路を探し出して通信を行なうという点。そして、もう一つは、ノード同士が中継することで、 直接通信できる範囲にいないノード同士も通信することが可能になるという点だ。コンテンツのレベルではなく、ネットワークのレベルのP2Pと考えてもいい だろう。

 実はインターネットも本来はメッシュ的なネットワークになっている。ある経路が寸断されれば別の経路に迂回 して通信を行なうことができる。メッシュ・ネットワークは、インターネットがもつこのような特徴を、よりネットワークの縁にまで広げ、ネットワークの網の 目をより細かくするものと言ってもよいかもしれない。

 メッシュ・ネットワークという考え方自体は、日本でも数年前から話題になっている。ベンチャー企業のスカイ リー・ネットワークスは、IEEE802.11bの無線LANをベースにメッシュ・ネットワークを自動構成するミドルウェアを開発している。また、今年に 入ってからは、伊藤忠商事が今年の3月にメッシュ技術を応用した車車間通信の実証実験をしたほか、アメリカのメッシュネットワークス社の技術のライセンス 販売をする子会社(メッシュネットワークスジャパン)を設立した。メトロ・ネットワーク向けの無線通信技術であるIEEE 802.16でもメッシュ機能が取り入れられるほか、現行の無線LANである802.11シリーズでも、802.11sというメッシュ機能を追加するため の審議を行なっている。

 では、メッシュ・ネットワークのどこが何が目新しいのだろうか。それが私たちが気軽に試すことができるよう になってきたということだ。価格が下がってきているということももちろんだが、最近の製品の中には、ファームウェアが公開され、誰でも自由に開発に参加で きるようになったものも出てきた。

4G Systeme社のmeshcube

 ここでは、そういう点から注目されている製品をいくつか紹介しよう。一つは、4G Systeme社のmeshcubeだ(写 真参照)。この製品は、完成品として購入する場合には239.90ユーロ、組み立てキットとして購入するなら199.90ユーロだ。それまでの多くの製品 が1,000ドル近くすることを考えると、かなりの廉価版と言える。メッシュ・ルーティングのためのソフトウェアも公開されている。

 さらにその上を行くのがLinksysのWRT-54Gだ。WRT-54Gは、日本でも9,000円前後で 購入できる11b/11g対応の無線LANルーターだが、そのファームウェアがLinuxをベースに作られていることで知られている。そして、このファー ムウェアをSveasoftというスエーデンの企業が開発したものに入 れ替えることで、WRT-54Gは単なる無線LANルーターではなく、メッシュ・ネットワークの機能をもった通信ノードになってしまうのだ(ファームウェ アは基本的に無料だが、最新版を入手するためには20ドル支払う必要がある)。

 このような機器を家の軒先にでも設置しておけば、近隣はホット・スポットならぬ「ホット・ゾーン」になる。 メッシュ・ノードのどこか一つだけでも外部と接続していれば、メッシュ全体がインターネットにアクセスできることになる。ITジャーナリストのRobert Cringelyは、その上でVoIPを使うようになれば、もう電話もブロードバンドも不要になるため、無線LANのメッシュ・ネットワークは既 存の通信産業にとっての破壊的技術になるだろう、といささか興奮気味に書いている。

 本当にこのような無線メッシュ・ネットワークが電話もブロードバンドも不要にしてしまうかどうかは実のとこ ろよく分からない。無線LANのホット・スポットも一時はそのようにもてはやされたこともあった。しかし今のところは、有線LANの置き換えと、店舗や公 共機関など限られた場所での有料サービスにつながっただけだった。ホット・スポットの場合には、アクセス・ポイントごとに上流回線への接続が必要になる。 一方、無線メッシュ・ネットワークなら、すべての通信ノードに上流回線への接続が必要になるわけではない。すべてのノードが最低一つの他ノードの通信圏に いさえすればよい。ホット・ゾーンのほうがホット・スポットよりは容易に実現できそうにも思えるという点では、少しは期待できるかもしれない。

 しかし、それより考えてみたいのは、無線メッシュ・ネットワークは、通信における事業者の主導権をどのよう に変化させるかということだ。かつてネットワークは信号の伝送だけでなく、サービスのありかたまで規定するものだった。しかし、インターネットは 'dumb'なネットワークを望み、サービスやコンテンツのコントロールがもはや通信事業者にはないということを示してきた。廉価版の無線メッシュ・ネッ トワークが予見させるのは、いよいよネットワークの主導権も通信事業者の手元からすり抜けてしまう、という近未来像なのかもしれない。