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韓国のIT政策の転換

土屋大洋(GLOCOM客員研究員)

 約1年ぶりにソウルに行ってみると、減り続けていたPC房(ネット・カフェ)が、もはや絶滅寸前といっても いい状態になっていた。一番の繁華街である明洞(ミョンドン)を歩けばいくつか見つかるが、普通の町中ではほとんど見かけなくなった。家庭にADSLが普 及した状況では、親の目を盗んでネット・ゲームをしたい子供ぐらいしかPC房を使わなくなっているという。

 日本がe-Japanを見直したように、韓国もIT戦略を見直している。1999年のサイバー・コリア 21、その後のe-Koreaから進化した政策は、「8-3-9戦略」と呼ばれている。これは、八つの新規サービス、三つの先端インフラ構築、九つの新し い成長エンジンを追求するという意味だ(表参照)。これによってひとり当たりGDPを2万ドルにするのが目標である。

表:韓国の8-3-9戦略の内容
八つのサービス
-WiBro Service
-DMB Service
-Home Network Service
-Telematics Service
-RFID based Service
-W-CDMA Service
-Terrestrial Digital TV
三つのインフラ
-Broadband Convergence Network (BcN)
-Ubiquitous Sensor Network (USN)
-Next-Generation Internet Protocol (IPv6)
九つの成長のエンジン
-Next-Generation Mobile Communications
-Digital TV
-Home Network
-IT SoC
-Next-Generation PC
-Embedded SW
-Digital Contents
-Telematics
-Intelligent Service Robot

 韓国情報通信部の陳長官は、韓国は「ブロードバンド・ネットワークとIT技術を土台にして、半導体、移動電 話端末機、TFT-LCD(液晶ディスプレイ)、デジタルTV、インターネット・ゲームなどを世界トップクラスの商品に浮上させた。 情報通信部は新しい循環発展構造にIT産業を転換させるためにIT 8-3-9戦略を用意した。」「ITサービスとインフラ、製造業を連係させたIT8-3-9戦略で未来の成長のエンジンを創り出し、海外市場進出を促進す る発展モデルに広がることを期待している」と述べている。

 8-3-9戦略の中でも韓国が力を入れているのは「ユビキタス(韓国風にはユビコタス)」である。情報通信 部が入るビルの一階には展示ブースが設置され、情報通信部の音頭で韓国のITメーカー各社が最先端技術を公開している。

 政府はユビキタスに本腰を入れるために、8-3-9戦略とは別に「u-Korea戦略」を、日本の「u- Japan戦略」とほぼ同じ時期に発表した。2004年7月末には、日中韓の担当大臣が札幌に集まり、RFIDや情報家電などの規格を3カ国が順次統一 し、共同で研究開発を進めることで合意した。

 ところが、政府関係者は、日米に比べてRFIDの実用という点では韓国は遅れをとっているという。韓国の市 場規模を考えれば独自技術や標準の追求は得策ではない。輸出市場に依存している韓国メーカーとしては、日米中の市場動向を見守らなくてはいけないと考えて いる。ADSLによるブロードバンド普及が一段落した今、次のビジネス・チャンスを考えなくてはならないからだ。

 実は韓国は、かつてのアジア経済危機の時のIMF不況を上回る規模の経済不況にあえいでいる。IT関連の輸 出産業は大幅な黒字になっているのだが、それを国内投資に還元せず、中国などの対外投資に回しているために、国内経済は悪化している。盧武鉉大統領の弾劾 騒ぎがあったのも、労働組合の話ばかり聞いていて、適切な経済政策を打ち出せない大統領への不満が背景にある。

 知日派の李鎔桓氏(延世大學校)は懸念を強めている。日本は製造拠点を中国に移しているが、コア技術は決し て中国に渡さない戦略をとっている。しかし、韓国はそうした戦略をとらずにどんどん技術を中国に渡してしまっている。中国企業が韓国の半導体や自動車の会 社を買収する動きも始まっている。市場規模が小さく、輸出に依存する韓国産業が、技術を中国に奪われたら生き残れないというのだ。しかし、李氏の指摘は、 目先の外貨獲得と不況対策に追われる政府にも企業幹部にも届かないという。

 韓国はITの導入によって構造改革をなしとげ、電子政府と電子商取引を導入し、景気回復を成し遂げたといわ れたが、ITによる効率化は、余剰人員の削減と海外への生産シフトへとつながり、別の不況を生みだしてしまった。

 しかし、韓国の人々は、これはある程度不可避の事態だと考えているようにも見える。いつまでも財閥と政治の 癒着に依存した経済システムを維持するわけにはいかない。もう一段階、ITによって改革を進めなくては、真の競争力を確保できない。そのためのIT戦略に 韓国政府は着手したところだ。

 李氏の懸念が現実のものとなるのか、あるいは、新たな国際分業システムを確立して、もう一度韓国は浮上する ことができるのか。韓国はIT政策の実験場ともいえる性格を持っているように思える。