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Center for Global Communications,International University of Japan

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発展途上の豪州ブロードバンド

霜島朗子(GLOCOM主任研究員)

 ようやく広がり始めたオーストラリアのブロードバンド。インターネットの普及に比べて、ブロードバンドの伸 びが遅いのはなぜか。本稿では、今年8月中旬にオーストラリアの関連政府機関、電気通信事業者、ITアナリスト等からヒアリングしてきた内容を踏まえて、 オーストラリアの情報通信の最近の動向について考察する。

成長する電気通信市場

 オーストラリアの人口は、1,994万人余り(2003年度末)で、日本の約7分の1である。国民は先住民 とイギリスを始めとする200ほどの諸外国からの移民で構成されており、多文化社会を構成している。共通語は英語であるが、国民のおよそ15%が家庭では 英語以外の言葉も話している。このように多様な言語への対応能力を持つことは全世界的な経済活動を営むにあたってきわめて有利であり、そのため、数多くの 国際企業がオーストラリアにアジア太平洋地域の本部を設置している。また、それに伴って、海外との電話やデータ通信などの電気通信サービスの需要が伸び、 現在では海底ケーブルや衛星などを使い、アジア、北米、ヨーロッパなどと大規模な通信網で接続されている。

 最近のオーストラリア経済は堅調で、1999年から2002年までの間に毎年ほぼ4%(年平均複利成長率) の成長を続けた。中でも情報通信市場は急成長している部門の1つで、現在の経済成長の主要な原動力となっており、その規模は2.7兆円に拡大した。国民総 生産(GDP)に占める情報通信サービスの支出は約6%となっており、世界的に見てもこの比率は高い。2003年度末時点で、基本電話サービスの人口普及 率は55%、携帯電話サービスは72%に達し、日本と同程度に広く普及している。インターネットも同様に普及しており、今回の現地調査にあたってもイン ターネットを利用してホテルを予約し、室内でインターネット接続サービス(LAN)を利用することができた。ただし、携帯電話の契約数に占める携帯イン ターネット(日本のiモードやEZwebにあたるインターネット接続サービス)の契約数の割合は、世界で最も高い約90%の日本に比べると15%程度にと どまっており、日本のように電車やバスの中で携帯電話を操作している人は、あまり見かけなかった。

依然として支配的なテルストラ

 テルストラ(http://telstra.com/index.jsp) はオーストラリア最大の電気通信事業者である。固定電話、携帯電話、インターネット接続、そしてケーブルテレビの4サービスを扱っている巨大企業で、その 力は依然として他社を圧倒している。テルストラに続くオーストラリアの新規参入電気通信事業者は、シンガポールテレコム傘下のオプタス(http://www.optus.com.au/Vign/ViewMgmt/display/0,2627,3_5434--View_200,FF.html) である。テルストラとオプタスは、全てのサービスをトータルで割安なセット価格で提供しており、4つのサービスをセットで販売しているのは2社だけであ り、オーストラリアの通信市場はこの2社のほぼ独占状態であるといえる。特にテルストラの市場支配力は強く、固定電話のシェアは90%余りを占め、ブロー ドバンド市場に占めるシェアも他社への再販も含めると70%程度あるという。

 そのような中で、オプタスはテルストラが圧倒的に強い固定電話市場での勝負は避け、携帯電話事業での差別化 に力を入れており、実際、オーストラリアの主要都市であるシドニー、メルボルン等の街中でもオプタスの携帯ショップをよく見かけた。一方、テルストラは今 年6月、NTTドコモとライセンス契約を締結し、iモードサービスを開始すると発表した。携帯電話でのテルストラのシェアは50%をやや下回っていたが、 今後のシェア回復に向けた動きに注目が集まっている。

 このように強い力を持つテルストラに対し、政府の競争政策による積極的な介入は、あまり見られない。オース トラリア政府は、競争を市場に任せるスタンスをとっているのだ。また、あるITアナリストは、「政府はテルストラの50.1%の株式を保有しており、それ を高値で売却するために、株価が下がるようなことはしないだろう」とも語っていた。今後も、しばらくはテルストラの一人勝ちの状態が続くと思われる。

USOで不採算地域にも電話サービスを

 オーストラリアの国土面積は、約769万平方キロで、日本の約20倍、世界で6番目の広さである。しかし、 大陸の大部分は高温・乾燥地帯が占めており、肥沃な沿岸地域や東部海岸沿いの都市などの最も人口の多い地域は国土の約1%に過ぎず、そこに人口の84%が 集中している。オーストラリアは都市部の人口密度が高く、過疎地域の人口密度は極端に低い。このことは、オーストラリアの通信インフラの整備に大きな影響 を与えている。インフラ施設コストに比べて加入者数が少なく、採算が取れなくなってしまうのだ。

 これに対し、政府は地域間格差を無くし、不採算地域にも平等に電気通信サービスを提供することを大きな課題 として強く認識している。オーストラリアには、全ての人が公平に基本電話サービスを受けられるように保証するUSO(Universal Service Obligation:ユニバーサルサービス責務)制度がある。現在、この責務はテルストラが負っており、テルストラが不採算地域にサービスを提供するこ とで発生した損失は、通信事業者全体でカバーする仕組みになっている。このUSO制度に対し、オプタスのある規制政策担当者は「USOはテルストラをもう けさせるだけ。USOを利用して不採算地域に有利にサービスを展開している」と不満を述べていた。しかし、不採算地域の極めて広いオーストラリアで平等に 電気通信サービスを提供するためには、USO制度は重要である。実際、面積でみてみると、オーストラリアは不採算地域が広範で、そのほとんどはUSOに よって基本電話サービスが提供されているのだ。

 日本にもユニバーサルサービス基金の制度はあるが、「絵に描いた餅」となっており、実際に利用されたことは 一度も無い。一方、携帯電話の普及やIP電話の台頭で、固定電話の利用は急減しており、ユニバーサルサービスを義務付けられているNTTの負担は増大して いる。さらに最近では、通話料金だけでなく基本料金にまで及ぶ、し烈な競争が加速しており、状況は一段と厳しくなっている。料金競争が過熱する日本の電話 市場において、不採算地域にも安定的に基本電話サービスを提供し続けるには、オーストラリアのようにUSO制度を有効活用することが、1つの解決法になる のではないだろうか。

力を強めているACCC(競争・消費者委員会)

 オーストラリアの電気通信分野の規制に関わる政府の機関としては、DCITA(Department of Communications, Information Technology and the Arts:通信・情報技術・文化省、http://www.dcita.gov.au/Subject_Entry_Page/0,,2_1,00.html) 、ACA(Australian Communications Authority:オーストラリア通信庁、http://www.aca.gov.au/)、ACCC (Australian Competition and Consumer Commission:オーストラリア競争・消費者委員会、http://www.accc.gov.au/content/index.phtml/itemId/142) の3つが存在する。電気通信分野の規制全般に関する政策立案を行うのはDCITAであり、ACAはそれに基づいて規制を実施している。そして、ACCCが 公正競争の観点から料金や相互接続などを規制している。

 今回の調査では、この中でもACCCが力を強めつつあることを実感した。オーストラリアの電気通信産業にお いては、テルストラの力が圧倒的に強く、競争がなかなか進展していない。それに対して政府は、健全な競争市場を機能させるために、最低限必要であると考え られる競争政策によって介入を強めており、その実行機関であるACCCの果たす役割は大きくなっている。ACCCは、1999年にテルストラのローカル ループ(加入者宅と最寄の電話局を接続している電話回線)の開放を義務づけた。そして今年、テルストラのADSL回線の他社への卸売価格に圧力をかけて値 下げさせた。ACCCは、電気通信産業分野の競争政策において影響力を強めているといえる。

ようやく広がり始めたブロードバンド

 オーストラリアのインターネット利用者は947万人もいるのに対し、ブロードバンドの利用件数は86万加入 にとどまっており、ブロードバンドはインターネットの普及に比べ、まだ低い。それでも、2002年の20万加入に比べると約4倍になっており、2004年 に入ってから、ようやくADSLによるブロードバンドが普及し始めたところだといえるだろう。この普及のきっかけは、テルストラが2004年2月にエント リーレベルのADSLサービスを値下げしたことが大きいという。しかし、ブロードバンドといっても、主要なADSLサービスの速度は256kbpsで、値 段も約40豪ドルから約30豪ドル(2,400円程度)への値下げであり、日本と比べるとまだまだ低速で割高である。

 なぜオーストラリアではブロードバンド競争がなかなか進展しないのか。ACCCのあるマネージャーは、「ブ ロードバンド市場における競争がなかなか進まないのは、投資に見合った収益が無いからだ」と言っていた。現状では、設備競争はほとんど進んでおらず、設備 を持っているテルストラが他社へ回線を貸し出す卸売価格での競争にとどまっており、他社がテルストラの局内に新たにADSL用のインフラを敷設しても、採 算が取れない状況なのだ。オプタスのある規制政策担当者は、「政府の競争保護政策によって、かろうじてテルストラとの競争関係を保っている」と語った。ブ ロードバンドを普及させていくには、接続料の値下げをさらに進めるなど、より積極的な政府の競争促進への介入が必要になってきているのだろう。

ブロードバンド戦略を模索する政府

 オーストラリアの電気通信は、1997年に行われた電気通信法の改正により全面的に自由化されることになっ た。この法改正により、政府が通信事業者に対して直接的に行う規制の多くは撤廃され、最低限のものだけが残された。政府が直接的に責任を持つのは、オープ ンアクセス問題や競争保護という市場の健全性の維持に関する分野と、ユニバーサルサービス責務などのセーフティーネットの制定や消費者保護に関する分野に 限定されている。電気通信分野におけるオーストラリア政府の方針は、政府の関与が低いという意味で、「ライト・タッチ・コントロール(light touch control)」と呼ばれている。規制の縮小は事業者間の競争をもたらし、新しい技術やよりよいサービスを市場に導入することに結びつくと期待されてい るのだ。

 しかし、自由化の最大の成果であるはずだった競争は、うまく機能しているとはいえない状況であった。そのた め、政府は新規参入を促すための規制緩和を行うだけでなく、圧倒的なシェアを持つテルストラに対して開放義務を課し、他社への回線の卸売価格を値下げする ように圧力をかけるようになった。さらに今年、国家の情報化戦略「National Broadband Strategy」を作成し、ブロードバンドを本格的に推し進め始めた。全世界的に急速に情報化およびブロードバンド化が進む中で、国際競争力を維持、強 化していくには、待った無しの状態となってきたのだ。実際、今回訪問したDCITAでは、それぞれの担当者が日本のブロードバンド政策に対して非常に高い 興味を持っていた。特に、世界で最も低廉な日本のブロードバンドの価格と高速な速度に関する関心は高かった。インターネットの普及に比べ、ブロードバンド の立ち上がりが遅かったオーストラリアだったが、政府は挽回を図るべく本腰を入れてブロードバンド戦略を模索している。付加価値による知識ベースの経済に 基づく情報社会の基礎的インフラとして、ブロードバンドはとりわけ重要になってきているのだ。