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訴訟の恐れを抱かずに音楽を聞きたい

庄司昌彦(GLOCOM研究員)

気になるニュース

 最近、音楽の著作権に関して気になるニュースを相次いで見かけた。

 ひとつめは、市販の音楽CDをレッスンに使用していたダンス教室が、著作権者に音楽使用料を支払っていなかったとして賠償を命じられた裁判だ。名 古屋高裁は原告である日本音楽著作権協会(JASRAC)の訴えを認め、名古屋市内などの7つのダンス教室に過去10年間分の著作権使用料として約 3646万円の支払いを命じ、最高裁も高裁判決を支持した。これによって、ダンス教室がレッスンで音楽を利用することは「営利目的」の「公の演奏」である という判断が確定した。使用料を払わずに音楽をかけてダンスを教授することは、著作権者の持つ演奏権の侵害にあたる、ということになる。

 ふたつめは、同じくJASRACが、使用料支払契約を結ばずに曲の生演奏をしていたスナックなどに対して、演奏や楽器使用の禁止を求める仮処分を 名古屋地裁に申請したというニュースだ。これはまだ地裁の判断が下されていないが、趣旨はダンス教室の事例と同じだ。つまり、スナックでの生演奏は営利目 的の公の演奏であるので使用料を払わずに音楽を演奏することは著作権の侵害にあたる、ということである。

JASRACとは何か

 この二つのニュースに登場するJASRACというのは、音楽を制作した人から委託を受けて、さまざまな形での音楽利用から使用料を徴収し、著作権 者に分配する業務を行っている組織である。2001年まではこの業務を単独でおこなっていたため、日本で制作されたほとんどの音楽の著作権はJASRAC が管理している。JASRACのウェブサイトには、著作権管理業務について次のように書いてある。 *1

 JASRACは、膨大な数の管理楽曲をデータベース化し、演奏、放送、録音、ネット配信などさまざまな形で利用される音楽について、利用者の 方が簡単な手続きと適正な料金で著作権の権利処理ができる窓口となっています。そして、お支払いいただいた使用料は、作詞家・作曲家・音楽出版者など権利 を委託された方に定期的に分配しています。東京にある本部のほか、全国の主要都市に22支部を置いて、主にコンサートやカラオケなどの演奏について世界に も類をみないきめの細かな管理を行っています。

 JASRACは、コンサートやライブ、カラオケ、演劇、展示会、スポーツイベント、デパートやスーパーでの宣伝のための催し物、航空機や鉄道等の 交通機関での音楽使用などから使用料を徴収している。

 お店でBGMとして音楽を流す場合については、少し特殊な経緯がある。平成11年までは著作権法の附則第14条という項目が、CDやレコードなど の再生演奏には著作権者に断る必要がないということを定めていた。ただしこれは、飲食店などでのBGM演奏を規制すると社会的な混乱が生じるのではないか という配慮から適用を延期していたにすぎず、平成11年にこの措置は廃止された。そしてJASRACでは平成14年4月から、お店でのBGM演奏からも使 用料を徴収している。

 このように、著作権法にのっとり、著作者の権利を最大限保護するために「世界にも類を見ないきめの細かな管理」行う組織がJASRACである。知 的財産立国、コンテンツ産業振興には欠かせない組織、ともいえるだろう。

不満と戸惑い

 ところで、最初に紹介した二つのニュースについて、新聞の扱いは小さかったが、筆者が見たところでは2ちゃんねるやブログでは「窮屈だ」「世知辛 い」という感想がいくつも見受けられ、話題になっていた。また筆者が話した友人たちも、たいへん驚き、「うーん、それはそうかもしれないけど…」と戸惑う 人が多かった。筆者も、著作権がどのようなものであるかについて多少は知っていたものの、CDをかけて踊ることや、生演奏を楽しむことと著作権使用料を結 びつけて考えたことはあまりなかったので、どのような場合に使用料を払わなくてはならないのか、ということを改めて強く認識した。そして、法解釈は正しい のだろうが、これは窮屈な制度だと感じた。

 だが、JASRACはケチだ、暴走している、と批判しても仕方がない。彼らは著作権法が定めるとおりに行動しているだけだ。また「法の不知はこれ を許さず」というように、法律を知らなかったから救ってくれ、という論理は認められない。日本の著作権法は1899年に制定されたもので昨日今日できた法 律ではないし、法律を知らなかった人の論理を認めてしまえば、知っていて遵守した人が損をするからだ。また著作権法は百数十カ国が批准しているベルヌ条約 に基づいているので、日本だけが飛びぬけておかしな制度を持っているわけでもない。しかも政府は現在、知的財産立国、コンテンツ産業振興という政策を強化 している。これはつまり、著作権などの権利から入る使用料を基にした産業を今後の日本経済のひとつの柱にしていこうというもので、著作権をより緩やかな制 度にできないだろうか、などというユーザーとしての要望はちょっと言いにくい状況だ。

それでも疑問を持つ

 それでも筆者は、「現在の制度は窮屈だ」という感覚は重要だと考えている。法律が何らかの価値観やビジョンで社会を先導していくこともあるが、基 本的に法律は「後追い」の文化で、先行する社会現象やニーズを法律が後から追いかけていくことの方が多いからだ。

 そもそも著作権制度自体が、活版印刷や放送技術、ビデオデッキ、インターネット等の新技術を追いかけるようにして発達してきたものだ。つまり著作 権は、根源的な道徳や原理、ビジョンに基づいているというよりも、政策的・政治的に作られてきた面が強い権利なのである。したがって、ユーザーの立場から 「ニーズに制度が追いついていない」「遊離している」と疑問を持ち、声をあげることは間違っていない。

 米国では、iPacという組織(http://ipaction.org/) が知的財産権に関する三つの原則を掲げて政治運動を開始している。スタンフォード大学のレッシグ教授がブログで賞賛していたが、iPacの運動は、著作権 制度が窮屈だと感じるユーザーに参考になるかもしれない。

iPac の掲げる原則 *2

1.アイディアと発明の創造者は、その成果の報酬を受ける権利を持っています。しかし、政治的な表現を制限したり、技術革新を拒否したり、教育 や科学研究を制限したりしないでください。

2.合衆国憲法で要求されているように、知的財産法は新しい創造性を促進する可能性によって判断されるべきです。

3.誰もが訴訟の恐れを抱かずに創造的活動をすることができるよう、知的財産法は明確・明白であるべきです。


 特に3.の原則は今回の二つのニュースと関連がある。法の不知は許されないとはいえ、今までずっと行ってきたことで訴訟を起こされたり賠償を要求された りした、ということが、ネット上で意見を書いた人々や、筆者や筆者の友人たちの不安を高めた。「誰もが訴訟の恐れを抱かずに創造的活動をすることができる よう、知的財産法は明確・明白であるべき」というiPacの主張は日本にも当てはまるのではないだろうか。

 ところでiPacが面白いのは、この原則を支持する候補者のリストをウェブ上で公開していることだ(http://ipaction.org/candidates.html)。 しかも彼らは政党にこだわらず、共和党でも民主党でも支持してくれる候補者は同様に紹介している。気の利いたことに、各候補者のブログやドネーションへの リンクまである。利益団体の側が主張を明確にして、政党の枠にこだわらずに支援してくれる政治家を募る、というこのやり方は、新しいイシューを政治過程に 送り込むためのうまいやり方かもしれない。iPacと同じ方法をとる必要はないが、音楽を楽しみ創造性を発揮するには現在の制度が窮屈だと感じるユーザー の立場から、著作権についての議論を盛り上げていく工夫を考えることが必要ではないだろうか。


 

*1 : JASRACの紹介(http://www.jasrac.or.jp/profile/intro/
*2 : iPac principles(http://ipaction.org/principles.html