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情報化における言語の役割についての再考
- 野口智子
- GLOCOMリサーチアソシエイト
デジタル・デバイドは何処にいったのか?
2000年あたりには、九州沖縄サミットが開かれたこともあり、「デジタル・デバイド」という言葉をマスメディアでもよく目にすることがあった。しかし、近頃の日本ではほとんど耳にすることがなくなった。実際に、国会会議録の用語検索をかけてみると、2000年(26件)、2001年(39件)以降、減り始め、2002年(25件)、2003年(24件)、2004年(16件)である(http://kokkai.ndl.go.jp/、2004年8月29日検索)。しかも、内容については2004年度に入ってからの国会会議録を見てみると、過去に言及するものばかりで新たな問題提起をしているものは少ない。
デジタル・デバイドは解消されたのだろうか。だから、もう議論されていないのだろうか。確かに新しい情報通信技術(Information Technology: IT)が開発されて、解消されたともいえよう。だから、もう議論しなくてもそのうちに解決されるであろうし、議論する必要がないのかもしれない。しかし、実際にはまったく解決はされていないけれども、IT自体が議論しつくされた。だから、もう取り上げる必要性のない議論なのかもしれない。そのように考えると、「デジタル・デバイド」は日本社会ではいわば旬をすぎた議論なのかもしれない。
グローバルな動向と開発途上国のデジタル・デバイド
眼を転じて、グローバルな場ではどうであろうか。国際電気通信連合(ITU)が主催者となった世界情報社会サミット(WSIS)の第1フェーズの本会合が、2003年12月にジュネーブにおいて開催された。
WSISは「情報社会の今後のあり方」を議題とした、国際機関と各国政府、非営利組織(NGO・NPO)が参加した大掛かりな国連行事である。本会合に向けて世界各地で準備会合が開催されてきた。国連加盟国191カ国のなかで、経済協力開発機構(OECD)加盟国は30カ国のみである。そのため、開発途上国がWSISの参加者の大多数となることもあり、開発途上国と先進諸国の間の「デジタル・デバイド」がサミットの議題となるのは必然であった。そこで、実際に採択された宣言と行動計画案をみてみると、制度設計や人材育成などのインターネットに関わる、ありとあらゆる分野が取り上げ、各分野での改善を通して「デジタル・デバイド」の解消を目指している。果たしてこのように掲げられた宣言や行動計画案は、本当に開発途上国のデジタル・デバイドの解消に役立つのであろうか?
まず、デジタル・デバイドはグローバルに取り組むべき問題であり、具体的な行動目標を掲げたという点では評価できる。さらに、このような国際的な場における「政治的な活動」に開発途上国政府が参加する意義もあると考えられる。
しかし、宣言や行動計画案を掲げただけに終始し、具体的な行動は開発途上国各国政府の裁量に任せ、自助努力に依存することとなってしまったら、開発途上国におけるデジタル・デバイドの解消への道はなかなか遠いであろう。その上、汚職などの政府の機能不全をはじめとして、政府の情報通信分野についての専門的知識を持つ人材が不足しているなど様々な問題を抱えている。
現場での問題意識とニーズ
そのような状況で効果的な役割を果たすと考えられるのは、現地の状況に根ざした活動なのであると考える。例を2つ挙げよう。
ひとつは、先日筆者が参加した情報通信分野の開発援助をテーマとしたセミナーでの経験である。セミナーの内容は当該分野に関連するあらゆる分野が取り上げられていたのであるが、筆者が一番印象に残ったのは議論の内容はさることながら、その言語運用についてである。諸外国から参加したスピーカーは中央アジア地域の方が多数だったため、同時通訳は英語とロシア語であった。議論が白熱してくるとロシア語での議論となってしまい、欧米諸国からの参加者があせって同時通訳のイヤホンをつける一幕も見られ、筆者にとって新鮮な経験であった。情報通信分野、特にインターネットに関わる分野では英語が「公用語」であるとまことしやかに言われることが多いが、一概にそうでもないと感じさせられる瞬間であった。
参加したセッションにおいても、母語や日常生活でなじみのある言語こそをITを利用する上で使いたいというニーズを、筆者はうかがい知ることができた。具体的には、日本政府がe-Japan構想やアジアブロードバンド計画について概説し、なかでも開発援助の立場からアジア地域の特殊性である多言語への配慮について強調していた。つまりは平たく言うと、アジア各国が自国の言語でコンピュータを利用できる環境を整えていくお手伝いを日本政府が実施するというもので、地域レベルでの多言語環境の構築についての先見的な取り組みといえよう。この点について、質疑応答でより詳しい説明を中央アジア地域の方々は求めていた。そこから、母語や日常生活でなじみのある言語こそをITを利用する上で使いたいというニーズを筆者はうかがい知ることができた。
もうひとつは、筆者が2000年より調査を続けているカンボジアにおける事例である。カンボジアの公用語のクメール文字には、タイ語版WindowsのようにローカライズされたWindowsがない。現状では英語版Windowsを利用し、専用の文字処理システムと文字コードをもとにクメール文字を表記している。この解決方法には様々な問題があるので、それではクメール語のOSがないのなら作ってしまえと取り組んでいるNGOがある。オープンフォーラムカンボジア(Open forum of Cambodia: http://www.forum.org.kh/)である。彼らがまず最初に始めたのは、コンピュータの専門用語のクメール語と英語の対照表づくりである。ピーシー・バード・カンボジア(PC Bird Cambodia)というクメール語コンピュータ雑誌(カンボジア唯一のものである)をもとに、プノンペン大学の学生たちが地道に対照表を作っている。延々と続く作業であることは想像に難くない。しかし、このような地道な積み重ねが今後の情報化の基礎には必ずなるであろう。この事例も、母語を用いたIT利用ができるかどうかがデジタル・デバイドの解消に役立つという問題意識の上に成り立っているといえよう。
レまとめにかえて
情報化と言語という論点も、デジタル・デバイドと同様に、日本では解決されたと考えられているためか、現在はあまり語られることがなくなった。しかし、これから情報化を進めていかなければならない開発途上国では必須な論点であることは前述の事例から明らかである。グローバルにも、WSISの第2フェーズに向けての活動においても「多言語(multilingual)」は問題意識のひとつとなっている。いま一度、情報化において言語が果たす役割を考え直し、非英語圏でありながら情報化を達成している日本のこれまでの経験をグローバルな場において発信することで、貢献を目指すべきであろう。
[2004.09.01]