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フィリピンの情報通信産業の動向
- 霜島朗子
- GLOCOM主任研究員
フィリピンでは、低迷している固定電話を大きく上回り、急速に携帯電話が普及し、2004年の携帯電話加入者数は、固定電話契約数の約10倍におよぶ3,000万人に達した。フィリピンの情報通信産業はどのように変化したのだろうか。2005年2月13日~17日に行ったフィリピンの関連政府機関、電気通信事業者、ITジャーナリスト等からのヒアリング内容を踏まえて、フィリピンの情報通信産業の動向について考察する。フィリピンの概要フィリピンは約7,000もの島々から成り、インドネシアに次ぐ世界第2位の群島国家である。人口は約8,000万人で、マレー系が主体で約95%に及ぶ。国語はフィリピノ(タガログ)語、公用語はフィリピノ語と英語となっており、フィリピン人同士ではフィリピノ語、ビジネスでは英語が使われることが多い。宗教はローマカトリック信者が83%を占め、アジア随一のキリスト教国といえる。経済面では、2003年にはGDP成長率4.5%、GNP成長率5.5%と、堅調な個人消費を背景に2002年同様まずまずの成長を達成した。農業生産が下半期5%台の高い伸びを見せるほか、通信セクターを中心にサービス業の伸びも高い *1 。
しかし、GNPが上昇しても、失業率が11.4%と高いままであり、人々の生活はまだまだ貧しく見える。その原因の根底にあるのは、国民が等しく富むのではなく、利益が一部の人にしか還元されていない構造にあるといえるだろう。国家統計局(NSO: National Statistics Office)が発表した2003年の家計調査(速報値) *2 をみると、1世帯当たりの平均年収は14万8,757ペソ(約30万円)で、前回調査時(2000年)の14万5,121ペソ(約29万円)から2.5%増加した。ただし、インフレ率を勘案し、2000年の物価を基準に算出すると13万604ペソ(約26万円)となり、実質的には10%減少したことになる。フィリピンではごく少数の富裕者がより豊かになり、多くの低所得者は窮乏と失業にあえいでいるのだ。実際、フィリピンの首都マニラでは、お金を乞う貧しい人々やタバコを1本ずつバラ売りして稼ぐ子供たちを見かけた。
政治面では、貧困の撲滅、国民の政治不信をもたらした汚職の追放、政治倫理の確立、治安の改善、反政府勢力との和平交渉など課題は多い。今回の調査中の2月14日にも、イスラム過激派による爆弾テロがあり、フィリピンの政治の不安定さを目の当たりにした。現在の大統領は、2001年1月の政権交代により、エストラーダ前大統領の後継として就任したアロヨ大統領である。アロヨ大統領は、貧困対策やテロ・治安対策に努めるとともに、選挙の際の与野党の政治対立を乗り越え、国内融和に努め、財政赤字問題に象徴される国内の行財政上の課題に緊急に取り組むことが重要であるとしている。アロヨ大統領は、故マカパガル大統領の娘で、親子2代の大統領になる。そのため、国民の多くを占める低所得者層に「エリートくさい」と受け取られており、特に貧困対策での実績を示す必要に迫られている。
需要が増しているコールセンター *3
貿易産業省(DTI: Department of Trade and Industry)のまとめによると、2004年のフィリピンにおけるICT分野への投資額は前年比49%増の80億7,000万ペソとなり、雇用数は同46%増の2万7,732人に達した。内訳をみてみると、事業分野別では、コールセンターがICT分野への投資額の80%近くを占め、圧倒的トップとなっており、63億9,000万ペソとなっている。ついで、設計デザインが6億6,245万ペソ、ソフトウェア開発は3億9,967万ペソ、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO: Business Process Outsourcing)は3,762万ペソとなっている。特に欧米企業は英語能力の優れたフィリピンの労働力に期待しており、欧米顧客向けのコールセンター分野への投資が著しくみられる。フィリピン人の英語力とコンピュータの取り扱い技術は高く評価されており、コールセンターやBPOなどの分野は、今後も成長を続けると期待されている。
企業収益トップの携帯電話会社
また、証券取引委員会(SEC: Securities and Exchange Commission)がまとめた2004年のフィリピンにおける企業収益調査 *4 では、携帯電話最大手のスマート・コミュニケーションズが純利益161億2,000万ペソでトップになった(表1)。同社の親会社であるフィリピン長距離電話(PLDT: Philippine Long Distance Telephone Company)も2位で続き、両社の利益は合わせて273億ペソに上った。このほか携帯電話第2位のグローブ・テレコムも4位にランクインしている。通信企業は停滞する経済状況にかかわらず収益を上げており、この業界は高収益分野として注目されている。
携帯電話の急増
フィリピンの携帯電話事業者は、大きく分けると、PLDTグループのスマート・コミュニケーションズ(スマート)とピリピノ・テレフォン(ピルテル)、アヤラ財閥系のグローブ・テレコム(グローブ)の2社によるほぼ寡占状態である。この2社に比べるとまだまだシェアは低いが、ここ1年ほどで新規参入したゴゴンウェイ財閥系のサンセルラーも勢いを増している。また支払い方法は、利用者の9割以上が料金を前払いするプリペイドカード方式である。最大手のスマートの場合(2005年3月時点)、プリペイドカードには、30ペソ(約60円)から200ペソ(約400円)まであり、ショート・メッセージ・サービス(SMS)によるテキスト送信は、1通たったの1ペソ(約2円)である *5 。
1999年に小分け支払いできるプリペイドカード方式が導入され、手軽にテキスト送信できるSMSのサービスが提供開始されてから、携帯電話の加入数は急激に増加し、1年後の2000年には携帯電話の普及率は固定電話の普及率を上回った。その後も右肩上がりの上昇を続け、2004年末時点での携帯電話加入者数は約3,000万人に達し、契約1件につき利用者を1人と仮定した場合、人口8,624万人(米中央情報局によるフィリピン人口の2004年7月推計 *6 )に対する携帯電話の普及率は30%以上に急増した。2005年末には携帯電話の普及率が45~50%に達するとの業界の見方もあり、市場拡大は今後も続きそうな勢いをみせている。携帯電話事業者最大手のスマートを見ると、2001年末時点に489万3,800件だった契約数が2004年9月末時点には子会社のピルテルとあわせて1,750万件を突破した。携帯電話事業者第2位のグローブも同時期に1,170万件に達し、新規参入事業者のサンセルラーも80万件を記録している(表2、図1)。
表1: 2003年フィリピン収益上位10社
| 企業名 | 業種 | 額(単位:10億ペソ) | |
| 1 | スマート・コミュニケーションズ | 通信 | 16.12 |
| 2 | フィリピン長距離電話(PLDT) | 通信 | 11.18 |
| 3 | ミラント・フィリピン | 発電 | 10.60 |
| 4 | グローブ・テレコム | 通信 | 10.34 |
| 5 | ミラント・スアル | 発電 | 7.89 |
| 6 | フィリピン・アイランズ銀行(BPI) | 銀行 | 5.67 |
| 7 | ミラント・パグビラオ | 発電 | 5.65 |
| 8 | ファースト・ジェネレーション・ホールディングス | 持ち株 | 5.30 |
| 9 | ユナイテッド・ココナツ・プランターズ銀行(UCPB) | 銀行 | 5.04 |
| 10 | ネスレ・フィリピン | 食料・飲料 | 4.96 |
出典:証券取引委員会(SEC)
このように、フィリピンで携帯電話が普及した背景の一つには、携帯電話は固定電話と比較して、短期間でコスト効率の優れたインフラ構築が可能であった点があげられる。固定電話の普及していない地域でも、新しい移動通信技術を用いれば、急速に電話普及を促進することが可能なのだ。フィリピンでは、固定電話のインフラ構築もあまり進んでおらず、また利用料金が割高で消費者需要が低く、普及率が低いままだった。それを補完する役割を、経済的にインフラ構築できる携帯電話が担っていたことも、急速に携帯電話
表2:フィリピンの主な携帯事業者別加入者数とシェア(2004年9月末時点)
| グループ | 携帯電話事業者名 | 加入者数 | シェア |
| PLDTグループ | スマート・コミュニケーションズ | 1,331万件 | 44% |
| ピリピノ・テレフォン(ピルテル) | 419万件 | 14% | |
| アヤラ財閥 | グローブ・テレコム | 1,170万件 | 39% |
| ゴゴンウェイ財閥 | サンセルラー | 80万件 | 3% |
出典: 各社ホームページ等より作成
注)国家通信委員会(NTC)発表のAnnual Report 2002によると、2002年時点でNTCが認可している携帯電話事業者は、その他、イスラ・コミュニケーションズ、エクスプレス・テレコミュニケーションズ、バヤン・コミュニケーションズがある。その時点の加入者数は、イスラ・コミュニケーションズは18万件、エクスプレス・テレコミュニケーションズは3万件、バヤン・コミュニケーションズは未営業であり、大手以外のシェアは合計で1%程度とわずかである。
図1:フィリピンの主な携帯事業者別シェア(2004年9月末時点)

が普及した原因の一つである。固定通信設備の未整備な発展途上国では、経済的かつ早期に展開できる通信手段として携帯電話に期待が集まっている。特にフィリピンでは、プリペイドカード方式で手軽に安く利用できるSMSが提供されるようになり、携帯電話の利用者が低所得者層にも広がり、急速に普及したといえるだろう。
固定電話の低迷 *7
フィリピンの通信市場は、1993年以降に規制緩和が進み、新規参入が促進された。あわせて政府は通信事業者に固定回線敷設義務を課していたために、既存事業者だけでなく新規参入事業者による固定電話の敷設も進んだ。しかし、固定電話の加入者はなかなか集まらず、ここ3~4年では携帯電話の普及などもあり、減少している。2002年時点での固定電話の普及率を見てみると、敷設ベースでは8.7%だが、加入ベースでは4.2%となっており、固定電話回線の稼働率は約半分にとどまっている(表3、図2)。フィリピン政府は、急速に普及している携帯電話事業者にも固定回線の敷設を義務付けた政策をとっており、皮肉にもそれが過剰設備の一部の要因になってしまっているのだ。今回の調査でインタビューをした国家通信委員会(NTC)副長官のSarmiento氏は、「最終的には市場の原理に任せるしかない」と半ば諦め気味に言っていた。政府も固定電話の普及に関しては様子見の状態なのである。
固定電話の加入者は、携帯電話の普及や割安なSMSの流行によって年々減少している。固定電話最大手のPLDT社の加入者数は、過去4年間で35万件減少した。そんな中、2005年2月、PLDTは、長距離電話の通話料を1回当たり10ペソ(約20円)に抑制するサービスを開始した。時間は無制限で、これまでの1分当たり5ペソ(約10円)から大幅な引き下げになる。今後、固定電話の減少をくい止め、普及させていくためには、こういったキャリアの値下げ努力とともに、固定回線を利用したインターネットやブロードバンドなどのデータ通信への積極的な取り組み、そしてそれらに対する消費者の需要喚起が必要であるといえるだろう。
2002年2001年2000年1998年
なかなか普及しないインターネット
表3:フィリピンの固定電話線および携帯電話加入者数・普及率の推移
| 回線種別 | 1998年 | 1999年 | 2000年 | 2001年 | 2002年 | ||
| 加入者数(単位:百万人) | 固定 | 6.6 | 6.8 | 6.9 | 6.9 | 6.8 | |
| 携帯 | 1.7 | 2.5 | 6.5 | 12.2 | 15.4 | ||
| 普及率 | 固定 | 敷設ベース | 10.0% | 9.1% | 9.0% | 8.9% | 8.7% |
| 加入ベース | 3.4% | 3.9% | 4.0% | 4.3% | 4.2% | ||
| 携帯 | 加入ベース | 2.4% | 3.8% | 8.5% | 15.6% | 19.4% | |
出典: NTC Annual Report 2002
図2:フィリピンの固定電話線および携帯電話普及率の推移
フィリピンにおけるインターネット普及率は、ITU(国際電気通信連合)が行った世界各国のインターネット動向調査 *8 によると、2001年では2.6%だったものが、翌2002年では4.4%となっている。1年間で普及率は2倍近く増加しているが、それでもアジアの中では非常に低い数値である。フィリピンでは、ビジネスでインターネットを利用することは一般的になっているが、個人で利用する人は、まだまだ少数であるといえるだろう。利用料金の支払い方法に関しては、携帯電話料金と同じく、事前に利用料金を購入するプリペイドカード方式が広く利用されている。利用料金は、たとえばISP事業者のネットサーファーズ・クラブ社の場合(2005年3月中旬時点)、100ペソ(200円)分のプリペイドカードで20時間利用できる *9 。
フィリピンではインターネットを個人で利用する人々のほとんどは、街中にあるインターネットカフェを利用している。実際、マニラ首都圏などにある大きなショッピングモールの中などにはインターネットカフェがあり、メールやゲームを楽しむ若者が集まっているのが見られる。
高嶺の花のブロードバンド *10
フィリピンのブロードバンド加入者数はまだまだ少ないが、特に中小企業向けに設定した低料金サービスを中心に急増しつつある。最大手といえるPLDTのDSLサービス加入者数は、2005年3月時点で約5万5,000件であり、前年2004年3月末時点の約2万8,000件から倍増している。サービス利用料金は、新たに設定された同社の中小企業向けブロードバンドサービス「Small Biz」の場合(2005年3月時点)、1カ月当たり4,000ペソ(約8,000円)~1万4,500ペソ(約2万9,000円)と割安になっている。ただし、通信速度は最大512kbps~1,024kbpsであり、日本と比べるとかなり低速である *11 。
ビジネスでは急速に広がりつつあるブロードバンドだが、個人向けではまだまだといったところである。同社が提供している最も割安な個人向けADSLサービス「myDSL Plan 1995」の場合(2005年3月時点)、速度は最大384kbpsで、利用料金は月額1,995ペソ(約3,990円)となっている *12 。ブロードバンドの利用価格は引き下げられつつあるが、それでも一般市民の収入レベル(マニラ首都圏の最低賃金は1日約300ペソ=約600円程度 *13 )からすると非常に高い。ブロードバンドはまだまだ高嶺の花なのである。
個人向けのインターネットやブロードバンドが普及しない原因としては、まずはそもそもインフラとして必要な固定電話回線に加入していない世帯が多い(2002年時点で固定電話普及率は4.2%)ことがあげられる。また、一般的なフィリピン人の可処分所得を考慮すると、インターネット利用に必要なパソコンの価格が非常に高い(パソコン1台の価格は約2万ペソ~3万ペソ程度=約4万円~6万円程度)ことも大きな壁になっている。その分、共同でインターネットを利用できるインターネットカフェの需要が高いといえるだろう。
[2005.03.24]
*1
: 「外務省ホームページ(日本語)-各国インデックス(フィリピン共和国)-基礎データ」参照 <http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/philippines/index.html>
*2
: National Statistics Office, Philippines(フィリピン国家統計局) 「2003 Family Income and Expenditure Survey (Preliminary Results)」参照 <http://www.census.gov.ph/data/pressrelease/2004/ie03ftx.html>
*3
: NNAアジア経済情報 「ICT投資先分散、新たに3州6市指定[IT]」(2005年2月3日) <http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20050203php004A>参照
*4
: SEC:Securities and Exchange Commission(証券取引委員会)「2003年フィリピン収益上位10社」 企業収益調査 <http://www.sec.gov.ph/CorpData.htm>
*5
: スマート社「SMART Buddy Pre-paid」料金表 <http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/>
*6
: 米中央情報局「The World Factbook-Population」 <http://www.odci.gov/cia/publications/factbook/fields/2119.html>
*7
*10
: 「JETRO月刊フィリピンIT事情 No.1」2004年9月1日<http://www3.jetro.go.jp/jetro-file/ BodyUrlPdfDown?.do?bodyurlpdf=05000757_007_BUP_5.pdf> 参照
*8
: ITU「World Telecommunications Indicators」インターネット動向2002年(2001年) <http://www.itu.int/ITU-D/ict/statistics/at_glance/Internet02.pdf>、 および2003年(2002年)<http://www.itu.int/ITU-D/ict/statistics/at_glance/Internet03.pdf>
*9
: ネットサーファーズ・クラブ社「PREPAID PACKS」料金表<http://www.nsclub.net/prepaid/>
*11
: PLDT社「SmallBiz? Packages (Ideal for Small/Medium Enterprises)」料金表 <http://www.pldt.com.ph/prod-serv/business/bizdsl.htm>
*12
: PLDT社「myDSL Plan 1995」料金表<http://www.pldtdsl.com/products/packages.html>
*13
: National Wage and Productivity Commission, Department of Labor and Employment(労働雇用 省)「CURRENT DAILY MINIMUM WAGE RATES National Capital Region a/ Per Wage Order No. NCR-10 b/ (Effective 10 July 2004)(マニラ首都圏の最低賃金)」 <http://www.nwpc.dole.gov.ph/pages/ncr/cmwr_table.html>
