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『情報社会学序説ラストモダンの時代を生きる』
- 公文俊平
- GLOCOM代表
『情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる―』NTT出版2004年10月発行四六判、359頁税込価格2,100円
古希を目前にしてようやく「序説」を書くとは、なんとも面はゆいかぎりである。よく「人は処女作に向かって完成する」などといわれるが、私の場合、初めて単著(『社会システム論』、1978年)をだしたのは、40代も半ばに近づいたころにすぎなかった。これを「処女作」というならば、随分と薹が立っているというしかないだろう。
それ以後の、『文明としてのイエ社会』(1979年、これは共著だが)から、『ネットワーク社会』(1988年)、『情報文明論』(1994年)、『文明の進化と情報化』(2001年)を経て今回にいたる私の著作は、基本的に、同一の主題の変奏曲にすぎない。もちろんその間になんの進展もなかったわけではないが、私としては、人生の晩年にいたってようやく、自分のライフワークのテーマはこれ(情報社会・学)だったのかと納得して、その「序説」という形でこれまでの仕事を整理し直してみたのが、今回の作品である。といっても、いまの私には、その後の本説を書き継ぐだけの体力(とくに視力)も気力も到底残っていそうもないので、その仕事は後輩たちに託すしかない。
私が最も敬愛する学問上の先輩であり、東京大学、そしてGLOCOMでの同僚でもあった村上泰亮と私は、ともに、近代化過程、とりわけ日本の近代化過程の研究を中心的な関心事としてきた。とりわけ村上は、近代化=産業化とする見地に立って、近代社会=産業社会の学際的、総合的な研究に努めてきた。つまり、私にいわせれば、村上のライフワークは「産業社会・学」の構築にあった。そして村上は、あまりにも早すぎたその死の直前に刊行された『反古典の政治経済学要綱』の中で、そのための基本的アプローチとしては、「進化論的」および「ネットワーク論的」アプローチの2つが有望だと指摘していた。
しかし私は、近代化を産業化と同一視する観点に対しては、なんとなく違和感を覚えていた。マルクス経済学から出発し、米国に留学してソ連の地域研究を専攻してきた私が、東大教養学部で最初に所属したのは経済学教室だったが、その後関心がソ連から日本へ、経済学からシステム理論へと移ったこともあって、衛藤瀋吉先生の勧めで国際関係論教室に移った。そのため、国際政治学、とりわけ国際システム論をしばらく集中的に勉強しなければならなくなり、国際政治学者の常識では、近代国際システムは遅くとも17世紀の半ば(1648年のウェストファリア条約の締結などを契機として)には成立したものとみなされていることを知った。これは明らかに、18世紀後半の産業革命の始まりよりは1世紀以上早い。それに、社会システム論的に考えれば、近代社会を構成している主な組織としては主権国家と産業企業の2つがあって、互いに異なる競争的な社会ゲーム―威のゲームと富のゲーム.のプレーヤーとなっている。一般的な取引力である富を追求するゲームが「資本主義」的なゲームだとすれば、一般的な脅迫力である威(国威)を追求するゲームは「国本主義」的なゲームだと言えるのではないか。
だが、そうだとすれば、さらにもう一つの社会ゲームの形が、理論的には予想できる。なぜなら、主体間の相互制御の手段―広義の政治力―としては、「脅迫」と「取引(交換といってもよい)」に加えて「説得」があることが、昔から知られているからである。一般的な説得力のことを仮に「智」と呼ぶとすれば、「智」を追求する第3の社会ゲーム、すなわち智のゲームが考えられるのではないか。だとすれば、近代化は、富のゲームが普及する産業化で終わるのではなく、その次の局面、つまり智のゲームが普及する局面があり、近年しきりに議論されている「情報化」こそは、まさにその局面にあたるのではないか。また、産業化の前に、主権国家が出現して威のゲームがプレーされるようになる「国家化」とでも呼ぶべき局面が考えられるとすれば、全体としての近代化は、国家化→産業化→情報化という局面転換を伴いつつ進行していくと考えた方がよくはないか。
そうした考え方が意味をもつとすれば、近代化の理論は新展開の大きな地平をえることになる。たとえば、3つの局面それぞれにおいて、その展開を主導する中核的な社会的主体の性格は異なっているにちがいない。国家化を主権国家が主導し、産業化を産業企業が主導したとすれば、情報化を主導する社会的主体―私は後に、それを「智業」と呼ぶことにしたのだが―の性格はどのようなものになるだろうか。同様に、主権国家の相互行為の基調が「主権」を根拠とする「闘争」にあり、産業企業の相互行為の基調は「所有権」を根拠とする「競争」にあるとすれば、情報社会に出現してくる新主体の相互行為の基調―私はそれを「情報権」を根拠とする「共働」と呼んでみたいのだが―は、どのようなものになるだろうか。
私のそうした疑問や展望に対して、とくに「情報化」の位置づけに対して、村上は最後までまだ結論をだすには早すぎるという態度を崩さなかった。しかし、1990年代の事態の展開を村上が目にすることができていたら、まちがいなく考えを変えていたと思う。村上の早世のために、90年代の後半から今世紀の初頭にかけての情報化の「疾風怒濤時代」を村上と共に体験し、その意味について共に議論する機会を失ったことは、かえすがえすも無念でならない。
だがそれはそれとして、私が今回の著作でとくに強調したかったのは、次の2点である。
その第1は、情報化が、近代化の第3局面―「出現」と「突破」に続く「成熟」の局面―にあたるとすれば、そしてその意味での情報化は、始まってからたかだか半世紀程度の年月しかたっていないとすれば、今日の社会のあり方を「ポストモダン」と特徴づけるのはいささか性急にすぎるのではないかという点である。もちろん、先行する社会的事物(たとえば文明)の進化が「成熟」局面に入るころには、すでに次の社会的事物が「出現」しつつあるという意味で、旧いものの「成熟」と新しいものの「出現」は重複していることが普通だとすれば、ラストモダンの過程の進行と同時並行的に、ポスト近代の文明―私の用語で言えば「智識文明」―の出現も起こっていて当然だろう。しかし、それに目を奪われすぎて、まだまだ相当の長期間にわたって続くと思われる、近代文明の「成熟」局面―さらにその先には、「定着」局面さえ待っているかもしれない―の意義を過小評価してしまってはならないのである。
その第2は、近代化の各局面を主導する社会的主体がそれぞれ異なる行為原理に立脚している可能性である。たとえば、主権国家は、その下位主体(企業や個人など)の統治に際しては、「公の原理」―公平、公正、平等など―に立脚して、それを行っていると思われる。これに対し、私有財産の取引の自由という産業企業の行為原理は、私的利益の追求を第一義とする「私の原理」を基本としている―もちろんさまざまな制約はかかっているだろうが―といえるだろう。それならば、情報化局面で台頭してくる新しいタイプの社会的主体である「智業」(およびそのメンバーとしての「智民」)の立脚する行為原理は、どのようなものだろうか。私はそれを「共の原理」と呼ぶことにして、今回はその特徴をいろいろな面から考えてみたが、まだまだ不十分な点が多いと思う。今後さらに改善していきたいところである。
他方、村上が提唱した「進化論的アプローチ」と「ネットワーク論的アプローチ」の重要性については、私は全面的に共感した。今回の著作でようやく一つのまとまった形を提示することができた、さまざまな深度にわたる社会的事物の生成発展の「S字波」とそのフラクタル的な束という見方は、私なりの進化論的アプローチである。
今回の著作では十分に展開することができなかった―なにしろその可能性に想到したのが原稿を事実上書き終えた後だった―進化論的アプローチのもう一つの可能性は、社会秩序の変化を、
ローカルなアクティビズムの発揮
→グローバルな秩序の「創発」
→その欠陥を是正するための新秩序の「創出」
→その中から生まれる新しいアクティビズム
の反復として記述しようとするアプローチである。たとえば、分散・分権化した地域的権力体がより強力な「主権国家」を構築し拡大していこうとするローカルなアクティビズムの発揮の結果、近代的「国際社会」が生まれ、その中での「威のゲーム」が普及する。威のゲームがプレーされる過程で、国家間の「勢力均衡」と各国の国力の成長―外部に植民地にすることのできる環境が残っているかぎりでだが―というグローバルな秩序が「創発」してくる。しかしこの国際社会秩序は、頻発する戦争の変動にさらされているばかりか、個々の主権国家の国力の間には「ベキ分布」に従うような顕著な不均等がみられる。そのため、相対的に強力な主権国家が、このような欠陥を是正すべく、平和と勢力均衡の秩序を政策的に「創出」するための努力を試みるようになる。しかし、そうした試みは、限定的な成果しかあげることができない。やがてその中から、新たに台頭してくる別の種類の社会的集団、すなわち産業企業が、私利追求のアクティビズムを発揮する中で、「世界市場」の形成とその中での富のゲームの普及がみられるようになる。そうなると、「市場均衡」と「経済成長」の広域的な秩序が創発してくるが、それはそれで、景気の変動や富の分配の不平等という欠点をかかえているので、それを改善するための新しい秩序の「創出」努力が政策的に試みられるようになる、云々。
そうだとすれば、次の課題は、情報化に伴って、どのような新たなアクティビズムの発揮がローカルになされ、そこからどのようなグローバルな秩序―「智場均衡」と「知的成長」の広域的な秩序―が創発してくるのかを、理論と実証の両面から明らかにしていくことである。
村上の提唱したもう一つのアプローチであるネットワーク論的アプローチの有用性は、90年代の終わり以来のネットワーク理論の急速な発展や、インターネットを通じた「社会的ネットワーク」関連のソフトウェアの爆発的な普及などによって、みごとに証明されつつある。村上がこの状況を目にすることができていれば、さぞかし莞爾として微笑んだことだろう。
ネットワーク理論の新展開の中で明らかになってきたさまざまな論点、とりわけ、ネットワークに限らず社会的事物一般の分布に広くみられる「ベキ分布」性は、経済物理学が解明しつつある社会的均衡点の近傍での「相転移」がもたらすカオス的振動の問題とも関係して、今後の社会科学、とりわけ情報社会学にとっての大きな挑戦になるにちがいない。さらに言えば、私が今回の著作で主に取り扱った社会的事物のS字波的進化の諸局面において、ベキ分布性がどのように発現するのか、ベキ指数の値の変化と局面の転換との間には相関関係があるのかといった問題も、きわめて興味深い研究課題である。
今春設立された情報社会学会が、これらの研究課題を積極的にとりあげていってくれることを期待してやまない。
