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アナログからデジタル技術時代までの音楽制作の変遷。コンテンツ形態によるさまざまな問題と予測される未来
- 講師:吉川洋一郎 作曲家/くらしき作陽大学特任教授
- 講師:山崎博史 株式会社スタインバーグ・ジャパン取締役
4月15日のIECP研究会は、作曲家の吉川洋一郎氏と(株)スタインバーグ・ジャパン取締役の山崎博史氏を講師に迎え、「アナログからデジタル技術時代までの音楽制作の変遷。コンテンツ形態によるさまざまな問題と予測される未来」と題して開催された。
吉川洋一郎氏は、プリンセス・プリンセス、アグネスチャンなどへのプロデュース楽曲提供、NHK特集「地球大紀行」などの番組テーマ曲、CM、アニメの音楽制作など幅広いジャンルで活動されている作曲家である。また、くらしき作陽大学で特任教授としてコンピュータを使用した作曲やレコーディングの指導にかかわっておられ、その中で、学生に音楽制作の工程の全体を知ってもらう必要を強く感じていたという。ここ数年、パソコンのパフォーマンス向上とともに作曲ソフトが格段に進化し、ノートPCがあれば、譜面や楽器を知らなくても、メロディを作ってアレンジし、作曲することが手軽にできるようになった。その反面、どうやって高音質の音を作って記録するのかという「音楽づくり」の現場を知らないままで曲を作っている若者が多いという。音楽制作にかかわるプロのエンジニアやアーティストの仕事を紹介するような指導教材が欲しいと考えていた吉川氏が、福冨忠和GLOCOM主幹研究員の仲介により、(株)スタインバーグ・ジャパンと共同制作したのが「Steinberg Tek Lab DVD高音質レコーディングの世界」 *1 である。このDVDでは、デモ曲作りからスタジオレコーディング、ミックスダウン、工場に出荷するマスター制作までの全工程が、実際の曲作りを通して解説されている。
講演の第1部では山崎氏より、電子楽器の変遷とともに変化した音楽コンテンツの制作方法について、国内外の電子楽器メーカー等の動向を中心に話をうかがった。第2部では、スタインバーグ社のDAW (Digital Audio Workstation)ソフト “Cubase” と “NUENDO” を使った音楽制作の実際について、「Steinberg Tek Lab DVD」を参照しながら、吉川氏より説明が行われた。
第1部:「日本の楽器市場の変遷とともに変化してきた音楽コンテンツ制作方法の歴史 昭和~平成」
第1部の山崎氏による講演の概要は、以下のようであった。20世紀後半の音楽制作環境に劇的な変化をもたらしたイノベーションとして、シンセサイザーが挙げられる。シンセサイザーは音を電子的に合成することで、打楽器、弦楽器、管楽器などを使い、物理的に空気を振動させて音を出すという従来の音作りに大きな変革をもたらした。この新しい音作りの手法は、デジタル技術の進展とともに音楽の領域を次々と広げていく。1970年代後半~80年代にかけてデジタルサンプラー/シーケンサー、デジタルシンセサイザー等が登場、とくに82年のMIDI (Musical Instruments Digital Interface)規格統一を経て、デジタルオーディオ機器の開発は飛躍的に進んだ。また80年代中頃から、専用マシンではなく汎用パソコンにインストールして使うソフトウェアシーケンサーが台頭し、パソコンCPUの高速化とともに、DAWソフトの高機能化・低価格化が進んだ。現在では、パソコンにキーボードや音源をつないで、ソフトウェアで作曲することが主流になっているとのことである。今後の音楽環境については、CPUの高速化とデュアルコア化、OS・アプリケーションの64bit化により、DAWの機能はもう1ステップ向上することが考えられるという。また音楽制作の一つの方向性として、山崎氏は、今年3月の “Musik Messe2005 at Frankfurt” で紹介されていたmaking music online *2 を挙げた。これは、DSLネットワークを使って、遠隔地でリアルタイムレコーディングを行うサービスである。遠隔地どうしでも常に双方の録音データ、再生データが「サンプル・アキュレイト・シンク」し、デモでは、ロンドン・ベルリン・フランクフルトをつないだレコーディングが、全くネットワークディレイなしで行われていたという。会員制のサイトでブログ形式のホームページやコミュニティを提供し、そこで演奏メンバーを募集して、違う国にいながらレコーディングを行うようなことも考えられるという話であった。一方で山崎氏は、メーカーとして機能面でのイノベーションばかりを競う時代ではなくなってきているのではないかとも述べた。ユーザーサポートの質的向上、良質なユーザーコミュニティの提供などを通したユーザー教育が必須であり、今回の教則DVD作成はその試みの一つだということであった。
第2部:「アーティスト側の実情音楽制作方法・制作予算・配分などについて」
第2部の吉川氏による講演は、「Steinberg Tek Lab DVD」を参照しながら進められた。DVDでは、「サイバーキッス/YUKO」という曲を実際に作り上げていく過程を、次のような流れを追って解説している。
1. プリプロダクション 2. ボーカルリハーサル 3. スタジオレコーディング 4. オーバーダビング 5. ホールレコーディング 6. ボーカルダビング 7. ミックスダウン 8. マスタリング
DVDでは、まず吉川氏のプライベートスタジオでデモ曲作りが始まる。スタジオの設備は、“Cubase”、“NUENDO”をインストールしたノートPCを中心に、MIDIキーボード、オーディオインタフェース、AD/DAコンバータ、ミキサー、ステレオモニター等である。最初に、VSTインストゥルメント*の “The Grand” を使ってメロディやコードを作曲する。次に “Virtual Guitarist”、“HALion” などのVSTインストゥルメントを立ち上げて、次々とフレーズを試して音を加工したり打ち込んだりしていく。これを繰り返してだんだんと曲の形ができていくが、今ではノートPCで同時に十数台のソフトシンセを立ち上げることができるという。“Cubase” や “NUENDO” のおかげで、出張にノートPCを持っていき、海外で作業の続きをするといったことができるようになったということであった。
デモ曲ができたところで、歌詞と合わせるために仮歌入れを行う。それからスタジオレコーディング、ホールレコーディングなどを行って、実際に楽器で演奏した音をノートPCに取り込んでいく。この「音どり」部分にはとくにウェートが置かれ、使用するスタジオや機材の特徴、それぞれの楽器の音をとるマイクの種類やセッティング、とった音をチェックしながらミュージシャンに注文を出していく様子、バイオリンの上弓・下弓の話などが詳しく記録されていた。高音質の音楽作りには、やはりここが肝心だということなのだろう。途中、吉川氏から制作予算についての説明があったが、スタジオやホールの使用料、エンジニアや演奏家の人件費など、とにかくこの生の音を録音する部分に一番費用も手間もかかる。バイオリンの音をとるシーンでは、「楽器だけで1千万円ぐらいしますので、間違ってもマイクが倒れないように気を使います」というエピソードも紹介されていた。
レコーディングが終わると、ミックスダウン、マスタリングを経て、工場に渡すマスターテープができあがる。ここでもエンジニアの方が、「ミキシングのデジタル処理を通しても、アナログで入れ込んだ良い音は良い音で残る」ということを強調されていた。
第3部:意見交換
第3部では、講師の吉川氏、山崎氏に参加者を交え、自由に意見交換が行われた。参加者の中にはスタインバーグ社の製品を使って作曲しているという方もいて、ハードウェアキーやプロテクトの問題、プロではないローエンドのユーザーへのサポートについて質問があった。そのほか、現実の楽器を知らずに作曲することの弊害、サンプル音と生音の違い、映像と音楽の融合に向けた将来像、A/D変換の際のノイズ対策、マーケットが求める音質と新しい音の可能性、等々の話題で盛り上がり、予定の3時間を越えて話が続いた。
ここで全部は紹介し切れなかったが、講演では随所に音楽や映像が組み込まれ、楽しい雰囲気のうちに進行した研究会であった。こういう機会がなければ、おそらく音楽制作の現場を知ることはなかっただろうと思う。ふだん何気なく聞いているCDが、こんなにも綿密な作業を通してできあがっているというのはとにかく驚きであった。
(編集部)
*3
*1
: 「Steinberg Tek Lab DVD」については下記を参照。 <http://www.japan.steinberg.net/teklab/tek_lab_dvd/index.html>
*2
:
*3
: シンセサイザーなどのハードウェアをソフトウェア上で再現するソフトシンセの一種。 VST (Virtual Studio Technology)は、スタインバーグ社の提唱するオーディオ用プラグイン規格。