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東京国際映画祭 コンテンツ産業の転換期に果たすべき役割を考える

  • 講師:境 真良
  • 東京国際映画祭事務局長

 2004年10月13日、「東京国際映画祭~コンテンツ産業の転換期に果たすべき役割を考える」と題してIECP研究会が行われた。東京国際映画祭事務局長である講師の境真良氏は、経済産業省メディアコンテンツ課長補佐等を歴任される一方、海賊版収集、アイドル研究、マンガ読書、コンピュータいじりなどによってオタク世代を自認するという異色の経歴を持つ方である。境氏による講演の概要は以下のようであった。

東京国際映画祭

 東京国際映画祭は当初、旧通商産業省、フジサンケイ、財界中心に映画界以外の関係者が立ち上げたが、その後種々の変遷を経て、現在では映画界を中心に運営されている。21世紀になって経済産業省(経産省)は、コンテンツの海外展開の観点から積極的に推進してきた。今回で17回目を数え、10月23~31日に六本木ヒルズと渋谷Bunkamuraで開催された。実際には20日頃から音楽のイベントが開始され、今回は映画だけでなく、音楽やデジタル映像を含めた華やかな映像祭が演出された。

世界の映画祭について

 世界で最も古いのはベネチア映画祭で、当初は芸術性の高いコンテンツとして始まった。1936年にムッソリーニがこれを政治的なイベントに利用したが、戦後は装い新たに再出発している。カンヌ映画祭は映画の業界人や文化人が中心で、これも当初は連合国側の政治的な示威行為の場であったが、戦後は復興したフランスのアイデンティティとして復活し、芸術のPRの場となっている。またカンヌ・マーケットと呼ばれるフィルムマーケットへの参加者が大半を占めている。またカンヌ映画祭の運営方針に対する批判も前向きに取り入れ、監督週間などオフコンペを拡大してきた。ベルリン映画祭は、冷戦時代の1951年に国際映画祭ではなく市民映画祭として始まり、当初は西ドイツをPRする西側文化紹介の場として東側の作品は招待されなかった。その他にもトロント、サンダンス、釜山、ゆうばりなど個性のある映画祭がある。トロント映画祭では、大規模な試写会での評判によってその後の上映期間が決まる。ユタ州サンダンス映画祭は、ロバート・レッドフォードが始めた自主流通の作品中心のインディーズ映画祭であり、低予算の映画が多く上映され、新たな人材発掘の場となっている。韓国釜山の映画祭は、東京映画祭に対抗して韓国の地域興しの一環として開催され、韓国映画興隆時期と重なり、アジアの映画人が必ず参加する映画祭となっている。北海道ゆうばり映画祭は、1億円ふるさと創生事業として始められた。炭坑の街の復興事業として厳寒の中で開催され、多くの映画人が集まるユニークな交流の場となっている。

映画業界とTVとの関連

 日本政府は、映画祭に年間で合計5~6億円も支援している。経産省は、業界のあり方として、生産部門と流通部門、小売と配給部門、キー局と地方局との分割を視野に政策立案を行っている。これには流通業に比べてクリエータは儲からないという構造的な問題がある。日本の映画産業は明治以来の問屋制家内工業であるために、小規模クリエータのインセンティブが少ないこともあり、1950年代の最盛期ののち一貫して衰退してきた。1990年代の映画産業の低迷状況は、NHK連続ドラマ「オードリー」に詳しい。TVの出現に対し、映画業界はスターを保有していることでTVを軽視したことが衰退の始まりであった。一方、TV業界は音楽業界と組んでスターを内製化し、映画のリソースに頼らなくなった。米国で映画産業がTVを飲み込んでいる状況とは大きく異なっている。

文化の発展は経済とは別物か

 作品の評価について言えば、大勢が鑑賞する作品の文化的価値は低くないという意味で、文化的価値と経済的価値は表裏一体である。異論があるかもしれないが、経済的に成功することは、文化的価値の高さの十分条件ではないが、必要条件だと言えるだろう。発展阻害の原因としてコンテンツ流通の寡占状態があり、制作と流通との間に競争原理を導入するためにも、標準契約や制作側への資金提供や流通網での多様化などを促進する必要がある。

海外市場の開拓

 経産省としては全く新しい市場を作ることに着目している。今までは映像の海外市場を、組織的には開拓してこなかった。海外市場での値付けは自由であり、新たな収入源となる。実は昔から海外市場は存在していた。たとえば台湾の場合、海外への正規ライセンスの70~80%はマンガである。ただし日本のアニメやマンガなどの海外での流通は海賊版が多く、利益は得られていない。海外ビジネスは販売経費のほうが高いという面があり、海外市場開拓は難しい。また、日本の縦書きマンガを反転させると左右逆転になるという問題もある。さらにドラマの場合、日本のコンテンツが評価されたとしても、毎日放映している国では、連続ドラマ2週間分の量にしかならず、価格的に割高となるために競争力がなくなる。このように課題は山積だが、ソフトパワーの観点から、国際映画祭などで審査員が個別の基準ではなく最も売れたものを表彰することで、ジャパンブランドを確立したい。

各省庁の立場

 文化庁は、最近では映画が産業として元気になるように支援してきている。2003年には映画振興に対する懇談会を開催し、新たな流通網の整備によって競争化を促進するなど、経産省的な報告書を出している。総務省は、放送業界と通信業界というコンテンツ流通業者の関連で東京国際映画祭を支援している。ただし、コンテンツこそが価値のある商材であって、媒体としてのメディアは商材とはならない。また参入障壁のない巨大な流通メディアであるブロードバンドを活用し、インターネットでTV配信するのか、あるいはそこに別コンテンツを流すのかという課題は残る。外務省は、茶道・華道などの伝統文化を重視することを日本のアイデンティティとしてきたが、1980年代になってTime誌がジャパン特集を出版するなど、伝統文化とは異なる日本文化が注目されたことが外務省の文化政策にも影響を与えてきた。日本大使館の文化部のリニューアルに際しプレイステーションを30台購入するなど、1999年からは大衆文化も支援するようになった。

時代は待ってくれない

 変化は現在進行形で起きており、東京国際映画祭は以下の点で転換点を迎えている。 ①コンテンツを流通させるメディアの帯域は決定的に太くなった。 ②アジア域内の文化的同化が予想以上に速く進行している。日本社会で日本語を話さないタレントはここ10年間で増え、ファッションの流行のタイムラグがほとんどなくなった。 ③コンテンツ制作能力が家庭のパソコンなど個人レベルで可能になった。この結果、自主流通(インディーズ)のiMovieで編集し、制作費が300ドルという超低コストのビデオ作品が登場してきている。これは流通拡大を図る産業政策としては望ましい状況である。ただし、一方でインターネットがあまりにも情報を拡散させてしまうので、対価を払わなくなる可能性もある。対価回収のメカニズムについては、SOAP (Simple Object Access Protocol)、カプセル化(DRM)など技術的な対応策はあるものの、回収可能なのはごく一部になってしまう恐れはある。

お金はすべての価値を表象しているか

 経済学では価格のみを扱ってきたが、ライフスタイル、消費者の心理を考慮すると、お金という価値だけでの生産は経済効率が落ちる。金銭的でない部分で経営の手法を考える必要がある。著作権法では許諾の内容・条件についての規定はなく、著作権者がどういう条件で満足するかによって、いわばTPOに応じて変えればよい。その意味で、知的財産を絶対とすることが正しいかどうかについては、ローレンス・レッシグのコモンズ論のように、バランスのある解決が必要となる。コミックマーケットには大手の商業出版社が入ってきているが、たとえば講談社は、「自分たちは著作権を持っているが、自社のビジネスに影響を与えるほど大きな生産でなく、かつ作家の心情を意図的に傷つけるようなひどいパロディでない限り、著作権行使を放棄する。なぜならこのようなパロディ文化の中からクリエータが育ってきたのだから」という立場をとっている。昨今は、貸与権、輸入権など、隣接する知的財産権については弾力的な配慮、いわば知的財産権上の穴をどのように作っていけば産業政策的に効率的なのかという議論が出てきている。

コミュニケーションとしてのコンテンツ

 コミュニケーションの擬似的なものがコンテンツである。政治主体それぞれが求心力で固まっていては相互に衝突する。EU(欧州連合)設立においても、教会や聖書という共通のコンテンツが果たした役割は大きい。認識がモノを作るとすれば、コンテンツは政治的なものである。中国では1995年に日本のマンガが解禁されるまでは(それ以前はドラえもん、その後クレヨンしんちゃん、セーラームーンなどのみが例外)、正規版は発行されていなかった。思想統制をするならば海賊版も対象にすべきである。海賊版が流通する一方で、正規版を認めないのであれば、それはある意味で産業保護政策といえる。これから海賊版をどうやって正規版に変えるかが大きな政治問題となっている。

ハレ=祭りとしての映画祭

 ハレとケという柳田国男論で言えば、ハレとは非日常のことである。東京国際映画祭はコモンの場であり、観客・映画業界・産業界のためのハレとすることで、DVDもデジタルも可能となる。さらに家電や弱電の参加により、デジタル技術のすごさを見せつけることができる。大手の作品だけでなく、デジタル上映セクション、DVD上映会、ショートショートなど、映画祭はさまざまな祭りの場を提供する。映画祭で評判が良ければどこかで上映されるので、PRの場として有効である。また音楽イベントも加わり、かつては犬猿の仲だった映画業界とTV業界とが相乗りコンテンツ総動員でハレの場を活用する。各種セミナー、映像マーケットを開催することで、全体として映像産業を変えていきたい。来年以降は、さらに音楽との連携を強化し、アジア域内でのアジアコンテンツの総合コーディネーション、タレントビジネスなど、従来の映画祭の枠を越えて、「東京国際エンターテインメント祭り」へと発展させていきたい。

 小林寛三(GLOCOMフェロー)