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アメリカの2006年度予算は今何処に
IRIS経済研究所研究員 / 元米上院予算委員会補佐官 / GLOCOM客員研究員
米国の国家予算はどのようなプロセスによって決定され、どこに問題 があるのだろうか。5月9日のIECP研究会は、IRIS経済研究所研究員で GLOCOM 客員研究員でもある中林美恵子氏を講師に、『アメリカの2006 年度予算は今何処に』と題して開催された。
中林氏はワシントン州立大学大学院にて政治学修士号を取得後、米連邦議 会上院の予算委員会に国家公務員として採用され、共和党側スタッフとして 約十年間、予算法案の作成業務に従事されたという経歴を持つ。2002年に 帰国後は、経済産業研究所、IRIS経済研究所等にて研究活動に携わるかた わら、CS衛星放送朝日ニュースター「ニュースの深層」において月曜担当 のニュースキャスターとしても活躍されている。研究会では、中林氏が実際 に勤務された経験を踏まえながら、米国の予算編成のプロセス、米国の財政 状況と2006年度予算の問題点などについてお話をうかがった。
中林氏による講演の概略は以下の通りであった。
予算編成の権限は議会にある
米国では毎年の予算がすべて法律として審議され、制定される。米国憲法 は第I条第1節で、「いっさいの立法権限は議会に与える」と定めている。し たがって、予算編成の権限も立法の一部として大統領ではなく議会(立法 府)にあり、財政関連法案は議員が細部にわたる決定権限も持つ(もちろん 通常の法案と同様、大統領には拒否権がある)。大統領は毎年2月第1月曜 日に予算教書(President's Budget)を議会に提出するが、これは議会に対す るリクエストにすぎず、そのまま採用されるわけではない。議会は歳入・歳 出に関する法案を独自に審議し、制定することができる。日本では予算編成 は内閣(行政府)の仕事であり、ここが日米の予算編成プロセスの大きな違 いだと言える。
では、実際に予算の立法化作業をどこが行うのかというと、上・下院の委 員会である。連邦議会の上・下院には、それぞれ軍事・外交・通商科学・歳 入・保健年金・司法・公共事業などといった専門分野別に委員会が設置され ていて、歳出権限法を定める(予算以外についても、議員を通して持ち込ま れるさまざまな法案をスクリーニングして公聴会にかけ、どの法案を本会 議に送るのかを決めている)。こうした歳出権限を持つ委員会は、予算の全 体像とバランスを取り仕切る予算委員会(Budget Committee)に、その年 度の方向性を提出する。各委員会の委員長は議会での多数党の議員から選ば れ、委員は多数党の議員が過半数を占める(本会議での議席数にほぼ比例)。 委員会予算の配分は多数党が約三分の二、少数党が約三分の一とする委員会 が多く、これによって委員会スタッフ(立法府官僚)の人件費や事務用品費 用等がまかなわれている。
各委員会から管轄分野にかかわる短期・長期の方向性や要望が予算委員会 に提出されるのに前後して、予算委員会が予算決議の作成を進める。予算決 議や歳出法などの予算関連法案は各院で審議・修正され採決されるが、上院 と下院が別々に作業を進めた異なる決議案や法案を一致させるために、上・ 下院双方の代表者から成る両院協議会が開かれ、すり合わせが行われる。こ こで一本化された予算法案について再び上下両院で採決が行われ、通過する と予算決議が成立する。これには大統領の署名は要らないが、年度末(9月 末)までに通過させるべき歳出法(これには大統領の署名が要る)に大枠に おいて縛りをかける力を持っている。予算決議は4月15日までに成立させ るのが原則だが、今年も、また過去においてもなかなか守られていない。
その後、予算決議をもとに、上・下院の歳出委員会(Appropriations Committee)が分野別に13本に分かれた歳出法案を作成する(実際には13 の小委員会が作成に当たる)。これらの歳出法案について再び[委員会での 審議・修正・採決]→[両院協議会による一本化]→[上下両院での可決]と いう過程を経て、大統領に送られ、大統領の署名を得て予算決議が成立す る。このほか、税制など歳入にかかわる法案は、上・下院の歳入委員会(上 院ではFinance Committee、下院ではWays & Means Committee)を通さな ければならないなど、いくつかの委員会が財政にかかわる法案の立法化を 行い、すべて上院と下院の両方で可決された後、大統領に送られる。ちなみ に大統領は、議会で可決された法案に対しては署名するか拒否権を発動する かという選択しかなく、部分的な修正を行うといったことは認められていな い。拒否権が発動された場合、これを覆すには上院と下院の両方で三分の二 以上の賛成が必要である。
予算成立のプロセスとタイムテーブル
米国の国家予算が成立するまでのプロセスを議会の側からまとめると、概 ね次のようになる。
- 2月第1月曜日 / 大統領が予算教書を議会に提出
- 2月14日 / CBO *1 *1が財政と経済見通しのレポートを提出
- 予算教書から6週間以内 / 裁量権限を持つ各委員会が予算について の要望を予算委員会に提出
- 上院・下院それぞれで予算法案を審議・修正・可決
- 4月15日まで / 上院予算法案・下院予算法案を両院協議会で一本 化。上院・下院の両方で予算決議通過
- 5月15日 / 予算決議が間に合わない場合、下院はこの日から歳出委 員会で歳出法案の作成を始めてもよい
- 7月 / OMB*2がMidsession Review(財政と経済の中間報告ならび に見通しのレポート)を議会に提出
- 8月 / CBOがMidsession Reviewを議会に提出
- 上院・下院の両方で歳出法案を可決
- 9月末まで / 歳出法案に大統領が署名
米国の会計年度は10月に始まり9月に終わる。したがって、ここまでの 作業が9月末までに完了していないと、予算執行ができないことになる。し かし実際には、11~12月になっても作業が続いていることが多いという。 その場合は暫定予算を組むことになるが、これも法案化して法律として成立 させる必要がある。
単なる作業の遅れからではなく、政権と議会の意見対立から暫定歳出法を 成立させられなくて、一部ガバメント・シャットダウンという事態に陥った ことがある。分裂政府の構造であった1995、96年、民主党のクリントン政 権と共和党議会とが対立して暫定歳出法を成立させることができず、各国の 米国大使館が閉まりビザの発給も受けられない状態にまで至った。
上院と下院は一体ではない
連邦議会において上院と下院は対等の立場にあり、予算法案を含むすべて の法案は上院と下院の両方で可決されなければ、大統領に送って署名を求め ることはできない。ここで、上院・下院ともに同じ党が多数を占めていたと しても、必ずしも双方が一致して法案成立に協力するとは限らない。実際、 104議会(1995年~)以降、1期を除いて上・下院ともに共和党が多数を占 めているが、2004年と2002年には、上・下院の意見の違いをすり合わせる ことができず、予算決議が通らないということがあった。
これは、主に上院と下院の議員選出方法の違いがもたらすぶつかり合い であるという解釈もできよう。上院は定員100人で、人口にかかわりなく各 州から2人ずつ選出される。州代表という性格が強く、任期が6年と長いた め、比較的長期的な視野から政策を立案することができる。他方、下院は定 員435人、人口比率により選挙区が小さく設定されている。任期は2年と短 く、その分、民意を反映しているという自負が強いが、再選を常に目指す必 要に迫られて地元利益誘導型の政策に走ったり、短期的視野から議論を行い がちである。
また、上院にはフィリバスターの特権があり、法案成立を妨げる要因の一 つになっている。フィリバスターとは長時間の演説などの合法的手段によっ て議事の進行を妨害することで、上院議員は本会議で一度指名されると、永 久に演説を続けてもかまわない。このため、自分の所属する党にとって不利 な法案が可決されそうなときには、1人で長々とスピーチしたり、同じ党派 の議員で演説をリレーしたりして時間切れに持ち込むことがある。ここで、 フィリバスターを止めさせるには、100議員中60票の賛成が必要である。し たがって上院で60議席以上あれば、多数党側だけの賛成で法案を通すこと ができる(これを上院のスーパーマジョリティという)が、過去15年間を 見ても、民主党・共和党ともに上院で60議席以上を占めたことはない。一 方、下院では単純マジョリティが原則なので、多数党側の案が簡単に通って しまうことになる。
2006年度予算のポイント:赤字削減と財政規律の立て直しは可能だろうか
さて、米国の2006年度予算が今どの段階にあるのかというと、2月7日に 大統領の予算教書が議会に提出され、上下両院の委員会での審議、両院協議 会での合意を経て4月28日に予算決議が成立した。これから歳出委員会が 歳出法案の作成に入るところである。大統領の予算教書、予算決議、議会で の審議資料等からポイントを拾ってみると、以下のようになる。
- 2005会計年度の財政赤字額の見通しは、大統領の予算教書(2月) の段階では4,265億ドルであったが、CBOによる5月の予測では 3,500億ドルと若干改善。
- ブッシュ政権の公約である減税措置延長規模は、予算決議で700億 ドル。
- ブッシュ政権は2009年までに財政赤字を半減させると公約してい るが、予算決議ではそれを2008年までに成し遂げる計算。しかし 補正予算(戦争や災害など緊急事態に支出される経費)などのほ か、さまざまな問題が積み残されているので、歳出が予想外に増え る可能性がある。
- 防衛費の伸び、Homeland Security Spendingの伸びがこれまで大き かったが、これからは多少は支出を抑える傾向を見せようとしてい る。
- 民主党は、予算決議に入っていない歳出項目として、今後10年間 の長期的な見通し、イラク戦争のコスト、AMT*3是正のコスト、 年金制度改革のコストなどを挙げている。
- 毎年、補正予算が増大。大統領が議会に提出した2005年度補正予 算のリクエストは820億ドル。
- それを計算に入れずとも、テロとの戦いにかかわる補正予算は、 9.11以降トータルで2,580億ドル。
- 予算全体の約三分の二を占める義務的経費*4が、今後ものすごい勢 いで増大する。米国の財政課題は実は長期的なところにある。
- 補正予算の増大とともに、ポークバレル*5支出が増加。これは財政 規律のタガがはずれてきたことの一つの指標と言える。
- 米国債の41%を、日本をはじめとする外国が保有しており、外国 からの借金で財政赤字を支えている状況にある。これを危機感とし て財政赤字の縮小、財政規律の立て直しができるかどうか。
講演を終えて
以上が講演の概要であるが、ほかにも、予算決議に含まれるReconciliation が制度改革に有利であること、これまで財政赤字削減と財政規律を確保する ために行われてきた主な改革とその経緯、議員が地元誘導型支出のために行 うearmarkやornamentという言葉の意味、小さな政府を目指す共和党と教育 や福祉に手厚い民主党の予算編成の違い、委員会スタッフや議員スタッフを 雇う予算の決まり方、クリントン政権の国民皆保険制度法案が廃案になった 理由、ロバート・バード上院議員(民主党)が鉄鋼ダンピング課税(バード 条項)を両院協議会で通したエピソード、4月22日の上院予算委員会におけ るグリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の証言等々、実に盛り だくさんの内容であった。時間が足りないと感じた参加者も多かったのでは ないだろうか。
ふだんニュースで「大統領の予算教書」や「上院での公聴会」などといっ た言葉を耳にすることはあっても、それが正確に意味するところは理解でき ていなかったとあらためて感じた。専門的で難しい用語も多かったが、非常 に勉強になった研究会であった。
2005年5月9日開催(編集部)
*1 CBO (Congressional Budget Office): 議会予算局。議会(立法府)に付属する機関で、エコノミストなどの専門家集団から成る。政治的には中立の立場で、どの政党に対しても経済や財政の専門的知識を提供し、米国経済の成長見通しや財政についてのアドバイスも行う。ニクソン政権時、ベトナム戦争のコストが行政府のOMBによって過少評価されたという反省から、1974 年の議会予算法により設置された。
*2 OMB (Office of Management and Budget):行政管理予算局。行政府において予算作成と予算執行に当たり、大統領に対し経済や財政についてのアドバイスも行う。大統領の予算教書作成にあたっては、各省庁との折衝や調整を行って概算要求の取りまとめを行い、大統領の意向に沿ってドキュメントをまとめるため党派性が出る。
*3 AMT (Alternative Minimum Tax) :税金逃れを防ぐためにできた法律であるが、複雑な制度のために中間所得者層にとって不公平な税制になっていると言われている。
*4 義務的経費:法律を改正しなければ自動的に出ていく経費。社会保障、メディケア(高齢者に対する医療保障)、メディケイド(低所得者や身障者への医療補助)など。
*5 ポークバレル: 議員が地元利益になるように誘導する政府助成金や研究費などの支出。
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: CBO (Congressional Budget Office): 議会予算局。議会(立法府)に付属する機関で、エコノミストなどの専門家集団から成る。政治的には中立の立場で、どの政党に対しても経済や財政の専門的知識を提供し、米国経済の成長見通しや財政についてのアドバイスも行う。ニクソン政権時、ベトナム戦争のコストが行政府のOMBによって過少評価されたという反省から、1974 年の議会予算法により設置された。