GLOCOM - publications

Center for Global Communications,International University of Japan

« 『テレコム・メルトダウンアメリカの情報通信政策は失敗だったのか | メイン | 情報化によって支えられる人間性 『カーニヴァル化する社会』の向こうへ »

携帯メール(SMS)大国のフィリピン

霜島朗子

GLOCOM主任研究員

 フィリピンでは、携帯電話によるショート・メッセージ・サービス(SMS : Short Message Service)が爆発的に普及し、利用数は世界第一位となった。な ぜフィリピンは携帯メール(SMS)大国になったのか。フィリピンの携 帯電話市場の動向、特に広く普及しているSMSについて考察する。

フィリピン最大の通信グループPLDT

 フィリピン長距離電話(PLDT)はフィリピン最大の通信事業者である。

 固定電話市場におけるPLDTのシェアは、子会社も含めて63%(2002年末 時点)に及ぶ*1。また、急速に拡大した携帯電話市場においても、100%子 会社の携帯電話会社スマート・コミュニケーションズ(スマート)が第一位 を占め、連結子会社で第三位のピリピノ・テレフォン(ピルテル)と合わせ ると、シェアは58%(2004年9月末時点)に上る*2

 PLDTが発表した2004年度の決算*3を見てみると、連結純利益が280億 4,400万ペソとなり、前年実績の21億2,300万ペソを約十三倍も上回り、フィ リピン企業最大レベルの高収益を上げている。利益は携帯電話事業がけん引 し、売り上げを12%伸ばした一方、経費は16%削減された。好調な業績を 支えた子会社はスマートとピルテルで、携帯部門の連結サービス収入は670 億ペソとなり、PLDT全体のサービス収入(1,152億ペソ)の58%を占めた。

 PLDTグループはフィリピン最大の通信グループであり、子会社のスマート は収益トップ企業なのだ。

 スマートに続く携帯電話第二位の通信事業者は、シンガポール・テレコ ム(シングテル)とアヤラ財閥によるフィリピン最大のコングロマリット企 業であるグローブ・テレコムである。グローブの携帯電話市場のシェアは 39%(2004年9月末時点)に上る*4。フィリピンの携帯電話市場は、最大手 のスマートと第二位のグローブの合計シェアが97%におよび、2社独占状態 となっている。

携帯値下げ競争の激化

 2003年に新規参入したばかりの携帯電話第4位のサンセルラーが、2004 年10月にフィリピンで初めて携帯電話の料金定額制サービスを開始し、急 速に加入者を増やしている。サンセルラーはゴコンウェイ系の固定電話事業 者デジタル・テレコミュニケーションズ(デジテル)による携帯電話会社で ある。サンセルラーによるフィリピン初の定額サービス「24/7」は、一定の 料金を支払えば無制限に携帯電話でSMSと通話が可能になるサービスであ る*5。SMS・通話無制限タイプは定額月350ペソ(約七百円)で、SMS無制 限タイプは定額月150ペソ(約三百円)で利用できる。この割安な定額制サー ビスが好評で、サンセルラーは加入者数を2005年1月末時点で150万人にま で伸ばしている。

 このサンセルラーによる定額制サービスが発端となり、フィリピンでは携 帯電話事業者間の料金値下げによる顧客獲得競争が激化している。2005年3 月初旬にはグローブ、中旬にはスマートが相次いで定額制の携帯電話サービ スを導入した。何より「低価格」であることを重視するフィリピン人消費者 にとって、安い定額料金での「使い放題」の魅力は大きいだろう。

表1: フィリピンの3 大通信事業グループ(出典: 各社ホームページ等より作成)
PLDTグループ アヤラ財閥 ゴコンウェイ財閥
主な株主 ファースト・パシフィック
NTTコミュニケーションズ
シンガポール・テレコム(シングテル)
アヤラ・コープ
ゴコンウェイ・コープ
固定事業 フィリピン長距離電話(PLDT) インノーブ・コミュニケーションズ デジタル・テレコミュニケーションズ(デジテル)
携帯事業 スマート・テレコミュニケーションズ
ピリピノ・テレフォン(ピルテル)
グローブ・テレコム サンセルラー

携帯メール(SMS)大国のフィリピン

 フィリピンでは携帯電話によるテキスト送信であるSMSの利用が非常に 盛んである。コミュニケーション・ツールとしてはもちろん、電子商取引や 送金サービス、モバイル・バンキングや電子政府まで多岐にわたって利用さ れている。

 携帯最大手スマートの場合、2003年末時点で、年間約二百四十億通、月 間20億通ものSMSが利用されている*6。同時点のスマートの携帯加入者数 が1,008万件なので、加入者数で月間SMS利用数を割ると、一加入者一カ 月当たりのSMS利用数は約二百通となる。つまり、携帯加入者は一日平均 約七通のSMSを利用していることになる。

 実際、フィリピンの首都マニラの街中では、あちこちで携帯電話をいじっ ている人を見かけた。警備員やドライバーは、仕事中でもSMSを送受信し、 カップルは一緒にいても(別々の相手に)テキスト送信をしたりしている。

 SMS利用に関しては「いつでも、どこでも」といった感じで、TPOをわき まえて利用を控えるというモラルはないようである。

 なぜSMSはこんなにも利用されているのか。それは何と言っても「安 い」からである。貧しい人々が多くを占めるフィリピン人消費者が重視する のは、何よりも「低料金」なことである。例えば携帯最大手スマートの場 合、SMSの利用料金は、テキスト送信で1通たったの1ペソ(約二円)であ る*7。それに対して通話料金は、一分間当たり6.5ペソ(約十三円)と高い。

 また、固定電話は普及率が4.2%(2002年末時点)と低く*8、まだ利用でき ない人が多い。そのため、コストが高い携帯通話よりも、使えない固定電話 よりも、安く便利に利用できるSMSに自然と流れていったのだ。また、フィ リピン人は英語能力や端末操作のリテラシーが高いことや、親しい間柄では 頻繁にコミュニケーションを取り合う習慣があることなども、SMSが広く 人々に受け入れられた背景だろう。

利用者の九割以上を占めるプリペイド方式

 フィリピンの携帯電話はプリペイド方式が加入者の九割以上と圧倒的に多 い。プリペイド方式とは、通信料金を前払いして携帯電話のICチップに蓄 える方式である。契約件数に占めるプリペイドの割合は2003年末時点で、 スマートが97.5%、グローブが92.3%となっている。携帯電話の利用者急増 の要因には、この前払い(プリペイド)サービスの利便性の高さもある。

 2001年から2003年にかけてのスマートとグローブの方式別契約数の推移を みると、ポストペイド契約が23万件増加しているのに対し、プリペイド契 約は933万件も増加している(表2・図1)。

 プリペイドカードは、コンビニや飲食店だけでなく無数の個人商店で販売 されている。スマートの場合、300ペソ(約六百円)、500ペソ(約千円)、1,000 ペソ(約二千円)の3種類があり、こまめに支払いできる価格設定である*9

 最近はカード購入が不要で、データ通信によって携帯に直接利用料金をダウ ンロードできるローディング・サービスも普及している。例えばスマートの 「E-LOAD」などである。「E-LOAD」でダウンロードできる料金は、30ペ ソ(約六十円、使用期限3日)、60ペソ(約百二十円、6日)、115ペソ(約 二百三十円、12日)、200ペソ(約四百円、30日)の4種類があり、使用期 限はあるものの、カードを買う手間がかからず便利である。

 フィリピンではこのような手軽で便利なプリペイド方式が導入されたこと によって、低所得者も携帯電話を利用できるようになり、急速に普及が進ん だ。さらに最近では、若年層においても携帯電話が広がっており、ファスト フードなどの食品に使っていたお小遣いを携帯電話の利用に使う傾向が強 まっている。

表2: スマートとグローブの方式別契約件数の推移 出典:両者の財務報告書に基づく
ポストペイド プリペイド 合計
2001年 70万件 867万件 937万件
2002年 70万件 1,270万件 1,340万件
2003年 93万件 1,800万件 1,893万件
スマートとグローブの方式別契約件数の推移

プリペイド方式のメリットとデメリット

 フィリピンでプリペイド方式が主流を占める理由について、携帯最大手の スマートの広報担当者Roman Isberto氏は、「支払い能力が低く利用料も少 ないが、国民のほとんどを占める低所得者顧客向けで利益を伸ばすのに最適 なため」と説明していた。日本の携帯電話で一般的な後払い方式(ポストペ イド)は最低でも月額料金500ペソ(約千円)程度はかかってしまい*10、フィ リピン人の可処分所得(マニラ首都圏の最低賃金は1日約三百ペソ=約六百 円*11)を考慮するとかなり高価なのである。それに比べてプリペイド方式は 低所得者でも利用しやすい割安な料金設定となっており、手軽に利用でき る。フィリピンの低所得者市場は広範で、高所得者や法人顧客だけでなく、 こうした市場も開拓することで、さらに利益が拡大する可能性を秘めている のだ。さらに同氏は「料金の取りっぱぐれも少ない」とメリットを強調して いた。日本と違い、個人の信用があまり高くないフィリピンにおいてプリペ イド方式は合理的なスタイルだと言えるだろう。

 しかし、一方でプリペイド方式は課題も抱えている。それは、加入者一人 当たりの平均利用料金(ARPU:Average Revenue per User)の伸び悩みで ある。2004年末時点のスマートのARPUは、ポストペイドが月間1,286ペソ (約二千六百円)、プリペイドが355ペソ(約七百十円)となっており、プリ ペイドのARPUは、ポストペイドに比べてかなり低い。また、2003年末時 点はポストペイドが1,331ペソ(約二千六百円)、プリペイドが425ペソ(約 八百五十円)となっており、微減している(表3)。毎年、携帯電話は契約 件数を伸ばしているが、プリペイド市場の成長に依存しているだけでは収益 が頭打ちになる可能性が高く、今後はデータ通信などARPUを増やす努力 を迫られることになるだろう。

携帯電話による電子マネーの普及

表3: スマート社のAPRU の推移 出典: PLDT 社financial results「Full Year Results 2004」
2003年 2004年 増減
プリペイド 425ペソ 355ペソ 70ペソ減(16%減)
ポストペイド 1,331ペソ 1,286ペソ 45ペソ減( 3%減)

 2005年2月、携帯電話第二位のグローブは、世界最大の携帯電話会社の連 合組織であるGSM(Global System for Mobile Communications)協会の最 優秀賞(メッセージ・サービス部門)を、SMSを活用した電子マネーのサー ビス「Gキャッシュ」で獲得した。昨年は最大手のスマートがSMSを通じ て通話時間を購入できる「スマート・ロード」で最優秀サービス賞(消費者 部門)を受賞している*12。広く普及しているSMSを利用したフィリピン独 自の携帯サービスは世界でも高く評価されているのだ。

 「Gキャッシュ」*13は、「グローブ・テレコム・ビジネス・センター」やセ ブンイレブンなどの協力店で携帯電話のICチップに入金すれば、SMSを利 用してグローブの加入者間で金銭がやりとりできるサービスである。フィリ ピン人には「いつでもどこでも手軽にお金のやりとりができてとても便利」 と好評である。最高で1万ペソ(約二万円)まで蓄えて利用できる。入金手 数料は、1,000ペソ(約二千円)以下で一律10ペソ(約二十円)となってい る。同様の手続きでGキャッシュを現金に戻すこともできる。そのほか商 品代金の支払いにも利用可能だ。現在、Gキャッシュで支払いが可能な提携 企業は、フィリピンに広く普及しているファストフード店のジョリビーや バーガーキングなど約三十社、約三千店舗で利用できる。

 一方、最大手のスマートも「スマート・パダラ」*14という携帯電話による 海外からの送金サービスの提供を始め、利用が広がりつつある。このサービ スもSMSを利用しており、フィリピンにいる受取人の携帯電話に海外から 電子マネーを送金することができる。送金手数料は送金額の1%である。電 子マネーを送られた人は、「スマート・ワイヤレス・センター」やマクドナ ルドなどの協力店で現金に戻したり、提携銀行のATMでお金を引き出すこ とができる。手数料は一回2.5ペソ(約五円)と安い。海外で送金できる場 所は香港やニューヨーク、横浜など限られてはいるが、物理的な輸送を行わ ずに瞬時に送金することができ、銀行口座から引き落とす必要もなく便利だ と好評である。

携帯電子マネー普及の要因

 フィリピンで携帯電話による電子マネー・サービスが普及した背景には、 低収入で銀行口座やクレジットカードを持てない人が多いということが挙げ られるだろう。そのような人も携帯電話を使って安全で手軽に送金やキャッ シュレス決済ができるようになったのだ。

 また、フィリピンは海外労働者(OFW: Overseas Filipino Workers)が多 く、現在八百万人を上回ると言われ、日本、米国、サウジアラビア、香港、 台湾等で多くのOFWが就労している。彼らはGNPの7%以上に相当する金 額を本国に送金しており、フィリピンの貴重な外貨獲得源となっている*15

 携帯電話を使って手軽に本国に送金できるサービスは、出稼ぎ労働者が多い フィリピン人の需要に適っていると言える。

 フィリピンでは低所得者層にも携帯電話が急速に普及しており、特に割安 なSMSが活発に利用されている。電子マネー・サービスは広く普及してい るSMSの手軽さをうまく活用しており、それが多くのフィリピン人に活用 されるようになった勝因であろう。

今後の課題はSMS依存からの脱出

 電子マネー・サービス以外にもSMSはさまざまなサービスのプラット フォームになっている。着信音や待ち受け画像をはじめ、芸能人のメッセー ジを受信するサービスなどエンターテインメント系コンテンツの人気が高 い。また、ニュースなどの情報サービスも人気がある。フィリピンの情報化 は、携帯電話、とりわけSMSに特化して独自の進化を遂げつつあると言え るだろう。

 一方、広く利用されているSMSのほかに、動画像などが添付送信でき るマルチメディア・メッセージ・サービス(MMS: Multimedia Message Service)などもサービス提供されている。しかし、2004年度のMMS普及 率は携帯利用者全体のわずか1.9%にとどまっている。普及が進まない要因 としては、まず利用料金が高いことが挙げられる。最大手のスマートの場 合、MMSの送信に一回当たり5ペソ(約十円)を課金しており、1ペソ(約 二円)で送信できるSMSと比較すると割高だ*16。さらに、事業者間の接続 や端末価格の高さなども障害になっている。現状では、新たなデータ通信 の可能性を訴求してはいるものの、キラー・アプリケーションが不明確であ り、いまだに非音声収入をSMSに依存しているところが大きいといえる。

 また、最近ではサンセルラーなどの競争事業者の新規参入や料金定額制の 導入などによって価格競争が激化しており、トラフィックに依存していた従 来のビジネス・モデルを変革する新たな収益モデルも見出さなくてはならな くなっている。

 急成長を遂げ、フィリピンの情報通信業界の稼ぎ頭となっている携帯電話 市場だが、今後も継続的に成長を続けていくには、現在のSMSへの依存状 態から脱出し、新たな収益を得られるビジネス・モデルを見つける必要に迫 られていると言えるだろう。

*1 NTC(National Telecommunications Commission: 国家通信委員会) "Annual Report 2002" 参照 http://www.ntc.gov.ph/consumer_info/Annual/Annual2002.pdf

*2 NNAアジア経済情報『通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]』(2004 年11月8日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A

*3 PLDT 社 financial results "Full Year Results 2004" 参照http://www.pldt.com.ph/ir/form6k/FY2004_MDA_Final.pdf

*4 NNAアジア経済情報『通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]』(2004 年11月8日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A

*5 サンセルラー社 "Sun 24/7 Call & Text Unlimited" 料金表http://www.suncellular.com.ph/sunshop/24by7faqs.html

*6 PLDT 社 "Annual Report 2003" 参照

*7 スマート社 "Prepaid Cards" 料金表 http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*8 NTC(National Telecommunications Commission: 国家通信委員会) "Annual Report 2002" 参 照http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*9 スマート社 "Prepaid Cards" サービスガイドhttp://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*10 スマート社 "Smart Gold" 料金表http://www.smart.com.ph/SMART/Products/Smart+Gold/SG_Plans.htm

*11 National Wage and Productivity Commission, Department of Labor and Employment(労働雇用省)「CURRENT DAILY MINIMUM WAGE RATES National Capital Region a/ Per WageOrder No. NCR-10 b/ (Effective 10 July 2004)(マニラ首都圏の最低賃金)」http://www.nwpc.dole.gov.ph/pages/ncr/cmwr_table.html

*12 NNAアジア経済情報『携帯グローブ、GSM協会優秀賞に輝く[IT]』(2005年2月18日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20050218php004A

*13 グローブ社「G-Cash」サービスガイドhttp://www.myglobe.com.ph/gcash/index.asp

*14 スマート社「Smart Padala」サービスガイドhttp://www.smart.com.ph/SMART/ Value+Added+Services/Smart+Money/ Frequently+Asked+Questions+for+SMART+Padala.htm

*15 「外務省ホームページ(日本語)-各国インデックス(フィリピン共和国)-最近のフィリピン情勢と日・フィリピン関係-」参照http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/philippines/kankei.html

 *16 スマート社「Smart MMS」料金表 http://www.smart.com.ph/SMART/Value+Added+Services/MMS/