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PS2用キーデバイス「二波長集積レーザー」の開発物語

  • 講師:平田照二
  • ソニー株式会社MSNCコアテクノロジー開発本部
  • アドバンストレーザテクノロジ(ALT)部統括部長

ひかりクイズ

  • Q1)光に重さはあるか?
  • Q2)最古の化石は光である?
  • Q3)宇宙にある光の総量は一定である?

 6月24日のIECP研究会は、こんなクイズから始まった*1。講師の平田照二氏は、ソニー(株)で半導体レーザーの研究開発に長く従事され、2000年に発売されたTVゲーム機PS2(プレイステーション2)に組み込むための「2波長集積レーザー」の開発では、「難易度が高すぎて実用化は絶対ムリ」と言われた技術の開発・実用化を、プロジェクト・リーダーとして成功させたという実績を持つ方である。

 研究会では、この2波長集積レーザーの開発物語を中心に、新技術の研究・開発から実用化に至る過程でどのような問題が発生し、どう対処したのか、そしてそれらの経験から得られた成功のコツなどを、エピソードを交じえながら語っていただいた。

PS2に要請された三つの技術

 1998年、ソニー(株)はPS(プレイステーション)の後継機PS2の開発に取りかかる。平田氏によると、ゲーム機は一機種につき5年間という長い寿命を持たせなければならない商品だという。商品寿命があまり短いとゲーム・ソフトの開発が追い付かないだろうし、魅力あるソフトが出そろって、ユーザーが十分に楽しむためにはそのくらいの寿命が必要ということなのだろう。

 PS2開発の総指揮をとった(株)ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の久夛良木健社長からは、「5年間(開発開始からだと7年間)は陳腐化しない世界初の技術を三つ以上組み込むこと」という注文が出された。進捗著しいオプトエレクトロニクスの世界にあって、7年たっても色褪せない技術というのは並大抵ではない。PS2のために新たに開発されることになった技術は、エモーション・エンジン(PS2用128ビットCPU)、グラフィックス・シンセサイザー(グラフィック処理用IC)、そして2波長集積レーザー・ピックアップの三つであった。

2波長集積レーザー・ピックアップとは

 2波長集積レーザー・ピックアップとは、CDとDVD、2種類のディスクを読むための光ピックアップ素子である。PS2はソフト媒体としてDVDを採用し、DVDビデオを再生できるゲーム機としても話題になったが、先行機であるPS用のソフト(CD-ROM)がそのまま使えるという点でも画期的であった。2波長集積レーザーは、これを1チップで可能にした技術である。

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図1:2波長集積レーザー・ピックアップの原理(講演資料より)

 研究会で実物を拝見したが、1センチ角ほどのレーザー・カプラー素子に、ゴマ粒の十分の一ぐらいのレーザー・ダイオード(LD)が載っている。ここにDVD用(波長650ナノメーター)とCD用(波長780ナノメーター)2種類のレーザー構造が形成されていて、それぞれ違う波長のレーザー光を発生させることができる。発生したレーザー光はマイクロプリズムに反射し、対物レンズを通って光ディスク面のピットにフォーカスし、情報を読み取る(図1)。

 実は従来技術でも、DVD/CD兼用光ピックアップは可能であった。それは、DVD用ピックアップとCD用ピックアップを2個用意して並べ、それぞれで対応する光ディスクを読み取る方法である。しかし、この方法では部品の点数が多く、構造も複雑になるために、コストや信頼性に難点がある。そして、何よりも技術としての美観に欠けていた。技術はシンプルで美しい方が、発展性があるのだと言う。

歩留まりという実用化の壁

 たしかに、1チップ2波長集積LDはシンプルで美しい。しかし、その実用化にはさまざまな壁があった。その一つが「歩留まり」である。ゴマ粒の十分の一ほどの微細なLDに2種類のレーザー構造を作り込み、そこから別々にレーザー光を発生させるというのは、平田氏によると「針穴に2色の糸を交じわらないよう平行に通すようなもの」だという。仮に何かの拍子で一度できたとしても、それを何度も確実に再現できるとは限らない。実験でたまたま良い特性が得られても、製品として量産ラインに乗せられるかどうかは別の話なのである。

 しかも、集積させると歩留まりは低下する。当時はDVDプレーヤーが出始めた時期で、CD用LDの歩留まりは80%ほどあったが、DVD用LDは10%がやっとであった。この二つを集積させることで、単純に計算しても歩留まりは8%に落ちる。100個作って92個が不良品では、とても採算がとれない。これが、社内外から「難易度が高く投資大」「コスト要因が多すぎる」「歩留まりがとれない」などと評された理由である。

 実際に、1999年11月の初回量産試作品では歩留まりゼロ、すなわち量産ラインから出てきた製品のうち、使えるものは一個もなかったということである。

神様が微笑むとき

 PS2の発売元であるSCEは、国内発売開始を平成12年(2000年)3月4日と決め、「発売と同時に100万台を売る」と公言していた。そのためには、2000年2月中に百二十万個以上のピックアップ素子を確保しなければならない(当時、DVD用ピックアップ素子の初期出荷は6,000個が限度と言われていた)。締め切りが迫るなか、プロジェクト・リーダーの平田氏は意外と楽観的であったらしい。というのも、それまでに失敗したサンプル・データの中から「神様の微笑み」を2度、見出していたからであった。

 「開発という森には悪魔と神様が住む」と平田氏は語る。悪魔というのは、例えばビギナーズ・ラックである。一見やさしくすり寄ってきて希望を持たせるが、二度と再現させてくれない。それと同じ条件で実験を続ければできるはずだと思い込むと、地獄が待っている。他方、神様はなかなか顔を見せない。ほんの一瞬微笑んで、すぐに消えてしまうという。

 では、どうすれば神様が微笑んでくれるのか。それには、[(1)自らが手を下し、データを取る]→[(2)理論、先入観を捨て純真にデータを見る]→[(3)気がかりな点に注目し、理由を必死で考える]→[(4)潜在意識の活用]の繰り返しが有効だという。平田氏はこれを「神との対話サイクル」と名付ける。

 まず、(1)の段階で実験を部下に任せてしまうと、次の段階で勘が働かない。自分自身の手でデータをとることが大事だという。次に(2)で、そのデータを先入観なしに見る。失敗したデータほど丹念に見る。失敗は神様からの贈り物である可能性が高いからだという。そこで何か示唆を感じたら、(3)の段階でそれをひたすら考える。(4)の潜在意識の活用というのは、しつこく考えてから寝てしまうことだそうである。このサイクルを繰り返すうちに、問題解決へのヒントが霊感のように訪れることがあるということであった。

PS2無事発売、そしてその後

 めったに見られないという神様の微笑みを、平田氏はこのとき2度も体験していた。これがブレークスルーとなり、歩留まりはどんどん向上する。ところが、歩留まりが良くなることで新たな課題が明らかになり、さらに改善を施す。改善と量産を繰り返しながら、2000年1月には77万個と半数以上をクリア、その後発生したピックアップのトラブルもなんとか乗り切って、2月21日、ついに150万個を達成する(ちなみにこの年始は、コンピューターの2000年問題が危惧されたときでもあった)。

 2000年3月4日の発売開始当日、大型店の前にはユーザーが列を作り、PS2は公言されたとおり、2日間で約百万台が出荷された。

 発売から5年がたち、PS2は小型・軽量・薄型化して、ネットワーク端子を標準装備した新型(SCPH-70000)に進化した。今年6月時点で国内外を合わせた累計出荷台数が九千万台を超え、平均すると、毎日約五万台が世界で売れ続けた計算になる。量産を繰り返すことで生産技術が向上し、いまや2波長集積レーザーの歩留まりはほぼ100%、また他社のDVDプレーヤー向けにも生産されるようになり、現在ではほとんどのDVDプレーヤーでこの2波長集積レーザーが採用されているという。

 なお、愛知万博のグローバルハウスにソニー(株)が出展している「レーザードリームシアター」のレーザーは、平田氏のグループが開発されたものだそうである。目玉は2005年にちなんだ2005インチ、縦10メートル×横50メートルという横長の巨大スクリーンで、投射機の光源にレーザー光を利用して色の再現能力を高めている。非常にきれいなので、機会があればぜひご覧いただきたい、ということであった。

2005年6月24日開催(編集部)