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日本の技術経営(MOT)と最高技術責任者(CTO)の現状と課題

  • 講師:安部忠彦
  • 株式会社富士通総研経済研究所主席研究員

図 1:産業別付加価値額の推移( 講演資料より)

図 2:IT 産業に向かった日本のR&D 投資( 講演資料より)

 9月6日のIECP研究会は(株)富士通総研経済研究所主席研究員の安部 忠彦氏を講師に、「日本の技術経営(MOT)と最高技術責任者(CTO)の 現状と課題」と題して開催された。安部氏の研究分野は産業構造論および MOT(Management of Technology: 技術経営)で、MOTを実践するには優 れたCTO(Chief Technical Officer: 最高技術責任者)が不可欠との観点か ら、CTOの役割や育成についても研究を進めておられる。

 今回の研究会では、日本企業におけるCTO実態調査の結果を踏まえ、日 本の技術経営の問題点、MOT教育の実態と課題、日本企業でCTOが果た すべき役割などについてお話をうかがった。 低下する研究開発(R&D)投資効率

 安部氏は、日本の製造業における技術経営の問題点として、研究開発 (R&D)への投資が、企業利益に結び付きにくくなっていることを挙げる。 図1は、製造業が国内で獲得した付加価値額の推移を産業別に示したもので あるが、1990年代以降、医薬品を除いて横這いないし右下がりの傾向にあ ることが見てとれる。

 では、この間のR&Dはどうだったのか。図2はR&D投資額を産業分野 別に示したものであるが、1990年以降、特に通信・電子・電気計測分野に おいて積極的にR&D投資が行われてきたことが分かる。

 なぜ通信・エレクトロニクス産業で、これほどR&D投資が利益に結び付 きにくくなっているのか(程度の差はあるが、医薬品を除く他の産業でも同 様の傾向が見られる)。安部氏はこの原因を、企業アンケートから次のよう に分析している。

  • 他社より先に製品を市場に出そうとするために、モデル・チェンジが加速化している。デバイスを自社で開発する余裕がなく、他社から買い集めて 製品化するために原価高になりがち。
  • エレクトロニクス製品は一機種に多くの特許技術を必要とするため、企業内で開発した特許技術でも、クロスライセンスによって他社製品との差別 化が難しくなる。
  • 投資力が大きい中国・韓国・台湾企業と競争するにはR&D投資、設備投資を集中させなければならないが、国内主要電機企業グループは 横並び的に製品群をまんべんなく持っているために、どの分野のどの製品に集中させるかという判断が難しく、決断が遅れる。また、企業内におけるこれまでの 開発の歴史やしがらみが、開発作業の集約を難しくしている。
  • 優秀な技術や技術者を持っていても、それで勝てるような一貫した技術戦略・特許戦略・事業戦略・経営戦略ができていない。
  • 日本に多いフォロワー型企業は、プライス・リーダーが価格を下げると、低価格化で対抗せざるをえない。

 R&D投資が利益に結び付かない理由をたずねたアンケートでは、ロード マップ、企業アイデンティティー、ビジネス・モデル、CTOなど、MOT にかかわる問題を挙げた企業が多かった(図3)。

図 3:研究開発投資が利益に結び付きにくい理由( 講演資料より)

期待される日本のMOT教育

 安部氏によると、MOT教育はもともと、米国の大学で日本の製造業を意 識して始められたものだという。日本の製造業が成功したのは、トップに 技術者出身が多いからだと考えられ、技術を理解できる製造業トップを養 成しようとしたのである(ただし、実際に米国より、日本メーカーのトッ プに技術者が多かったかどうか、技術者がトップだったから成功したのか どうかは疑問)。経営者養成コースとしては従来、MBA(Master of Business Administration)があるが、MBAの修了生が製造業に就職する率が低かっ たために、MBAコースに技術系のカリキュラムを組み込むことが難しかっ た。そこでMBAとは別に、MOTのコースやプログラムが作られたとされ ている。1975年以降、米国の大学・大学院においてMOT関連講座が急増 し、これによって日本でもMOT教育が注目されるようになる。

 MOT教育について、例えば元日本テキサス・インスツルメンツ社長の生 駒俊明氏は、次の能力を持つ人材の教育だと述べている。

  • (1)技術者が経営の手法を学ぶ。
  • (2)技術系ではないマネージャーが経営上に必要な技術を理解する。
  • (3)企業の競争力を高めるための研究開発戦略および技術の利用法を学ぶ。
  • (4)新規の差別的技術を生み、それを収益や競争力に結び付く製品、事業に仕上げる。
  • (5)社内ベンチャーなどで企業の製品・事業構成を変え、新事業を生むマネジメント力を持つ。

 (1)は、技術者が経営を知らないままに経営者になって苦労するケース が多いために、技術者でも経営者となる予備軍には、前もって経営者として のトレーニングを受けさせておくべきだという考え方である。(2)は、(1) と逆のケースである。しかし、これらはMOT教育の一部であって、すべて ではない。ポイントは(3)(4)の、企業の競争力を高めるために技術を利 用し、差別的技術を収益や競争力に結び付けることである。

 また、元芝浦メカトロニクス社長の角忠夫氏は、「技術管理」「経営・戦 略」「組織・人材」という三つのカテゴリーを持つMOTカリキュラムを提 唱しているが、これを見ると、CTOというより、技術者がCEO(Chief Executive Officer: 最高経営責任者)になるためのカリキュラムに近い。

技術管理:
研究開発マネジメント、戦略ロードマップ、知識経営、IT戦略、プロ ジェクト・マネジメント、SCM、知的財産権
経営・戦略:
企業・会計・財務、企業評価、国際金融、ファイナンス、M&A戦略、 国際経営戦略
組織・人材:
人材と組織のマネジメント、企業倫理、リーダーシップ、技術系管理者 経営能力開発、技術系組織の人材活用

 1990年代以降、製造業の低迷が続いたこともあり、日本のMOT教育に 対する期待はますます高まり、ほとんどの企業が「MOT人材育成教育は必 要」と回答している。政府は2002年に「起業家育成プログラム等導入促進 事業」として29億円の補正予算を組み、大学・大学院などでもMOT講座 が急増した。

 しかし、企業アンケートの結果では「MOT教育を実施しているが、成果 は不十分」という回答が多い。これについて、安部氏は次のような問題点を 指摘する。

  • (1)MOTのイメージが一人歩きし、概念が曖昧なままに教育が行われている。
  • (2)MOT教育のターゲットがCEOなのかCTOなのか、あるいは事業化のリーダーなのか起業家なのか不明確なために、教育内容が未整理。
  • (3)平等意識が強く、社員の中から早期に人材を選抜して育成することに抵抗感が強い。
  • (4)教育の場として社内・社外のどちらが適切なのかが整理されていな
  • い。

 (1)については、米国でもMOT教育の重要テーマが時代とともに変遷し ており、どの時代に米国でMOTを学んだかで、学者の中にも見解の相違が 見られるそうである。ここで安部氏は、「日本特有の背景や問題に対処する ためには、米国とは違った教育の体系化が必要ではないか」と述べた。(3) については、大企業においても、経営トップの若返りのためには早期の人材 選抜が必要だという認識に変わりつつある。また(4)の教育の場について は、日本企業ではMOT教育は実践活動と不可分という考え方が強く、社外 機関(大学院など)への期待は限定的だそうである。ただし、指導できる人 材の不足、自社の問題を指摘しづらい、他社の優秀な人材との人脈づくりの 機会がないなどの理由から、社内MOTだけでは不十分で、社外機関とのす み分けが必要ではないかということであった。

CTOをリーダーとしたトータルMOI(Management of Innovation)への提言

 経営環境の変化が激しい中で、企業経営者は的確な判断を迅速に下さなけ れば競争に勝ち残れない。経営者に求められる知識や資質が広がって社長 (CEO)一人では担いきれなくなっていることから、社長をサポートする CTOが注目されているが、概念や役割に曖昧な部分も多い。そこで安部氏 は今年1月、日本企業におけるCTOの実態調査東証一部上場で研究開発に熱心な企業のCTOまたはCTOリエゾン(研究企画部など全 社研究開発部門の部長クラス)264人(うち回答86人)、日本能率協会「日本CTOフォーラム」参加のCTO該当者38人(うち回答33人)/ 計302人(うち回答119人)を対象としたアンケート調査 を行っている(詳しくは講演資料を参照されたい)。

 ここでは誌面の都合から、調査結果を踏まえた安部氏の提言のみを次に引 用させていただく。

  • 1990年代後半以降、事業部の独立性が求められたが、その弊害が強い企業では、競争力獲得に技術の融合やプラットフォーム化が不可欠なの で、横串機能のCTOを設置すべきである。
  • 総合・多角化が多い日本企業にあっては、CTOに期待される役割の重みは、欧米企業と比べても大きい。したがって、その役職は、少なくとも専 務・副社長以上でないとうまく機能しない。支援するスタッフ機能や事業部の協力も不可欠。
  • かつ、CTOは従来の目利き・見識にプラスして社内他部門への影響力も不可欠なので、有能な人材への依存が大きい。したがって、CTOは社外 教育機関もうまく活用して、速く各部門の知識を修得させるため意図的に育成すべきである。技術バックグラウンドを持った人で、R&D部門、事業部 門の経験は必須。
  • 大学、協会は、企業の社内MOT教育とタイアップして、CTO育成に資する教育プログラムを開発すべきである。

2005年9月6日開催(編集部)