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テレビ局のブロードバンド戦略: フジテレビの場合 ~ブロードバンド配信に関する理解のために~

  • 講師: 佐藤信彦
  • 株式会社フジテレビジョン デジタルコンテンツ局デジタル企画室部長

 放送番組のインターネット配信が本格化している。フジテレビはTBS、 テレビ朝日とともにブロードバンド番組配信企画会社「トレソーラ」を設立 し、2002年秋と2004年春にそれぞれ3カ月間の番組配信の実証実験を実施、 その経験を踏まえ、本年7月に放送番組の配信サービス「フジテレビOn Demand」を開始した。

 9月30日のIECP研究会は、(株)フジテレビジョンのデジタルコンテン ツ局デジタル企画室の佐藤信彦氏を講師に迎え、ブロードバンド配信の意 味、放送番組をブロードバンド配信するに当たっての課題と将来展望、フジ テレビのブロードバンド戦略などについてお話をうかがった。 放送番組のブロードバンド配信とは何か

 サブタイトルに「ブロードバンド配信に関する理解のために」とあるよう に、佐藤氏の講演は、ブロードバンド配信という言葉の意味を確認すること から始まった。

 ブロードバンドとは、直訳すると「広帯域」という意味に過ぎない。も ともと電話回線をベースとする64kbpsのネットワークに対して、マルチメ ディア・サービスを実現するためのより高速なネットワークを指して言った 言葉で、具体的にどのレベルの通信速度をブロードバンドと呼ぶかは、数百 kbps~1Gbpsと幅がある。現在は、光ファイバー、ADSL、CATV、無線 などでつながった通信インフラをブロードバンドと呼んでいる。

 「ブロードバンド配信」とは、このブロードバンドを利用した番組配信の ことであるが、佐藤氏によると、ブロードバンド配信には次の2種類があ る。 (1)RF(Radio Frequency)伝送によるもの (2)IP(Internet Protocol)伝送によるもの

 (1)は、ブロードバンド回線を使って番組をRF伝送する方式で、従来の CATVと同じと考えてよい。(2)のIP伝送によるものは、サーバーに置か れた番組をユーザーがリクエストしてPCで視聴する方式で、一般にブロー ドバンド配信と言うときは、このIP伝送による配信のみを指すことが多 い。

 同様に「ブロードバンド放送」という言葉も、一般にはIP伝送による放 送型放送型: 時間軸に沿って編成された番組が、時間軸どおりに視聴端末に向けて同時一斉に送出・配信される形式のものの 配信を指して使われることが多い。

複雑な権利処理

 放送番組をインターネットで流すためには、コンテンツの権利処理が大変 だという話をよく聞くが、実際にどのような問題が発生するのだろうか。

 まず、著作物を放送したり配信したりする権利については、著作権法第 23条で「公衆送信権」として次のように規定されている。

  (公衆送信権等) 第23条 著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の 場合にあっては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。 2 著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達 する権利を専有する。

 ここでいう「公衆送信」とは、「公衆によって直接受信されることを目的 として、無線通信または有線電気通信の送信を行うこと」をいい、放送、有 線放送、自動公衆送信の区別がある。著作権法上、IP伝送による番組配信 は放送ではなく、自動公衆送信に当たるため、あらためて自動公衆送信権の 許諾をとらなければならない。

 ところが、自動公衆送信はPCを利用した不正利用(不正アクセス、不正 コピー、不正流通)の対象となりやすいために、不正利用防止策が確実に施 されない限り、権利者が許諾したがらないことが多い。また、IP配信には ストリーミングとダウンロードがあるが、ダウンロードでは複製を伴うた め、自動公衆送信権に加えて複製権もクリアしなければならない。もう一つ のストリーミングでは、サーバーのキャパシティー、回線環境、受信端末環 境によって輻輳やノイズが発生することが多く、映像品質を担保することが 難しいという技術的な問題がある。制作側の意図した品質でユーザーに番組 を届けられないことから、許諾をためらう権利者も多い。

 また、これらの権利許諾に際して、許諾対価や各種権利者間での按分の考 え方が確立されていなかったという問題もある。これについては、IP配信 マーケットがどのくらいの商業規模になるのかが見えてこないために、権利 者の間でも、具体的に話が進みにくかったということがあった。そこで日本 経団連「ブロードバンドコンテンツ流通研究会」が、権利者から自動公衆送 信権許諾を取得する際の対価の標準的な考え方を三年がかりでとりまとめ、 本年3月に「暫定使用料率の合意」を提示した。ただし、これはあくまでも 目安であって、これをとっかかりにして、権利者と個別に許諾交渉を行わな ければならない。放送番組では制作のさまざまな段階で多くの関係者が携わ るため、この手続きに相当の手間と時間と費用を要することになり、そのコ ストに見合うだけの収益を獲得できるかどうかも問題である。

 さらに佐藤氏によると、既成の放送番組をIP配信するに当たっての最大 のネックは、映像にシンクロさせて使われる音楽の権利処理だという。

 放送番組で使われる音楽に関しては、放送事業者と(社)日本音楽著作権 協会(JASRAC)および(社)日本レコード協会(RIAJ)との間で包括契 約が結ばれている。この包括契約による許諾により、放送事業者は放送番組 に、国内外の非常に広範囲の楽曲やレコード音源をふんだんにシンクロさせ ることができるようになっている。ところが、この包括契約による許諾は、 あくまで放送利用のみに限定された許諾であり、IP配信に出そうとすると、 あらためて許諾を取得し直さなければならない。JASRACがほぼ一手に許 諾を引き受けている国内の楽曲や日本レコード協会に加盟する国内レコード 会社の管理するレコード音源に関しては、前記の日本経団連での暫定合意を ベースとして協議をスタートすることができるものの、とりわけ海外のもの は、楽曲についてはパブリッシャー(あるいはサブパブリッシャー)を探し、 またレコードの場合はその時点での原盤権者を探して、一曲一曲個別に交渉 しなければならないのが実情である。この個別交渉には非常に多くの時間と 手間がかかり、またゼロからの交渉となるため、対価も往々にして高額にな りやすい。このため、音楽をいわゆる「権利フリーもの」に差し替えること を検討することも多い。しかし、音楽の差し替えは番組のイメージを大きく 変えてしまうこともあり、番組に対する制作者の思い入れや視聴者の期待を ないがしろにすることにもなりかねないことから、慎重に検討する必要があ る。また、音楽の差し替えはMA(Multi Audio)MA(Multi Audio): 編集の終わった映像に、効果音、音楽、ナレーションなどを加えて音処理することのやり直しを必要とす る場合が多く、これにかかるコストを回収して余りある収益が期待できない 場合には、躊躇せざるをえないということであった。

IP配信のための前提条件

 前記のような権利処理の問題はあるが、IP伝送によるブロードバンド配 信には、ユーザーが好きな時間に好きな番組を選んで楽しむことができる というメリットがある。またIP伝送によるブロードバンド放送も、個別に 権利処理した番組を独自に編成して提供するのであれば、VOD(Video on Demand)サービスとのセット・マーケティングなどで有力なチャンネル配 信事業を構築できる可能性がある。

 ここで佐藤氏は、放送番組のIP配信が定着するためには、次の前提条件 の整備が必要だと述べた。

  • (1)著作権保護=不正利用防止対策にデファクトの標準が整備されること。
  • (2)配信事業の採算が成立する技術インフラと周辺サービスが提供されること。
  • (3)原権利者からの自動公衆送信権許諾の取得手続きが簡素化されること。

 NTTグループの中期経営戦略によると、2010年にはFTTH契約が三千万 に達し、アクセスラインの伝送速度は1Gbpsに達するとされている。佐藤 氏が述べたように、たかが四、五年後、ブロードバンドは、今をはるかに超 える力を持った映像コンテンツの流通インフラになることは間違いない。そ こには間違いなく大きな可能性がある。

 FTTHの拡大・進化は、STB(セット・トップ・ボックス)や通信コン テンツ取得機能を持つ高機能テレビを受信端末とする場合の、RF伝送の可 能性も大きく広げるものでもある。しかし、これらが普及していくために は、各種デファクト標準の定着や専用サービス事業の構築などが前提となる ことから、今後も紆余曲折が想定され、相応の時間が必要と考えられる。し たがって、当面の間は、すでにブロードバンドでつながった二千万世帯超の PCユーザーに向けて、IP伝送による番組配信を行う事業の可能性を中心に 考えざるをえないということであった。

マーケットをどう読むか

 佐藤氏によると、PC向け番組配信に関する最大の問題は、コンテンツ不 正利用防止問題を別とすれば、マーケティング・ノウハウが未蓄積なことだ という。すなわち、どのようなコンテンツを、どのくらい、どのようなコス トで調達し、どのような売り方をして、どのようなプロモーションを展開す れば、どのようなユーザーが、どのようなコンテンツを、どのくらい購入 し、そのうち、どれくらいのユーザーが安定ユーザーとして定着してくれる のか。これが現段階では全く読めないということである。

 また、コンテンツの流通にはさまざまな手段があり、例えば映画では、劇 場興行のほかには、放送とパッケージ流通(ビデオ・DVDなど)が今まで の主流であった。コンテンツをIP配信することで、本当にコンテンツ流通 全体の絶対的な収入増加につながるのか。IP配信流通自体は成立したとし ても、パッケージ流通などが激減し、全体としてはコンテンツ収入の減少を もたらす結果になりはしないのか。コンテンツの権利者の中には、ネット流 通がもたらすマイナス面を痛いほど体験し、警戒感を抱くものも少なくな い。そうした権利者に対して安心と真のグロス・アップを約束できるのか。 「コンテンツの全媒体流通を俯瞰して見たときに、IP配信流通は、売上・利 益両面での本当のプラスをもたらしうるのか。これが今、問われていること だ」と佐藤氏は語る。

 さらに、地上デジタル放送ではハイビジョンが基本である。ごく近いうち に大半の放送視聴者の目は、大幅に高画質化した番組になじんだ状態にな り、低画質映像は受け入れにくくなっている可能性が高い。確かに数年後の アクセス・ラインは、多くの高画質番組を同時に家庭まで送信することを 可能にするだろうが、一般的に普及した受信端末のPCなどの映像提示能力 は、どこまで高画質にキャッチ・アップできるだろうか。また、配信番組の 高画質化に伴って増大するサーバーや回線費などのコストは、コンテンツ配 給事業の収支構造の中で、妥当なレベルに収まりうるだろうか。本当にさま ざまな条件が、いまだに見えていないのである。

フジテレビのブロードバンド戦略

 冒頭で述べたように、フジテレビは本年7月に放送番組の配信サービス 「フジテレビOn Demand」「フジテレビOn Demand」[ http://www.fujitv.co.jp/cs/fod/index2.html ]をスタートさせた。「コンテンツ・プ ロバイダー としては、前記の問いに答えを出すことを当面の重要課題として認識し、ま ずはPC向けのIP配信を中心にトライアルを行い、マーケティング・ノウハ ウを蓄積しつつ前進するほかはない。ユーザーの動向やネットワーク、端末 の環境が非常に速く大きく変化する中で、とにかく配信をしていかないと何 も始まらない」という判断があったのだという。

 「フジテレビOn Demand」は、フジテレビのコンテンツを有料で配信する サービスで、各ISPを通じてサービスが提供されている。(1)IP通信網によ るPC向け、(2)IP通信網によるSTB向け、(3)デジタルCATV網による STB向け----の3種類があり、ストリーミングのみでダウンロードはできな い(デジタル録画はできないが、アナログ録画は可)。

 配信コンテンツは、『2005ワールドグランプリ女子バレーボール決勝ラウ ンド全15試合』(525円)、『山崎まさよし10th anniversary ONE KNIGHT STAND TOUR 2005』(525円)、CS放送「フジテレビ721・739」のコンテ ンツ(『週刊少年「」』『みんなの鉄道』『プラモつくろう』『温泉へ行こう!』『ゴ ルフ・ギア・アカデミー』他、各210円)、『サッカー国際親善試合ブラジル vs グアテマラ』(315円)、『男子プロゴルフ33rd フジサンケイクラシック』 (525円)などが現在購入できるようになっている。将来的には、レギュラー のニュース番組やベルト番組のようなものも取り入れていきたいということ であった。

 2010年には、地上波放送はすべてデジタル化されている。また、携帯電 話は第四世代に入り、FMC(Fixed Mobile Convergence)となって固定通信 と携帯通信の境目がなくなると言われている。佐藤氏によると、そのころを 目指して、放送と通信とを積極的かつ緊密に連携させるコンテンツ・ディス トリビューションの新しい形態のプロトタイプ構築を図ることが、「フジテ レビOn Demand」の当面の目標にほかならない。

 さらに佐藤氏は、放送事業者としてIP伝送によるブロードバンド配信に かかわってきた経験から、次のように語った。

 「放送というものは、技術的にはもともと広帯域(ブロードバンド)であ り、したがって放送事業者は、ここ半世紀の間、ブロードバンドでのコンテ ンツ配信に特化してきた事業者でもある。ここ十年の間に登場してきたブ ロードバンド(ADSLなりFTTHなり)は、一般消費者を個々にネットワー クで結び、相互にインタラクティブな関係性を構築できるようになった点 が、革命的ではある。しかし、放送事業者から見ると、このブロードバンド は、旧来のインタラクティブ性の少ない映像コンテンツを消費者に配給する メディアとしては、コスト的にも、セキュリティ的にも、端末的にも、ユー ザー・インタフェース的にも、まだまだ映像制作者が求める本来の映像品質 の提示や視聴満足度を、放送と同等(もしくは放送より優れた)レベルで担 保してくれるものとは考えられない段階にある。放送事業者と放送機器メー カーとは、『映像品質向上』と『配給効率向上』のために必死の努力を積み 重ねてきた。それは、放送がアナログからデジタルへと移行する大きな動機 付けの一つでもある。したがって、放送事業者が自ら制作した映像コンテン ツを本気でブロードバンド配信をするようになるためには、ブロードバンド が映像品質向上と配給効率向上の点で、もう少し進化することが必要なので はないだろうか」

2005年9月30日開催(編集部)