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面展開した公衆無線LAN の真価を問う
- 講師: 松本敏明 日経コミュニケーション副編集長
- 講師: 武部健一 日経コミュニケーション記者
図1:ライブドア・ワイヤレスのパートナー
2005年10月25日のベストネットワーク研究会は、日経コミュニケーション副編集長の松本敏明氏と担当記者の武部健一氏を講師に、「面展開した公衆無線LANの真価を問う」と題して開催された。今回は、東京・山の手線圏内で提供するライブドアの公衆無線LANサービスや、台湾・台北市のプロジェクトを含め、公衆無線LANの実用性についてお話を伺った。
ライブドア、公衆無線LANサービス開始
ライブドアは2005年6月15日に「D-cubic」という公衆無線LANサービス(その後、サービス名を「ライブドア・ワイヤレス」に変更)を発表した。このサービスは、エリア内を無線LANの電波でくまなく覆って面展開し、山の手線圏内の八割のエリアをカバーする計画である。エリア内では、ほぼどこでもインターネットに接続できるようになる。目玉は、月額たったの525円で、最大54メガビット毎秒の高速な無線通信を実現することにある。確かにこの値段なら「ダメもとで契約してもいいかな」と思わせるだろう。
まず2005年7月末から東京の六本木や新宿周辺で無償試験サービスを始め、順次都内に広げていき、10月から有料サービスを始めるはずであった。しかし、総選挙などもあり、11月に延期となった(その後さらに延期され、12月に有料サービスが始まった)。
サービスを提供するに当たっては、アイコム製のアクセス・ポイント(AP)を電柱の上に2,200台置くこととし、初期投資は7億円と算出された。この数値はAPからの電波到達範囲を半径100メートルとし、山の手線内の地図上に半径100メートルの円を画いて算出したと言う。
なぜライブドアが公衆無線LANサービスを始めることになったのか。もともとはライブドアの堀江貴文社長が車で移動している最中に「車でメールできたら便利だよね」と何気なく言ったことから始まったという。「実際にサービスが実現できるかどうか」というよりは、「こういうサービスがあったら便利だ」という単純な発想だったのだ。また、堀江社長は「料金は最初から500円でやろう」と言っていたという。実際にこの料金で実現するには様々な障壁があったが、大きな転機となったのは、パワードコムの中根滋社長がこの話に乗ってきてくれたことだった。おかげで、東京電力の電柱とパワードコムの光ファイバーを使うことができた。その有線のバックボーンにライブドアの無線LANのAPを接続して、有線と無線のハイブリッド型でサービスを提供するという案が出てきたのだ。ライブドアは、サービスの発表会でもパワードコムの中根社長を登壇させ、著名なパートナー企業と組んでいることをアピールし、信頼性を醸し出していた。松本氏は、「中根社長が協力を惜しまないと言ったことはインパクトがあった」と語った。
公衆無線LANの展開事例
米国では公共サービスとして、都市単位で無線LANサービスが展開され図1:ライブドア・ワイヤレスのパートナーている。例えばペンシルベニア州のフィラデルフィア市やアリゾナ州のテンペ市などだ。テンペ市では、8×14キロメートルにストリックス・システムズ製のAPを300台以上設置している。テンペ市は地方都市で、ADSLや光などのインフラも不足している。そういう環境では、公衆無線LANが通信インフラのラスト・ワン・マイル(ユーザー宅と最寄りの通信事業者の局舎を結ぶ末端の加入者回線)のアクセス手段として役立つ。
日本でも、岐阜県の旧岩村町(現恵那市岩村町)では、第三セクターである岩村町振興事務所が主導して、2005年6月から公衆無線LANサービスが提供されている。地方には、デジタル・デバイドの問題が残っており、その解決を図るために無線を使ってカバーする仕組みが出てきているのだ。
しかし、日本の場合は、ADSLや光などのブロードバンド網が既に普及しているので、ラスト・ワン・マイルとしての利用よりも、移動中にパソコンを利用するための手段として考えられることが多い。例えば、2004年3月には野村総合研究所とインテルが進める「Digital City OSAKA」のプロジェクトが開始された。このプロジェクトでは、大阪市内南港コスモスクエア地域一帯を無線LANでカバーする計画だ。また、産業能率大学でも2005年秋から無線LANでキャンパス一帯をカバーするサービスが始まった。
ライブドアは「ひたすら設置型」
公衆無線LANの面展開には、(1)メッシュ型、(2)広域無線技術との組み合わせ型、(3)ひたすら設置型──の三つの方法がある。今回、ライブドアがとったのは、(3)ひたすら設置型である。この方法は光ファイバーを引けるだけ引いて、インターネット網とつなぎ、その先に無線LANのAPを多数設置するやり方である。全APまで有線の回線が必要になるので、コストが高くなるという欠点がある。ライブドアの場合は前述のようにパワードコムの全面協力が得られたので、東京エリアでは敷設済みの光ファイバー網を低コストで調達できている。
一方、台湾・台北市や米国のテンペ市は、低コストで構築できる(1)メッシュ方式を選択している。これは無線LANのAP同士をメッシュ構成でつなぎ、バケツ・リレー方式でデータ転送を行って端末とインターネット網を接続する仕組みである。
もう一つの方法は、(2)広域無線技術WiMAXやFWAで中継し、有線ネットワークまで転送するという方法である。有線の回線数を減らせるので低コストで面展開できるが、WiMAXは実績が無く、技術的にも未熟なので、現実的にはまだ難しいだろう。
面展開には疑問の声も
公衆無線LANサービスを面展開することについては疑問の声もある。従来は、生活動線を考えて、駅や空港など、沢山の人がいて足を止めるところに絞ってAPを置いてサービス提供してきた。例えば、理経が提供している公衆無線LANサービス「BizPortal」などを見てみよう。「BizPortal」は、一日や一週間などの一定期間で課金する仕組みとなっており、利用者は必要な時だけ利用できる。このサービスでは、売上の九割は利用者の滞留時間が長い成田空港から得ているという。このことは、公衆無線LANの利用需要は場所によって極めて大きな差が出るということを表している。こうした状況を踏まえると、「面展開でどこでも使える」ことにどれだけニーズがあるか、まだ不透明である。
さらに、技術面でも課題がある。現在、屋外で利用可能な公衆無線LANの方式である2.4GHz帯には様々な干渉の恐れがある。2.4GHz帯は、電子レンジやBluetooth(10メートル程度の近距離無線通信のインタフェース規図2:公衆無線LAN の面展開の三方式格)などに幅広く使われている。そのため、場所によっては、干渉を受けてうまく通信できない場合もあるだろう。また、2.4GHz帯は、電波出力を10ミリワット以下に制限されているので、なかなかうまく電波が届かない可能性が高い。今後、2005年末あたりには5GHz帯が屋外でも使えるようになる予定ではあるが、5GHz帯も電波の直進性が強いので、回り込みにくく、障害物に弱いという欠点がある。公衆無線LANを面展開するには、こういった電波の欠点を克服する必要もあるだろう。
また、面展開するには、歯抜けでは意味がないため、一気に膨大な量のAPを設置しなくてはならない。それだけの投資に見合う需要があるかどうかがポイントだろう。松本氏は、「現状では収益はまだまだ厳しいが、将来を見込んでサービス展開している状態だろう」と今の動向を捉えていた。
PC以外の端末が普及のカギ
今後の普及のカギは、PC以外の端末で公衆無線LANを利用するサービスが出てくることだろう。無線LANのメリットは、「高速に通信できる」ということである。そのメリットを活かし、ゲーム機などを無線LANに接続し、リアルタイムに対戦ゲームを行ったり、デジタル・カメラで撮った写真データを高速で送信したりすることが考えられる。
例えば、任天堂は2005年11月から無線LANを小売店1,000店舗に無料設置して、「ニンテンドーDS」を使ってコンテンツ配信や対戦ゲームを街中でできるようにするサービスを始める。また、ニコンのコンパクト・デジカメ「COOLPIX P1」は、世界で初めて無線LANを内蔵しており、撮影したデータを外出先からも無線で送れる。その他、NTTドコモがビジネスFOMAに、無線LAN機能を内蔵した端末「M1000」を出した。この端末はNTTドコモが提供する無線サービス「M- ZONE」に接続できる。日本では、PDAはあまり普及していないが、このような携帯電話と無線LANをダブルで使うサービスが打開策になるのではないかとされている。松本氏は、「携帯端末で無線LANに接続できるようになると、面展開によって街中で利用できるようになり、だいぶ変わってくるだろう」と期待を述べていた。
さらに無線LANを使ってIP電話ができる携帯型無線IP電話も出てきている。例えば、アイティフォーの「MoIPサービス」は、フュージョン・コミュニケーションズのIP網を経由して、公衆無線LANによるIP電話が利用できる。さらに、このサービスはアイティフォーが050番号を基に端末を呼び出す仕組みを作りこんでいるため、050番号で発信・着信ができる。ただし、総務省は、「IP電話事業者は、端末までの通話品質を確保する必要があるとしており、問題がないとは言えない」とコメントしている。
現状では、携帯型IP電話機から無線LANのAPまでの接続部分の通信品質を確保することが困難であるため、端末レベルでIP電話専用番号の050を取得することには、どこの企業も及び腰であった。しかし、ここにきてNTTコミュニケーションズは、企業内などエリア限定で実施したいと名乗りを挙げた。これを受け、総務省も050番号を携帯型IP電話サービスに付与する可能性が出てきた。課題としては、携帯電話のようなスムーズなハンドオーバー(瞬時に接続する基地局を切り替えること)を実現し、途切れることなく通話ができるかどうかということだろう。松本氏は、「無料に近いかたちで使える無線IP電話が出てくると、大きなインパクトになるだろう」と期待を述べていた。
官民挙げて無線LANを展開している台湾
台湾は国が音頭をとって無線LAN展開を行っている。2005年6月14日、台北市内で開かれた公衆無線LANのシンポジウムでは、台湾・経済部(日本の経済産業省に相当)の施顔祥次長が「点から面へ、面から台湾島全土へ」と述べ、無線LANの展開に意欲を見せた。台湾では国家プロジェクトとして、25カ所に及ぶ全ての県と直轄市それぞれにおいて、無線インフラを敷設しようという施策が進められている。
なかでも台北市がやっている取り組み「網路新都」は、世界最大規模の公衆無線LANの面展開を計画しており、2006年1月までに約一万のAPを台北市内に設置し、人口の90%をカバーするとしている。網路新都の当初の予算は30億台湾元(約百五億円)だ。
網路新都で採用したAPは、ノーテル製のメッシュ型無線LAN機器で、台北市の街中の街灯などに設置されている。一つのAPで半径120メートル程度をカバーすると言う。最終的には、このAPを屋外に8,830台、屋内に1,000台設置予定である。
メッシュ型にした理由は、光ファイバーを節約できるため、運用コストが十分の一で済むからであるという。台北市内では道路を掘るのが難しいので、APごとに光ファイバーを敷設する工事はコストがかかり過ぎるのだ。構成は、バックボーンとなる一本の光ファイバーに約三十台のAPをつなぎ、AP間はIEEE802.11aで中継し、端末へのアクセスはIEEE802.11b/gで通信する。
このサービスは既に「WIFLY」というサービス名で提供されている。料金は月額300~400台湾元(約千~千四百円)の予定だ(現在は月額399台湾元)。気になる実効スループットは、1.2メガビット毎秒程度と言われている。台湾の有線ブロードバンドの主流が512キロビット毎秒程度のADSLであるため、1メガビット毎秒以上が出る公衆無線LANは、ラスト・ワン・マイル用途としても使える。
無線LAN展開を後押しする三要素
このような台北市全域を覆う無線LANサービスが成り立つ理由は三つある。一つは政府主導であるという点である。網路新都は民間の力を使ってインフラ整備を進めているが、政府のプロジェクトとして台北市の強力なバックアップを得ているのだ。二つ目は無線LANサービスの需要が高いことである。インターネットの利用率は74%と高いが、有線のブロードバンドの速度が512キロビット~ 1メガビット毎秒程度と遅いため、公衆無線LANがラスト・ワン・マイルとしての役割も果たせる。三つ目は、台湾には無線LANの機器を作っているメーカーが多いということである。世界に出回っている無線LANデバイスの約95%は台湾で製造されていると言われている。そのため、無線LANのデバイスを安く入手できる。これら三つの理由で、台北市を無線で覆うというプロジェクトが成り立っていると言えるだろう。
台北市全域をカバーする網路新都で、キラー・アプリケーションとして注目されているのが無線を使うIP電話サービスである。エリア内ならば、携帯型IP電話機によって、無線LANを経由して無料で通話できるようになる。台湾政府ではIP電話専用番号として検討中の「070」番号を、携帯型IP電話機でも使えるよう議論している。ただ、面展開しているとはいえ、台湾全土が無線LANで覆われているわけではない。そこで、台湾では政府の研究所が音頭をとって、無線LANを使うIP電話を実用化するために、携帯電話と無線LANの双方が利用できる「デュアル端末」を押している。無線LANを使えないところでは、携帯電話が利用できれば利便性を保てるからだ。
実際、台湾では携帯電話と無線LANのデュアル端末の開発が盛んである。例えば、BenQ社は6月に台湾で幅広く使われているGSMと無線LANのデュアル端末「P50」を発売した。「P50」ではSkypeを利用できる。無線LANのエリア内でSkypeを利用すれば、無料通話が可能になる。これは注目すべき取り組みだろう。
台湾の通信事業者としては、IP電話サービスを提供すると、従来の固定電話や携帯電話のトラフィックが減ってしまい、利益が減るため、あまり積極的ではない。しかし、政府としては国際競争力を付けるために、ぜひやりたいという意志が強い。武部氏は、「無線LAN経由で携帯型のIP電話機を利用する時代がやってくるのは必須である。ユーザーにとっては、既存の携帯電話よりも音声・データ通信ともに安価となる可能性が高いので大歓迎だが、事業者にとっては、どこで利益を出すのかが課題になるだろう」と述べていた。
- 2005年10月25日開催
- (報告:霜島朗子GLOCOM主任研究員)