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希望格差社会の中の青少年
- 講師: 山田昌弘
- 東京学芸大学教育学部教授
̶̶そういう雰囲気の中、まるでそのことをあらかじめ知っていて、それを待っていたかのように、ポンちゃんは静かに話し始めた。「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。だが、希望だけがない」(村上龍『希望の国のエクソダス』より)
2005年11月22日のIECP研究会は、東京学芸大学教授の山田昌弘氏を講師に迎え、「希望格差社会の中の青少年」と題して開催された。
山田氏の専門分野は家族社会学、感情社会学で、「パラサイト・シングル」という造語の生みの親としても知られている。また近著『希望格差社会』
希望格差社会とは何か
山田氏は、「希望」という言葉を手がかりにして、現代の日本の青少年が置かれている状況を読み解こうとする。将来に希望を持ち、生きがいを感じている若者がいる一方で、多くの若者が希望を持つことができず、やる気や活力を失っている。彼らの出身階層や受けた教育にそれほどの差があるわけではないのに、なぜ、このような格差が生まれているのか。
まず、希望とは何かというと、社会心理学者ランドル・ネッセが、「希望という感情は、努力が報われるという見通しがあるときに生じ、絶望は、_努力してもしなくても同じとしか思えない時に生じる」と述べているそうである。つまり、現在の状況がどうであれ、努力が報われると信じられれば希望があり、いくら努力しても報われないと思うと絶望しかないということである。
日本の若年層の雇用を巡る問題として、フリーターやニートの急増がある。『平成15年版生活白書』(内閣府)によると、フリーター
他方で、正社員として企業に就職できた若者や起業して成功した若者は、雇用や経済的基盤が安定しているために、自分で将来設計を描くこともできるし、それを実現させるために努力もするだろう。
ここに「希望格差」が生まれる。一方は、自分の努力が報われると感じて希望を持つことができるが、他方は努力が報われることがないと感じて、ますますやる気を失っていくことになる。
ここで問題は、希望の有無にとどまらない。希望がない人間は、つらさや苦しさに耐える力が弱いために、何かトラブルがあると自暴自棄に陥りやすい。例えば、教育の領域では学力低下、不登校、中退などが、家族の領域では離婚、児童虐待、ひきこもりなどが問題となっている。また、自殺、嗜癖(アルコール、ドラッグ、ゲーム、性風俗など)による現実逃避、新興宗教や原理主義の台頭、自暴自棄型犯罪の増加などは、社会を不安定化させる要因となる。さらに、無年金のフリーターやニートを放置すると、将来、ホームレスや高齢者ひきこもりが増えることは確実である。
社会のリスク化と二極化
なぜ、若者が希望を持ちにくい社会になってしまったのか。山田氏によると、その原因は1990年代の経済・社会の大変動にあるという。
90年代のバブル崩壊、ニュー・エコノミーの台頭によって、日本の産業構造は大きな変革を強いられた。経済のグローバリゼーションが進み、企業はさまざまな商品をより安く提供する圧力に曝されている。IT化、ネットワーク化によって、求められる職種は、企業の中核を担う専門的労働者と、現場でマニュアルどおりに働く単純労働者とに二極化している。すなわち、一部の優秀な若者は正社員として採用され、基幹社員として育成されるが、大多数の平凡な若者は、いくらでも代わりのきく人材として、安く使い捨てられるようになったのである。
90年代後半以降、日本社会が不安定化していくプロセスを、山田氏は「リスク化」と「二極化」という言葉で説明している。「リスク化」とは、「いままで安全、安心と思われていた日常生活が、リスクを伴ったものになる傾向を意味する」(『希望格差社会』p.13)。例えば、不登校になるリスク、学校を中退するリスク、卒業しても就職できないリスク、就職してもリストラされるリスク、会社が倒産するリスク、_結婚できないリスク、離婚のリスクなどが、90年代後半からいずれも高くなっていることが、さまざまな統計や意識調査からみてとれる。
また「二極化」とは、社会がリスク化した結果、学力格差、賃金格差、職業の格差、生活の質的な格差などが拡大して、社会のさまざまな領域で「勝ち組」と「負け組」とに分かれていく現象である。山田氏によると、この二極化はあらゆる階層で起きており、例えば、大学院博士課程修了という超高学歴にあっても例外ではない。毎年一万人以上の大学院修了生に対して、大学教員や研究者の求人は三千人ぐらいだそうである。修了と同時に就職できない修了生のほうが多く、非常勤の講師にはなれても生活は苦しく、長く続けても常勤に採用されるという保証はない。
山田氏は、若者へのインタビュー調査などから、「量的格差(経済的格差)」が「質的格差(職種やライフスタイルの格差、ステータスの格差)」「心理的格差(希望の格差)」へとつながり、不安定な状況にある若者たちの多くが未来や人生に対する希望を喪失していることを明らかにしている。
個人的、社会政策的課題
こういった状況に対して、私たちは何をすべきだろうか。この点について山田氏は、講演では時間的な制約もあって詳しくは言及しなかったが、著書『希望格差社会』の中で、「資格取得や就職予備校といった個人の努力だけでは不十分だ」と述べている。そして、個人的対処に対する公共的な支援が必要であり、次のような対策を総合的に、しかも早急に行うことが有効ではないかと論じている。
- 学校や職業訓練のシステムを、勉強という努力が仕事や収入につながるように再編
- どのような雇用形態であってもキャリア・アップできるシステム
- 職業カウンセリング
- コミュニケーション能力の訓練
- さまざまなリスクに対処可能な社会保障制度
- 新しいライフスタイルを目指す人に対する具体的な実現支援策
講演後の質疑応答の中で山田氏は、「個別利益の追求が全体利益につながりにくくなったのは、日本のシステムが包摂から排除に変わったからではないか」と述べていた。今後、若者たち自身は、日本の社会がどういう方向に進むことを選ぶのだろうか。いずれにしても、子供が優良債権か不良債権かで親の人生が決まるという山田氏の言葉は、年頃の子供を持つ親にとって重いものがある。事態を楽観視することなく、真摯な取り組みを望みたい。
- 2005年11月22日開催(編集部)