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若者論とメディア論の間に

  • 講師: 斎藤 環 爽風会佐々木病院精神科診療部長

 2005年11月1日のIECP研究会は、精神科医の斎藤環氏を講師に迎え、「若者論とメディア論の間に」と題して開催された。斎藤氏の専門は、思春期・青年期における精神病理、および病跡学で、現在、青少年健康センターで「実践的ひきこもり講座」と「ひきこもり家族会」を主宰されている。ひきこもりや若者文化についての著書も多く、若者とメディアの関係についても積極的に発言をされている。

 研究会における斎藤氏の講演は、臨床から見たひきこもりの実態、諸外国での事情、若者に蔓延する「負けた教」について、若者の「ひきこもり系」と「自分探し_系」への二極分化、メディアの影響、社会の心理学化と流動化、「中景」の喪失、家族の変容と期待される機能、等々、非常に多岐にわたる内容であった。その中から一部を以下に紹介する。

非社会化する若者たち

 少年による凶悪犯罪が増えている、と言われる。しかし、斎藤氏に言わせると、むしろ「日本の青少年は穏健化している」。確かに平成14年版『犯罪白書』には、「少年の刑法犯検挙人員は、昭和26年(16万6,433人)、39年(23万8,830人)及び58年(31万7,438人)をピークとする三つの大きな波が見られる。59年以降は当初、減少傾向を示し、平成7年には二十万人台を割り込んだ後、8年以降増加していたが、11年と12年は、ともに減少し、13年には、前年比2.9%増の19万8,939人となっている」平成14 年版『犯罪白書』〈第4 編〉少年非行の動向と非行少年の処遇 [ http://www.moj.go.jp/HOUSO/2002/hk1_4.html#4-0 ]とあり、昨今になって少年犯罪が急増しているとは言い難い。凶悪化しているのではないかという印象もあるが、平成14年に殺人で検挙された少年は83人で(平成15年版『犯罪白書』)、ピーク時の四分の一以下である。

 斎藤氏によると、飲酒・喫煙・ドラッグなどの非行は広がりを見せているが、傷害事件を起こすような非行は減少しており、よりプライオリティーの高い問題は、若者の「反社会化」よりも「非社会化」の方にあるのではないかという。

急増する若年無業者

 若者の非社会化を表徴するキーワードとして、斎藤氏は、「おたく」「フリーター」「非婚化」「パラサイト・シングル」「ニート」「ひきこもり」を挙げた。

 このうちニート(NEET:Not in Education, Employment or Training)とは、「仕事も求職活動もせず、教育も職業訓練も受けていない若者」である。厚生労働省の『労働経済の分析』(労働経済白書)では「若年無業者」(非労働人口のうち、年齢15~34歳、卒業者、未婚であって、通学・家事をしていない者)として集計されており、平成15年52万人、16年64万人である。ただし、家事手伝いをどう考えるかといった定義の違いがあり、内閣府では84.7万人(平成14年)としている。

 労働政策研究・研修機構の小杉礼子氏は、日本のニートの特徴として次の点を挙げている。

  • 男女比はほぼ同率。
  • 最終学歴は中学卒もしくは高校中退が多い。
  • 親との同居率が高い。
  • 六割以上が現状にあせりを感じている。
  • 休職活動をやめてしまった理由として「なんとなく」(43.4%)が最多。
  • 一度も就職活動をしてこなかった理由としては「人付き合いなど会社生活をうまくやっていける自信がない」(43.1%)が最多。

 ニートは不況が原因とも考えられがちであるが、この最後の項目に見られるように、個人の対人関係の問題という側面も無視できないということである。

ひきこもりの定義と特徴

 このニートの一部が、いわゆる「ひきこもり」である。斎藤氏は「社会的ひきこもり」という用語を用い、「六カ月以上社会参加せず、精神障害を第一の原因としないもの。ただし社会参加には、『就学』『就労』のほか親密な仲間関係も含まれる」と定義している。すなわち、就労せず通学していなくても、一緒に遊ぶ仲間がいればひきこもりではない。ただしこの場合も、二十歳代後半以降、仲間が就職や結婚などで離れていくことによって、ひきこもり化していく可能性が高い、と斎藤氏は指摘する。

 日本のひきこもり人口は、数十万人とも百万人とも言われる。最近のデータでは、岡山大学が平成14年に岡山・鹿児島・長崎の1,646人を対象に行った面接調査から、全国で41万人と推定されている平成14 年厚生労働科学研究費補助金(特別研究事業)分担研究:地域のメンタルヘルス指標の検討 研究協力報告書 地域疫学調査による「ひきこもり」の実態調査 [ http://eisei.med.okayama-u.ac.jp/hp/H14TOKUBETSU/分担研究報告書3-2.pdf ]。ただし、調査地域に大都市圏が含まれていないこと、ひきこもりを抱える家族の多くが調査に協力的でないことを考えると、この数は下限値と考えるのが妥当だろうということであった。

 このほか、ひきこもりの特徴として、斎藤氏は次の点を挙げた。

  • 不登校との関連性が高い。
  • 1970年代後半から増加。
  • 男性に比較的多い。
  • どのような家庭のどのような子供にも起こりうる。
  • しばしば著しい長期化(数年~十数年)に至る。
  • 長期化とともに精神症状や家庭内暴力などの問題行動が出現しやすい。
  • ひきこもるきっかけは多様だが、長期化のパターンには共通点が多い。
  • 長期化に至った事例が自力で社会参加を果たすことは著しく困難。

図 1:ひきこもりシステム模式図(講演資料より)

 ひきこもりが長期化しやすく、しかも長期化すると自力で抜け出せなくなるのはなぜだろうか。これを斎藤氏は、「ひきこもりシステム」という模式図を使って説明する(図1)。すなわち、社会、家族、個人という三つのシステムが相互に交わらず、連動しなくなると、[ひきこもり状態]が[家族の不安・焦燥感]をあおって[外出・就労への圧力]となり、それが[本人の不安・焦燥感]を高めて、ますます[ひきこもり状態]になるという悪循環に陥るのだという(図2)。

 この悪循環を解消するには、本人や家族以外の第三者による介入が必要である。すでにひきこもりが長期化して四十歳代となっている例もあり、このまま放置すれば将来、社会参加の経験がないひきこもり独居老人や在宅ホームレスが増加するのは確実だということであった。

ひきこもりは日本固有の現象か

 斎藤氏によると、若者の非社会化の背景には、個人の成熟の遅れがある。これは日本では1970年代後半から進行している現象で、社会の成熟と大きなかかわりがある。すなわち、成熟した社会、物質的に豊かな社会では、個人が早くから労働に携わる必要がない。修学期間が延び、モラトリアム期間が長期化した結果、個人のアイデンティティー(自分が自分であるという感覚)が拡散し、成熟を難しくしているのだという。未成熟な文化をもてはやすメディアの影響もあるだろう。斎藤氏の言うように、「社会の成熟度と個人の成熟度は反比例する」のである。

 だとすると、日本より先に社会が成熟化した欧米にも、ひきこもりはあるのだろうか。斎藤氏によると、欧米では若年無業者の問題は、ひきこもりではなくヤング・ホームレスの増加となって現れている。斎藤氏は、これは自立に対するイメージの違いによるのではないかと述べた。すなわち、欧米における自立は家から出て行くことであるのに対し、日本の自立は家を継いで親孝行することである。欧米型自立の失敗がヤング・ホームレスであり、日本型自立の失敗がひきこもりだとも言える。

 日本と同じ儒教文化圏にある韓国ではどうだろうか。韓国では、ひとりぼっちを意味する「ウェットリ」という言葉が使われている。学校には通っているが友人関係がないことを「活動型ウェットリ」、どこにも行かずに自宅にひきこもることを「隠遁型ウェットリ」と呼び、ともに異常行動だと考えられているそうである。日本のひきこもりに相当するのは後者である。周知のように韓国には徴兵制があり、健康な男性は20歳になると二~三年間の兵役につかなければならない。徴兵制という実体験を強制するシステムが、必ずしもひきこもりの抑止になりえていないということは興味深い。

「負けた教」の蔓延

 斎藤氏は、著書『「負けた」教の信者たち』斎藤環著『「負けた」教の信者たち―ニート・ひきこもり社会論』中公新書ラクレ、2005年4月刊の中で、「若者たちの中に『確固たる自信のなさ』とでも言うべき気分が蔓延しつつある」と述べている。斎藤氏はこの気分を「負けた教」と命名し、次のような特徴があるとしている。

  • さほどの根拠もなく、自分は負け組であるという思い込みに固執している。
  • 自分が負けていることははっきりしているが、勝ち組のイメージは欠けている。
  • 自分の成長や可能性が信じられない。
  • 実体験が内面に影響しない。
  • 成功体験が自信をもたらさない。
  • 意味の曖昧な体験はマイナスに解釈する。
  • 高い社会的成功に自らを同一化できない。
  • 「自傷的自己愛」の問題。

 このうち、「実体験が内面に影響しない」「成功体験が自信をもたらさない」ということは、「個人がさまざまな体験を通して成長していく」というモデルが通用しにくくなっていることを示唆している。斎藤氏は、ここにメディアの影響を見る。つまり、成功体験や身体が変容するような強烈な体験を、メディアを通じて先取りしてしまっているために、実際に自分でそれを経験したときに、すでに体験済みであるかのような感覚で受け止める。そういう既視感のために、体験が自分を変えたり成長させたりすることに結び付きにくい。メディアが一種の免疫のように作用しているというのである。また、自己を変容させるような体験はすべてトラウマ的であるために、心を分裂させたり、違う自分にモード・チェンジさせたりして傷つくことを避けようとする仕組み、つまり体験をたくみに受け流す心的な装置ができあがってしまっているということも考えられるという。

 最後の「自傷的自己愛」というのは、「自分はダメだと言うことで、とりあえず自分の確実性だけは確保しようとする自己愛のかたち」ではないかという、斎藤氏による仮の概念だそうである。自己愛がある以上、彼らは本当に自分に絶望しているわけではない。自己愛があるにもかかわらず、否定的イメージに固執するというねじれた身振りをどう解釈していくのかと、斎藤氏は問う。

「ひきこもり系」と「自分探し系」

 もう一つ、若者に顕著に見られる傾向として斎藤氏が挙げたのは、次のような「ひきこもり系」と「自分探し系」への二極分化である斎藤環著『若者のすべて―ひきこもり系VSじぶん探し系』(PHPエディターズ・グループ、2001年7月刊) 参照

  ○ひきこもり系

  • 一般にコミュニケーションが苦手であるが淡白
  • 比較的安定した自己イメージ
  • クリエーターや作家向きのタイプ
  • 不適応パターン:ひきこもり、ニート、家庭内暴力

  ○自分探し系

  • コミュニケーションが得意で友達の数も非常に多い
  • 対人関係から離れると自己イメージが不安定になりがち
  • リーダーシップを発揮してまとめ役となるタイプ
  • 不適応パターン:境界性人格障害、リスト・カット、自殺、カルト

 ここにメディアが介在する。一人でいると自己イメージが不安定になりがちな自分探し系の若者は、つながりを維持するために携帯電話やインターネットを駆使する。ここにネットの匿名性、フレーミングなど特有の問題がからみ、ネット心中、ネット殺人、出会い系殺人など、かつては考えられなかったような事件や犯罪が急速に広まりつつある。また、つながりやすさは嗜癖(中毒)に結び付きやすく、メール中毒、オンライン・ゲーム中毒などが顕在化しつつある。

おたく文化の可能性

 最後に斎藤氏が紹介したのは、おたくの部屋の写真である。四畳半ほどの部屋に約二千アイテムのフィギュアなどが整然と整理、収納されていて、部屋自体が一種の創作作品となっている。斎藤氏は、こういった部屋を再現してミニチュア化し、作家としてヴェネチア・ビエンナーレに出品されたそうである。

 野村総合研究所によると、日本のおたく人口は推計172万人、市場規模は4,110億円である野村総合研究所、ニュースリリース、2005年10月6日 [ http://www.nri.co.jp/news/2005/051006_1.html ]。おたく文化人の急増により、おたく批判は影を潜め、スティグマ性が緩和されつつある。市場規模の拡大により、また日本唯一の輸出文化として、行政もおたく文化に関心を示し始めている。斎藤氏は、おたくという主体の特異性として次の点を挙げ、もはやここにしか希望はないのではないかと問題提起して、講演を締めくくった。

  • 高いメディア・リテラシーを持ちながら、過度のネットワーク化に至らない。
  • 過度に流動化しにくいコミュニティーを形成する。
  • 再帰性が症状化(自己嫌悪、内省性)をもたらし、その結果として再帰性が過度の悪循環につながらない。
  • ひきこもり的ライフスタイルを主としながら、必要に応じて対人関係を確保可能。
  • 情報ネットワーク内で完結する欲望のエコノミー。
  • 成長も家族も必須ではない。2005年11月1日開催(編集部)