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安全保障と情報社会

  • 土屋大洋
  • 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授/国際大学GLOCOM客員研究員/富士通総研経済研究所客員研究員

ブッシュ政権の「盗聴」問題

 2005年12月16日(金)、米国の『New York Times』紙は、米国のジョージ・ブッシュ大統領が裁判所の許可なしで国家安全保障局(National SecurityAgency :NSA)に通信を傍受させているという記事を掲載したRisen, James and Eric Lichtblau, "Bush Lets U.S. Spy on Callers Without Courts,"New York Times, December 16, 2005 [ http://www.nytimes.com/2005/12/16/politics/16program.html ]。翌17日(土)、ブッシュ大統領は定例のラジオ演説をテレビでも中継させ、この報道を認めた。大統領は、2001年の対米同時多発テロ(9.11)以降、三十回以上にわたり、米国内と海外との間の国際電話や電子メールなどを、大統領令に基づいて傍受させていたと述べた。『New York Times』の記事によれば、三十回といっても、実際に傍受されたメッセージは数百ないし数千にもなるという。ただし、事前に議会の指導者たちに通知しており、完全に秘密裏に行われていたわけではない。

 この問題のポイントは二つある。第一に、外国情報活動監視法(ForeignIntelligence Surveillance Act:FISA)という法律に基づいて裁判所で手続きをとれば、同様の傍受ができたはずなのに、なぜ大統領令によってこれを簡略化しようとしたのかという点である。FISAの枠組みの中でも緊急傍受は可能で、数時間以内に傍受の許可を出すことも可能である。第二に、米国市民がインテリジェンス活動の対象となった可能性があるという点である。かつてベトナム戦争時代に反戦運動をしている人物や市民団体がインテリジェンス活動の対象となってしまった反省から、明白な理由がない限り、米国市民に対してはインテリジェンス活動をすることは認められていない。外国との国際電話や電子メールが対象であったとはいえ、米国市民の通信が傍受されていた可能性は高い。

インテリジェンス・コミュニティー

 この問題をどう考えればいいのだろうか。ブッシュ政権は、9.11から一年後の2002年9月に発表した「米国国家安全保障戦略」、いわゆる「ブッシュ・ドクトリン」の中で、潜在的な脅威に対しては先制攻撃(preemptivestrike)も辞さないという方針を発表したThe White House, "The National Security Strategy of the United States of America"[ http://www.whitehouse.gov/nsc/nss.html ]。これに基づいて2003年3月には、大量破壊兵器を保有していると考えられていたイラクとの戦争を開始している。そのときに重要となったのが、インテリジェンスである。

 インテリジェンスとは、断片的なインフォメーションを収集・加工・精製することで作られる意思決定のための材料である。これは顧客ないし消費者と呼ばれる組織のトップ、安全保障で言えば大統領や首相などが決定を下すために使われる「製品(product)」である。製品としてのインテリジェンスを作りだすのがインテリジェンス・コミュニティーであり、米国では15の政府機関がコミュニティーを形成している。

 ブッシュ・ドクトリンの中では、先制攻撃ばかりではなく、インテリジェンスの活用も重視されている。35ページの文書の中で16回も「インテリジェンス」という言葉が出てくる。先制攻撃ができるということは、事前に米国にとっての脅威が察知されていなくてはならず、それを行うのがインテリジェンス・コミュニティーの役割である。ブッシュ大統領による通信傍受の拡大は、こうした米国の安全保障戦略の延長の中で出てきた事件であると言えるだろう。

情報と情報社会

 一般的に日本語で言う「情報」は「インフォメーション」の訳語として使われているが、もともと情報は「インテリジェンス」の訳語であった仲本秀四郎「情報を考える」公文俊平編『リーディングズ 情報社会』NTT出版、2003年、14~25頁。。情報社会が、中立的な意味でのインフォメーションがあふれる社会という意味ではなく、インテリジェンスが飛び交う社会という意味だったとしたら、その受け止められ方は違っていただろう。

 しかし、現実には、インフォメーション・ソサエティーはインテリジェンス・ソサエティーにもなりつつある。1989年にベルリンの壁が崩れ、1991年にソビエト連邦が消滅して冷戦が終わると、インテリジェンス・コミュニティーは不必要であるとされた。確かに、米国のインテリジェンス・コミュニティーではリストラが行われ、多くの職員が民間に転出した。その結果、経済分野でのインテリジェンス的な活動が注目されることになる。例えば、『CIA株式会社』という本やラストマン、F・W(朝倉和子訳)『CIA株式会社』毎日新聞社、2003年。、『プロファイリング・ビジネス─米国「諜報産業」の最強戦略─』という本も出ているオハロー、ロバート(中谷和男訳)『プロファイリング・ビジネス-米国「諜報産業」の最強戦略-』日経BP 社、2005年。。ビジネスの世界にもインテリジェンスの考え方と手法が浸透してきている。

脅威の変化

 情報社会とはインフォメーションがデジタル化され、それがユビキタスに得られる社会であろう。しかし、それはインテリジェンスがあふれる社会でもある。テロリストたちは情報の洪水の中に自らのメッセージを隠し、インテリジェンス・コミュニティーはその洪水の中から一滴のヒントを探し出さなくてはならない。

 9.11が起きる前から、インターネットを始めとする情報技術がインテリジェンス・コミュニティーの活動に大きな影響を与えることを察知していたのがブルース・バーコウィッツ(Bruce D. Berkowitz)とアラン・グッドマン(Allan E. Goodman) である。二人は2000年に出した『Best Truth:Intelligence in the Information Age(最善の真実:情報時代のインテリジェンス)』という本の中でBerkowitz, Bruce D. and Allan E. Goodman, "Best Truth: Intelligence in the InformationAge," New Haven: Yale University Press, 2000、ソ連が仮想敵国であった時代とテロの時代とでは、脅威が変化していると指摘している。ソ連が相手の時代は、変化はゆっくりとしていて増分的であった。ソ連内部の権力構造の変化やミサイルの生産状況を丹念に追うことで十分だったのである。敵は大規模に組織化されており、戦略核による攻撃計画の策定には十年単位の時間がかかっていた。

 しかし、生物兵器や化学兵器が使われるテロの時代には、変化は技術革新に応じて急に起こるものであり、相手の組織は小さくてアド・ホックになっている。敵が攻撃計画を練るには数日あれば十分かもしれない。つまり、敵はネットワーク組織であり、ソ連に対応した米国のインテリジェンス・コミュニティーでは対応できないとバーコウィッツたちは指摘していた。

情報社会における安全保障

 情報通信技術の発達は安全保障の在り方を根本から変えてきた。RMA(Revolution in Military Affairs)についてはすでにたくさんの研究がある原田泉、山内康英編著『ネット社会の自由と安全保障-サイバーウォーの脅威-』NTT出版、2005年、土屋大洋「インターネットと安全保障」Hotwired Japan [ http://hotwired.goo.ne.jp/original/tsutiya/050405/ ]を参照。。米軍はクリントン政権時代から、C4I(Command, Control, Communications,Computers and Intelligence)への転換を進めてきた。そして、ブッシュ政権になってからは情報通信技術の活用を前提としながら、米軍全体のトランスフォーメーション(再編)が進んできている。

 情報社会は、一方でバラ色の可能性があふれる社会である。しかし、他方であまり歓迎されない出来事が起こる社会でもあるだろう。安全保障の成果は評価しにくい。安全が保たれている間はその価値には気付きにくい。しかし、いったん安全が損なわれると、われわれはひどく落胆し、責任を追及する。ブッシュ大統領の通信傍受に関する問題は、今後、合憲性および合法性が問われることになるだろう。しかし、そうした活動が行われる可能性を前提として、少なくとも認識して、われわれは情報社会をデザインしていかなくてはならないだろう。