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国家、組織、個人における情報セキュリティー

  • 砂田 薫
  • 国際大学GLOCOM主任研究員

 情報社会を支えるために、私たちが検討しなければならない制度面の課題は多岐にわたる。なかでも、セキュリティー関連はとりわけ広範囲に及ぶうえ、緊急性も高い重要課題と言えるだろう。すでに、情報技術(IT)は経済、社会の諸活動を支える不可欠のインフラとして、日本社会に深く組み込まれている。本特集では、国家レベルでの安全保障(土屋大洋論文を参照)、企業を始めとする組織レベルの情報セキュリティー・ガバナンス(同・上村圭介)、そして個人レベルの安心と安全(同・鈴木謙介)、という三つの視点から情報セキュリティーについて考えてみよう。

国家安全保障と経済政策

 国家レベルでの安全保障において、現在とりわけ重要な要因となっているのはブッシュ政権の対テロ政策の影響である。2001年9月11日の同時多発テロ事件以降、米国は愛国者法を制定して、テロ対策を最重要政策の一つと位置付けてきた。その結果、米国を中心として、プライバシー保護よりも安全確保を優先する傾向すら見られるようになっている。日本でも、国家安全保障の一環として、インテリジェンス活動(諜報活動)の促進や重要インフラのセキュリティー確保などが政策議論に上るようになった。

 そもそも日本では、明治時代の「富国強兵」政策によって、近代化が急速に推進された歴史を持つ。しかし、第二次世界大戦後は「強兵」を放棄し、もっぱら「富国」に力点が置かれた。戦後日本の富国政策の特徴は、本来は国防などさまざまな目的で実施される科学技術政策をもっぱら産業発展と直結させた点にある。その背景には、「技術立国」となって強い経済力を持つことが結果的に国の安全保障につながるという「経済的安全保障」の考え方があったためである(産業構造審議会が1980年に発表した『80年代の通商産業政策』と題する答申を参照)。

 しかし、経済と安全保障を結び付けるこのような概念は、産業社会から情報社会への移行が進むにつれて次第に意味が薄れていった。そして、グローバルな規模で被害をもたらず新しいリスクが発生するようになり、日本の安全保障については、根本から見直しを迫られることになったと言えるだろう。憲法九条改正を巡って近年活発な議論が行われるようになったが、情報社会への歴史的転換がその背景にあるのではないかと考えられる。

自由と安全のバランス

 新たなリスクは、国家レベルだけでなく、企業を始めとする組織レベル、さらには個人生活のレベルにおいても同様に発生している。

 リスクはサイバーテロやコンピューター・ウィルスといった犯罪だけではない。むしろ、東京証券取引所のシステム障害に代表されるように、コンピューター・ソフトウエアの問題のほうが社会に大きな打撃を与えている。現実問題として、コンピューター・システムの開発・運用段階におけるエラーをゼロにすることはできない。そのため、エラーが発生しても影響を小さく済ませるための事後対策が近年重視されるなど、セキュリティー対策の基本姿勢にも変化が見られるようになった。その結果、情報セキュリティーの分野でもガバナンスの重要性が高まっている。

 安全性と信頼性の高い情報社会を構築するために、私たちはさまざまな観点からセキュリティーを検討する必要に迫られている。ただ、情報の自由な流通こそ情報社会の基本であるはずだ。とすれば、自由と安全のバランスを巡る試行錯誤は、国家、組織、個人の各レベルで今しばらく続くことになるだろう。