2005年07月10日

isedについて

東浩紀

GLOCOM主幹研究員

 国際大学グローバル コミュニケーション センターは現在、情報社会 論のフロンティアを切り拓く新しい研究所に生まれ変わるため、さまざ まな挑戦を行っています。「情報社会の倫理と設計についての学際的研究 (Interdisciplinary Studies on Ethics and Design of Information Society)」プロ ジェクト、略称「ised」「ised@glocom」は、その柱の一つです。

 isedは、東浩紀主幹研究員の総合的なディレクションのもとで、2004年 10月から2006年1月にかけて全14回開催される公開の研究会です。isedは 「倫理研」と「設計研」の二つの部会に分かれ、毎月高密度の講演と共同討 議を行い、新しい情報社会論のパラダイムを探ることを目的としています。

 研究会の構成員は20代および30代に限定し、情報社会の次の局面を切り 拓く活動・研究を行っている新世代の起業家、研究者、技術者、ブロガーに 集まっていただきました。大学の内外から、産学の境界を跨ぐかたちで多領 域の専門家に委員として加わっていただいているのは、この研究会が、従来 の情報社会論の枠組みに捕らわれず、マイケル・ギボンズが「モード2」と 呼ぶ新しい知の形態を目指しているからです*1。人文系の理論構築に関する このような試みは、国際的にも先進的なものだと言えます。

 isedの記録および関連資料はすべてネット上で公開し、2005年6月現在、 8回の研究会が開かれ、6回分の議事録がアップロードされています。その 歩みを簡単に要約すれば、以下のとおりです。

 倫理研は、情報社会の倫理的問題を多角的視点で考えることを目的として います。コンピュータを介したコミュニケーションが主流になると、情報発 信者の特権性が失われ、メタレベルでの言及や批判も行いやすくなるため、 言説空間の安定性が失われます。第一回の鈴木謙介氏はこの特徴を「サイ バーカスケード」というキーワードで整理し、第二回の白田秀彰氏はそれを 「開放系」というより抽象的な概念へと発展させました。続けて第三回の北 田暁大氏は「インターネットにおける公共圏の成立不可能性」を説く重要な 講演を行いましたが、同回の共同討議では、委員より、逆に「インターネッ トにおける公共空間の確立を探るのではなく、むしろ私的空間の確保こそ が倫理的観点からは重要なのではないか」という逆提案がなされました。第 四回の加野瀬未友氏は、以上の議論を受けて、日本のネット・コミュニケー ションにおいて公私の感覚がどのような役割を果たしているのか、ブロガー としての長年の経験を踏まえた興味深い報告を行っています。今後の倫理研 では、「情報社会において私性とはなにか」を軸として、理論・実践の両面 から活発な議論を行うことになるでしょう。

 他方、設計研は、情報社会を導く新たな設計思想を多角的視点で探ること を目的としています。情報社会の成立については、現在、自己生成や創発性 といった概念、すなわち設計の不在による設計に注目が集まっています。し かし、それは本当にそうなのか。第一回の石橋啓一郎氏は、インターネット の成立史を追いながら、設計思想ではなく、むしろ設計の「場」の性質こそ が重要なのだと指摘を行いました。第二回の八田真行氏は、それを受けて、 よき設計の場を作るための条件として、「再定義可能性」という概念を提案 しました。第三回の楠正憲氏は、IT業界におけるさまざまな標準生成のメ カニズムを紹介しながら、そもそも情報社会の設計は不可能なのではない か、という大きな問題提起を行いました。以上の議論を受けて、第四回以降 は、個別の領域において情報技術が設計思想をどのように変える可能性があ るのか、長期的視野から検討が行われています。第四回の井庭崇氏は、プロ グラミング・リテラシーの普及が教育や共同作業の在り方をどのように変え ていくのか、公開実験の模様などを紹介しつつ刺激的な報告を行いました。

 このように、isedはすでに、マスコミを騒がす通俗的なメディア論やネッ ト論とはまったく異なった、高水準でハイブリッドな知的フロンティアを拓 きつつあり、その成果も着々と蓄積されています。isedの議事録の全文は、 http://www.glocom.jp/ised/ よりアクセスすることができます。以下のページ では、委員の一部の方より、担当された講演概要と研究会を終えての感想に ついて原稿を寄せていただきました。

 isedの各研究会は、事前に事務局に申請を行えば聴講することができま す。お問い合わせは、ised-info@glocom.ac.jp までお願いいたします。

開催スケジュール:講演者
倫理研(Ethics) 設計研(Design)
E1:2004年10月:鈴木謙介 D1:2004年12月:石橋啓一郎
E2:2005年1月:白田秀彰 D2:2005年2月:八田真行
E3:2005年3月:北田暁大 D3:2005年4月:楠正憲
E4:2005年5月:加野瀬未友 D4:2005年6月:井庭崇
E5+D5:高木浩光 E5+D5:近藤淳也
(合同シンポジウムを予定) (合同シンポジウムを予定)
E6:2005年10月:辻大介 D6:2005年11月:鈴木健
E7:2005年12月:小倉秀夫 D7:2006年1月:村上敬亮

*1 マイケル・ギボンズ(編著)『現代社会と知の創造』丸善ライブラリー、1997年。

投稿者 noc : 20:18

2005年07月09日

情報社会の「倫理」と保守主義中心的価値を巡って

講師:鈴木謙介

GLOCOM 研究員

 倫理研、そしてised全体のスタートとなる本報告では、以後の議論のベー スとなる論点について確認すべく、「情報社会」の定義と現状、そして、そ の背景となる思想史的な見取り図について論じた。 まず指摘しなければならないのは、我々の課題とする「情報社会」が、 いわゆるテクノロジーによる社会変動とその帰結のみを対象とするのではな く、資本主義社会における権力の移譲を含む、ラディカルなプロセスである ということだ。経済活動において流通する財がモノから情報へとシフトした ことと、その流通を支える商品の価値を創出する力が、一般の個人でも行使 可能になったこと、この二つの出来事により、経済システムのみならず、政 治システムにまでも影響を及ぼす変化が、私たちの社会に生じた。現在もな お進行中であるこうした過程が生起する世界が、我々の言う「情報社会」な のである。

 情報社会において、もっとも重要な課題となるのは、「国家」という枠組 みを超えていく二つの力と、どのように対峙するかという問題である。一方 の力は「リバタリアニズム」と呼ばれる。リバタリアニズムは、例えば道徳 すらも、特に経済的自由の実現によって選択され、実現されるものに過ぎな いと見なす、自由至上主義の思想だ。 リバタリアニズムは、個人の自由を社会的な運動の全ての基礎と見なす点 で、個人主義的であり、同時に、個人の行う経済活動を自由の行使の一般的 な形態と見なす点で、グローバル化する経済システムと親和性が高い。これ に対し、いわばリージョナルな視点で、情報化の恩恵を受けようとする力 が、もう一方のそれに当たる。それが「コミュニタリアニズム」と呼ばれる 思想だ。

 コミュニタリアニズムは、1980年代から90年代にかけての英米圏におけ る政治哲学上の論争から注目されることになった、個人のアイデンティティ の基盤を、可視圏での対面のコミュニケーションによって醸成されるものと 見なし、そのためにコミュニティが果たす役割を重視する立場だ。情報化の 進展は、これまで国家の枠内において相対的に低い地位に甘んじるほかな かった地域コミュニティに対して、その独自の価値を発信するという力を与 える。

 いずれの思想も、歴史的には18世紀ないし19世紀にまで遡ることの出来 る知的伝統を有しているが、重要なのは、こうした思想が現出する背景に、 21世紀における国家の力の退潮と、その一つの契機としての情報化が存在 するという点だ。そのため報告においては、現在新たに生起しつつあるこの 古い思想の21世紀版を、それぞれ「サイバー・リバタリアニズム」、「サイ バー・コミュニタリアニズム」と呼び変えて、今後の重要な対立点になりう ることを指摘した。

 以上のような報告を受け、討議では非常に興味深い論点がいくつも提示さ れたが、報告者としてもっとも興味深かったのは、白田委員による「保守主 義」のリニューアルとしての「サイバー保守主義」の可能性についての議論 だった。確かに保守主義はこれまでも、常に暴走の危険を孕む民主政治に対 し、伝統と、社会を支える超越的な理念の重要性を訴えてきた。サイバー保 守主義は、こうした思想的立場も、情報化によってエンパワーされる路へと 開かれるべきだとする。非常に興味深い提案だと言えよう。 国家という大きな制度的、価値的枠組みが後退していく21世紀の社会に おける対立軸は、リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、保守主義とい うそれぞれのエージェントが、情報化を背景にサイバー化したところに生じ るのだとすれば、そのパワー・バランスはどのようなものになるのか、そし て、その上で私たちは新たな倫理を構想できるのか。議論のスタートに相応 しい、大変刺激的な討議の交わされた研究会であったと言えよう。

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投稿者 noc : 20:44

2005年07月08日

情報時代の保守主義と法律家の役割

講師:白田秀彰

法政大学社会学部 助教授

講演概要

 電網界(network world)における法や制度を語る態度は、三つに整理で きる。

 (1)部分社会説──現実界(real world)の法が電網界にも適用されるべ しとする。(2)新領域説──電網界での自生的秩序の形成に任せるべしと する。(3)四規制力説──L. Lessigが『Code』で提唱。電網界での自生的 秩序形成では、現実界での民主的・憲法的価値が保全されない懸念があるの で、民主的・憲法的価値を保全しうるように、電網界の構造を法で操作すべ しとする。

 本論では、環境構造(architecture)が人為的に設定される電網界において、 民主的価値に基づく法が機能し続けるためには四規制力説が適切だと指摘し た。しかしながら、四規制力説には弱点がある。民主的価値というものもま た相対的価値に過ぎず、それが私たちにとって正統性を持ちうるのは、現実 界での長い歴史に基づく価値の承認がなされ、それが常識化しているからで ある。

 一方、電網界においては、環境構造から人為的に設定しうるため、人々の 事物の把握や世界理解といった制度を支える共通理解が分離してしまう懸念 がある。さらに C. Sunstein が『Republic.com』で指摘するように、こうし た分離は完全になしうる。従って、現実界における価値や常識が機能する場 合においては、四規制力説は有力な選択肢であるが、電網界の普及・一般化 に伴い、現実界における価値や常識が希薄化しつつある現状をみると、四規 制力説が機能する状況は長く続かないのではないか。

 本論では、現在の法が承認する価値や常識を再生産しうるような環境構造 を、電網界に実装する必要があることを指摘する。すなわち、新領域説の唱 える自生的秩序が、現在の法が目的とする基本的な価値から逸脱しないよう に、根本的に環境面から枠組みを準備すべしとする。しかし、エリートに よる支配という批判がありうる。これに対して、法制史および比較法研究を 基礎とすることで設計者の恣意を抑制することができると期待する。法がそ の歴史において実現しようとした価値を抽出・発見するという作業は、伝統 的な法学の主たる目的であり、その実践には確固とした実績があるからであ る。

 新たな法学者の役割とは、こうした正統性を再生産する環境構造の実装と いうラジカリズムと、伝統的価値の継承という保守主義の立場を合わせた、 「サイバー保守主義」であろう。

共同討議を受けて

 能力の高いネット利用者は、新領域説に傾きがちだと理解していたが、共 同討議においても新領域説すなわち自生的秩序への信頼が根強いことを実感 した。

 ここでいう新領域説は、一般的には「リバタリアン」と呼ばれる態度であ り、リバタリアンが、法や制度について自生的秩序をもって十分であると考 える根拠については、強固な理論的正当化が二点からなされる。すなわち、 1)権力を独占し法を根拠付ける国家の存在以前から、人間は自発的に利害 の調整を行い社会を形成してきた、という歴史的根拠、さらにそれに付け加 えて、2)人々が緊密に結合しなければ維持されえない自由市場経済におい ては、平和的で合理的な取引関係が必須であるため、利害の調整が暴力的な ものにはなりえない、という制度的根拠である。

 リバタリアンは、国家等の強い力の介入によって、環境に適応して自生し てくる秩序が歪むことを嫌う。それゆえ、電網界の秩序については新領域説 を取ることになるのだが、彼らは、現在支持されている自由主義・自由市場 経済の組み合わせが、非常に長い期間にわたる人類の失敗と反省の上に花開 いた精華であることを看過しているようにも思われる。

 講演でも述べたように、電網界は、これまで私たちが秩序として観念して きた制度を生み出す環境としては好適とは言えない。また、仮に放任してお いたとしても、電網界が何らかの秩序らしきものを生み出しうるとして、そ れがリバタリアンたちの期待するような社会制度に至る保証はない。さら に、そうした制度が生み出されるまで──筆者が推測するに──法の歴史が これまで費やしてきた期間と同程度の期間を必要とするのではないか。

 筆者は、現実界にはすでに経験があり、英知があると信じる。これを電網 界に応用しないのは大きな損失であると主張したい。

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投稿者 noc : 20:45

2005年07月07日

情報社会と二つの設計

講師:石橋啓一郎

GLOCOM 主任研究員

情報社会と設計

 第一回の「情報社会と設計」研究部会(以下、設計研)では、一連の設計 研の議論の皮切りとして、情報社会に特有の設計の在り方について議論を 行った。そのような設計の例として、インターネット・アーキテクチャの設 計の在り方を取り上げ、情報社会で道具の設計を考えていく際には、道具そ のものの設計だけではなく、道具の設計のための「場」の設計が重要である という考えを提示し、この話題について、委員の方々に議論をしていただい た。

 情報社会に特徴的な設計の対象となるものの代表例はソフトウエアであろ う。ソフトウエアの設計は、産業社会で設計の対象となっていた工業製品や 建築物とは異なり、再設計が継続して起こり続け、社会の中で使われながら 更新されることがある。例えばマイクロソフト・ウィンドウズのように、利 用者が「Windows Update」機能を通じて常にソフトウエアを更新し続ける ことを前提に作られているものもある。設計は消費者への引き渡しの時点で は終わらず、使われながら再設計・更新が続けられていく。設計にかかる時 間は長くなり、製品としての完成がないようなケースもあり得る。「走りな がら作り続ける」のが情報社会における設計である。

 例えば、インターネット技術の設計・開発がその好例だ。インターネット・ アーキテクチャの特徴は、技術面ではend-to-endモデル、分散的なアーキ テクチャ、レイヤリングの概念などを導入したことにある。しかし、同じく らい重要な特徴は、設計プロセスに「動くこと」を重視し、技術者が競い合 い、協働して設計を煮詰めていく標準化プロセスを採用したことである。同 時期に国際機関でOSIと呼ばれるほぼ同様の機能を持つプロトコルの標準 化が進められていたが、結局インターネット技術が生き残ったのは、「設計 の場」がより優れていたということが大きな要因だった。

 このように、どのようなプロセスで設計・再設計していくかが重要にな る。情報社会では、産業社会と比べよりオープンな形の設計が行われるよう になってきており、設計者同士がアイデアを交換したり競争したりする「設 計者の場」が作られるようになっている。また、最近では開かれた「設計の 場」が多く見られており、「設計の場」への参加が自由であったり、外部か らの意見を受け入れる仕組みが作られている。このことにより、利用者と設 計者の間が以前よりも密接になってきている。つまり、「利用者の場」が「設 計者の場」とは別に存在し、この二つの場をどう設計し、関係付けるかが重 要になってくる。

 この発表に対し、委員の方々にはさまざまな意見を交換していただいた。 第一の論点は、全体最適を実現する設計の場のデザインについてのものだ。 目指す全体像を可視化し、それをなるべく設計者が共有して全体最適を可能 にするアプローチがある一方、部分最適を積み重ねていくことで、全体最適 が自然に実現されるような構造もあり得る。例えば、最近ソフトウエア開発 管理の手法としてよく言及されるEA(エンタープライズ・アーキテクチャ) は前者の例であり、インターネットの設計の場であるIETFやオープンソー ス・コミュニティは後者の例と言える。その議論の中で、オーナーシップと リーダーシップの関係が重要となってくることも指摘された。

 また、後半ではさらに抽象度を上げて、新しいものを生み出すような場の 設計が可能かどうかということに議論が及んだ。この議論の中では、果たし て「創発」を設計することは可能かということが議論された。この中では、 第一回の倫理研でも話題になった脱社会的存在が設計に参加するような場を 作れるか、設計の場のルールの再定義可能性などに議論が及んだ。

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投稿者 noc : 20:46

2005年07月06日

「ライセンシング」の側面からみたオープンソース

講師:八田真行

東京大学大学院経済学研究科 博士課程 / Debian Project / GNU Project

講演の解題

 自分の講演に、『オープンソースの構造と力』という、半分冗談、半分本 気のタイトルを付ける上で影響されたのは、実のところ浅田彰氏のあの著作 ではない。最近注目を集めている音楽家、菊地成孔氏が、近作にやはり『構 造と力』というタイトルを付けているのだが、その作品についてどこかで「リ ズムの構造が力を生み出してゆく、というのがファンク・ミュージック本来 の意味」というような趣旨の話をしておられたのを聞き、そう言えばオープ ンソースもそうだよなあ、と思ったのが全ての発端である。ライセンスの構 造がバザールを支え、オープンソースの力を生み出している、というのは、 オープンソースのリアリティをかなり正確に捉えているのではなかろうか?

 巷で流通する「オープンソース」という概念は、すでにさまざまな要素、 さまざまなニュアンスを内包したものになってしまっている。それ自体は普 及に伴う必然であって、別に良くも悪くもないのだが、結果として、オープ ンソースを正面から取り上げても、あるいはその細部を一つ一つ取り上げて も、議論が噛み合わず発散するだけになりやすい。ようするに、皆が皆「オー プンソース」という語に自分が見たいものを見ているのである。

 そこで本講演では、オープンソースにおける「ライセンシング」という側 面にのみ着目し、弱いながらも著作権を強制力の源として担保するライセン スが、本講演で言う「積極的な退出」を許すような「機能」を提供しており、 しかもそれが権力者としての著作権者にも事前に分かるため、現在多くの開 発プロジェクトで見られるような「優しい独裁」的な運営方針に至っている のではないか、という仮説について、いくつかの点から論証を試みた。さら に、オープンソース界全体の構成を高めるため、ライセンスをもう一つ上の レイヤーで規定する存在として「オープンソースの定義」を捉え直すという 議論を展開した。これ以上具体的な内容に触れる紙幅はないので、ここから 先は議事録を参照して頂きたい。

 ここまでが主要な話だが、もう一つの狙いとして、オープンソースのと りあえずの成功から得られる知見を、他の分野に応用しやすい形で抽出し たいということもあった。「情報社会の倫理と設計」を討議のテーマとする ised@glocom において講演する以上こうした手続は必要だろうし、またこの ことによって、何となく「オープンソース風に」すればなんでもうまく行き そうだと言わんばかりの論調に一矢報い、今後の議論の風通しを良くしたい と考えたのである。

 目論見通りに行ったかどうかは参加者、あるいは議事録読者のご判断にお 任せしたい。

共同討議について

 共同討議に関しては、東浩紀氏が全く他の文脈で準備していた概念(「監 視社会=情報社会の公準」)と、私の議論の親和性が指摘されたのが興味深 い。また、楠正憲氏に指摘されたイノベーションに関する議論の不在は、 元々意図したものではあったが、今後考えていかなければならない点であ る。鈴木健氏が提供したライセンスの進化生物学的な解釈、メタライセンス と力学系の性質規定の類縁性といった論点も注目に値する。井庭崇氏によ る、オープンソース(というより結果としてのバザール)を生産プロセスの 可視化として捉える視点は、氏の講演に反映され、より詳しく展開されたと 思う。石橋啓一郎、村上敬亮、鈴木謙介の各氏から提供された諸論点に触れ る余裕が無くなったが、私の拙い立論が今後の設計研の展開に若干でも資す ることができれば幸いである。

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投稿者 noc : 20:47

2005年07月05日

情報化によって支えられる人間性 『カーニヴァル化する社会』の向こうへ

鈴木謙介

GLOCOM研究員

カーニヴァル化する社会
  • 『カーニヴァル化する社会』
  • 講談社
  • 2005 年5 月発行
  • 新書判、175 頁
  • 税込価格735 円

無気力に帰責させられる若者たち

 働かない若者が増えている、と言われる。フリーターという言葉に、ニー トという言葉が加わり、さらに「ひきこもり」や「パラサイト・シングル」 のような、本来の定義からすれば無関係なカテゴリーまで一緒くたにされた 上で、こうした若者の労働問題は語られていると言えよう。

 むろん、こうした大雑把すぎる認識を批判することはできる。そもそも若 者達の労働問題が浮上する背景には、不景気による採用構造の変動という要 因があるわけだが、その帰結として、非典型雇用に就く若者が増加している のであって、すなわち、若者達の労働問題には「働かない」というより「働 けない」という側面が大きいのだ。

 にもかかわらず、こうした労働問題を、社会構造に起因するものというよ り、若者自身の「意志」に起因する問題として理解される傾向が強い。それ はいわば、現代の若者の無気力という手垢の付いた論理なのであるが、食生 活の偏りから左派による政治的イデオロギー(その帰結としての若者の脆弱 な自我)まで、様々な要因がそこに付与される形で、事態を、彼ら自身の責 に帰するべきものとして処理する社会の作動が、現在の状況を作っているの である。

 ことを自己の意識の問題へと収斂させるこうした発想は、一方で、やる気 の欠如ゆえに働けないのだ、という自己解釈を導き、他方で、とにかくやる 気さえあればいつかなんとかなるのだ、という自己啓発を呼び出すという、 自我の躁鬱的な分裂状態を招くことになる。労働問題それ自体がいかに社会 政策上の手当てを必要とするものであっても、こうした意識を問題にすると いう姿勢が、若者たちに対しても「自意識中心主義」の生き方をもたらすの である。

暴発する「感情の政治学」

 こうした、躁と鬱とに分断されていく自意識を見いだすことが出来るの は、なにも労働の分野だけに限らない。むしろ、日常の鬱々とした状態を、 感情の暴発に任せた熱狂状態によって乗り越える、といった一種の「祭り」 が、近年散見されるようになってきたのだ。

 祭りはかつて、伝統社会においては農耕のリズムと関係した、決まった時 期に行われるものだった。それが近代社会になり、時間が一定の社会制度の 中に組み込んで管理されていくに及んで、祭りは次第に時間から、空間へと 固定されるものに変容していく。それがいわば、「都市における祝祭」であ る。

 しかしながら現代の祭りは、時間や空間に固定されない。突発的に、そし て創発的に生じるのである。そこではあらかじめ決められていることは存在 しないか、あったとしても容易に裏切られる。ときにそれは、誰にもコント ロール不可能な巨大なうねりとして、私たちの社会を動かすのだ。

 そのもっとも目に付きやすい例が、サッカーなどスポーツの応援などに見 られる狂騒だろう。もはや試合そのものよりも、熱狂すること自体が目的と なっているかのような若者たちの「祭り」は、私たちの多くを戸惑わせてい る。

 さらに言うならば、こうした「祭り」は、大小を問わず、私たちの周囲に 散発するようになってきた。例えば、インターネット上から発生する「祭り」 がそうだ。2004年に起きたイラク人質問題などを巡る「ネット世論」の盛 り上がりは、それが単なる「便所の落書き」レベルではなく、マスコミ、政 府での見解にも影響を与える事態となった。

 これはいわば憲法学者キャス・サンスティーンの言う「サイバー・カスケー ド」、すなわち、一人ひとりの小さな声が濁流となって滝のように流れ落ち、 巨大な力となる現象が起きたのだと言える。こうしたカスケード現象は、 ネット上では非常に起きやすいものであるとサンスティーンは指摘している のだが、重要なのは、その力が政治的な水準にまで達してしまうことが、 往々にして起こるということだ。

 日常の生活から出てくる何気ない感情が、ネットによって集約されること で、大きな根拠を持つ「政治的主張」へと昇華される。それが、私たちの躁 と鬱へ分断されていく自意識から生じるのだとすれば、その分断と暴発のメ カニズムは明らかにされねばならないだろう。

非選択の選択化

 私の考える限り、論点は大きく言って二つある。一つは、なぜこのような 形での自意識への収束が生じるのかということ、もう一つは、そうした自意 識を、現代の情報社会化がどのように支えているのかということだ。

 第一の論点は、おそらく、社会環境の変化に関わっている問題だ。冒頭に も述べたとおり、若者たちにとって現在の社会は、多くのことを、自意識上 の操作──すなわち「気の持ちよう」──によって解決せざるを得ないとい う状態に追い込んでいる。これは逆の言い方をすれば、あらゆることを社会 の問題として処理したり、他者からの手当てによって解消したりすることが できなくなっているということである。つまり、気の持ちようで生き方を変 えるということの背景に、「自己責任原則」のようなものが、べったりと張 り付いていると考えられるのである。

 近年、こうした自己責任論は様々なところで耳目にすることが多くなって きたが、ではこうしたロジックは、いったい何が生ぜしめたものなのだろう か。私の考えでは、それはいわゆる「リスク社会化」と呼ばれる、現代社会 の持つある種の傾向によって引き起こされたものである。

 リスク社会とは、日常の、特に未来予測に関する出来事がすべて「リスク」 として算定されるようになる事態を指している。リスクとは何か。それは、 まだ起こってはいないが、未来において生じる可能性のある危険のことであ る。例えば、今後十年の間に交通事故で死亡する確率、といったようなもの がそれに当たる。こうした未来の危険が様々な形で数字として表示されると いうことは、一見便利なように思えるが、必ずしもそうではない。

 確かに私たちは、未来にどのような危険があろうとも、リスクをとった選 択をしなければ、道は拓かれない、と考えがちだ。だが、こうした「選択」 をあらゆる場面で迫るリスク社会においては、選択そのものの過剰が生じ、 結果として自己決定を困難なものにしてしまうという逆説が起こるのであ る。

 例えば、私たちは確かになにがしかの確率で、車の運転中に事故に遭って 死ぬかもしれない。しかし、そうしたリスクが潜在的なものだった時代に は、たとえ事故死したとしても、それはいわば「偶然」に生じるものだと見 なされていたわけである。ではそうしたリスクが可視化されるとどうなる か。これこれの確率で事故死のリスクがあるのだから、エアバッグやその他 の対策を施さなければ、その人は事故というリスクへの対処を怠ったと見な されるのである。その人が、まったく同じ車に乗っていたとしても。

 こうした「選択しないこと」すらも一つの選択であるかのように人々に強 いていく過剰なリスクの可視化が、結果として自己責任の重要さを肥大さ せ、かわりに「社会」に対する要求を減少させていく。自意識による処理が 前面化するのは、こうした「非選択の選択化」が存在するというのが、第一 の論点だ。

データベースから現出する自己

 第二の論点は、携帯電話やその他の情報デバイスが、私たちの生活に与え る影響に関するものである。すなわち、躁状態や鬱状態という自意識は、一 体どのような形で備給されているのかという点において、こうした情報デバ イスの果たす役割が、非常に重要なのである。

 こちらの詳細は、拙著『カーニヴァル化する社会』の主要な論点となって いるので、そちらを参照して欲しいが、おおづかみに言うと、以下のような ことが起きつつある。すなわち、若者たちの携帯電話の利用方法などを調査 してみると、多くの若者が、携帯電話を、効率よく、広く他者と「繋がりう る」状態に自分を置いておくために利用している。例えばそれは、メールの やりとりを始終欠かすことの出来ない依存状態であったり、知り合った人間 とまず電話番号やメールアドレスを交換し、アドレス帳に登録した上で、関 係の結び方を決めていったりするような、ケータイ的な対人関係のことであ る。

 インターネットも含めて、近年の電子的なコミュニケーション・デバイス における、コミュニケーションそのものの重要性の増大、言い換えれば、他 者との繋がりを提供してくれるネタになりさえすればどのようなものでも よい、という事態が、若者たちの間に広がりつつある。こうした「ネタの消 費」とでも呼びうるような状態を支えるのは、まさに人間関係のデータベー ス(電子的な情報の蓄積)としての携帯電話であり、インターネットなので ある。

 換言すれば、若者たちの消費の前提として、データベースへの参照という 行為は非常に重要なものになっているのである。人間関係のデータベースを 参照することで、彼らは、いま自分が繋がりうる友達は誰で、それは何人い るのかを把握し、あるいは、自身の購入履歴などのデータベースを参照する ことで、次に自分が消費するべき商品が分かる、などのように、まさに自己 確認が可能になるのである。

 要するに私たちは、躁鬱状態に分断されながら常に「自己」としての責任 を要求されるという、非常に苦しい立場に置かれているのだが、そこでそう した「自己」のありかを示してくれる電子的なデータベースへの依存度が 極大化するという、いびつな自我によって支えられる存在になりつつあるの だ。これは、近代社会において求められてきた責任的な主体というモデルか らはかけ離れたものであり、その意味で、私たちは大きな時代の曲がり角に 来ていると、言わざるを得ないのではないだろうか。

アイデンティティの過剰を超えて

 データベースが自己についての情報を備給し、その情報によって、いわば ハイテンションな自己啓発が行われる。こうしたフィードバック関係が際限 なく続いていくことが、私の言う「カーニヴァル化」に当たるわけだが、問 題なのは、そうした「自分についての情報」が過剰に溢れかえることで、あ らゆるところに「自分」が見いだせてしまうということだ。そうした無数の 自己アイデンティティのようなものに囲まれて生きる私たちに、いま必要な ものは何だろう。

 おそらくそれは、近年とみに言われるようになった国家の権威の回復、大 いなる栄光や輝ける未来を(たとえ仮想的にでもいいから)若者たちに与え るべきだ、といったような、古典的な意味での「保守主義」の処方箋ではな い。むしろ求められているのは、そうしたアイデンティティを支える超越的 な仮構ではなく、より地に足のついた、対面の親密圏における安定した関 係ではないか。その意味で、来るべき情報社会の未来について考えるに当た り、本書は、その第一段階を提供したに過ぎない。更なるプロジェクトは、 この後にまだまだ控えているのである。

投稿者 noc : 20:49

2005年07月04日

携帯メール(SMS)大国のフィリピン

霜島朗子

GLOCOM主任研究員

 フィリピンでは、携帯電話によるショート・メッセージ・サービス(SMS : Short Message Service)が爆発的に普及し、利用数は世界第一位となった。な ぜフィリピンは携帯メール(SMS)大国になったのか。フィリピンの携 帯電話市場の動向、特に広く普及しているSMSについて考察する。

フィリピン最大の通信グループPLDT

 フィリピン長距離電話(PLDT)はフィリピン最大の通信事業者である。

 固定電話市場におけるPLDTのシェアは、子会社も含めて63%(2002年末 時点)に及ぶ*1。また、急速に拡大した携帯電話市場においても、100%子 会社の携帯電話会社スマート・コミュニケーションズ(スマート)が第一位 を占め、連結子会社で第三位のピリピノ・テレフォン(ピルテル)と合わせ ると、シェアは58%(2004年9月末時点)に上る*2

 PLDTが発表した2004年度の決算*3を見てみると、連結純利益が280億 4,400万ペソとなり、前年実績の21億2,300万ペソを約十三倍も上回り、フィ リピン企業最大レベルの高収益を上げている。利益は携帯電話事業がけん引 し、売り上げを12%伸ばした一方、経費は16%削減された。好調な業績を 支えた子会社はスマートとピルテルで、携帯部門の連結サービス収入は670 億ペソとなり、PLDT全体のサービス収入(1,152億ペソ)の58%を占めた。

 PLDTグループはフィリピン最大の通信グループであり、子会社のスマート は収益トップ企業なのだ。

 スマートに続く携帯電話第二位の通信事業者は、シンガポール・テレコ ム(シングテル)とアヤラ財閥によるフィリピン最大のコングロマリット企 業であるグローブ・テレコムである。グローブの携帯電話市場のシェアは 39%(2004年9月末時点)に上る*4。フィリピンの携帯電話市場は、最大手 のスマートと第二位のグローブの合計シェアが97%におよび、2社独占状態 となっている。

携帯値下げ競争の激化

 2003年に新規参入したばかりの携帯電話第4位のサンセルラーが、2004 年10月にフィリピンで初めて携帯電話の料金定額制サービスを開始し、急 速に加入者を増やしている。サンセルラーはゴコンウェイ系の固定電話事業 者デジタル・テレコミュニケーションズ(デジテル)による携帯電話会社で ある。サンセルラーによるフィリピン初の定額サービス「24/7」は、一定の 料金を支払えば無制限に携帯電話でSMSと通話が可能になるサービスであ る*5。SMS・通話無制限タイプは定額月350ペソ(約七百円)で、SMS無制 限タイプは定額月150ペソ(約三百円)で利用できる。この割安な定額制サー ビスが好評で、サンセルラーは加入者数を2005年1月末時点で150万人にま で伸ばしている。

 このサンセルラーによる定額制サービスが発端となり、フィリピンでは携 帯電話事業者間の料金値下げによる顧客獲得競争が激化している。2005年3 月初旬にはグローブ、中旬にはスマートが相次いで定額制の携帯電話サービ スを導入した。何より「低価格」であることを重視するフィリピン人消費者 にとって、安い定額料金での「使い放題」の魅力は大きいだろう。

表1: フィリピンの3 大通信事業グループ(出典: 各社ホームページ等より作成)
PLDTグループ アヤラ財閥 ゴコンウェイ財閥
主な株主 ファースト・パシフィック
NTTコミュニケーションズ
シンガポール・テレコム(シングテル)
アヤラ・コープ
ゴコンウェイ・コープ
固定事業 フィリピン長距離電話(PLDT) インノーブ・コミュニケーションズ デジタル・テレコミュニケーションズ(デジテル)
携帯事業 スマート・テレコミュニケーションズ
ピリピノ・テレフォン(ピルテル)
グローブ・テレコム サンセルラー

携帯メール(SMS)大国のフィリピン

 フィリピンでは携帯電話によるテキスト送信であるSMSの利用が非常に 盛んである。コミュニケーション・ツールとしてはもちろん、電子商取引や 送金サービス、モバイル・バンキングや電子政府まで多岐にわたって利用さ れている。

 携帯最大手スマートの場合、2003年末時点で、年間約二百四十億通、月 間20億通ものSMSが利用されている*6。同時点のスマートの携帯加入者数 が1,008万件なので、加入者数で月間SMS利用数を割ると、一加入者一カ 月当たりのSMS利用数は約二百通となる。つまり、携帯加入者は一日平均 約七通のSMSを利用していることになる。

 実際、フィリピンの首都マニラの街中では、あちこちで携帯電話をいじっ ている人を見かけた。警備員やドライバーは、仕事中でもSMSを送受信し、 カップルは一緒にいても(別々の相手に)テキスト送信をしたりしている。

 SMS利用に関しては「いつでも、どこでも」といった感じで、TPOをわき まえて利用を控えるというモラルはないようである。

 なぜSMSはこんなにも利用されているのか。それは何と言っても「安 い」からである。貧しい人々が多くを占めるフィリピン人消費者が重視する のは、何よりも「低料金」なことである。例えば携帯最大手スマートの場 合、SMSの利用料金は、テキスト送信で1通たったの1ペソ(約二円)であ る*7。それに対して通話料金は、一分間当たり6.5ペソ(約十三円)と高い。

 また、固定電話は普及率が4.2%(2002年末時点)と低く*8、まだ利用でき ない人が多い。そのため、コストが高い携帯通話よりも、使えない固定電話 よりも、安く便利に利用できるSMSに自然と流れていったのだ。また、フィ リピン人は英語能力や端末操作のリテラシーが高いことや、親しい間柄では 頻繁にコミュニケーションを取り合う習慣があることなども、SMSが広く 人々に受け入れられた背景だろう。

利用者の九割以上を占めるプリペイド方式

 フィリピンの携帯電話はプリペイド方式が加入者の九割以上と圧倒的に多 い。プリペイド方式とは、通信料金を前払いして携帯電話のICチップに蓄 える方式である。契約件数に占めるプリペイドの割合は2003年末時点で、 スマートが97.5%、グローブが92.3%となっている。携帯電話の利用者急増 の要因には、この前払い(プリペイド)サービスの利便性の高さもある。

 2001年から2003年にかけてのスマートとグローブの方式別契約数の推移を みると、ポストペイド契約が23万件増加しているのに対し、プリペイド契 約は933万件も増加している(表2・図1)。

 プリペイドカードは、コンビニや飲食店だけでなく無数の個人商店で販売 されている。スマートの場合、300ペソ(約六百円)、500ペソ(約千円)、1,000 ペソ(約二千円)の3種類があり、こまめに支払いできる価格設定である*9

 最近はカード購入が不要で、データ通信によって携帯に直接利用料金をダウ ンロードできるローディング・サービスも普及している。例えばスマートの 「E-LOAD」などである。「E-LOAD」でダウンロードできる料金は、30ペ ソ(約六十円、使用期限3日)、60ペソ(約百二十円、6日)、115ペソ(約 二百三十円、12日)、200ペソ(約四百円、30日)の4種類があり、使用期 限はあるものの、カードを買う手間がかからず便利である。

 フィリピンではこのような手軽で便利なプリペイド方式が導入されたこと によって、低所得者も携帯電話を利用できるようになり、急速に普及が進ん だ。さらに最近では、若年層においても携帯電話が広がっており、ファスト フードなどの食品に使っていたお小遣いを携帯電話の利用に使う傾向が強 まっている。

表2: スマートとグローブの方式別契約件数の推移 出典:両者の財務報告書に基づく
ポストペイド プリペイド 合計
2001年 70万件 867万件 937万件
2002年 70万件 1,270万件 1,340万件
2003年 93万件 1,800万件 1,893万件
スマートとグローブの方式別契約件数の推移

プリペイド方式のメリットとデメリット

 フィリピンでプリペイド方式が主流を占める理由について、携帯最大手の スマートの広報担当者Roman Isberto氏は、「支払い能力が低く利用料も少 ないが、国民のほとんどを占める低所得者顧客向けで利益を伸ばすのに最適 なため」と説明していた。日本の携帯電話で一般的な後払い方式(ポストペ イド)は最低でも月額料金500ペソ(約千円)程度はかかってしまい*10、フィ リピン人の可処分所得(マニラ首都圏の最低賃金は1日約三百ペソ=約六百 円*11)を考慮するとかなり高価なのである。それに比べてプリペイド方式は 低所得者でも利用しやすい割安な料金設定となっており、手軽に利用でき る。フィリピンの低所得者市場は広範で、高所得者や法人顧客だけでなく、 こうした市場も開拓することで、さらに利益が拡大する可能性を秘めている のだ。さらに同氏は「料金の取りっぱぐれも少ない」とメリットを強調して いた。日本と違い、個人の信用があまり高くないフィリピンにおいてプリペ イド方式は合理的なスタイルだと言えるだろう。

 しかし、一方でプリペイド方式は課題も抱えている。それは、加入者一人 当たりの平均利用料金(ARPU:Average Revenue per User)の伸び悩みで ある。2004年末時点のスマートのARPUは、ポストペイドが月間1,286ペソ (約二千六百円)、プリペイドが355ペソ(約七百十円)となっており、プリ ペイドのARPUは、ポストペイドに比べてかなり低い。また、2003年末時 点はポストペイドが1,331ペソ(約二千六百円)、プリペイドが425ペソ(約 八百五十円)となっており、微減している(表3)。毎年、携帯電話は契約 件数を伸ばしているが、プリペイド市場の成長に依存しているだけでは収益 が頭打ちになる可能性が高く、今後はデータ通信などARPUを増やす努力 を迫られることになるだろう。

携帯電話による電子マネーの普及

表3: スマート社のAPRU の推移 出典: PLDT 社financial results「Full Year Results 2004」
2003年 2004年 増減
プリペイド 425ペソ 355ペソ 70ペソ減(16%減)
ポストペイド 1,331ペソ 1,286ペソ 45ペソ減( 3%減)

 2005年2月、携帯電話第二位のグローブは、世界最大の携帯電話会社の連 合組織であるGSM(Global System for Mobile Communications)協会の最 優秀賞(メッセージ・サービス部門)を、SMSを活用した電子マネーのサー ビス「Gキャッシュ」で獲得した。昨年は最大手のスマートがSMSを通じ て通話時間を購入できる「スマート・ロード」で最優秀サービス賞(消費者 部門)を受賞している*12。広く普及しているSMSを利用したフィリピン独 自の携帯サービスは世界でも高く評価されているのだ。

 「Gキャッシュ」*13は、「グローブ・テレコム・ビジネス・センター」やセ ブンイレブンなどの協力店で携帯電話のICチップに入金すれば、SMSを利 用してグローブの加入者間で金銭がやりとりできるサービスである。フィリ ピン人には「いつでもどこでも手軽にお金のやりとりができてとても便利」 と好評である。最高で1万ペソ(約二万円)まで蓄えて利用できる。入金手 数料は、1,000ペソ(約二千円)以下で一律10ペソ(約二十円)となってい る。同様の手続きでGキャッシュを現金に戻すこともできる。そのほか商 品代金の支払いにも利用可能だ。現在、Gキャッシュで支払いが可能な提携 企業は、フィリピンに広く普及しているファストフード店のジョリビーや バーガーキングなど約三十社、約三千店舗で利用できる。

 一方、最大手のスマートも「スマート・パダラ」*14という携帯電話による 海外からの送金サービスの提供を始め、利用が広がりつつある。このサービ スもSMSを利用しており、フィリピンにいる受取人の携帯電話に海外から 電子マネーを送金することができる。送金手数料は送金額の1%である。電 子マネーを送られた人は、「スマート・ワイヤレス・センター」やマクドナ ルドなどの協力店で現金に戻したり、提携銀行のATMでお金を引き出すこ とができる。手数料は一回2.5ペソ(約五円)と安い。海外で送金できる場 所は香港やニューヨーク、横浜など限られてはいるが、物理的な輸送を行わ ずに瞬時に送金することができ、銀行口座から引き落とす必要もなく便利だ と好評である。

携帯電子マネー普及の要因

 フィリピンで携帯電話による電子マネー・サービスが普及した背景には、 低収入で銀行口座やクレジットカードを持てない人が多いということが挙げ られるだろう。そのような人も携帯電話を使って安全で手軽に送金やキャッ シュレス決済ができるようになったのだ。

 また、フィリピンは海外労働者(OFW: Overseas Filipino Workers)が多 く、現在八百万人を上回ると言われ、日本、米国、サウジアラビア、香港、 台湾等で多くのOFWが就労している。彼らはGNPの7%以上に相当する金 額を本国に送金しており、フィリピンの貴重な外貨獲得源となっている*15

 携帯電話を使って手軽に本国に送金できるサービスは、出稼ぎ労働者が多い フィリピン人の需要に適っていると言える。

 フィリピンでは低所得者層にも携帯電話が急速に普及しており、特に割安 なSMSが活発に利用されている。電子マネー・サービスは広く普及してい るSMSの手軽さをうまく活用しており、それが多くのフィリピン人に活用 されるようになった勝因であろう。

今後の課題はSMS依存からの脱出

 電子マネー・サービス以外にもSMSはさまざまなサービスのプラット フォームになっている。着信音や待ち受け画像をはじめ、芸能人のメッセー ジを受信するサービスなどエンターテインメント系コンテンツの人気が高 い。また、ニュースなどの情報サービスも人気がある。フィリピンの情報化 は、携帯電話、とりわけSMSに特化して独自の進化を遂げつつあると言え るだろう。

 一方、広く利用されているSMSのほかに、動画像などが添付送信でき るマルチメディア・メッセージ・サービス(MMS: Multimedia Message Service)などもサービス提供されている。しかし、2004年度のMMS普及 率は携帯利用者全体のわずか1.9%にとどまっている。普及が進まない要因 としては、まず利用料金が高いことが挙げられる。最大手のスマートの場 合、MMSの送信に一回当たり5ペソ(約十円)を課金しており、1ペソ(約 二円)で送信できるSMSと比較すると割高だ*16。さらに、事業者間の接続 や端末価格の高さなども障害になっている。現状では、新たなデータ通信 の可能性を訴求してはいるものの、キラー・アプリケーションが不明確であ り、いまだに非音声収入をSMSに依存しているところが大きいといえる。

 また、最近ではサンセルラーなどの競争事業者の新規参入や料金定額制の 導入などによって価格競争が激化しており、トラフィックに依存していた従 来のビジネス・モデルを変革する新たな収益モデルも見出さなくてはならな くなっている。

 急成長を遂げ、フィリピンの情報通信業界の稼ぎ頭となっている携帯電話 市場だが、今後も継続的に成長を続けていくには、現在のSMSへの依存状 態から脱出し、新たな収益を得られるビジネス・モデルを見つける必要に迫 られていると言えるだろう。

*1 NTC(National Telecommunications Commission: 国家通信委員会) "Annual Report 2002" 参照 http://www.ntc.gov.ph/consumer_info/Annual/Annual2002.pdf

*2 NNAアジア経済情報『通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]』(2004 年11月8日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A

*3 PLDT 社 financial results "Full Year Results 2004" 参照http://www.pldt.com.ph/ir/form6k/FY2004_MDA_Final.pdf

*4 NNAアジア経済情報『通信PLDT快走、9月で通年目標達成[IT]』(2004 年11月8日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20041108php009A

*5 サンセルラー社 "Sun 24/7 Call & Text Unlimited" 料金表http://www.suncellular.com.ph/sunshop/24by7faqs.html

*6 PLDT 社 "Annual Report 2003" 参照

*7 スマート社 "Prepaid Cards" 料金表 http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*8 NTC(National Telecommunications Commission: 国家通信委員会) "Annual Report 2002" 参 照http://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*9 スマート社 "Prepaid Cards" サービスガイドhttp://www.smart.com.ph/SMART/Catalog/Prepaid+Cards/

*10 スマート社 "Smart Gold" 料金表http://www.smart.com.ph/SMART/Products/Smart+Gold/SG_Plans.htm

*11 National Wage and Productivity Commission, Department of Labor and Employment(労働雇用省)「CURRENT DAILY MINIMUM WAGE RATES National Capital Region a/ Per WageOrder No. NCR-10 b/ (Effective 10 July 2004)(マニラ首都圏の最低賃金)」http://www.nwpc.dole.gov.ph/pages/ncr/cmwr_table.html

*12 NNAアジア経済情報『携帯グローブ、GSM協会優秀賞に輝く[IT]』(2005年2月18日)参照http://telecom21.nikkei.co.jp/nt21/ngw/NNA001/cgi-bin/gw/gw_asia_search_dsp.cgi?service=0010&id=20050218php004A

*13 グローブ社「G-Cash」サービスガイドhttp://www.myglobe.com.ph/gcash/index.asp

*14 スマート社「Smart Padala」サービスガイドhttp://www.smart.com.ph/SMART/ Value+Added+Services/Smart+Money/ Frequently+Asked+Questions+for+SMART+Padala.htm

*15 「外務省ホームページ(日本語)-各国インデックス(フィリピン共和国)-最近のフィリピン情勢と日・フィリピン関係-」参照http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/philippines/kankei.html

 *16 スマート社「Smart MMS」料金表 http://www.smart.com.ph/SMART/Value+Added+Services/MMS/

投稿者 noc : 20:56

2005年07月03日

『テレコム・メルトダウンアメリカの情報通信政策は失敗だったのか

講師:公文俊平

GLOCOM 代表/多摩大学情報社会学研究所所長

講師:土屋大洋

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教授/GLOCOM客員研究員/ 富士通総研経済研究所客員研究員

講師:砂田 薫

GLOCOM主任研究員/多摩美術大学非常勤講師

テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか―
  • 『テレコム・メルトダウン―アメリカの情報通信政策は失敗だったのか―』
  • NTT出版
  • 2005年2月発行
  • A5判、185頁
  • 税込価格2,940円

 4月18日、公文俊平氏・土屋大洋氏・砂田薫氏を講師に、『テレコム・メ ルトダウン』のIECP読書会が開催された。

 「2001年の春、米国の通信産業は、産業の全体が融解(メルトダウン)し たと評されたほどの激烈な不況に見舞われた」(本書「はじめに」より)。同 年12月には米国最大の総合エネルギー会社エンロンが破綻、翌年1月には 米国第5位の長距離通信会社グローバル・クロッシングが、7月には第2位 のワールドコムが破産法の適用を申請する。相次ぐ米国史上最大規模の企業 倒産と不正会計スキャンダルに株式市場は暴落し、米国経済は出口の見えな い不況に陥っていく。

 『テレコム・メルトダウン』は、このような低迷の時期に "FT.com"(『フィ ナンシャル・タイムズ』のオンライン版)に約一年半にわたって掲載された コラムを収録したもので、米国を代表する4人の論客(ローレンス・レッシ グ、リチャード・A・エプスタイン、トーマス・W・ヘイズレット、エリ・ ノーム)が米国の情報通信に関する時事問題を論じている。全部で36本の コラムは、日本語版の出版にあたって、「なぜ通信産業はメルトダウンした のか?」「独占は本当に悪なのか?」「電波は誰のものか?」「情報を支配するの は誰か?」「インターネットは社会のルールを変えるのか?」という五つの章 に分類されている。

本書をどう読むか

 本書は、公文氏をはじめとするGLOCOM のチームによって翻訳・監修 が行われた。読書会では最初に、訳者の1人である土屋氏から、4人の論者 の紹介と翻訳に至った経緯等について説明があった。

 ローレンス・レッシグはスタンフォード大学ロースクール教授。『CODE』 『コモンズ』『FREE CULTURE』などの著書で、日本でもよく知られてい る。GLOCOM ともかかわりが深く、彼が提唱するCreative Commons*1の 日本版をGLOCOM がホストしている。また2003年のGLOCOM フォー ラムでは基調講演のために来日しており、今回の出版も彼から土屋氏への 「翻訳してみないか」というメールがはじまりであったという。

 リチャード・A・エプスタインはシカゴ大学の法学教授。マイクロソフト やインテルの訴訟にも携わった、どちらかというと保守的な印象が強い法学 者である。

 トーマス・W・ヘイズレットはマンハッタン政策研究所シニアフェロー。 経済学者だが、FCC(連邦通信委員会)のチーフエコノミストを務めたこ ともあり、政治的な視点からコラムを展開しているという。

 エリ・ノーム*2はコロンビア大学ビジネススクール教授。刺激的な議論を 提起するところがあり、本書の冒頭に収録された「テレコム・メルトダウン」 (原題は "Too weak to compete")では、「テレコムバブル崩壊後の低迷が続 く通信産業を救うためには、カルテルもやむを得ない」と論じている。米国 の経済学者は一般に自由競争を支持してカルテルを嫌うため、「ノームは転 向したのか」とまで言われて、いろいろなところに引用されたコラムだとい うことであった。

 本書に収録されたコラムは、"FT.com" のコラム欄 "New Economy Policy Forum"(途中から "New Technology Policy Forum" に名称変更)*3に2002年 5月~ 04年1月までに掲載されたものであるが、現在はローレンス・レッシ グに代わってデューク大学ロースクール教授のジェイムズ・ボイルが加わ り、コラムは続いているということである。

 ここで土屋氏は、本書から何を読み取るかについて次の3点を挙げた。

 次に監修の公文氏は、本書に収録されたコラムが書かれてから二、三年 たった現在、あらためて感じるのは、「米国人が見ている世界が基本的にド メスティックだということ」、「唯一、グローバルな視野があるのは著作権問 題で、ほかはどちらかと言うと米国の中での議論に終始している。米国の中 での通信・放送政策、そこでの競争と独占の問題である」と語った。公文氏 によると、米国人もやっとそのことに気付いたようで、数年前に『レクサス とオリーブの木』でグローバリゼーションを説いたトーマス・フリードマン は、最近の著書の中で「私はとんでもない過ちを犯していた。9.11のテロ、 エンロンやワールドコムのスキャンダルに目が向いている間に、世界ではグ ローバリゼーションが進み、いまやインドがトップになっている」と述べて いるという。そこで、われわれが日本の通信政策を考えるときに重要なこと として、「ひと昔前は、米国で起こっていることが数年後には日本にもやっ てくるということで、成功も失敗も米国がいいモデルになった。これから 先はそれだけでは足りないだろう。本書の議論を他山の石としたい」と述べ た。

 最後に砂田氏は、IBM、AT&Tの例を挙げながら、米政権と大企業との かかわりという点からコメントをした。IBMとAT&Tは、独占禁止法を巡っ て長く司法省と裁判で争ってきたが、日本のコンピュータ産業が成長し、対 米輸出が伸びた1982年になって、司法省は提訴を取り下げる。一方でIBM は、司法省と係争している間も、顧問弁護士や役員出身者が政権の主要ス タッフに就くなどして政権に密接にコミットしていた。米ハイテク大企業と 政権とのつながりは、このように司法省との争いからだけでは見えてこない 部分があり、本書のコラムが取り上げているマイクロソフトへの反トラス ト訴訟を、同様の視点から見ると興味深いということであった。またジャー ナリズムに長く携わってきた経験から、「オンラインのジャーナリズムの世 界で、このような議論がなされていることは非常にうらやましい」とも語っ た。日本のジャーナリズムは、政策担当の広報機関になるか、とんでもない バッシングをするかという両極端になりがちで、異なる立場から生産的な議 論がなされる場は少ないということであった。

何がメルトダウンしたのか

 講演の後、参加者を交えて意見交換が行われた。当時、米国にいて実際に バブルや不況を体験したという方からの感想も多かった。以下に一部を紹介 する。

【会場から】バーニー・エバーズ(ワールドコム元CEO)には有罪評決が出 たが、ワールドコム(MCI)自体はゾンビのように生き返ってベライゾン・ コミュニケーションズに買収された。通信産業は回復しつつあり、こういう ダイナミズムと逞しさは米国ならではのものだと思う。政策の良し悪し以前 に、そのような逞しさを持たない日本には、米国流のやり方をにわかには移 植しがたい部分があると感じる。もう1点、ブロードバンドは日本のほうが 進んでいるのに、著作権の問題等の解決ではやはり米国の議論を横目で睨み ながら進めなければいけないということなのか。日本がイニシアティブをと り、先に答えを出して進めていくようなことができればいいと思う。

【土屋氏】世界史をみれば、その時代の覇権国がリードをしてルールを決め、 まわりの国々はそれに従わなければいけないというのは当たり前かもしれな い。ローマの時代にはローマの、中華帝国の時代には中国のまねをしたわけ で、その論理からすれば、覇権国にならない限り日本はイニシアティブをと れないことになる。しかし、本当にそうだろうか。

【会場から】テレコム・メルトダウンは米国のドメスティックな問題だとい う議論があったが、日本の通信産業にも大きな影響があった。需要が少ない のではなく、値段がどんどん下がっていくのが問題であった。バブルの時 期には通信の将来を過信した過剰投資が行われて、個人的には疑問を感じて も、世の中の論調は「とにかく前に進まないと取り残される」という風潮だっ た。バブルというのは、後になってみないと分からないものか。歴史に学ぶ というか、バブルの時こそ警鐘を鳴らすような論文を書いていただきたい。

【土屋氏】J・K・ガルブレイスが『バブルの物語』の中で、バブルの只中に いる人たちの特徴として二つ挙げている。一つは非常に近視眼的であって、 歴史を忘れている。自分たちの参加しているバブルが永遠に続くと考えて いる。もう一つは、頭のいい人が金持ちになったと勘違いしている。金持ち になった人のまねをすればいいと考えるので、バブルが雪だるま式に膨れ あがっていく。ガルブレイスがブラックマンデーの前に「このバブルははじ けます」と言ったときは、メディアから総スカンを食らった。やはりバブル が起きてしまうのは、人間の本質的なところなのかなという気がする。いま GLOCOM で「創発」の研究をしているが、それとも関連している。バブ ルというのは誰かが指揮して操って起こすというより、ボトムアップ的に起 きてしまうのではないか。われわれ一人ひとりが近視眼的であり、金持ちに 憧れるということがバブルを作り出すのではないかと思う。

【会場から】メルトダウンという表現がトリッキーなので、議論が拡散して しまうところがある。基本的には、テレコムの技術革新が、時間や距離に依 存していた部分をメルトダウンさせて、長距離通信・国際通信がやられたと いうことだと思う。しかもメルトダウンしたのは固定通信で、現在のところ モバイルはしていない。将来起こるとすれば、やはり技術革新が影響を及ぼ す可能性があるという気がする。エンロンの不正経理などはまた別の話で、 バブルもメルトダウンも分野を限定して議論しないと、何もかもバブルでメ ルトダウンしたということなってしまう。そこには気をつける必要がある。

【会場から】通信産業に代わって情報産業にいったという意味では、通信が メルトダウンしたと言える。情報産業の中に携帯電話とかいろいろなもの があると考えてはどうか。2001年にブロードバントの国際調査に、米国の AOLに行ったら、「今の法律や技術では自分たちの著作権を守れない」とい うことを言っていた。一方、韓国ではすでにブロードバンドが進んで、著作 権もフリーにやっていた。既得権益を守る政策に力が入って、米国ではブ ロードバンドが進行しなかった。もちろんバランスが問題だとは思うが。米 国では9.11以降、特にセキュリティにすごく力を入れている。電子パスポー トがないと米国に入国できないことになったが、これは米国の政策で世界の 国の産業政策を規定させるという、国家戦略である。われわれはそういう場 合にどうしたらいいのか。これからユビキタスと言われているが、米国の国 家戦略に対して、日本はどういう戦略で彼らに対抗すべきなのか。

【公文氏】バブルについは、確かに評価が分かれている。エリ・ノームは一 番悲観的で、「これからの米国経済はハイテクではだめだからローテクに戻 れ。ハイテクでは景気は伸びない」とまで言っている。だから独占も認める べきだし、それでも安定するという保証はない。一方、HPのカーリー・フィ オリーナなどは「あれはもっと長く続く大発展の前触れに過ぎなかった。ほ んのちょっとつまずいただけで、今度は過去のバブルとは比べ物にならない ぐらい大きな展開が起こる」と言い始めている。つまり、既存のインフラは 有線もセルラーもだめになり、別のインフラがそれにとって代わって長く続 くだろうと。またトーマス・フリードマンは、「あのバブルで得をした人た ちがいる」という見方である。例えば「インド人は、あのバブルのおかげで 他の国に安く光ファイバーを引いてもらって、ほとんどタダになった料金で 世界中と通信できるようになっている。だからあれは、結果的にインドを助 けるための大投資であった」と。また「インドにとって2000年は、インター ディペンデンス(相互依存)元年であった。なぜかというと、インドは何千 人もの技術者と通信網を使い、2000年問題対応を引き受けて成功したから だ」とも言っている。

【会場から】当時はインターネットのトラフィックが3カ月で倍になると言 われていて、それにはすさまじい量が必要になるだろう。そのネットワーク に投資するということで、お金が集まった。過剰期待が形成された。投資家 や株式市場にとっては上下運動が激しいほうが儲かるわけで、そういう意味 でバブルは繰り返される。次は何かと期待している方もいて、そこに向かっ てお金が流れ込む。ネタを探している状況である。バブルの教訓を考えると きに、実務側と、そういうアップダウンを求める側とでは違ったものになる と思う。最近、そういうアップダウンに惹かれる若い人が多いという気がし ている。

【会場から】当時、米国にいた経験から、私自身はメルトダウンという言葉 には違和感がない。通信セクターの問題だけではなくて、米国経済全体に与 えた影響は深刻で、自分の株式が紙くずになってしまった、職を失ったとい う話がたくさんあった。確かにトリッキーな言葉だが、あおりすぎではない と思う。やはりバブルがあったから、メルトダウンしたのだし、そのバブル の背景には神話があった。日本の土地神話と同じで、その神話が崩壊したと きにバブルが崩壊する。このときも、通信需要がそれだけ伸びると思われて いた。みんなその時点ではいけると思ったから、お金を投資した。バックグ ラウンドに、当時の米国のニューエコノミーへの幻想もあったのではない か。景気には在庫調整や雇用調整があって、必ず上下しながら循環していく ものだが、ITの進展で、常に一定の速度で上昇し続けることができるとい う幻想があったような気がする。そういう幻想も含めて、その当時の需要を 見誤っているという認識が欠けていたのだと思う。バブルを政策的に防止で きないかという話があったが、個人的には悲観的である。むしろ、バブルが 崩壊した後の処理をどうするかが大事なのかなと思う。さきほどダイナミズ ムという話があったが、米国はクラッシュも派手だが、立ち直りも早い。一 方、日本は中途半端に下がりながら、みんなで損を抱えながらズルズルして いるようなやり方である。どちらがいいのかは一概に言えないが。

【公文氏】当時、まさにバーニー・エバーズの言葉として引用されたのが 「トラフィックは3カ月で倍になる」、つまり1年間で16倍になるということ だった。当時、それに反論したのは、私が知る限りではアンドリュー・オド リズコだけで、彼が実証的に調べたら、1年間にわずか倍になっているだけ だという。倍でもすごいが、16倍になると思って投資する人にとっては大 きな見込み違いになる。当時は、圧倒的にそういう論調だった。

【土屋氏】メルトダウンという言葉は通信産業だけがだめになるという意味 で使ったのではなくて、原子力発電所の炉心がメルトダウンするとわれわれ の社会全体に大きな影響が及ぶ。そういう意味のメルトダウンであって、 通信産業だけが消えるという意味ではない。21世紀の産業だと言われてい た通信産業というコアの部分がなくなると、経済全体がだめになるのではな いかということが含意としてある。単にクラッシュではなくメルトダウンだ と。

 誌面の都合から全部は紹介できないが、以降、通信バブル崩壊は一般ユー ザーにどう影響したのか、日本の同人誌と米国のバットマンシリーズにおけ る著作権はどう違うか、ミッキーマウス法案(ソニー・ボノ著作権期間延長 法)が守ろうとしている権利は何か、テレビのコンテンツをインターネット で流すには何が障害か等々、最後は、放送と通信の融合にまで話が及んだ。 日本の通信政策のみならず、今後の情報通信産業のあり方について示唆に富 んだ議論であったと思う。

2005年4月18日開催(編集部)

*1 http://creativecommons.org/worldwide/クリエイティブ・コモンズ・ジャパンは http://www.creativecommons.jp/ 参照。

*2 エリ・ノームは、2月14~15日に東京で開催された「世界情報通信サミット」(日本経済新聞社主 催)で『家電ネット化、大きな経済変動要因に』と題する基調講演を行っている。 http://www.nikkei.co.jp/summit/live/eli.html

*3 http://news.ft.com/comment/columnists/neweconomy

*4 エミュレーションは模倣と訳されることが多いが、土屋氏が師事した薬師寺泰蔵氏(慶應義塾大学 教授)によると「模倣+α」を意味するという。

投稿者 noc : 20:59

2005年07月02日

アメリカの2006年度予算は今何処に

講師: 中林美恵子

IRIS経済研究所研究員 / 元米上院予算委員会補佐官 / GLOCOM客員研究員

 米国の国家予算はどのようなプロセスによって決定され、どこに問題 があるのだろうか。5月9日のIECP研究会は、IRIS経済研究所研究員で GLOCOM 客員研究員でもある中林美恵子氏を講師に、『アメリカの2006 年度予算は今何処に』と題して開催された。

 中林氏はワシントン州立大学大学院にて政治学修士号を取得後、米連邦議 会上院の予算委員会に国家公務員として採用され、共和党側スタッフとして 約十年間、予算法案の作成業務に従事されたという経歴を持つ。2002年に 帰国後は、経済産業研究所、IRIS経済研究所等にて研究活動に携わるかた わら、CS衛星放送朝日ニュースター「ニュースの深層」において月曜担当 のニュースキャスターとしても活躍されている。研究会では、中林氏が実際 に勤務された経験を踏まえながら、米国の予算編成のプロセス、米国の財政 状況と2006年度予算の問題点などについてお話をうかがった。

 中林氏による講演の概略は以下の通りであった。

予算編成の権限は議会にある

 米国では毎年の予算がすべて法律として審議され、制定される。米国憲法 は第I条第1節で、「いっさいの立法権限は議会に与える」と定めている。し たがって、予算編成の権限も立法の一部として大統領ではなく議会(立法 府)にあり、財政関連法案は議員が細部にわたる決定権限も持つ(もちろん 通常の法案と同様、大統領には拒否権がある)。大統領は毎年2月第1月曜 日に予算教書(President's Budget)を議会に提出するが、これは議会に対す るリクエストにすぎず、そのまま採用されるわけではない。議会は歳入・歳 出に関する法案を独自に審議し、制定することができる。日本では予算編成 は内閣(行政府)の仕事であり、ここが日米の予算編成プロセスの大きな違 いだと言える。

 では、実際に予算の立法化作業をどこが行うのかというと、上・下院の委 員会である。連邦議会の上・下院には、それぞれ軍事・外交・通商科学・歳 入・保健年金・司法・公共事業などといった専門分野別に委員会が設置され ていて、歳出権限法を定める(予算以外についても、議員を通して持ち込ま れるさまざまな法案をスクリーニングして公聴会にかけ、どの法案を本会 議に送るのかを決めている)。こうした歳出権限を持つ委員会は、予算の全 体像とバランスを取り仕切る予算委員会(Budget Committee)に、その年 度の方向性を提出する。各委員会の委員長は議会での多数党の議員から選ば れ、委員は多数党の議員が過半数を占める(本会議での議席数にほぼ比例)。 委員会予算の配分は多数党が約三分の二、少数党が約三分の一とする委員会 が多く、これによって委員会スタッフ(立法府官僚)の人件費や事務用品費 用等がまかなわれている。

 各委員会から管轄分野にかかわる短期・長期の方向性や要望が予算委員会 に提出されるのに前後して、予算委員会が予算決議の作成を進める。予算決 議や歳出法などの予算関連法案は各院で審議・修正され採決されるが、上院 と下院が別々に作業を進めた異なる決議案や法案を一致させるために、上・ 下院双方の代表者から成る両院協議会が開かれ、すり合わせが行われる。こ こで一本化された予算法案について再び上下両院で採決が行われ、通過する と予算決議が成立する。これには大統領の署名は要らないが、年度末(9月 末)までに通過させるべき歳出法(これには大統領の署名が要る)に大枠に おいて縛りをかける力を持っている。予算決議は4月15日までに成立させ るのが原則だが、今年も、また過去においてもなかなか守られていない。

 その後、予算決議をもとに、上・下院の歳出委員会(Appropriations Committee)が分野別に13本に分かれた歳出法案を作成する(実際には13 の小委員会が作成に当たる)。これらの歳出法案について再び[委員会での 審議・修正・採決]→[両院協議会による一本化]→[上下両院での可決]と いう過程を経て、大統領に送られ、大統領の署名を得て予算決議が成立す る。このほか、税制など歳入にかかわる法案は、上・下院の歳入委員会(上 院ではFinance Committee、下院ではWays & Means Committee)を通さな ければならないなど、いくつかの委員会が財政にかかわる法案の立法化を 行い、すべて上院と下院の両方で可決された後、大統領に送られる。ちなみ に大統領は、議会で可決された法案に対しては署名するか拒否権を発動する かという選択しかなく、部分的な修正を行うといったことは認められていな い。拒否権が発動された場合、これを覆すには上院と下院の両方で三分の二 以上の賛成が必要である。

予算成立のプロセスとタイムテーブル

 米国の国家予算が成立するまでのプロセスを議会の側からまとめると、概 ね次のようになる。

 米国の会計年度は10月に始まり9月に終わる。したがって、ここまでの 作業が9月末までに完了していないと、予算執行ができないことになる。し かし実際には、11~12月になっても作業が続いていることが多いという。 その場合は暫定予算を組むことになるが、これも法案化して法律として成立 させる必要がある。

 単なる作業の遅れからではなく、政権と議会の意見対立から暫定歳出法を 成立させられなくて、一部ガバメント・シャットダウンという事態に陥った ことがある。分裂政府の構造であった1995、96年、民主党のクリントン政 権と共和党議会とが対立して暫定歳出法を成立させることができず、各国の 米国大使館が閉まりビザの発給も受けられない状態にまで至った。

上院と下院は一体ではない

 連邦議会において上院と下院は対等の立場にあり、予算法案を含むすべて の法案は上院と下院の両方で可決されなければ、大統領に送って署名を求め ることはできない。ここで、上院・下院ともに同じ党が多数を占めていたと しても、必ずしも双方が一致して法案成立に協力するとは限らない。実際、 104議会(1995年~)以降、1期を除いて上・下院ともに共和党が多数を占 めているが、2004年と2002年には、上・下院の意見の違いをすり合わせる ことができず、予算決議が通らないということがあった。

 これは、主に上院と下院の議員選出方法の違いがもたらすぶつかり合い であるという解釈もできよう。上院は定員100人で、人口にかかわりなく各 州から2人ずつ選出される。州代表という性格が強く、任期が6年と長いた め、比較的長期的な視野から政策を立案することができる。他方、下院は定 員435人、人口比率により選挙区が小さく設定されている。任期は2年と短 く、その分、民意を反映しているという自負が強いが、再選を常に目指す必 要に迫られて地元利益誘導型の政策に走ったり、短期的視野から議論を行い がちである。

 また、上院にはフィリバスターの特権があり、法案成立を妨げる要因の一 つになっている。フィリバスターとは長時間の演説などの合法的手段によっ て議事の進行を妨害することで、上院議員は本会議で一度指名されると、永 久に演説を続けてもかまわない。このため、自分の所属する党にとって不利 な法案が可決されそうなときには、1人で長々とスピーチしたり、同じ党派 の議員で演説をリレーしたりして時間切れに持ち込むことがある。ここで、 フィリバスターを止めさせるには、100議員中60票の賛成が必要である。し たがって上院で60議席以上あれば、多数党側だけの賛成で法案を通すこと ができる(これを上院のスーパーマジョリティという)が、過去15年間を 見ても、民主党・共和党ともに上院で60議席以上を占めたことはない。一 方、下院では単純マジョリティが原則なので、多数党側の案が簡単に通って しまうことになる。

2006年度予算のポイント:赤字削減と財政規律の立て直しは可能だろうか

 さて、米国の2006年度予算が今どの段階にあるのかというと、2月7日に 大統領の予算教書が議会に提出され、上下両院の委員会での審議、両院協議 会での合意を経て4月28日に予算決議が成立した。これから歳出委員会が 歳出法案の作成に入るところである。大統領の予算教書、予算決議、議会で の審議資料等からポイントを拾ってみると、以下のようになる。

講演を終えて

 以上が講演の概要であるが、ほかにも、予算決議に含まれるReconciliation が制度改革に有利であること、これまで財政赤字削減と財政規律を確保する ために行われてきた主な改革とその経緯、議員が地元誘導型支出のために行 うearmarkやornamentという言葉の意味、小さな政府を目指す共和党と教育 や福祉に手厚い民主党の予算編成の違い、委員会スタッフや議員スタッフを 雇う予算の決まり方、クリントン政権の国民皆保険制度法案が廃案になった 理由、ロバート・バード上院議員(民主党)が鉄鋼ダンピング課税(バード 条項)を両院協議会で通したエピソード、4月22日の上院予算委員会におけ るグリーンスパンFRB(連邦準備制度理事会)議長の証言等々、実に盛り だくさんの内容であった。時間が足りないと感じた参加者も多かったのでは ないだろうか。

 ふだんニュースで「大統領の予算教書」や「上院での公聴会」などといっ た言葉を耳にすることはあっても、それが正確に意味するところは理解でき ていなかったとあらためて感じた。専門的で難しい用語も多かったが、非常 に勉強になった研究会であった。

2005年5月9日開催(編集部)

*1 CBO (Congressional Budget Office): 議会予算局。議会(立法府)に付属する機関で、エコノミストなどの専門家集団から成る。政治的には中立の立場で、どの政党に対しても経済や財政の専門的知識を提供し、米国経済の成長見通しや財政についてのアドバイスも行う。ニクソン政権時、ベトナム戦争のコストが行政府のOMBによって過少評価されたという反省から、1974 年の議会予算法により設置された。

*2 OMB (Office of Management and Budget):行政管理予算局。行政府において予算作成と予算執行に当たり、大統領に対し経済や財政についてのアドバイスも行う。大統領の予算教書作成にあたっては、各省庁との折衝や調整を行って概算要求の取りまとめを行い、大統領の意向に沿ってドキュメントをまとめるため党派性が出る。

*3 AMT (Alternative Minimum Tax) :税金逃れを防ぐためにできた法律であるが、複雑な制度のために中間所得者層にとって不公平な税制になっていると言われている。

*4 義務的経費:法律を改正しなければ自動的に出ていく経費。社会保障、メディケア(高齢者に対する医療保障)、メディケイド(低所得者や身障者への医療補助)など。

*5 ポークバレル: 議員が地元利益になるように誘導する政府助成金や研究費などの支出。

投稿者 noc : 21:00

2005年07月01日

企業における情報管理の重要性と構築へのアプローチ

講師: 赤羽洋一

富士ゼロックス株式会社営業統括本部General Project Manager

── 9.11テロで世界貿易センタービルが崩壊する直前、ビルから大量の書 類がハラハラと舞い落ちてきた衝撃的な映像をご記憶の方も多いと思う。あ のとき契約書類を失ったために、多額のペナルティを払って事業撤退せざる を得なかった金融・証券会社が多かったなかで、M社(米国系証券会社) だけは1日分の文書の損失だけで営業を再開することができた。紙文書を電 子化してネットで閲覧できるシステムを構築していたからである。

 (講演より)

 5月16日のIECP研究会は、富士ゼロックス(株)営業統括本部の赤羽洋 一氏を講師に迎え、『企業における情報管理の重要性と構築へのアプローチ』 と題して開催された。講師の赤羽氏は、富士ゼロックスのe-文書イニシア ティブGPMとして民間企業のe-文書導入プロジェクトに携わる一方、日本 情報産業機器協会のe-文書ワーキンググループ主査として、IT戦略本部、 国税庁、経済産業省等との調整にあたってこられた。講演では、この4月に 施行されたe-文書法の概要と成立に至った経緯、企業がe-文書を導入する メリット、企業の情報ガバナンスやリスク管理とのかかわり等についてお話 をうかがった。

 赤羽氏による講演の概要は以下の通りであった。

e-文書法の概要

 e-文書法とは、「さまざまな法令によって書面による作成・保存が義務付 けられている書類について、原則すべて電子的作成・保存を容認する」とい う法律である。通則法と整備法とで構成されるが、通則法の正式名称を「民 間事業者が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律」 といい、2004年11月19日に成立、05年4月1日から施行された。これによ り、最初から電子的に作成された書類だけでなく、紙文書で作成された書類 であっても、スキャナでイメージ化すれば電子文書(e-文書)での保存が認 められるようになった。ただし、その場合、以下の技術要件を満たしている ことが求められる。

●真実性の確保:
 データの改ざんが防止でき、変更等の履歴が確実に記録されること
●可視性の確保:
 容易に見たり読んだりできること

 前述のように、e-文書法は通則法と整備法とから成る。書面による作成や 保存を義務付ける条項を含む法律は251本(内閣官房IT担当室資料による) に及ぶが、通則法の規定は、関連する個々の法律の条項が改正されていなく ても適用されることになる。また、通則法の規定だけで対応できないものに ついては、整備法によって定めることになっている。

e-文書法成立の経緯

 企業のIT化が進んだ1990年代半ばから、財務書類や税務書類の電子保存 を認めて欲しいという要望が経済界から強く出され、1998年には電子帳簿 保存法が成立した。ただし、この法律が対象としているのは最初から電子的 に作成された書類であり、紙で受け取った申込書や見積書等については対象 外とされていた。これは、スキャナで読み取ったものでは改ざんの跡を検知 できないから、という理由による。その後、「電子署名」や「タイムスタンプ」 などの技術が進んだこともあり、紙文書の電子化保存を認めるにはどういう 技術要件が必要かという議論が、国税庁を中心になされてきた。

 またIT戦略本部は、2003年7月の「e-Japan戦略II」において、行政サー ビスにおけるIT利活用の観点から、「電子的な保存が認められていないもの の電子的な保存を認める方向」で検討を進めるとしている。これがe-文書 法という形で言及されたのは、2004年2月の「e-Japan戦略II加速化パッケー ジ」においてである。e-Japan戦略II加速化パッケージは、e-Japan戦略IIを 加速化させるために、特に政府として取り組むべき重点施策を明らかにした もので、次の6分野が挙げられている。

  1. アジア等IT分野の国際戦略
  2. セキュリティ(安全・安心)政策の強化
  3. コンテンツ政策の推進
  4. IT規制改革の推進
  5. 評価
  6. 電子政府・電子自治体の推進

 このうち「4. IT規制改革の推進」における取り組みの一つに「e-文書イ ニシアティブ」があり、その中でe-文書法の制定が表明されている。

(1)e-文書イニシアティブ
 法令により民間に保存が義務付けられている財務関係書類、税務 関係書類等の文書・帳票のうち、電子的な保存が認められていないも のについて、近年の情報技術の進展等を踏まえ、文書・帳票の内容、 性格に応じた真実性・可視性等を確保しつつ、原則としてこれらの 文書・帳票の電子保存が可能となるようにすることを、統一的な法律 (通称「e-文書法」)の制定等により行うこととする。このため、電子 保存の容認の要件、対象範囲等について早急にとりまとめ、2004年6 月頃を目途にIT戦略本部に報告を行い、法案を早期に国会に提出す る。

 また、2004年6月の「e-Japan重点計画2004」においても、「e-文書イニ シアティブの実現」が具体的施策の一つとして明記されていた。

経済産業省「文書の電磁的保存等に関する検討委員会」最終報告書

 このように、当初、「紙文書を捨てても税務調査が行えるようにするには どうしたらいいのか」という議論から始まったe-文書法であるが、赤羽氏 によると、ここにきて経済産業省を中心にトーンが変わってきているとい う。すなわち、日本版SOX法(企業改革法)に文書の電子化が寄与するの ではないか、というのである。

 経済産業省では、2004年10月に「文書の電磁的保存等に関する検討委員 会(座長:田中英彦情報セキュリティ大学院大学情報セキュリティ研究科長・ 教授)」を設置して、文書の電子化の促進を図るための検討を行ってきたが、 本年5月に出された最終報告書を見ると、企業統治・コンプライアンス経営 を強く意識したものとなっている。例えば、「はじめに」の中の次のような くだりである。

……e-文書法の施行によって、税務や財務関連の書類や帳票の保存の 電子化が進めば、文書管理、アーカイブのための新たな情報システム の導入、関係する業務フローの改革や人的資源の配分の見直しなど、 IT技術の活用はもとより、内部組織・規定の充実、人材育成など、 企業等における情報管理の仕組み自体の改革が促進されていくことが 期待される。「e-文書イニシアティブ」は企業等における戦略的な情 報共有の促進と、そのために必要となる情報の共有・保存に関するコ スト削減、業務効率化、情報漏洩等のリスク低減を加速化することを 狙いとしているのである。
 実際、企業等においても、戦略的 IT投資を進めていく中で、全社 的な情報共有に関する共通 IT基盤の構築が大きな課題となりつつあ り、コンプライアンス経営に関わるリスク管理も念頭に置きつつ、同 時に、より効率的・効果的な情報の共有・保存を進めることのできる 文書管理システムの構築は喫緊の課題となっているとも言えよう。こ うした、企業等が業務遂行上保存・共有しなければならない情報は、 通常、業務文書として保管・共有されるが、これらを文書の種類別に 整理をし、必要な機密性・完全性を持って保持する仕組みの構築を進 めることは、企業等の活動に必要不可欠のインフラとなりつつある。
(一部抜粋)

e-文書導入の効果は保管コスト削減だけではない

 e-文書法の規定は「紙文書の代わりにe-文書で保存してもかまわない」 ということであって、「e-文書で保存せよ」ということではない。したがっ て、これまで紙文書で保存してきたものをe-文書化するかどうかは、企業 の判断に任されることになる。では、企業が紙文書をe-文書化するメリッ トはどこにあるのだろうか。

 まず挙げられるのが、紙文書の保存コストの削減である。紙文書の保存コ ストとは、倉庫代・運搬代・廃棄代・保管書類の一覧を作成するコスト・こ れらにかかる人件費等で、経済団体連合会(経団連)の試算によると、産業 界全体で年間3,000億円に上るという。e-文書導入によってこれらのコスト が削減できるというのは、企業にとって非常に分かりやすい。

 しかし、赤羽氏によると、e-文書導入のメリットはもっと企業の経営全般 にかかわるところにあるという。それを示すのが、先に挙げた「文書の電磁 的保存等に関する検討委員会」の最終報告書にある「文書の電磁的保存等に より期待される効果」である。項目だけを示すと次のようになる。

●業務コストの削減
 作業効率の向上、作業人件費の削減、保管コストの削減
●企業競争力の強化
 法令順守(コンプライアンス)への対応と信頼性の向上、顧客満足度の向上
●リスク管理
 情報共有化によるリスクの早期解決、情報の機密性の強化、災害等への対応が可能
●その他
 環境問題への対応、テレワークの実現への貢献等

 つまり、単なる保管コストの削減にとどまらず、業務の効率化、内部統 制、コンプライアンス、リスクマネジメント、企業の社会的責任(CSR: Corporate Social Responsibility)等、まさに企業経営全般にわたって効果が 期待できるというのである。

企業の説明責任が求められている

 西武鉄道の有価証券報告書の虚偽記載、カネボウの粉飾決済など、大企業 の不正会計・情報隠蔽が相次いで明らかになっている。個人情報の漏洩事件 も後を絶たない。企業の社会的責任や企業倫理が問われるなかで、東京証 券取引所は本年1月より上場企業に宣誓書の提出を求めるなど、上場企業の 情報開示に関する規制を大幅に強化している。また先日の報道によると、金 融庁は不祥事防止のために証券取引法を改正し、2008年度より全上場企業 を対象に、内部管理や意志決定過程の文書化を義務付け、公認会計士が会計 監査の際にチェックする制度を導入する方針を打ち出している。上場企業に は、これまでの財務諸表に加えて、日々の業務遂行や内部管理の状況、取締 役会の意思決定過程などをすべて文書化する義務が加わるのである。

 赤羽氏は、こういった流れの中でe-文書法を捉えるべきだと言う。実際 に企業では、デジタルデータによる業務プロセスと、データの元(証拠)と なる紙文書との連携がうまくできていないことが多い。何かトラブルが起き たときに、なかなか元の紙文書にたどり着けない。記録管理(レコードマネ ジメント)ができていないのである。

 赤羽氏によると、これから企業が競争力を強化させていくためには体系的 な記録管理が欠かせない。デジタル情報と紙文書を一元管理することで、記 録管理のハンドリング環境の構築が可能になる。これが企業の透明性強化・ 格付け向上・資金調達の優位性につながり、ひいては企業の社会的責任を果 たすことにもなるということであった。

2005年5月16日開催(編集部)

投稿者 noc : 21:02