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Center for Global Communications,International University of Japan

フィリピンの携帯メール(SMS)ユーザーたち

  • 庄司昌彦
  • GLOCOM研究員

親しい関係を強化する

 フィリピンは、携帯電話によるテキスト送信サービス(SMS:Short Message Service)の利用が世界で最も盛んな国である。三千万人を越えるユーザーが一日に流通させるSMSの数はヨーロッパ全体の一日当たりSMS流通量に相当するとも言われ、「Text capital of the world」などと呼ばれることもある。用途も、単なるコミュニケーション・ツールとてしてだけではなく、電子商取引や送金サービス、行政サービスのツールとしても大きな発達を遂げており、SMSは社会に深く浸透してきている。

 アテネオ・デ・マニラ大学のRaul Pertierra教授への聞き取り調査によると、携帯電話の爆発的な普及がフィリピン社会に与えたインパクトは、ビジネスや政治に対するものよりも、友人関係や家族関係など個人の在り方に与えたものの方が大きい。日本では、携帯メールを頻繁に交換する若者にとっては会話の中身よりも、メールを出せば返信がくるという現在の互いの状況や、または互いの人間関係がそのような親しさであることの確認、つまり「つながっている」ことを確認することに意味があるとよく言われるが、この状況はフィリピンでも同様で、親しい人との関係を確認するためにSMSが使われており、一部の人は中毒者のように利用している。Pertierra教授らの調査では83.3%のユーザーが携帯電話を「友人や家族などとの関係を維持するため」に使っていると回答し、「新しい友人や知人を作るため」に使っていると回答したユーザーは8.3%に過ぎなかった。

 そもそもフィリピンの人々は、親しい人との会話を楽しむことが特に好きな人々で、一人で酒を飲むということはほとんどありえないという。友達と楽しく会話しながら飲むことが当然であり、またコンサートや映画を見ている最中でも互いに感想を話し合ったりする。このようなコミュニケーション好きな文化が、おしゃべりのように気軽にメッセージを交換するショート・メッセージ交換とマッチしたことが、SMSの爆発的な普及の原因ではないか、とPertierra教授は述べている。

 前回・前々回の霜島朗子主任研究員のコラムでは、携帯電話に偏った情報機器の普及状況や、電子マネーや送金サービスなどの携帯電話を通じたビジネス・サービスを紹介したが、今回は携帯電話を活用した個人間コミュニケーションに関するビジネスの動向を紹介したい。

携帯電話とソーシャル・ネットワーキング・サービス

 ここ一、二年ほどの間に、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)が世界的に広まった。日本でもっとも人気を集めているのはmixiやGREEで、mixiのユーザー数は百万人、GREEは十万人を超えている。ソーシャル・ネットワーキング・サービスは、友人関係を維持したり拡大したりすることを目的に、参加者が互いに友人を紹介し合ったり、互いの関係や自分自身の趣味、日々の出来事などを紹介し合ったりするコミュニティー型ウェブサイトである。友人同士のつながりを可視化できるところや、各個人の評判を知ることができるところ、友人間のコミュニケーションを促進するところなどが人気を呼んでいる。またソーシャル・ネットワーキング・サービスでは、ユーザーは実名か仮名で振る舞い、友人関係や個人プロフィール情報、行動履歴などを開示し合うため安心感が高い。匿名で不特定多数のユーザーによる刹那的なコミュニケーションなどといった、ネット上のコミュニティーが持たれがちな負のイメージが低いのである。

 アメリカなど英語圏で最も人気のあるソーシャル・ネットワーキング・サービスの一つに、フレンドスター(Friendster)がある。ユーザー数は世界中に千七百万人(2005年6月現在)を数え、おそらく世界最大規模のソーシャル・ネットワーキング・サービスである。このフレンドスターのユーザーの中で、一大勢力となっているのがフィリピン人および各国在住のフィリピン出身の人々だ。正確な数は公表されていないが、フィリピン政府でM(モバイル)ガバメントに取り組んでいるEmmanuel Lallana氏によると、フィリピン人のフレンドスター・ユーザーは二百万人(2005年2月現在)を超えると言われている。米国で出稼ぎをしているフィリピン人ユーザーが人気の発火点になったことから、このうちの相当数はフィリピン以外の国々に住んでいる人々だと思われるが、それにしても驚異的な人数である。

 この「意外」な人気を受けて、2004年12月、フレンドスターの提供者はフレンドスターを活発に利用するフィリピン人のために、SMSでメッセージを受けたり送信したりすることができるモバイル版フレンドスター(Friendster Mobile)のサービスを開始した。このモバイル版は現在、フィリピンからのアクセスのみ、すなわちスマート、グローブ、サンセルラー三社の携帯電話からのみ利用することができる、全くのフィリピン人向けサービスとなっている。ユーザーは一回2~5ペソ(4~10円)でメッセージを送受信することができる。

 冒頭で述べたように、携帯電話のSMSで行われるコミュニケーションは、相手が主に親しい人々である。また、フレンドスターに限らずソーシャル・ネットワーキング・サービで行われているコミュニケーションも親しい友人関係をベースにしている。現在のソーシャル・ネットワーキング・サービスには、グループウエアや電子掲示板、写真アルバムなどさまざまな高機能が付加されているが、友人間コミュニケーションという本来的な機能においては、携帯電話のコミュニケーションと非常に親和的で融合しやすいと考えることができるだろう。

 特にフィリピンでは、パソコンを利用する機会が他の国に比べて少なく、コミュニケーションの道具として携帯電話が占める割合が高い、という事情がある。2002年のITUの調査によるとパソコンの普及台数は全国で170万台、人口比2.2%であり、一般の人々にとって身近な情報機器ではない(ただしネットカフェは人気がある)。それに加えて海外労働者が多く人口の流動性が高いため、友人間コミュニケーションへのニーズが高い。このような事情を持つフィリピンで、このフレンドスター・モバイルは独自の発展を遂げていくかもしれない。

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新しい出会いを生み出す利用法

 Pertierra教授の指摘やフレンドスターの人気から分かるように、基本的に携帯電話は、既に親しい関係がある知人同士のコミュニケーションを深める方向で使われている。だが、携帯電話を通じて第三者間の新しい結び付きを作り出すようなサービスにも、ユニークなものがある。

 フィリピンではパソコンの普及率が非常に低く、一般の人々に向けたビジネスではまだまだPCを使うことが出来ないため、テレビがバーチャルな交流の場を提供するサービスに活用されている。マニラ首都圏のCATVでは、SMSを送信して視聴者同士がチャットをする双方向チャンネルが三つ存在する。利用者が放送局に向けて送ったメッセージがテレビ画面に順次現れてくるため、視聴者はテレビ画面上で公開チャットをすることが出来るのである。

 写真のように画面の一部ではミュージシャンのミュージック・ビデオなどの番組が流れており、画面の半分以上はメッセージが流れていくスペースになっている。そこで行われているコミュニケーションは、恋人募集に関するものや、「売ります・買います」情報の交換などだ。

 視聴者がチャット番組にSMSを送る場合は、一通当たりの単価は10ペソ(20円)程度で、個人間でSMSを送り合うときの単価である1ペソ(2円)程度よりは、かなり高い。10ペソのうち9ペソは番組を製作・提供しているテレビ局が得ている。

 この他に街で売っているタブロイド新聞などにも、友人募集の広告を出すコーナーがあり、そこでも関心を持った人はSMSを送るよう、送信先が書かれている。また、友人(恋人)募集のために、ランダムにSMSを送ってくる人もいて、そのようなSMSがきっかけで新しい人の結び付きが始まることもある。

独自の発展

 フィリピンでは、固定電話の普及率が低く、またパソコンのユーザーも少ない。国民の多くが貧しいのも事実だ。だが、GSM(Global System for Mobile Communications)協会の最優秀賞を受賞した「Gキャッシュ」や「スマート・ロード」のような先進的なSMSサービスが生まれていたり、ソーシャル・ネットワーキング・サービスが思わぬ普及をしていたりするなど、携帯電話やSMSは人々の生活の仕方や人間関係に影響を与えながら、確実にフィリピン社会における存在を大きくしている。携帯電話に極端に重点が偏った独自の情報化が進行しているとも言えるだろう。

 今後も、固定電話網やインターネットの普及にはしばらく時間がかかりそうであり、しばらくは携帯電話中心でフィリピンの情報化は進んでいくと考えられる。現在創発しつつある独自の携帯電話文化が、先進国とは異なる姿でさらに発展していくかもしれない。