国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

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OPINION PAPER_No.2(16-002)「情報社会と難民:サイバーカスケード・拡散するデマとどう向き合うか」

OPINION PAPER No.2(16-002)

情報社会と難民
―サイバーカスケード・拡散するデマとどう向き合うか―

山口真一(国際大学GLOCOM研究員/講師)

シリアの内戦が勃発して以降、欧州を中心に、難民(移民)問題が深刻化している。2015年には、海路で欧州に到達した難民・移民の数が100万人にのぼったと報じられた。これは、2014年の21万6000人強の5倍弱に相当する(*i)。それに伴い、難民申請件数も増加の一途をたどっている。

大量の難民流入は、受け入れ国の経済を圧迫するだけでなく、反欧州統合勢力や排外的なポピュリストの台頭という形で、政治的にも大きな影響をもたらしていると防衛研究所の鶴岡氏は指摘する。これまで最も積極的に難民・移民を受け入れてきたドイツでも、メルケル政権への反対論が与党内でも高まっている(*ii)。

◆ 情報社会と難民:差別の先鋭化・デマの拡散

このような難民問題は、何も今だけの現象というわけではない。近代に限定しても、何度か大規模な難民問題が発生している。とりわけ、1990年代初頭の旧ユーゴスラビア紛争の際には、難民申請件数が非常に多かった。

しかしながら、それら過去の難民問題と、現在の難民問題とでは大きく異なる点がある。それは、急速に社会の情報化が進んだ点である。

社会の情報化は、難民に多くの恩恵をもたらしている。例えば、シリア人難民キャンプの86%の若者がモバイル機器を所有し、自国にとどまる人とのコミュニケーションや、ルートや受け入れに寛容な国に関する情報収集を行っている(*iii)。また、ハッシュタグで水や食料、毛布、寝る場所等が提供されたり、Airbnbのような民泊サービスを提供したりしている。難民同士でもスマートフォンによる互助がおこなわれている(*iv)。

しかしその一方で、サイバーカスケードによる差別の先鋭化と、悪意あるデマの拡散という負の影響も、情報社会はもたらしている。

① サイバーカスケードによる差別の先鋭化

サイバーカスケードとは、インターネットの持つ、同じ思考や主義を持つ者同士を繋げやすいという特徴から、集団極性化(*v)を引き起こしやすくなってしまうというものである(*vi,*vii)。サイバーカスケードは、差別主義を助長させる。何故ならば、差別主義的な人が仮にマイノリティであったとしても、彼らはソーシャルメディア上で繋がることが出来るため、自分の考えを補強していき、差別的デモの呼びかけへと発展していくからである。このような現象は、日本でもヘイトスピーチという形となって起こっている。

例えば、ドイツでは、ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する愛国的な欧州人)が、Facebookで情報発信を行っており、イスラム排斥運動参加者数が増加している(*viii)。

政府のソーシャルメディア上での発信を発端に差別的コメントが殺到した例もある。ノルウェーでは、政府が難民の受け入れ政策を厳しくした旨を伝えるために、Facebookに新たな公式ページを作成したところ、コメント欄が悪意のあるコメントや差別的コメントで埋まってしまった。政府はコメントの自粛や削除・修正を求めたが、コメントは増える一方であった(*ix)。

② デマの拡散

前述した差別主義と絡み、デマがソーシャルメディア上で拡散される事例も後を絶たない。

難民が大量に流入しているドイツでは、2015年の大晦日にアラブ人・北アフリカ人を主体による集団暴行事件が起きたことをきっかけに、ドイツ各地で同様の事件が起きたなどとするデマが拡散された。デマを集める目的で立ち上がったオンラインプラットフォームHoaxmapによると、1週間で240件程度のデマがあったようである(*x)。中には、13歳のロシア系ドイツ人の少女が、難民に連れ去られ集団強姦されたとのデマを流し、極右集団によるデモやドイツとロシアとの外交問題にまで発展したものもある(*xi)。

イスラム過激派に関するデマも多い。例えば、2015年9月には、ドイツに流入した難民の中にイスラム国の兵士が紛れ込んだとの情報がドイツ当局に寄せられ、難民に紛れてやってきた戦闘員とされる人物の写真が多くネット上に投稿されたが、いずれもイスラム国とは無関係であった(*xii)。

日本も例外ではない。パリ多発テロ発生後、ネット上で「フランスの難民キャンプが報復で燃やされた」という内容が拡散されたが、全くのデマであり、難民に対する偏見を助長させただけであった(*xiii)。

◆ 迅速で正しい情報提供による解決を

このような、情報社会がもたらした新たな課題に対して、どのように対処すればよいのだろうか。残念ながら、万能な解決策というものは現在確立されていないものの、いくつかの事例では、既に「正しい情報の提供」「差別に反対する意思の表明」という形で対処が行われている。

前述したHoaxmapは、民間発の一例である。Hoaxmapは、事件があったとされる場所を地図上に表示し、そのピンをクリックすると、事件の概要とその虚偽を証明するリンクが現れる仕組みとなっている。正しい情報を提供し、デマに対抗するサービスである。また、Facebookは、Online Civil Courage Initiativeというキャンペーンをベルリンで開始し、難民へのヘイトスピーチやデマの拡散に対抗することを表明している。

政府による取り組みの例では、ドイツ政府が、ペギータに反対する意思を表明し、デモ参加者は「心に偏見や憎しみ、冷酷さを持っている」として、デモに参加しないよう呼び掛けている。そして、移民容認派による数万人規模のデモも各地で行われた。

日本も、ヘイトスピーチ、デマの拡散、炎上等、様々な情報社会の課題に直面している。しかしながら、対処方法の検討はあまり進んでいない。近年、ヘイトスピーチに関する法的規制の議論が進み、問題が注目されるようになった一方で、法による規制にはslippery slopeによる拡大解釈の危険性が付きまとうため、解決は容易ではない(*xiv)。

インターネット黎明期、インターネットが普及すれば多くの人が自由に情報発信・議論を行い、討論の民主主義が社会のすそ野に広がっていくと期待された。しかしながら、差別の先鋭化やデマの拡散は、それらとはかけ離れた情報社会の姿である。官民一体となって、迅速な正しい情報提供や意思の強い表明をしていき、この課題を解決していく必要があるのではないだろうか。

*i BBC NEWS (2015) “Migrant crisis: Over one million reach Europe by sea,” 、http://goo.gl/sxWVXj
*ii 国際大学GLOCOM(2016)「ヨーロッパでいま何が起きているのか―東の脅威、南の脅威、内なる脅威」、公開コロキウムダイジェストレポート、鶴岡路人、http://goo.gl/pmwPxv
*iii Maitland, C. (2015). “A Social Informatics Analysis of Refugee Mobile Phone Use: A Case Study of Za’atari Syrian Refugee Camp,” TPRC 43: The 43rd Research Conference on Communication, Information and Internet Policy Paper
*iv  Comes, T. and Van de Walle, B. (2015) “#RefugeesWelcome: How Smartphones and Social Media Empower Refugees and EU Citizens and Bring Change to European Refugee Policies,” ATHA, http://goo.gl/WcmDiw
*v group polarization。集団で討議した結果、討議前の各個人の意見よりも、より先鋭化した決定がなされること。
*vi  田中辰雄・山口真一(2016)『ネット炎上の研究』、勁草書房
*vii Sunstein (2009) Republic.com 2.0, Princeton university Press
*viii 日本経済新聞(2015)「イスラム排斥運動、独東部で勢い増す 仏のテロ事件で」、http://goo.gl/GBL6OR
*ix 鐙麻樹(2015)「ノルウェー政府開設「難民さん、来ないで」Facebookページがヘイトスピーチで埋まる」、Yahoo!ニュース、http://goo.gl/B1IGCj
*x Forbes JAPAN (2016)「「難民犯罪のデマ」を見破るサイト Hoaxmapがドイツで始動」、http://goo.gl/XVtHg7
*xi CNN.co.jp (2016)「「難民が集団強姦」、少女の作り話だった ドイツ」、http://goo.gl/nqtfuj
*xii 日本経済新聞(2015)「難民の中に「イスラム国」の男流入か 捜査開始と独紙」、http://goo.gl/qls75O
*xiii パズプラスニュース(2015)「パリ多発テロ事件 / 日本のネット上で「報復のため難民キャンプが燃やされた」とデマ拡散」、 http://goo.gl/Vb47WU
*xiv slippery slopeとは、はじめ何らかの必要性からAという第一歩を踏み出した後、将来的に、Aに類似した行為が次々と連鎖的に行われ、その結果、Bという道徳的に許容出来ない行為がなされる可能性が高いため、Aという第一歩を踏み出してはならないという議論である。法による規制には、将来の権力者が拡大解釈して悪用する可能性が、常に付きまとう。

2016年5月発行