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OPINION PAPER_No.17(17-008)「FinTechは通貨同盟を不要にするか」

OPINION PAPER No.17(17-008)

FinTechは通貨同盟を不要にするか

高木聡一郎(国際大学GLOCOM主幹研究員/准教授)

ギリシャ問題、英国の離脱、カタルーニャの独立など、欧州の国際政治は長く続いてきた統合を逆転させるかのような動きを見せはじめている。欧州統合において、おそらく最も野心的かつ大胆な取り組みは、各国の通貨を単一通貨ユーロに統合することであろう。大きな市場圏を構築するための不可欠な存在として期待を受けて始まった通貨同盟だが、その後のテクノロジーの進化の中で、その必要性やメリットに変化はないだろうか。本稿では改めてユーロの課題を振り返りつつ、技術的な可能性を模索する。

◆ 単一通貨ユーロの狙いと構造的課題

1999年に導入されたユーロは、欧州が政治的にも経済的にも統合の度合いを深めていく中、特に単一市場の形成を通じて米国などの規模の経済への対抗を図る取り組みの一環としてスタートした。単一通貨が直接的に解決できることは、域内の両替コスト、及び為替変動リスクの削減である。通貨が統一されていれば、両替コストや為替リスクを考慮することなく、自由に域内での貿易や投資が可能となり、規模の経済、資源の最適配分が促進されることが期待される。

また、ユーロに参加するには、物価の安定、低い長期金利、為替相場の安定、財政規律(財政赤字がGDP比3%以内、累積債務がGDP比60%以内)という4つの条件を満たす必要があり(田中、2010)、こうした制約が域内各国の財政の改善、金利・物価の安定という副次的効果ももたらしてきた。

しかし、単一通貨には負の影響もある。従来は金融政策が政府にとって経済を調整するための重要なツールとして機能してきた。景気が悪い時期には金利を下げて融資を促したり、さらに金利低下が結果的に低い為替レートをもたらして輸出を刺激することもできる。また、自国通貨であれば、輸入が大幅に超過した際には、自国通貨の売りが増えて為替レートが下がり、結果的に輸入品が高く、輸出品が安くなる。こうして自動的に輸出入のバランスが取れるよう自動調整される。しかし、ユーロで単一通貨となったことにより、欧州各国の政府はこうした経済調整メカニズムを取り上げられた形となり、結果として国によって大幅な貿易不均衡をもたらすという(スティグリッツ、2016)。

一般的に、こうした負の影響なく単一通貨が機能するためには、域内の経済状態が非常に似ていることに加え、4つの自由(商品、サービス、資本、人の自由移動)が実現されなければならない(田中、2010)とされるが、特に人の移動については課題がある。例えば、特定の地域の経済に問題があるとすれば、人がより経済力のある地域へ移動することで問題は解決されるという考え方がある。しかし欧州では、各種制度や文化、言語等の影響で、国を跨いだ移住は国内ほどには活発ではない。連邦制の米国で単一通貨ドルが機能しているのは、こうした人の自由移動が実現されているからであるとされている(スティグリッツ、2016)。

つまり、単一通貨を有効に機能させるには、実質的にひとつの国であると呼べるレベルまで統合を深化させるしかない。実際にEUは、ユーロ圏財務省の創設や共同債の発行を検討するなど、その方向に進んでいる。しかし、カタルーニャの独立問題を見ても国民・民族に対する意識は根強く、人が国境を越えて自由に移住したり転職するに至るまで言語、文化、制度を収斂させていくことは容易ではないだろう。

◆ FinTechは何をもたらすか

上記で見てきたように、単一通貨は国別だった市場を統合して大きな経済圏を作るための試みとしてスタートしたものである。しかし、各国間の完全な統合に至らなければ、かえって各国の経済にマイナスをもたらす場合もある。

もちろんEUのように、より深い統合を目指して進めていくことも選択肢であるが、テクノロジーが発達した現在、各国の個別か、完全な統合かの二者択一ではないソリューションもあり得るのではないだろうか。先にみたように、通貨統合の直接的な狙いは、両替コストと為替変動リスクの低減である。この点について、通貨統合以外の解決策を考えてみたい。

◆ 両替コストの削減

当初、ユーロのメリットとして挙げられていたのは、両替コストの削減である。確かに、国境を越えるたびに両替を行う手間やコスト、使えなくなる硬貨などの損失は、一般の旅行者であっても十分理解できる。

しかし、近年ではクレジットカードやデビットカードの普及によって、海外旅行の際に現金を使う機会は極めて少なくなっている。必要な分だけカードで支払い、あとは自動的に清算されるため、為替手数料はかかるものの、手間という点では大きく削減されてきた。

一方、為替手数料については、両替の際にTTS(売値)とTTB(買値)が設定され、その差額が両替所の利益となり、ユーザーにとってのコストとなっていた。ところが、TransferWiseというベンチャー企業は、海外送金に際して直接海外に送金するのではなく、各国内で資金需要のマッチングを行うことで、国内送金のみによって事実上の海外送金を実現することに成功し、実質的にTTM(仲値)での両替を可能にしている。

こうした仕組みが普及・高度化していけば、個人だけでなく企業にとっても両替コストを意識せずに事業が行えるようになるかもしれない。

◆ 為替変動リスクの低減

先に見たように、為替変動はリスクでもあるが、貿易不均衡に対する調整弁でもある。しかし、企業の投資や販売において為替変動が障壁になるようであれば、それを積極的に取り除く方法も検討する余地がある。

代表的な手法としてはデリバティブによる通貨のヘッジ取引が挙げられる。これまでは主に大企業や機関投資家、金融機関が扱うものとなってきたが、一般消費者や日々の経済活動にまで使えるようなライトな商品が開発されてくれば、状況は変わるだろう。為替は基本的にゼロサムであり、市場参加者の利害をうまく調整できれば、変動リスクを互いにヘッジすることができる可能性がある。

例えばオーストラリアのスタートアップ企業であるCurrencyVueは、中小企業向けにSaaSで海外取引の為替ヘッジを行うサービスを提供している。同様にドイツのForexfixも中小企業向けの為替ヘッジサービスを検討しているようだ。

また、Bitcoinのようなグローバルな仮想通貨を使う方法もある。各国通貨へ最終的に両替する際に変動リスクはあるものの、各国通貨と連動しない形で長期にわたって仮想通貨のみで業務を運用できるようになれば、為替リスクは低減される可能性がある。

また、通常は通貨統合への中間段階と位置づけられる「通貨バスケット」を応用し、一定の変動に抑えたインデックスファンドのような自動調整メカニズムに基づく共通通貨を創設することも考えられる。

◆ 社会経済の多様性維持とグローバルの両立へ

ブロックチェーン技術に基づく仮想通貨の登場は、国家でなくとも、誰でも一定の信頼を得られる通貨を創設できることを示した。これは、サービスや地域等に特化した、個別性の高い経済取引に最適化された「超ミクロ通貨」を可能にする。多様な地域、サービス、主体、価値観など、個別に最適化された交換手段によって、より小さな単位で取引が活性化されると期待される。

その一方で、効率的なグローバル取引の重要性も増している。「超ミクロ」な経済取引の多様性と「グローバル」をいかに両立するかが、これからの社会経済システムにおける課題である。

欧州においては、統合に向けた政治的意志に支えられ、これからも統合の深化は続いていくかもしれない。一方で、これからはテクノロジーの進化により、超ミクロとグローバルを両立する、通貨同盟以外の道も残されているのではないだろうか。

参考文献:
・田中素香(2010)『ユーロ 危機の中の統一通貨』、岩波新書
・Joseph E. Stiglitz (2016) The EURO and its threat to the future of Europe, Allen Lane.

2017年10月発行