国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

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OPINION PAPER_No.20(18-003)「ネット上の言論と情報社会の未来 ―今はまだ黎明期であり、変革はこれから起こる―」

OPINION PAPER No.20(18-003)

ネット上の言論と情報社会の未来
―今はまだ黎明期であり、変革はこれから起こる―

山口真一(国際大学GLOCOM研究員/講師)

1990~2000年代にかけて日本において急速に普及したインターネットは、我々に様々な恩恵をもたらしてくれた。その恩恵の1つに、非対面・対多数コミュニケーションが可能になり、一億総発信時代が到来したことが挙げられる。皆が発信可能になったことで、自由な議論や情報の非対称性の解消が実現し、後述するような経済効果も生まれた。しかしその一方で、ネット上での言論や議論に対し、悲観的な見方が強くなってきている。その要因の1つに、頻発するネット炎上がある。

本稿は、炎上の実態とマクロ的影響を明らかにするとともに、「ネット上の言論」と「情報社会」を近代化の歴史の文脈で捉え、将来を考察する。長期的な視点でみると、現在はまだ情報社会の黎明期といえ、今後大きな変革が訪れることが予想される。ネットがもたらす恩恵も問題も、ミクロ的・短期的な視点から捉えるだけでなく、マクロ的・長期的な視点から考察することが重要である。

◆ ネット上の情報シェアが経済・社会を変える

一億総発信時代において、人々のネット上の言論・情報シェアが経済・社会システムを大きく変えつつある。最近の実証研究により、ネット上の口コミによって年間約1.5兆円の消費押上げ効果がある(*i)ことや、SNSなどの情報シェアサービスについて、経済活動に反映されない価値(消費者余剰)が約15.7~18.3兆円あることが明らかになっている(*ii)。

しかしその一方で、情報シェアが時として「ネット炎上」として社会に大きな影響力を持つようになってきた。例えば、五輪エンブレム事件では、ネットから始まった批判が大炎上となり、エンブレム変更へと至った。この炎上では、熾烈な個人攻撃に発展したことや、著作権等の議論が深まらなかったことが特徴として挙げられる。炎上は頻発しており、2015年には1,000件程度発生したといわれている(*iii)。

◆ 炎上がもたらす社会的インパクト

このような炎上は、社会に対して良い影響も与えている。企業等強者の不正行為に対し、消費者という弱者の声が通りやすくなったことである。

しかしながら、もちろんそうでない影響もある。まず、炎上対象となっているのは、実は一般人が27.6%と最も多く、大規模化もしやすい(炎上1件当たり平均RT数18,000)ことが分かっている(*iv)。つまり、人々が思い思いの考えで、公人でない人に批判を浴びせ、裁いている構図だといえる。板倉(2006)(*v)は、これを意図せぬ公人化として問題視している。

そして、ミクロ的な影響としては、炎上対象者の心理的負担増加、社会生活への影響が考えられ、進学・結婚の取り消し等が実際に起きている(*vi)。また、企業であれば株価の下落や、バイト店員が炎上して倒産した企業も出てきている。

さらに、より広い視点でマクロ的な影響を考えると、炎上から逃れる方法は沈黙しかなく、それは情報発信の停止を招く。つまり、折角インターネットによって皆が自由に世界に表現することが可能になったにもかかわらず、人々自身の手で表現の萎縮が起こってしまっているといえる。

◆ 炎上によるネット世論の正体と政策的対処

このように、炎上は社会を動かすまでに至っているが、実は炎上によるネット世論は、ネットユーザのたった0.5%という少数の意見によって形成されていることが近年知られてきている(*vii)。且つ、通常の世論調査と異なり、極めて能動的に発信されている意見であり、偏っている可能性が高い。さらに、統計分析の結果、炎上に参加しやすい傾向にあるのが「主任・係長クラス以上」の人であると分かったことに加え、「世の中は根本的に間違っていると思う」「相手の意見が間違っているなら、どこまでも主張して言い負かしたい」等、社会に対して否定的で、攻撃的な人という特徴も明らかになった。

そして、炎上に対する社会的対処も困難なことが分かっている。なぜならば、これも統計分析の結果、書き込む動機の60~70%が正義感からであることが明らかとなっているので(*viii)、インターネット実名制のような政策的対処は効果が薄いと考えられるためである。実際に韓国で導入した際は、過剰な表現の萎縮を起こしたにもかかわらず、悪意のある書き込みの割合に有意な変化がなかったことが指摘されている(ix)。

◆ 情報社会の未来

以上のように、ネット上の言論・情報シェアは、我々に多大な恩恵をもたらしてくれた一方、炎上が頻発するようになり、ネット上で深い議論がしづらくなって表現の萎縮が起こったうえ、それに対する政策的対処も難しそうである。また、炎上だけでなく、フェイクニュース、ヘイトスピーチ等、ネット上の言論を取り巻く悲観的な現象は後を絶たない。

では、もうネット上の言論というのは、このままどうしようもなく、さらに極端な方向に行ってしまい、誹謗中傷やフェイクニュースが溢れる未来しかないのだろうか。

ここで、炎上と情報社会を長期的な視点――「近代化の歴史」でみてみよう(*x)。近代化の歴史について、1700年代半ばの産業革命から考えると、産業革命以降、それまでとは異なるペースで経済が発展し、新たなる社会法則が生まれたと考えられる。これは、西欧の一人当たりGDP推移を見ても明らかで、産業革命以降、崖といってもいいほど急激な成長率の変化が起こっている(図1)。この時代を産業社会と呼ぶとすると、この産業社会は200年以上続き、近年ようやく先進国のGDP成長率が鈍化するなどして、収束に向かいつつあるといえる。


図1 西欧の一人当たりGDP推移(*xi)

では、次に何が始まっているかというと、インターネットの普及を皮切りとした情報社会の時代といえるだろう。情報社会の始まりと共に、徐々に価値観やビジネスの核が大きく移行しつつある。SNS・IoT・人工知能等、次々とサービスやビジネスが登場し、産業社会の価値観であった「モノの豊かさ・富を築くことを重視」から、「繋がり・感謝されること・心の豊かさを重視」する価値観に変化してきている。小学生の将来の夢がユーチューバーであったり、フォロワー数の多いユーザが称賛されたりといったところに、その片鱗を見ることが出来るだろう。

産業社会が200年以上続いたことを考えると、情報社会もまた数百年続くと考えられる。つまり、「インターネットが普及し、炎上等の問題が発生して、もう10年20年経った」と言いたいところであるが、実は、「まだ10年20年しか経っていない」であり、今は情報社会の黎明期と捉えることが出来る。

産業社会黎明期も、生産性が著しく向上する一方で、労働問題や公害等、多くの問題があった。例えば、炭鉱で奴隷のように働いている子供たちがいた。そういった問題を徐々に解決していって、今の豊かな産業社会を我々は享受しているのである。

以上を踏まえると、産業社会が発展したように、情報社会・ネット上の言論も、今後、人々自身が問題を解決しながら大いに発展していくと考えられる。そして、産業社会発展の原動力が経済の自由にあったように、情報社会も、表現の自由を保障したまま発展していくことが重要である。これは、筆者の願いでもある。

*i 山口真一, 坂口洋英, & 彌永浩太郎(2016)「インターネット上の情報シェアによる消費喚起効果の実証分析」, GLOCOM DISCUSSION PAPER, 16(1). http://www.glocom.ac.jp/disccussionpaper/dp01
*ii 山口真一, 坂口洋英, & 彌永浩太郎(2018)「インターネットをとおした人々の情報シェアがもたらす消費者余剰の推計」, InfoCom review, (70), 2-11.
*iii エルテス社ウェブサイトより。https://eltes.co.jp/
*iv NHK・山口真一(監修・分析)「“ネット炎上”追跡500日」,https://www3.nhk.or.jp/news/special/enjyou/
*v 板倉陽一郎(2006)「インターネット上における「意図せぬ公人化」を巡る問題」、『情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤 (EIP)』, 2006(128 (2006-EIP-034)), 9-14.
*vi 小木曽健(2017)『11歳からの正しく怖がるインターネット: 大人もネットで失敗しなくなる本』、晶文社
*vii 田中辰雄, & 山口真一(2016)『ネット炎上の研究: 誰があおり, どう対処するのか』、勁草書房.
*viii 山口真一(2017)「炎上に書き込む動機の実証分析」、InfoCom review, (69), 61-74.
*ix 柳文珠(2013)「韓国におけるインターネット実名制の施行と効果 (研究)」、『社会情報学』、2(1), 17-29.
*x  公文俊平(2015)「プラットフォーム化の21世紀と新文明への兆し」、http://www.nira.or.jp/pdf/1503report.pdf
*xi 以下より筆者作成。Maddison, A. (2007). The world economy, Organization for Economic Cooperation and Development

2018年2月発行