国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)

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OPINION PAPER_No.33(20-004)「情報社会における観光は 「メタ観光」で捉えよう」

OPINION PAPER No.33(20-004)

情報社会における観光は「メタ観光」で捉えよう

菊地映輝(国際大学GLOCOM研究員・講師)




◆ 変わる観光のあり方

情報化が高度に進んだ今日においては、社会のさまざまな領域に変化が訪れている。そのひとつに観光がある。特に、スマートフォンの登場を契機に、私たちの観光のあり方は一変した。移動しながら容易にインターネット空間にアクセス可能なスマートフォンを使うことで、私たちは異国を観光しながらも、自国にいる家族や友人たちと、SNSやメッセージングアプリを介したオンラインでのコミュニケーションを行うことができる。もはや、そうしたコミュニケーションのネタを作るために観光がなされることすらあり得る。マーケティングアナリストの原田曜平氏が主催する座談会に参加した大学生たちは、ソーシャルメディアの1つであるInstagramに投稿する写真を撮影するために旅行をするのだと語っている(*i)。

ところで、情報化は観光の目的だけでなく、観光時の行動も変化させた。今日、私たちが観光をする際には、まずオンラインで交通手段や宿泊施設を予約するところから始まる。現地に到着しても、スマートフォンの地図サービスを利用して目的地に移動し、口コミサイトで人気の観光地やレストランを訪れる。

このような情報社会に特有の観光のあり方を捉えるため、現在世界中で観光産業においてや研究者による調査や議論が進められている。その中の1つに位置付けられるのが、本稿で取り上げる「メタ観光」概念だ。本稿は、情報社会における観光のあり方を考えるとともに、なぜメタ観光概念が必要なのかを提示しようというものである。

◆ メタ観光とはなにか?

メタ観光は、KADOKAWA社の玉置泰紀氏とトリップアドバイザー社の牧野友衛氏による議論から生まれた新たな観光概念だ。メタ観光概念は、次のように定義される(*ii)。

  • GPSおよびGISにより位置情報を活用し、ある場所が本来有していた歴史的・文化的文脈に加え、複数のメタレベル情報をICTにより付与することで、多層的な観光的価値や魅力を一体的に運用する観光

現在、観光には、さまざまな形態が存在しており、それぞれに独自の呼称が存在する。文化遺産や自然遺産を巡るヘリテージツーリズム、農村や漁村に滞在するグリーンツーリズム、人類の負の歴史をたどるダークツーリズム、アニメや映画などの舞台やモデルになった場所を訪れるコンテンツツーリズムなど枚挙に暇がない。それに対してメタ観光は、これら個別の観光形態よりも一段上位(つまりメタ)にある観光概念だ。メタ観光では、それぞれの観光形態を、場所に対して観光的価値を付与する意味のレイヤーとして捉える。たとえば、ヘリテージツーリズムであれば、その場所には文化遺産という観光価値があることを示す意味のレイヤーになる。そして、そうしたレイヤーを、位置情報を使うことで1つの場所に複数重ねて提示し、観光客に重層的な観光を体験してもらうのがメタ観光なのである(図参照)。

それでは、メタ観光の事例にはどんなものが挙げられるのか。玉置氏は、テレビ番組『ブラタモリ』こそメタ観光の好例と主張する。「タモリさんがやっているのは位置情報にあらゆる情報をのせていくというものであり、これが我々が考えているメタ観光」だという(*iii)。たしかにブラタモリでは、1つの場所について、地学、文化人類学、歴史学など様々な学問的な解釈が紹介される。それぞれの学問的な解釈が意味のレイヤーとして、その場所を訪れる際の観光的価値となる。一方、牧野氏は、東京の神田須田町にある甘味処の「竹むら」をメタ観光の例として挙げる(*iv)。竹むらは、揚げ饅頭で有名な和菓子店であり、東京都選定歴史的建造物にも指定されている。同時に、近年では『仮面ライダー』や『ラブライブ』等のドラマやアニメ作品の舞台になっており、スマートフォンゲームPokémon GOの「ポケストップ(*v)」にもなっている。ここを訪れる観光客の中には、竹むらのこれら全ての要素を楽しむ者もいるという。


メタ観光の概念図(筆者作成)

◆ メタ観光概念はなぜ必要なのか?

では、なぜメタ観光という概念が必要なのか。メタ観光の例として登場した、竹むらを訪れる人の振る舞いのように、複数のレイヤーをまたがった観光をする観光客は既に存在しており、特段の新しさは感じないかもしれない。しかし、そうした観光客を捉える際に、現状の観光業や観光学では、それぞれのレイヤー内で完結した議論が行われることが大半ではないだろうか。そうした議論ではレイヤーを跨って行われる今日の観光実態を捉えることは困難になる。

また、冒頭で紹介したInstagramに載せる写真を撮るため旅行をする大学生のように、観光地にある観光的価値の体験ではなく、それをネタにオンライン上のコミュニケーションを行うことに目的を見出す情報社会特有の新しい観光現象が登場している(*vi)。こうした現象は、メタ観光では、新たなレイヤーとして捉えられるが、これまでの観光を巡る議論では旧来のヘリテージツーリズムやコンテンツツーリズムなどと区別することが難しい。観光地での観光客の振る舞いは以前と変わらず、新たな観光現象はスマホの中にあるからだ。下手をすると観光地側がそうした観光の実態に気づかないこともあり得る。

こうしたことからも現状の議論は時代に追いついてないと言える。今必要なのは、観光地や観光形態ではなく、複数レイヤーを越境する観光客の立場に立って「観光」を捉え直すことだろう。その実現のために一体的にレイヤーを捉えるメタ観光が必要となる。

ここでメタ観光をビジネスの視点からも捉えてみたい。その際には、メタ観光の定義にある「多層的な観光的価値や魅力を一体的に運用する」ことが大事になってくる。この部分は、観光業に新たなアクターが参入できることを示している。それは、複数枚のレイヤーを束ね、ときにはキュレーションまでを担うプラットフォーマーのような存在だ。先に挙げた『ブラタモリ』は、GISやGPSなどは使っていないものの、場所の上に存在する複数のレイヤーをキュレーションした上で視聴者に示すプラットフォームとして捉えられる。だから、メタ観光の好例なのである。

実際のプラットフォーマーは、ICT産業が担うだろう。特にトリップアドバイザーのようなコミュニケーションプラットフォームとなるSNSや口コミサイト、場所に重ねられた重層的な意味のレイヤーを可視化するアプリなどが主役だと考えられる。また、それらが機能する前提となるスマートフォンやWi-Fiなどを扱う通信事業者も重要になってくる。さらには、そうしたプラットフォーマーが存在すれば、メタレベル情報を付与することで、新たな観光的価値のレイヤーを開拓することも可能になる。自治体から見れば、地域が本来有していた観光資源のポテシャルを拡張することに繋がるだろう。

◆ メタ観光のこれから

筆者は先に挙げた玉置氏や牧野氏に加え、タイムアウト東京代表の伏谷博之氏、東京大学大学院の真鍋陸太郎氏、弁護士の齋藤貴弘氏らと一緒にメタ観光を推進する組織「メタ観光推進機構」の設立に向け現在準備を進めている。今後は、メタ観光を担うプラットフォーマーのような事業者らとも対話を重ねながら、メタ観光概念を深化させていきたい。本稿で示したメタ観光の定義も、実践の中で自ずとアップデートされていくだろう。メタ観光の今後にこれからも注目をして欲しい。

*i PRESIDENT Online(2019)旅行目的は「インスタ映え」大学生の本音 「映え写真」のためならどこへでも https://president.jp/articles/-/27377
*ii 玉置氏、牧野氏が議論を始めた後、筆者を含む「メタ観光推進機構」準備メンバー間での議論により定義がなされた。メンバーは本文最終節に記載。
*iii 東京大学GCL《Pando》(2019)メタ観光:コンテンツツーリズムの先にある従来型観光との融合の可能性 https://pando.life/gcl/article/7308
*iv 多様性時代の新潮流、メタ観光について考える https://www.timeout.jp/tokyo/ja/things-to-do/sekaimesen-meta2018
*v ポケストップは、Pokémon GO内においてアイテムや経験値を獲得できるスポット。施設や史跡などがポケストップとして指定されており、プレイヤーが現実空間で実際にそこに赴くことではじめてアイテム・経験値を獲得できる。
*vi 先述したPokémon GOも情報社会特有の観光現象の1つとして位置付けられるだろう。

2020年10月発行