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前川徹 - April 3, 2008

日本のソフトウェア産業

April 3, 2008 [ 前川徹 ]

■経済産業省から、IT分野の研究者へ

―――前川さんは、90年代にはIT分野の最前線を知らせる前川レポートを発行し多くのキーマンに参照され、経済産業省などでIT関連施策に関わってこられました。日本のIT分野のプレイヤーとして重要な役割を様々な場面で担ってこられた方かと思います。

 今日は、前川さんがどういった形でIT分野にいままで関わってこられたのか、経産省時代のことからうかがわせていただければと思います。

 そうですね。もともとは経済産業省の行政職だったわけですが、研究の道に入ったきっかけというのは、1994年頃のことになります。同年5月に経済産業省からJETRO(日本貿易振興機構)に出向し、米国の産業用電子機器分野(主な製品はコンピュータ)の担当として、ニューヨークの駐在員になりました。当時の日米間の貿易摩擦などの背景から、アメリカから日本への輸出を増やす、あるいは日米間の技術協力を促進することを目的としたさまざまな活動をしていたのです。
 また同時に、JEIDA(日本電子工業振興協会)のニューヨーク駐在員も兼任しており、コンピュータ産業に特化した調査も行っていました。当時のアメリカのIT産業はIBMの大規模なリストラやインターネットの爆発的普及など、大きな変革を迎えていた時代でした。
インターネットとの出会ったのはニューヨークに赴任する前でした。ニューヨーク駐在員の前職は、経済産業省の情報政策企画室長でした。その時の仕事の一つが、IT分野の研究開発プロジェクトの海外担当でした。第五世代コンピュータの後の研究開発プロジェクトとしてリアルワールドコンピューティング(RWC)と呼ばれるものがあったんですが、その海外担当だったのです。このプロジェクトに関心を持っている海外の研究所、大学、企業に広くプロジェクトへ参加してもらうための窓口業務を担当していました。そのために92年頃からインターネットを利用して仕事をする機会があったのです。92年ですから、まだブラウザソフトがなかった時代です。そんなわけで、ニューヨークに赴任する前からネットに関してある程度の下地はありました。
 駐在員時代の94年はインターネットの商業利用が始まって爆発的に普及し始めていた頃で、Amazon.comのサービス開始は翌年の7月でしたが、すでにネット上には、ショッピングサイトが乱立し、ISPが次々とサービスを開始し、大手の通信企業もネットに取り組み始めた頃です。ですから、それはそれは面白い。そこでネットの動向をまとめたレポートをJEIDA機関誌に書きはじめました。そしてせっかくだから関係者にも送ってしまえ、として始めたのが前川レポートの始まりです。今のようにアメリカの情報が気軽に入ってくる時代ではなかったから、多くの人に読んでもらうことができました。
 これが私とインターネットとの最初の関わり、そして今の研究と関心のきっかけです。

 さて、ニューヨーク駐在が終わって日本に帰ってきて就いたのが、IPAのセキュリティセンターの所長(技術センターの所長を兼任)でした。主な仕事は、IT分野、特にソフトウェアと情報セキュリティ分野の研究助成です。IPAに2年ちょっと勤務し、そのあと、早稲田大学に出向になりました。99年~2003年の時期ですね。このころから本格的に自分で研究活動をするようになりました。大学院での講義もやりました。情報経済論とサイバージャーナリズム論という授業を担当しました。前者は情報経済論という題目ですが、実際にはネットビジネスの現状と問題点について教えていました。
 それで早稲田大学への出向期間が終わってさてどうしようかと言うときに、富士通総研の方から誘われ、そちらの経済研究所に移籍することになりました。GLOCOMとの関わりもそのころですね。公文先生が前川レポートを評価してくださっていたことがきっかけで誘われて、GLOCOMのフェローになります。

■ネット上の価格はどのように決まるのか

―――早稲田大学出向の頃はどのようなことを研究していらっしゃったのでしょうか。

 当時の私の関心事は、「ネット上での価格はどのように決まるのか」ですね。一般的だったのは、ネットによって情報の非対称性が解消されて、買い手と売り手のバランスが買い手側に有利になるだろう、と考える人が多かったのです。ネットでは初期から価格比較サイトも登場していましたし、いずれネット上では価格は低い方に収斂して価格分散がなくなるだろう、と予想されていました。しかし実際には価格分散は残っている。これはなぜか?この価格分散はなぜ残っているのか?というところに興味関心があったのです。

―――興味深いですね。その価格分散はなぜ起こるのでしょう?

 仮説はいろいろありますが、当時アメリカで書籍の価格サイトの比較を行った事例が最も参考になります。2000年当時、オンライン書籍販売サイト他社と比較するとAmazonの価格の安さは6位と決して高くないのですが、総合評価だと1位なのです。サイトにおける情報の豊富さ、デリバリーの早さ、信頼性、使い勝手、様々な評価項目を総合するとAmazonが1位になる。つまり「ネットで本を売る」というビジネスは、単に本を売るだけではなく、本に関する情報を集めて提供する、本をデリバリーする、書評を書く場を提供するといった付随するサービスを含んでいる。したがってオンライン書籍ビジネスとは、それらを総合した一つのエクスペリエンスを売っているサービス業、とみなすことができるのですね。価格ではAmazonの本が若干高くとも、エクスペリエンスの豊かさから消費者はAmazonを選んでいるらしい。もう一つの理由は、情報経済学で言うところのロックイン効果です。パスワードやアカウントを作成したり、クレジットカード番号を登録したり、配達先を登録したりするのは案外手間ですので、それらから別サイトへ移行するのは面倒だと考える消費者はすくなくありません。また、現在はポイントもある。それらはサイト移行(スイッチング)に対する経済的な障壁や心理的な障壁になります。いわゆる、スイッチング・コストと呼ばれるものが発生するのです。これらを総合して価格分散が起こっていると分析しています。
 なお、同様の傾向はオークションにも存在するようです。当時、私の研究室の学生がeBayでも同じものが売られているのに落札価格が違うという事例を調べたところ、面白いことがわかりました。プロモーション効果(宣伝文句、写真を掲載する、フォントを修飾する)と落札価格に正の相関関係があったのです。写真一枚あたり何セント、フォントを修飾すると何セント、という形で数字が出てきて面白かったですね。


■SaaS、IPA未踏プロジェクト

――― 現在の研究、関心について教えていただけますか。

 先に述べたとおり、私の研究分野はもともとインターネットへの関心からスタートしています。より具体的には、その商業利用、インターネット上のジャーナリズム、電子政府、電子自治体です。サイバー大学の講義では、これらの内容を教えています。
 そして、もう一つ非常に興味を持っているのがソフトウェア産業です。インターネットに関わるうちにソフトウェアの社会的な重要性、重大性に気づきました。つまり、社会に、文明に、個人にとって非常に重要なものなのに日本は産業としてこの分野が弱い、どうすればよいか、という素朴な興味があるのです。とくに今現在関心を持っているのは、SaaS(Software as a Service)です。インターネットとソフトウェアの境界領域に位置するものだとみなせるところが面白く、興味深い。

――― IPAの未踏プロジェクトの立ち上げにも関わられたとお聞きしました。

 99年の夏ごろ、経済産業省内でソフトウェア分野で新しい研究開発プロジェクトをやろうという話が盛り上がっていました。それまでもIPAは提案公募型の研究開発助成を行っていました。これはある程度分野を決めた上で研究テーマを公募し、有識者で審議してテーマを選定し、助成する形式なのですが、研究助成をこのような形式で行うのは、公募から研究開発のスタートまで時間がかかるという点や、独創性のある成果という観点では疑問です。委員会で審議すると、どうしても時間がかかり、かつ皆が納得いくものを選ぼうとすると無難な選択になりやすいのですね。
 ソフトウェアの場合、ハードウェア関連の研究開発とは異なり、成果におけるアイデアを出すことの比重が非常に高い。官庁のロードマップありきの研究助成方針とはどうしてもなじまないのですね。ですから、モバイルOSですとかミドルウェアとか特定の分野を決めてそこに予算をつけるという従来型の助成よりも、有能なソフトウェア技術者を中心に据えたプロジェクトにしよう、という風に提案しました。
 ソフトウェア開発の実際ですが、人数が多くなればなるほどコミュニケーションに必要な時間が増加し、オーバーヘッドが大きくなってきますので、少人数の方が効率は圧倒的に良い。ただし、できるものも小さくなるわけですが。例えばゲームソフトですと、インターフェースが単純で、グラフィックなどに比重が置かれない最初期のゲーム産業では少人数で、インパクトの強いものが生まれました。テトリスが良い例ですね。あの単純さと、それをプレイした人数や延べ時間などのインパクトを比較するとすごいものがあります。

■日本のソフトウェア産業

―――ソフトウェア産業も創世期とは異なり、現在では大規模開発が主流となっていますね。さきほど仰られた、日本のソフトウェア産業が弱いこととの関連は?

 あまり知られていませんが、実は北米標準産業分類と、日本標準産業分類ではソフトウェア業の区分が大きく異なるのです。日本では大分類「G 情報通信業」の下に、中分類の「39 情報サービス業」があり、その下に小分類として「391 ソフトウェア業」があります。そして、そのさらに下の細分類として、「3911受託開発ソフトウェア業」、「3912組込みソフトウェア業」、「3913パッケージソフトウェア業」、「3914ゲームソフトウェア業」の4つが並んでいます。
 しかしアメリカではソフトウェア産業についての位置づけも分類も大分異なっています。アメリカの場合、日本でいうパッケージソフトウェア業は「5112 software publisher」であり、新聞や雑誌の出版業と同じ情報産業(51 information)」に分類されています。
一方、受託ソフトウェア業は、「541511 Custom Computer Programming Servic」として、「54 Professional, Scientific, and Technical Services」、つまり専門的、科学的、技術的サービスを提供する産業に分類されているのでs。
 日本の場合、「何を作っているか」で産業を分類しています。これも一つの考え方ですが、アメリカでは「そのビジネスモデルの特徴は何か」というものが根底にあります。根本的な考え方の違いが見て取れますね。例えば個人がその技術や専門的スキルを発揮しているのがprofessional serviceなのですが、software publisherはそうではない。原本を作り、それをコピーして頒布するビジネスである。したがって産業としてまったく異なる、という考え方なのですね。一理も二理もあると思いませんか。アメリカの代表的なsoftware publisherの粗利率を計算してみると、MicrosoftやAdobeなどは80%から90%もあります。一方アメリカの代表的なSIerのEDSは15%ほど。富士通やNECなどの粗利率は25%~30%くらい。これらを同一産業として一括りにするには無理があります。産業分類の時点で産業政策を誤っているのかもしれません。
 そして、パッケージソフトウェアのビジネスモデルを発展させたのがSaaSです。ソフトウェアには保守コストが付き物ですが、SaaSの場合、保守運用に関しても規模の経済が働きます。Netsuiteにしても、SalesForce.comにしても、現時点の税引後の純利益率はあまりよくなく、赤字か、せいぜい数%です。しかし決算書をよく見ると、粗利率は70%前後もあるのです。粗利率が高いのに純利益が少ない、あるいは赤字になっている理由は、売上高の半分以上をセールス&マーケティングに使っているためです。早く顧客の絶対数を増やし、シェアを確保することを重視した戦略をとっている証です。パッケージソフトウェアのように、「一人勝ち」になりやすいビジネスですから、ごく当然の戦略と言えます。日本ではそのような点が理解されていないような気がします。

―――日本のソフトウェア開発関連企業の場合はどうでしょう。

 日本のIT企業の場合、大企業であればあるほど将来性のあるSaaSという一分野に巨額の投資をすることが難しくなるようです。アメリカのベンチャー企業などは真逆の傾向です。もしかすると、額に汗して働くことが尊く、顧客が増えれば増えるほど(利益額ではなく)利益率が向上するようなビジネスに嫌悪を感じる経営者が多いのかもしれません。
 アメリカのベンチャーを礼賛するわけではありませんが、当たれば大儲けという明るい未来、夢があるのは素直にすばらしい。SIの世界は、敗者は非常に苦しいが、勝者も苦しい。すぐれたプログラマは正当に評価されていませんし、そもそも企業が彼らプログラマの質と成果を正当に評価する方法も分かっていません。表面的な理由と本質的な理由の両方で定量化が困難なのが現状です。かといって優秀なプログラマを集めて短期間でアジャイルすれば良いかというと、そうでないのが悩ましい。買い手側も評価の困難さは変わらないので、開発期間が短ければ短いほど顧客から買い叩かれてしまう。それなら初めから優秀なプログラマにそうでないプログラマを付随させて人月を稼ぐほうがよい。構造的にそうなってしまっています。どうしたら良いのでしょうかね。

■人々を繋ぐハブとして

―――前川さんにとって、GLOCOMに居てやりやすいことというのはどういった点でしょうか?

 本当にいろんな人がいて、会える、というところが私にとってGLOCOMの最大の魅力ですね。このような良さをどう維持、持続していくか、重要だとおもいます。セミナーやカンファレンス、交流会などで、面白い人たちの輪が広がるといいと思います。コミュニケーションって面白くて、どうしても伝達に曖昧さが伴うので、意思が100%伝達できない代わりに、誤解から新しいアイデアが生まれるという面があります。。曖昧だからこそ、新しいものが生み出される。いろいろな分野の人が集まって相互に意見を交換するということを大切にしていきたいと思います。

―――本日はどうもありがとうございました。

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