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田中辰雄 - April 17, 2008
情報通信産業の制度設計と経済学
April 17, 2008 [ 田中辰雄 ]
■均衡概念への批判
―――まず、田中先生のこれまでの研究と問題意識についてお聞かせいただけますか。
これまでの問題意識と研究生活において、私はもう亡くなられた村上泰亮先生の影響を強く受けています。村上先生ご自身は非常に関心の幅広い方で、理論、政策、政治学、社会学と様々な関心を持っておられました。それもあって、私自身も興味が広くなりすぎてしまったようです。
村上先生の仕事の大きな関心の一つとして、新古典派経済学の均衡概念への批判があります。均衡概念とは、社会は市場競争を通じて安定的な均衡状態に近づく、そしてそれが社会にとっても望ましい、という考え方です。そしてこの均衡論への批判と懐疑も経済学創世期からの伝統があります。この懐疑論はさらに二つに大別できて、ケインズに代表されるようなマクロの視点からの懐疑、そして村上先生や私が抱いているのはミクロレベルから見た均衡への懐疑です。個人や企業といったミクロの主体についても、競争を通じて自然に均衡に至るとは必ずしも期待できないのではないか、という素朴な疑問ですね。
村上先生がご活躍された時代はちょうど1980~90年代にあたり、日本経済が絶頂期を迎え、同時に日本経済の特殊性について世界中から注目が集まっていた頃です。代表的なのは日米経済摩擦に関する議論です。日本は経済的に異質であるのではないか?それをどのような枠で捉えれば良いか?という疑問が実務的にも学問的にも広く見られました。均衡概念の批判と日米異質論への対処が晩年の村上先生の経済学についての二大関心事だったと思います。
―――均衡概念への批判というのはより具体的には。どういったものだったのでしょうか。
より具体的には、均衡にいたるプロセスへの懐疑です。経済システムは放任しておけば自動的に最適な均衡に達するわけではなく、村上先生の言葉を使えばそこに「費用逓減」の経済が働いている。長期的に見て費用が逓減していく状況下では、戦略的視野や長期的視野を持った企業、あるいは政府の一時的な保護を含む産業政策がある国の企業のほうが競争において有利で、一方的に勝ちつづけることがある。それがひいては日米貿易摩擦を引き起こすことにも繋がるのではないか。
そのような問題意識から、先生は日本経済のシステムについてプラスとマイナスの両面から研究に取り組んでおられました。私もその考え方の系譜にいますが、私の場合はもう少し具体的で限定的な対象を分析してきました。最初に取り組んだのは技術革新と技術伝播です。技術が拡散していく過程では、技術を開発する企業に対してそれを利用する企業の方の技術キャッチアップのスピードが早く、先行者を脅かすことがありうる。今の中国などBRICSがまさにそうですね。そのようなテーマについて均衡論では無い方法で、具体的にな進化論的モデルでしばらく研究しました。
ただ、その最中に、日本経済が強くなくなってきたのですね。日本異質論や貿易摩擦が中心的なトピックの時代には考えられなかったことですが、バブル崩壊以降日本は長い不況に入りました。これも大きなトピックで、バブル崩壊と長期の不況をどう理解するか、というのはいろいろな解釈がありえます。ただ、ちょうど技術革新と伝播に取り組んでいた私には、日本での問題は金融産業と情報通信産業が弱いことにあるように見えました。そしてちょうどその頃、GLOCOMは情報通信、インターネット関係の研究を始めました。村上先生と公文先生はどちらも情報通信とそれが社会にもたらす影響に早くから注目なさっていたので、村上先生を通じて私も縁ができました。それがGLOCOMとの関わりということになります。
■技術革新、情報通信産業、コンテンツ産業
―――田中先生の今までの仕事を見てみると、いまお話いただいたような技術移転や均衡への批判といった理論的な仕事と、時宜の政策提言や問題解決といった具体的な仕事の両面で活動しておられますね。
そうですが、最近は前者の理論的な仕事はほとんど止めていて、で後者の実証的・政策提言的な領域の仕事が多いです。反均衡という考え方は今でも抱いていますが、なかなか難しいし、正直言って私の能力を超える部分が大きい。ただ、関わり続けている情報通信産業やネットワーク産業は移り変わりやイノベーションが激しく、均衡という概念では説明できないことが多量にあります。ですので、この分野での具体的な活動が反均衡型の経済学の一種のテストケースだと自分では考えています。
―――その中で、情報通信産業についてはどのように理論と関連付けてお考えになられているのでしょうか。
情報通信産業に限らず、技術革新は多様さゆえに色々な捉え方があります。まず、均衡としてそれを捉える考え方、そうでない考え方がある。前者を要約すれば、不確実状況下において期待収益を最大化するためにR&Dに取り組み、成果に繋がるという考え方です。投資、開発、収益の連関が当然に機能した結果だという考え方で、線形なモデルと言えます。しかし、情報通信産業では特定企業の一人勝ちが起きたり、特定地域が継続して技術革新の中心地だったりして、線形モデルだけでは説明しにくい。そこで別のアプローチが無いかと考えると、無いわけではない。たとえば進化的なアプローチがありますし、技術革新を類型化して歴史的パターンを抽出するアプローチもある。たとえば、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」でいう破壊的イノベーションと持続的イノベーションのように、技術革新の中でもタイプを分類することで分析の射程が広がります。私自身は、情報通信産業でも突破的な革新と改良的な革新が交互に起こる大きなサイクルがあるとい説を考えています。
現実の情報通信産業に目を向けると、技術革新の起こりかたには他産業にも見られるものと、情報通信産業独自のものがあります。面白いのは情報通信産業独自の要因で、これは情報財の性質に由来します。情報財ではオリジナルからの複製費用がほぼゼロなので、情報財は費用逓減の起こる度合いが圧倒的に大きい。そのため一人勝ちが起きやすい。また別の側面として、この産業では標準化競争というのが非常に強いという特徴もあります。この競争に現在はアメリカ企業が勝利をおさめています。これはかつて日本の自動車、鉄鋼、銀行が世界を制覇するのではないか、と言われた時代が逆転したかのようです。情報通信産業では、シリコンバレー起源のベンチャー企業が世界を制覇している。これはなぜか、いつまで続くのか、というのも面白い問題です。
それから、複製可能という点では、コンテンツ産業も同様です。デジタル化されたコンテンツはすべて複製が容易です。私的複製による被害を防いで創作の誘引を保つために著作権ですが、この著作権が論争の種になっていて、この著作権も私の大きな研究テーマの一つです。この産業は日本では現在、収益性が弱い。しかし、見込みは大いにある。私個人の趣味としても、映画・演劇・アニメーションと関心があったものですから、趣味と学問的関心が一致していました。経済学の想定する産業は、製造業つまりインプットがありアウトプットがあり、定量的に記述できるようなモノを生産し、消費する産業ですが、情報通信産業もコンテンツ産業もこの範疇に止まらない。そこが面白いところです。
■ブロードバンド市場、ネットワーク経済
―――大学でネットワーク産業の経済学といった講義や、ブロードバンド普及の政策提言に携わっていらっしゃるのも、同様の関心と文脈なのでしょうか。
はい。まずブロードバンドのほうですが、産業として考えると、かつての水道、鉄道、自動車のようにブロードバンドはベーシックインフラとして今後非常に重用であると考えられます。とするとこの分野の進歩をいかに促すか、つまりブロードバンド市場の競争をいかに促すか、という競争政策が重要であるわけです。ブロードバンド普及の政策に関しては日本は比較的上手くいったと言ってよいと思います。日本はもはや世界一のブロードバンド普及国です。ADSLのアンバンドル政策が機能し、ソフトバンクなど新規事業者の参入が起きたためですね。このあたりについては、2000~2003年のブロードバンド普及期の話を『ブロードバンド市場の経済分析』(2008年,慶應義塾大学出版会)という本にまとめました。
もう一つのネットワーク経済についてですが、これは情報通信産業におけるウィナー・テイクス・オール(winner-takes-all)現象は一体どういう構造ゆえなのか、という問題意識があります。具体的にはMicrosoftの独占問題です。情報通信産業においてはモジュール化というのが進行していまして、製品をモジュールに区切ってあるモジュールを独占的に供給する形態が広く見られる。ルーター、CPU、OS、ワープロ、データベースとそれぞれ独占が起こっています。もちろん、この独占は消費者にとってメリットもありますが、デメリットもある。たとえばOSやワープロ表計算ソフトの分野は現状は独占に近く、出来の悪いものであっても他の選択肢が乏しい。ユーザ側にはOSやオフィスをバージョンアップにしないと言う消極的な抵抗策しかありません。単純にこの点で独占の弊害は大きいと考えています。この現象をどう捉え、どう対策すべきか。
ただ、独占禁止法のような政策で対処することは、世界的にあまり上手くいっていません。 ネットワーク外部性の存在が新規参入を阻害しているということは明らかで、それをロジックや実証で詰めて示すことはできますが、独占禁止法でそれを是正することは難しい。されなぜかというと、独占禁止法という法は「独占」そのものを違法とするものではなく、個別企業の違法な「行為」に対する法律であるからです。当該法では、カルテルを形成する、価格統制を行う、といった具体的な違法行為を禁止していますが、競争に勝ち抜いて結果的に独占的になった場合については、それを規制することはできません。その場合の独占は企業が努力した成果のいわばご褒美であり、他社も同じように努力すれば挑戦できると考えられているからです。しかしネットワーク外部性による独占では、何ら違法なことはしていなくとも、あるいは努力をしていなくても、ネットワーク外部性のために独占が生じ、他社の挑戦ができなくなってしまいます。独占禁止法は、違法行為無しにそのような状態が生じてしまうことをそもそも想定していないのです。
―――競争政策センターで田中先生が参加された共同研究の報告書には、技術情報を非公開にするとそれだけでも隣接市場に対する独占の弊害が現れるので、それを持って行動への介入がなされてもよいのではないか、という提言があったように記憶しています。この観点をとれば独占禁止法でもある程度まで対応可能、という見方もできるということになりませんか?
ここは難しいところです。細かい話になりますが、OSのAPIの公開を仮にマイクロソフト社に強制したとしても、逆にWindowsむけのソフトウェアが増えるだけで、独占の抑止にはつながりません。マイクロソフト社は喜んで公開に応じるでしょう。公開しているかどうかが問題なのではなくMicrosoftが自社OSのAPIの仕様をバージョンアップでいつでも変更することができるということが、互換OSの開発を困難にし、OS間の競争を難しくしています。完全互換OSを実現するためには、APIの仕様の決定権をMicrosoftから取り上げるくらいしかありませんが、現実には独占禁止法でそんなことをするのは無理でしょう。つまり隣接市場の競争を促進することはできても、OS自体の独占は崩せないのです。Microsoftの独占力の源泉はOSのAPIであり、ワード・エクセルなどのオフィスソフトのファイルフォーマットで、いわばモジュール間のインターフェース部分です。この部分を彼らが握っているうちは真に互換性あるOSあるいはワープロ製品による競争は生まれないでしょう。
いまのところ、独占禁止法ではこの問題に対処することは無理です。どうしてもやるなら新たな立法をする必要があります。例えば電力産業においては、規模の問題から自然に独占が発生してしまう問題に対して、独占禁止法とは別枠に業界法を策定して対応しています。ですから、情報通信産業においても同様に共通規格法、あるいはインターフェース法などのようなものが考えられるかもしれません。インターフェースの開発・普及にもコストがかかりますから開発者には一定の収益を許すべきですが、十分な収益を得たあとは、インターフェースは公共のものとして特定企業の支配から解き放つという法律です。ちょうど技術における特許権が一定期間の収益を保障するが、その後は公共の財産として誰でも利用できるようになるのと同じことです。ただ、このような法律を作り運用するのも現実には非常に困難でしょう。
ただ、Microsoftの独占はまったく別な要因から崩れる兆しがあります。それは冒頭に述べた技術革新のサイクルに起因します。ネットワーク外部性による独占の源はOSのAPI、オフィス製品のファイルフォーマットなど、モジュール間のインターフェース部分です。モジュール型製品である限りは一旦標準となったインターフェースを使わざるを得ませんから独占は崩れにくい。ということは、モジュール化そのものが終わればいい。モジュールをユーザが組み合わせるのではなく、モジュールに分かれていない統合化された製品が広まればよい。典型的なのは携帯電話です。携帯電話は端末からその上でのOS、各種アプリ、そして通信ネットワークまで垂直統合されたモデルで巣。そして携帯電話産業においては、特定のレイヤーを支配するような巨大なプレイヤーは現れていません。ですから携帯電話に似たような構造に、コンピュータ産業が変われば結果としてマイクロソフト社の独占は崩れてくるでしょう。その可能性は十分あると思います。
近年携帯電話の性能向上は著しく、日記や小説を書き、スケジュールを管理するだけでなく、最近の学生さんにはPCは不要だという人もいます。彼らは携帯電話で事足りているので、Microsoft製の製品を使っていない。このように現在のモジュール型のパソコンの市場自体縮小してくると話が変わってくるかもしれません。
――― Microsoftをめぐる論争では、通信で言う所のオープンアクセスに近い議論がありますね。田中先生はAPI開放などのオープンアクセス的な措置のメリットは認めつつ、その逆の、オープンアクセスを排した統合型のビジネスを通じてその独占が崩れる、というシナリオに注目していらっしゃる、ということでしょうか?
そうなるのではないかと思います。統合型のプレイヤー同士が戦っても、特定のレイヤーを独占的に支配するような巨大なプレイヤーは現れないと考えています。ちょうど日本の自動車産業で製販が統合されているのにも関わらず競争が継続しているように。
現在、総務省はモバイル市場に関しては水平分割を推進していく方針を発表していますが、どういうレイヤーにわけるべきかについては市場に委ね、放任しておけばよいのではないかと思います。統合したほうが有利か、それともモジュールのレベルで争うべきか、これはマーケットに任せておけばよい。日本の携帯電話は3社しかありませんが、ソフトバンクの孫氏は暗黙のカルテルの類にはおよそ無縁な方ですし、e-mobileなどの参入もある。長期的にはうまく収斂するのではないかと思っています。
―――日本の携帯電話産業の特殊性については賛否両論ありますね。世界のデータ通信のベースシェアの41%を日本のキャリアが占めるという報告もあるほどです。
確かに消費者は携帯電話にそれだけの価値を認め、利用しています。たとえば、携帯機種の多様性が少なすぎるという寡占による弊害も、これからは是正されていくのではないでしょうか。
■著作権とコンテンツ
―――著作権の分野でも研究活動をなさっていますが、そのきっかけは?
コンテンツに、つまり映画、演劇、コミックなどに個人的な趣味として関心があり、早くからこれは世界中で売れるのではないかと思っていました。それがコンテンツ産業の分析を始めるきっかけですね。
日本のコンテンツ産業の現状には大まかに2点問題があると考えられます。まず一つ目は、一部の産業における収益配分ですね。TVや映画が代表的ですが、収益の大部分が流通、配給、広告といった分野に流れ、コンテンツの制作者にあまりお金が入らない。しばしば話題になるアニメ制作の残酷物語はどうも客観的事実のようです。この裏には流通部門の競争の不在があり、それがコンテンツの質を下げかねない。この問題については、競争政策センターでの共同研究の報告書で触れました。
そしてもう一つが著作権の問題です。著作権は、精神としては著作者の利益と利用者の利便性を高めて文化の発展に資するとお題目にはありますが、どうもこれは現状ではうまくいっていない。むしろ著作権の縛りが制約になっている面が強い。
―――著作権の制約、とおっしゃいましたが、この縛りを弱める方法というのはあるのでしょうか。
一番簡単なのはフェアユースの範疇を広くし、認めることです。もう一つは違反に対する取り締まりを現状維持かあるいはより弱め、販売目的でのコピーなど悪質なもののみ取り締まる、という方針を採用することです。私的コピーのなかのかなりの部分は産業の裾野を広めるという性質を持っています。しかし、著作権を厳格に守ることが知的財産の振興である、あるいは原著作者の許可を得ず使用することはモラルとして許されない、という考え方が産業界あるいは著作権者側に広く存在するようです。この相反する考え方は実証的に研究できることなので、これを一つづつ解きほぐしていくことが大事だと思っています。
例えば今、CDの売上が非常に伸び悩んでいます。この対策として個人ユーザーに限りウェブを通じた音楽のストリーミング配信を自由にさせることは大いに宣伝になるのではないでしょうか。最近はカフェやコンビニで新しい曲が流れる機会が減っているように思いますが、これも著作使用料の取り立てが厳しくなったことと関係があるでしょう。これではみんな音楽を聞かなくなってしまいます。
コンテンツというのはある程度自由に流通させ、裾野を広げて始めて多くの人の目に触れてこそ広まる面があります。そこから熱心なファンが形成されれば、そこで何らかの収益をあげるビジネスモデルを考えることができる。ライフスタイルが昔に比べて変化し、例えば自宅でコーヒーを飲みながらボーっと音楽を聞く、という聞き方は減っているのではないかと思うのです。おそらく家でネットに時間を取られていると思われるので、それを逆に利用し、ネットをやっていると自然に、無料で(ここが大切です)音楽に触れる機会を増やすようする。そこから需要が育ってくるのではないでしょうか。昔はFMエアチェックや音楽喫茶で無料で音楽を聞いていた人が、やがてレコードを買うようになりましたが、これと同じことです。
しかし、こういう話をすると「絶対にダメ!」という人たちがかなりいるのです。なぜならタダで私の資産を侵害している、と感じるからのようです。現状の著作権法はそれだけの権利を著作権者に認めていますから、著作権者がそういえばそうなってしまいます。しかし、それは著作権者自身の利益になっているかどうかよくわからない。最終的にはたくさんの人に聞いてもらい、そしてペイすればよいのですから、そのために最適な新たな仕組みはどうすれば作れるのか?という発想が重要だと思っています。そしてこれは法律論争の問題ではなく、実証的にけりがつけられる問題です。。このように、著作権問題は重大でもありますがともかく面白いテーマですので、今後も研究を深めていきたいと考えています。
■GLOCOMについて
―――最後に、GLOCOMは田中先生にとってどのような場所でしょうか。
今は慶應の仕事のほうがメインですので、半分GLOCOMの外側に身を置いている立場からになりますが、90年代初頭には日本においてはまだだれも情報通信やネットワーク研究を始めていなかったころ、GLOCOMのみがそうした研究に取り組んでいました。同分野の最先端研究機関であり、経済学、政治学、法学、社会学など様々なバックグラウンドをもった研究者が集っていたことから、魅力的な研究と風土が生まれていたと思います。
ただ、その後はどの研究機関もインターネットやITをやるようになりました。ですから明確な方針をたてることが必要なのではないかと思います。非常に面白い人間を集めるとか、面白いテーマに特化する、といったことです。例えば、著作権とか光ファイバーとか、特定の集中したテーマに対してお金と人を集中させる。そういう鮮烈な仕事ができる場であればいいなあ、と思います。大学は資金配分などの問題でダイナミックな動きがとりづらいし、かといって民間のシンクタンクはクライアントありきですから、自主的に面白いテーマに特化することはやりづらい。GLOCOMの良さは、アカデミックでありながら、比較的ダイナミックな資金と人の再配置ができることではないでしょうか。研究テーマの絞込みに力を入れて、物議を醸すくらいの独創的な問題にGLOCOM全体として取り組むですとか、さらに面白いバックグラウンドを持った研究者を広く受け入れていくですとか、この強みをより活かしていくことが求められているように思います。
―――本日はどうもありがとうございました。
聞き手:井上明人┼渡辺智暁
2008年4月17日 慶應義塾大学三田キャンパスにて